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叛逆者はヤンデレを避けて気ままに暮らしたい  作者: 芋ケンプ
本編 第一章 叛逆者と時の魔女
33/48

存外悪くない


闘技場を見下ろす観客席の誰もいない端側にて


「おいおい見たかネメシス君。我らの主が見知らぬ女と抱き合っているぞ?」


「……」


クシャ、という何か紙のような物が握られる音が龍人の手の中から聞こえた。


「…気持ちは分かるがね?それを書くのに結構時間が…「フェリシー」…なんだ?」


また別の龍人がフェリシーの話を遮る。


「この山がいくらあれば主の心は買えますか?」


フェリシーがそちらを見ると、金貨であるゴールドがタワーになって積み上げられていた。トランプタワーならいざ知らず、このゴールドの山があれば家がいくつ建つか分からないという価値なのだ。


「…はぁ…」


この場にはルシアを除く『叛逆の騎士団』の『死なずの七騎士』と呼ばれる不死の騎士6人が集っている。彼女達は当然自身らの主の様子を伺っていたのだが、あろうことか好意を寄せるその主がまったく見知らぬ女に抱きつかれた後、足早に会場を去ったではないか。


「ビアンカ君、本当にあの女性の素性は分からないのかい?」


「多分異邦人じゃないかな。流石にリヴィド人なら調べられるよ。だとするとどの国だろ…髪色と眼の色的にはケルニオンっぽいけど、あそこはほとんど剣術が同じだから可能性的には低くなるね…」


「どこの国かなんて関係ないでしょう!?」


「それが関係あるんだよベルティーナ。彼女とどこで出会ったかにも繋がるからね。そうなると彼の空白の数ヶ月間の動向も分かるってワケ」


「私には分かります…あの麗しき姫君は私と同じ地で生まれましたわ」


修道女の格好をした女が目を閉じ、祈りを捧げるようにそう言った。


「キリエと同じ…?極東から来たってこと?」


「ええ。極東は極東でも『セクレド』でしょうね。あの刀は絶対にそうです」


「…ねぇ、それってまさかゼロも同じセクレド出身なんて言わないよね?」


「私の口からはお答えしかねますわ」


「…厄日だな、ビアンカ君」


「アイリスとベルティーナとネメシスを抑えるのは任せたよ、フェリシー」


「あっおい逃げるなぁ!」


一目散にこの場から去ったビアンカ。残されたフェリシーは絶望の表情を浮かべる。


「あの…セクレド出身だと何が…」


「おや?ネメシス君は分かってない派だったか。なら説明してやろう。ただし、アイリス君とベルティーナ君を抑えることに協力してくれるのならな」


「もう抑えてますので早く説明してください」


「ちょっと!話してネメシス!アイツ殺さないと!!」


「そうですよ!生かしてはおけません!!」


ジタバタと暴れる2人を軽々と片手ずつ抑えるネメシス。ベルティーナは同じ龍人のはずだが、武神と称されるネメシスの前では無力か。研究者のアイリスも手も足も出ない。


「はぁ…あの国は本当に捜査が進んでいないんだ。しかもセクレドから出てきた魔術師はことごとく私の論文を塗り替えるような魔術ばかり使うんだ。キリエ君の禁術がいい例だ。あんなの魔法ですらない。そういうのが雑に出てくる国なんだよ。しかしまぁ…ゼロ君がそこ出身となると…通りでまったく研究が進まないわけだ…」


「つまり例外だらけの国だと?ですがお二方が暴れる理由が分かりません」


何という怪力。会話しながらでも余裕で抑えている。接着剤でも着いているのだろうか。


「彼女、ゼロの妹の可能性が高いのだよ。彼が言っていたことを覚えていないか?『一に妹、二にロマン、三にレモンジュース、それ以外は四番以下だ』と。分かるか?彼の行動原理より優先度が高いんだぞ?」


