ハイドレスト魔術学園
薄暗い学園の廊下を、制服を着た男子生徒が歩いていく。
「気配を隠しているつもりだろうが、殺気は隠せていないな」
男が誰もいないはずの空間に振り向いてそう呼びかけた。
「隠す必要があるのですか?」
メイドの格好をした銀髪の獣人がその空間から突如現れた。まるで最初からいたかのように、違和感なくそこにいる。
「もっと俺みたいな暗殺者につけられてると思ったんだがな。ただのメイドとはね」
「あまり私を甘く見ない方がいいですよ。レイエス・シグマス・セザール」
「俺の名前を知ってんのか。ま、ずっとつけてりゃ嫌でも耳にするもんかな。そんじゃ、お前の名前は?」
「ご主人様からは『ルシア』という素敵な名前を頂いております」
「ゼロとかいうガキは随分と趣味が悪いな?メイドに追跡を任せるなんて…」
ルシアが剣を向けてレイエスを黙らせる。
「ゼロ様を侮辱するのなら容赦しませんよ。それにこの任務はゼロ様から言い渡されたものではありませんので」
「暗殺者として教えてやるよ。そういうのは普通黙っておくものだ。お前は素人だな」
「別にあなたを殺すつもりはありませんし、知られても困らない情報ですので」
「そうかい。じゃあ逆に、俺を監視してて何か面白いことでもあったかね?」
互いにピクリとも動かないが、決して油断はしていない。ルシアはいつでも首を狙えるし、レイエスはルシアが首を刎ねるよりも速く剣を抜く自信がある。
「この学園の特別措置くらいですかね。卒業しても学園に残って研究やクラブ活動を続けることができる。その措置を利用してゼロ様を監視しようとしているのでしょう」
「エンジェライア様がなんであんな奴に惚れちまったのか、リヴィドの英雄にして叛逆者はどれ程の力を持っているのか、エンバージュとの関係は?本当にアイツ本人がエンバージュなのか?はたまたエンバージュの生まれ変わりなのか?確かめないといけないことは山ほどある」
一呼吸置いて、レイエスがまた語り出す。
「それから、お前さんとそのお仲間が別にリヴィドを襲撃するドラゴンやら魔獣やらと戦ってるわけでもないのに騎士団を解散しない理由もな」
ルシアは目を細め、軽蔑するような眼差しでレイエスを見やる。
「誰に調べさせたのかは分かりませんが、『叛逆の騎士団』は今後彼を中心に動いていきます。彼の指し示すものが全てです。彼に手を出すのなら我々と衝突することになるという点をお忘れなく。もし争いになればあなたは英雄を襲った逆賊となり、大魔女や武神とも戦うことになるでしょうから」
そう言い残しすと、ルシアは現れた時と同じ様に突然消えてしまった。残されたレイエスはぽりぽりと頭を掻きながら愚痴をこぼした。
「…ったく…まだ聞きてぇことがあったのによ。エンジェライア様も無茶なこと言うぜ。シトラスが負けるはずがねぇから安心すればいいのに」
そう零し、レイエスもまた突然姿を消した。その場所にはもう誰もいない。
「おお…これがハイドレスト…デカいな…」
ノスタルジーというやつだろうか。ロマンの塊のような古城が眼前に広がっている。汽車の中にいた時は、だんだん都から離れて山の方へと向かって行き、雄大な自然が見えたのでどこに学園があるのだと思ったが山の麓の森を抜けた先に広がる平野に出た瞬間、突然その古城が見えた。
「だろう?ここでは外部の邪魔が入らずゆっくりできるから、卒業した生徒も残って研究を続けるんだ」
「良いな…寮もこの中に?」
「そうだ。まぁボクは見ての通り汽車で通うことになったから、この自然を毎日堪能できるなんて羨ましい限りだよ」
ヘルミナがそう言って微笑んだ。うーん、この顔と風景が妙に様になってるせいでまるでこの古城の主みたいに見えてしまう。汽車の中で彼女から聞いた話だと、はるか昔この古城の付近は水の龍神ハイドレストが支配した土地であり、この壮大な城もその龍神が遺したものだとか。良いなぁ…ロマンあるなぁ…
「そうだ、他に寮生活の奴はいるのか?」
「分からないけど…かなり少ないんじゃないかな?ほら、家柄とか大事にするから屋敷以外で寝ることに煩い貴族とか多いって聞くし…それに、鉄道が通ってからはほとんど居なくなったんじゃないかな」
「なるほどな…」
てことはワンチャン寮貸切とかにならないかなぁ…夜の学園とかこっそり探索してみたい。それで見回りに見つかって怒られるまでワンセットで。
「今日は学園祭当日だから、どの教室には向かわなくてもいい。というか早朝組がとっくに始めてるからね。受付で直接エントリーするといいよ。ボクも準備してくる。ここからは一人で行ってくれ」
「分かった。気をつけて」
「ああ。次に会う時は闘技場かもね。本気で勝ちに行くからそのつもりで。ああそうだ、これあげるよ。じゃあね」
何かが書かれた紙を渡してヘルミナは足早に学園に向かって行った。なんだこれ?しおりみたいなやつかな?
