叛逆者の妹
「さて…準決勝までまだ時間があるな…今は三年生の部が残ってるか…ゴールド女とシルバー女、どっちが勝つかな」
既に一年、二年、四年生の決勝は終わっているため、残るは三年生のみとなったのだが、どうせあの二人だろとあまり見る気にならないが、暇なので行くとしよう。
「あ、レイ」
「ヘルミィ、お前も観戦中か?」
「そうだけど…なんか試合の時と雰囲気違うね?」
「そうか?特に何も変わってないと思うけど…」
まぁ強いて言うなら戦闘中は無い頭を回転させてるから少しは変わるかもな…
「あれは君の姉さんか?」
聞かなくても分かっているが、一応確認はしておく。
「そうだよ。今戦ってるのが姉さんの親友のエヴリン先輩なんだ。剣術もエヴリン先輩から教わってるからどっちも負けてほしくなくて…」
「…あれ何分くらい続いてるんだ?」
「もう10分くらいはずっとあの調子だよ…」
長い。両者とも戦ったことがあるので知っていたことだが、シルバー女の得意とするのは持久戦。彼女の使う銀色のスライムみたいに変幻自在の盾が厄介極まりない。ほとんどの攻撃を彼女の意思と関係なく吸われてしまい、彼女自身はカウンターを狙うだけでよいのだ。
「どっちが勝つと思う?」
「…エヴリン先輩かな。レイは?」
「君の姉さんが勝つ」
「どうして?あっ!」
『勝者、ヴィエル・ゴールドスタイン・モロー!』
「フィリドールが有利だった。けどヴィエルの粘り勝ちだったな」
三年生の部が終わったということはそろそろ準決勝が始まる。会場に向かおう。
「レイ!」
席を立ち、三年生の会場から去って、二年生の会場の入り口に来た時だった。ヘルミナに呼び止められた。
「どうした?」
「頑張ってね」
「もちろん」
後ろ手に手を振って別れる。どうやらタイミングぴったりなようだ。二年生の会場に立ち入ると、ちょうど審判が案内してくれた。
「準決勝、一年生代表対二年生代表!」
いつになく気合いの入った声だ。フィールドに上がった時、相手も同じタイミングで上がってきた。綺麗な白髪の少女だ。自分のような赤い瞳でこちらを見つめている。
「ん…?」
試合開始の合図が聞こえない。何やら審判が話し合っていたが、すぐに持ち場に戻った。
「失礼。それでは改めて、準決勝!ゼロ・スティングレイ対……ゼロ・スティングレイ!」
「…え?」
「はい?」
(…………………は????)
会場にいる全ての人間がきょとんとした。その空気を察してか、審判も一度言葉を区切った。
(言い間違えか?今ゼロ・スティングレイ対ゼロ・スティングレイって…)
「えー…選手の登録名に間違いはありません。同姓同名ですが、確かにそれぞれ違う選手です」
と言う事は目の前のこの女もゼロ・スティングレイという名前なのか?意味が分からない。何故だ?
「えー…困惑されると思いますが続行します。…両者位置につけ!試合…開始!!」
(何か分からんが始まったからにはやらないとなッ!)
先程までと同じく速攻一択。相手も同じようだ。フィールドの中央で互いの得物がぶつかり合う。
…どちらも剣ではなく刀だ。美しい曲線のかかった白い刀身と、鞘に納められたままの黒い刀がぶつかり合った。
「…珍しい武器を使う人ですね」
「お前もだろう」
何度も、何度もぶつかり合う。鞘は両断されることなく、また刀身も折れる事はなかった。
(なんだこの感覚…?どこか懐かしいような…)
思い出せない。俺はこいつと出会ったことがあるはずだ。どこで?いつ?
「お、ユイがちゃんと準決勝まで進んでるよ!」
「そりゃ強かったからね〜」
「クロエ、ソフィア、あまり大きな声を出さないでくれ」
「イネス姉さんももっと楽しみなよー!」
「はぁ…いつまで経っても子どもなんだから…」
「ねぇ、ユイの相手も同じような武器持ってるよ?」
「あ、あの人さっき姉さんと話してた人だ!」
「ちょっとクロエ…」
「え?姉さんボーイフレンドができたの?」
「そこまでは言ってないだろう!?」
「絶対嘘だよー。いや〜、まさかイネス姉さんが一番早く彼氏作るなんてね〜」
「ちょっと…恥ずかしいじゃないか…」
「姉さんの恋人と私達の友達、どっちが勝つか楽しみだね」
「ふんッ!」
「っ…」
奴は少し焦りを見せたか。だが依然として的確に返してくる。横に一閃すれば一閃仕返し、大きく振りかぶればこれを躱す。気持ち悪いくらいに綺麗に返してくるのだ。
「こちらの番です!」
「っ…やるじゃないか…!」
動きが速くなっていく。弾いた次の瞬間には次の攻撃が来る。こんな人材がいたなんて微塵も予想していなかった。
「流石にジリ貧か…」
大きく下がり、出方を伺う。剣術は互角か俺が少し上。だが俺には魔術がない。奴がどんな魔術を使ってくるのかが分からない。或いは既に仕掛けているのかもしれない。
「隙を見せましたねッ!」
「見せてると思うか?」
一瞬で間合いを詰めて来たが、その間合いは俺の間合いでもある。俺は決心した。こいつの性能を発揮する時だと。
「ようやく鞘から抜きましたね」
「できれば抜きたくなかったけどな」
奴の刀身とは反対に黒く輝く刀身が姿を見せる。
「なら使わせなければいいだけのことッ!」
「っ…!」
奴は下から俺の刀に刀身を当て、思い切り弾き飛ばした。その時、全身が痺れるような刺激が走るのを感じた。