「…大問題じゃないですか!」


「おい離すんじゃない!抑えておけ!」


「あっ…失礼。一度帰りましょう。ルシアさんにも伝えなければ…」


「離してネメシス!嫌だ!そんなことがあっていいわけないでしょ!?」


「そうですよ!どれだけ私達を惨めにする気ですか!」


「フェリシー、急ぎますよ」


「う、うむ…何という怪力だ…」


そこにいたはずの者達は誰にも気付かれずに去っていった。







ついにこの時が来た。ガーディアン第一席を狙う最強と名高い生徒会長シトラスが今目の前にいる。金髪とは違う、鮮やかな、すこし緑みを帯びた黄色の髪を風になびかせ、琥珀色の瞳で真っ直ぐこちらを見つめる女性。流石大貴族ドラクロワの一人娘というだけあって整った容姿に、美しい立ち振る舞い、まさに皆の憧れといったところだ。


「試合前に聞きたいことがあるんだが…いいかな」


シトラスが口を開いた。フェリシーのような、学者っぽさのある文語的な口調だ。


「言ってみろ」


「どうしてその名で登録した?知っての通りその名はかの叛逆者の名だが…」


インテリを気取った奴に返す言葉は一つだけだ。


「勝てたら教えてやるよ」


「そうか。なら一つ条件をつけよう。もし私が勝ったら…君を私のそばに置いておきたいのだけど、いいかな?」


何だその条件は。中身フェリシーとかじゃないよな?そう思わざるをえない。


「俺が勝ったら?」


「君が受けた依頼通り、私はガーディアンへの志願を諦めるとしよう」


「いいだろう。その約束、忘れるなよ」


「ふっ…そちらこそ」


どこでエンジェライアの依頼を知ったのかなんてどうでもいい。どうせエンジェライア本人が二枚舌交渉で奴にも依頼したに決まってる。そういうことをする奴だし、それに薄々勘付いておきながら安易に依頼を受けた俺が悪いんだからな。


『おいおい…生徒会長は正気か?あんな得体の知れない奴を気に入ったのか?』


『そばにおくってことは魔法研究部に入れるってことか?確かアイツ今日中途で入学したばっかだろ?』


最前列なら選手の会話がギリギリ聞こえるのか、観客席から不満げな聞こえる。だが次第に遠ざかっていくのを感じた。


「決勝戦!シトラス・ドラクロワ対ゼロ・スティングレイ!」

 

もう始まる。互いに相手から一瞬たりとも目を離さない。妹だって見てるんだからな、負けられない。


「試合…開始!!」


当然速攻。一秒でも早く俺の間合いへと近づく。相手が何をしてくるか分からないのなら、何もさせなければいい。相手の術を全て見切った上での勝利、というのが理想的でロマンがあるが、今ばかりはロマンを捨てざるをえない。


(いける…!届く!この間合いなら!…何…!?)


剣を抜いていない…?何をしている?審判の声が聞こえなかったのか?…いや、躊躇っている余裕はない。俺の実力よく知るエンジェライアがわざわざぶつけてきた相手だ。全力で応じなければ勝てないはずだ。


「…フッ…」


「…!?」


笑っているだと?もう僅か3メートル程の間合いにきてまだ剣を抜いていない?絶対に回避する自信があるのか?なら…


「…いない…!?消えたのか!?」


俺の刀は確実に奴を捉えていた。どれだけ速く動いても絶対に回避できないはずだった。…だが、目の前にはシトラスはいない。


「どこに…はッ…!?」


背後からの殺気。咄嗟に振り向いて剣を受け止め…いや、また消えた。幻覚などではない。あの気配は確実に奴がいた。フィールドには足跡も残っている。…待て、足跡…?この足跡の伸びる先は…俺が先程シトラスめがけて刀を振りかぶった方向だ。


「そこかッ!」


振り向きながらの一閃。今度は確実に受け止めた。この腕に伝わる衝撃は幻などではない。


「まさかこんなに強いなんてなッ!」


今までに強者とは何度も剣を交えてきた。だがコイツは別格に違う。最強と謳われたベルナールには迷いがあったが、こいつにはそれが無い。最強のままで戦っている。


「お得意の魔法は使わないのかな?」


「見たきゃ見せてやるよッ!」


体に魔力を流す。一年弱使わなかった道が開かれていく。ようやく分かった。俺は何かに抗っていないと力を使えない。その感情を向けたのが実の妹だったのは残念だったが、おかげで気付くことができた。


「おぉ…これが噂の…」


シトラスが距離をとる。だが無意味だ。


「久しぶりのショーだ、景気良くいかなくちゃなァ!?」


今まで作ってこなかった量の無数の剣が空中に浮かび上がる。これが俺のアイデンティティであり、俺が最強だと自負する由縁だ。


「ははは!欲張りな私には丁度いい!」


「笑ってられるのも今だけだ!!行け!アイツを倒してこい!」


この浮かび上がった剣は全て俺の意思で操作できる。故郷を追い出される原因であり、修行中にフェリシーにすら気味が悪いと言われたこの術であのすました顔を歪ませてやる。


何十もの剣がシトラスに向かって飛んでいき、それらは半分に分かれて後方にも回り込み、更にまた半分に分かれて左右を囲む。


(3…2…1…今だ!)