「『ハイドレスト…祭り…』?ハイドレスト祭か…なんで魔術文字で書くんだよ…」
修行の休憩がてらあの碌でなし魔女に魔術文字を学んでおいてよかった。…ってこれ本文はちゃんとした常用文字じゃないか。紛らわしい。
「最終受付までまだ余裕があるな…でも怖いからさっさと済ませてからいろいろ見て回るか」
「よっ、元気してる?」
「何奴!?…ビアンカじゃん。その格好…」
俺の配下の一人、ビアンカ・エンデリリィ。全体が桃色で一部が青く染まった髪…メッシュってやつか?それに血のような赤い目を持つ少女。…と言っても他の六人と同じくこいつも不老不死だから200歳くらいだけど。問題なのはコイツが制服を着ていることだ。
「いやぁ懐かしいなって思って来たら見かけてさ、思わず声かけちゃった」
「懐かしいって…お前もハイドレストの卒業生なのか?」
「うん。なんならこの城が学園として使われ始めた時に通い始めた、つまり一期生だよ」
「へぇ…じゃあ案内してくれよ」
ちょうどガイドがいなくなって困っていたところだ。彼女に頼もう。…え?配下がどいつもこいつも俺に執着してるのにこいつは大丈夫なのかって?問題ない。こいつはフェリシー曰く彼氏のそばにいて欲しくない女の典型例みたいな奴らしいから。…じゃあ問題じゃないかって?他の奴らに比べたらマシだよ、うん。
「それはちょっと無理かな。懐かしいからって言ったけどあくまでちゃんとした任務で来てるから。まぁちょっとくらいなら話し相手になるよ」
任務?俺は配下と距離をおいてたから任務など言い渡していないはずだが…フェリシーとかルシア辺りか?
「そうか…」
「ところでさ、さっき女と歩いてたよね」
この台詞、他の配下が言ってきたら戦慄するがビアンカなら大丈夫。…なはず。
「ああ見えてアイツは男なんだ」
うーん…ちょっと苦しいか?若干中性的な顔だし、ボーイッシュな奴だったし、いやスカートだったからキツいか?
「別に嘘つかなくていいよ。私はルシアやベルティーナとかアイリスとは違うから。別に何人女侍らせてても文句はないよ。対等に話せる女も必要でしょ?」
「まぁ…そうなのか?…そうだ、みんな元気にしてるか?」
「それ、ゼロが聞いちゃうの?まぁそれなりに元気だけどさ。でもちょっとだけ壊れてきてる気がするからちゃんと埋め合わせしてね?一応騒ぎは起こさずにおとなしく待つって約束はしてるけど」
うーん流石。物分かり二重丸って感じだ。…別にまだ口説いてないからな?最近結構刺されそうになった経験があるからようやく自分がすけこまし野郎ってことに気付いてきた。でもロマンあるからやめられねぇ!