「ふむ…一年の勝ちか」
武器を失うと負けとなる。そして俺の黒雨弐型は宙を待っている。とても回収できないほど遠くへ…
「流石にアレは取れないだろ。賭けは俺の勝ちだな、エヴ…」
全員が驚愕した。無理もない。奴によって吹き飛ばされたはずの俺の武器は、今俺の手元にあるのだから。
「っ…!?手に引き寄せられた…?」
全身を魔力が駆け巡る。汚れの詰まった管から汚れが除去され、溜まっていた水が勢いよく流れていくように。或いは雷が雲を突き抜けるように。それまで塞がっていた『道』が再び姿を表していき、俺の魔術が帰ってくるのを感じた。
「思い出したよ。…ユイ、久しぶりだな」
そして何より、記憶の扉が開かれるのを感じた。それまでぼんやりとしか思い出せなかった故郷の記憶が、唯一最後まで味方でいてくれた妹という希望が、一挙に脳内に押し寄せる。
「!?…レイお兄様…!?」
白髪の少女…ユイが目を開いて驚きの顔を作る。
そうだ。今目の前にいるこの女は俺の生き別れの妹だ。
「まさかこんなところで会えるなんてな」
「嘘…レイお兄様…?レイお兄様…!!」
「続きだユイ。ここからは俺も本気でいかせて…へ?」
「お兄様…!会いたかった…!ずっと…!どこに行ってたんですか…!異国に来てから数ヶ月経っても見つけられなくて
本当に怖くて怖くて…!死んでしまわれたのではと…!」
いざこれから第二ラウンド、と意気込んだところだったが、肝心の妹はぽいと刀を捨てて俺に抱きついた。
「え、えーと…」
「しょ、勝者…二年生代表ぉ…?」
(どうするんだこれ!?審判も判定に困ってるじゃん!観戦してる奴らの顔見てみろよ!『俺は何を見せられてるんだ』って顔してるよ!?)
「あのー…妹よ、試合は…」
「そんなのどうでもいいじゃないですか。もう私の負けでいいです。こうして会えたんですから私はそれ以上望みません!よかった…お兄様生きてた…本当によかった…」
(一旦場所変えるか…)
抱きついたままの妹を連れて会場を後にした。視線がこれでもかという程突き刺さったが精神的には致命傷で済んだ。怖いなぁ…エンバージュとして民衆の前で名乗りをあげた時よりも視線が痛かったなぁ…
当の本人が周囲の視線を気にせず泣きながら抱きつくものだからタチが悪い。何とか人目のつかない場所まで引っ張ってくることができた。
「えっと…改めて、久しぶり、ユイ」
「はい、お久しぶりですお兄様」
「どうしてここに来てるんだ?」
そう聞くと妹は視線を落とした。
「故郷での暮らしに耐えられなくなった時、家の前に手紙が落ちていたのです。それを読むと、遠い国の魔術学園から直々に招待されていることが分かりました。お兄様がこの国にいると聞いて、迷いはなくなりました」
「そうか…」
ちょっと待て。まずユイは魔術とは無関係だったはずだ。それに誰だ?俺がリヴィドにいるなんて情報を流したのは。ユイはゼロとしての俺は知らないはずだが…
「八年間お兄様のことを想い続けておりました。あぁ…この想いが報われたのですね…」
「うん…そうだな…」
妹に再会できたことが嬉しいのは事実だ。正直言って、もう任務そっちのけで彼女と生きていきたいくらいには大切な妹なんだ。……けどどうしてこうも間が悪いのか。俺が期待してたのは彼女と最後まで戦うことだったのだ。
「どうかされましたか?まさか私のせいで体調を崩されたとか…!?先程の試合がお体に障ったとか…!お許しくださいお兄様…!」
凄い。早口過ぎて半分くらい聞き取れなかった。けどなんか謝ってることは分かった。
「いや違うんだ。…随分成長したな」
「もうあれから八年も経ったのですから…そう言うお兄様こそ、立派になられて…その眼は…!?まさか私のせいで…!?私がお兄様にその刀を抜かせたから…!?」
「いや違う。前からだから落ち着いてくれ」
こんなに何でもかんでも自分のせいにする子だったかな…こういうタイプは初めてだ…
「その…前から、とは…?」
「本当に、長くなるからまた今度な。ユイの方こそ、剣の腕も成長したな。前は虚弱だったのに…」
故郷にいた頃、妹は生まれつき体が弱くて外に出させてもらえなかった。家の者が寝ついた夜中にこっそり2人で抜け出して稽古をしていたのだが、やはり運動神経も悪くお世辞にも先程の試合とは比べ物にならなかった。
「この力に目覚めてから、私の病は突然消え去りました。学園からの手紙が届いたのはその時でしょうか、魔術、と言うのですね。お兄様が追放された原因であるこの力は」
「突然魔術が使えるようになる…?そんな話は聞いたことがないな…」
「いえ、元より不思議な力は扱えていたのですが、どれも突発的でとても制御できるものでは…」
ああそうか。ユイがある日魔術を無意識に使用してそれが家の者に見つかり、俺がやったと言い張ったから俺が追放されたんだ。だから何でも自分のせいだと思い込んでるのか…結局魔術を使えるのは両方だったなんて、酷い皮肉だな。俺の故郷はまだ魔術を異端扱いしているのだろうか。
「とりあえずいろいろ話したい事はあるけど、また後でゆっくり話そう。今は決勝が残ってるからな」
「…そうですね。頑張ってください、お兄様」
ユイが眩しいくらいの笑顔を見せた。どうして顔を見て気づかなかったのだろう。笑顔は8年前のままだ。