剣の着弾と同時に斬り込んだ。


(外れた…?そんなはずは…ワープでもしやがったか…?)


全方位を剣で囲まれていたはずなのだ。抜け出せるはずがない。もし剣を弾けば感覚で分かる。だが何も知覚していない。


「やっぱり君、面白いね」


耳元で囁く声。背筋がぞくりとした。いつの間に背後に回られていたのだろう。


「ASMRやってんじゃねぇぞ!」


黒雨の柄を後ろに突き出す。何も感触はない。


(クソ…!いいようにやられてるじゃないか…!奴の魔術は何だ?幻術か?自己強化を極めてるのか?それとも未来予知か?)


「隙あり」


また耳元で囁く声。今度は先程の様にはいかせない。


「俺に隙なんてあるわけないだろ!」


刀で薙ぎ払う。奴はそれを剣で止めた。…だがそれでいい。


「おっと…」


「へっ…捕まえたぜ。もう離れられないだろ?」


火花散る鍔迫り合いの最中、俺は奴の剣を握る手を左手で掴んだ。これならもう姿を消せまい。強引に抜け出せば武器を取られたと判定されて負けになるからだ。


「ほう…やるじゃないか」


まだ余裕ぶるか。ならこの状態で剣を生成するまでだ。


「さぁどうする。このまま串刺しにされるもよし、武器を捨てて抜け出すもよし。選べ。どちらを選んでも俺の勝ちだ」


勝った。結局奴の魔術の正体は分からないままだが、最強の座は俺以外に譲るつもりはない。


「フッ……」


…笑っている?この状況で?今度こそ完全に追い込んだのに?何が…


そう思った時だった。


「うぉッ…!?」


俺は突如後方に突き飛ばされた。黒雨が宙に舞う。それを引き寄せて手に戻す。危なかった、この魔術でなければ失格になるところだった。何が起きたか分からないがとにかく体勢を整えて反撃に応じ…


「どこに…」


いない…あの包囲網も、後ろにも。…いや、真正面にいる。


「私の勝ちだ」


「なっ…!」


目でしか追えない。黒雨を構えられない。いや、目で追えてすらいないかもしれない。あり得ない速度で接近するシトラスは勝利を確信した笑みを浮かべて…


「ぐッ…!あ、ぁ…!ガハッ…!」


その美しい剣を、俺の腹に突き刺した。


痛覚が脳に押し寄せ、何も考えられなくなりそうだ。視界がぼやける。耳が急激に遠くなっていく。眠い時のようにうとうとと、現実から乖離されていくのが分かる。


『ッ…!そこまで!!勝者、シトラス・ドラクロワ!!』


審判の声が聞こえる。


痛い。


歓声が聞こえる。


痛い。


奴の笑みが見える。


痛い。剣で突き刺された経験は、不運ながらこれが初めてではない。なのにどうしてこんなにも痛いのだろう。痛みに慣れたとまではいかなくとも、この妙な感覚は初めてだ。痛覚ではない。もっと違う何かだ。


『許せ』


誰の声だ?シトラスか?許せ、だと?何を?刺したことをか?


『こうしないと負けを認めそうになかったものでね』


誰だ?俺はまだ負けてなんか…ああ、そうか。これは痛みなんかじゃない……


「なら…文句はねぇな…」


背中から倒れ込む。急激に意識が遠のく。急いでこちらに向かってくる足音が聞こえる。きっと血が大量に流れているのだろう。不思議と腹部の辺りが気持ち悪いほど温かい。


記憶する限り、心から負けたと思ったのはこれが初めてだ。


だが、何か重荷が無くなったような感覚で…


存外悪くない。












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