「で、その武器の説明書を書いたのはアイリスなわけだけど、彼女に何かご褒美は?」
俺の腰に携えた刀を見てビアンカが不満げに言った。
そうだった。こういうこと言ってくるやつだった。
「…何がいい?」
「研究資料に血が欲しいってさ。フェリシーも欲しがってたからちょっと多めにね。あ、今は要らないよ。この後大会でしょ?終わったらまた会いに行くからその時にお願い」
(血かぁ…血から何が分かるんだ?流石にまだDNA云々の研究は進んでないよな…)
「分かった。…って、もういない…」
俺の配下の中でも上位七人は何故かどいつもこいつも神出鬼没だ。特にルシアとビアンカ辺りはヤバい。こいつらに見られてるんじゃないかって気持ちでノイローゼにでもなるんじゃないかって不安だった。思えばその辺りから常に見られてる気がして言動に気をつけるようになった。
「っと、こんなことしてる場合じゃない。まだ時間はあるがさっさと手続きをしに行くか」
学園の敷地はとても広い。この中に一つの町が余裕で入るのではないだろうか。実際メインの城以外にも結構建物があるし、城へと続く大通りには売店が建ち並んでいる。
「すまない、決闘の受付はここか?」
何やら暇そうにしている若い男を見つけた。恐らくこいつが受付だろう。
「はい。参加希望の方ですか?」
「ああ。手続きをしたいんだが…」
「ではこちらの誓約書にお名前とサインを。あ、お名前は本名でなくても構いません」
「匿名でいいのか?結構デカいイベントだと思うんだが…」
この場合ふざけた名前の奴が優勝したら会場凍りつかないか?それでいいのか?
「学園内の派閥争いに巻き込まれることがあるんです。去年の一年生の部の優勝者がいろんな学科やクラブ間で取り合いになったこともあって…なので巻き込まれたくない方は別名で登録されますね。他にも、家の名前を背負って戦うのが心苦しいという方もいるんですよ」
なるほどなぁ…確かに決闘優勝者は引き入れたいだろうな。でも見た感じ派閥争いってほど仲悪そうに見えないが…祭りだからか?
「じゃあ俺も本名は伏せて登録するよ」
『ゼロ・スティングレイ』俺は渡された紙にそう書いた。ターゲットであるシトラスの能力が分からない以上、学園で使う名前にして本名である『氷雨零』を使うことはできない。結果的にいつもの名前だがちょっとした盛り上げにはなるだろ。『まさかあの魔神ゼロ・エンバージュ・スティングレイが!?』『去年はいなかったぞ!?』ってな。
「…正気ですか?」
「正気だよ。これならみんな注目せざるを得ないだろ?」
「痛い目見ないといいですけどね…では次の方どうぞ…」
ヨシ。手続き完了!なんか呆れたような目を向けられたけど気のせいだろ。さーて、いろいろ見て回るぞ。学費やらは王宮から出してくれるらしいから思う存分悪用するか〜。レモンジュース売ってねぇかなぁー。
学園内、別の場所にて
「ちょっとクロエ、あんまり引っ張らないでー!」
「えー?早くしないと並ぶ羽目になるよー?ね、ユイもそう思うでしょ?」
金髪の姉妹…双子だろうか。活発そうな片方がもう片方を腕を引っ張って走り、その後ろを白髪の少女が追いかけていく。
「はい。ソフィアは少し悠長にしすぎだと思います」
「クロエが活発すぎるんだって。姉さんに怒られるよ?」
「姉さんってどっちの姉さんのこと?」
「イネス姉さんの方」
「うげ…イネス姉さんには言わないで!ヴィエル姉さんならいいから!」
「お二方のお姉様は厳しいのですか?」
「厳しいっていうか、真面目過ぎてね…ユイは?兄弟姉妹はいるの?」
「はい。一個上の兄がおります。リヴィドに来ていると伺ったので私もこの学園のスカウトを受けたのですがまだ会えておりません。八年間生き別れになってしまって…」
「一個上ってことはイネス姉さんと同じ学年か〜。みんなで仲良くできるといいね。ソフィーはそういうの苦手?」
「別に?イネス姉さんの方が苦手でしょ、そういうの。あ、ほら。私達の番だよ。注文決まった?」
「えーとね、私はこれとこれ………」
出店のメニューを双子が覗き、白髪の少女は突如吹いてきた緩やかな風の方を見やった。
「…何でしょうか、この胸騒ぎ…」
「ユイ?」
「どうしたの?」
「いえ、何でもありません」
「ユイの分も買っておいたよー。奢りだから代金はいいよ。向こうで食べよ?」
「すみません。大会のエントリーがまだだったので一度離れます。お二人で楽しんでください」
「そっか…気をつけてねー!」
「はい。では」




