黄金卿の妹
翌日、俺は特に何事もなく荷物を持って汽車に乗った。この世界では初めて乗る乗り物だ。向こうの世界にいた時は、幼い頃に乗った馬を懐かしく思ったものだがこちらに帰ってきてからは逆にこういった文明を感じさせる物を懐かしく感じるようになってしまい、所謂逆ホームシックのような状態に陥ってしまったのだ。
「それにしても、流石超一流学園行きの列車だな…なんかそわそわしてきた…」
豪華な装飾、気品のある香水のような香り、耳をすませば演奏でも聞こえてきそうな雰囲気、映画で見た物そっくりだ。異世界を覗くというベルナールの叡智が基になってるなら、もしかしたらベルナールも俺と同じ映画を見たのかもな。
「これで車内販売にレモンジュースがあれば完璧だったな…」
直前にアクスリートのレモンジュースを飲むんじゃなかった。美味すぎて恋しくなってしまう。そういえばアレを飲んだ後頭がクラクラしたな…まさかアイツ、盛ったか?まぁ実害は無かったからヨシとしよう。いや良くないけど。
「隣、いいかな?もうほとんど埋まってて…」
そんなことを考えていると近くからハスキーな女の声が聞こえた。
申し訳なさそうに両手を合わせてきたのはどこか見覚えのあるような雰囲気の女生徒だった。金髪…いや銀髪…?分からない。周りの照明によってはどちらにも見える…ブラックゴールドというやつか?少なくとも今は金色っぽく見えるけど…
「構わない」
ここは二年生用の車両のため、彼女もおそらく二年生だろう。
「ありがとう。君は…ふむ…どこかで見たことのある気がする顔だが思い出せないな…いや、学園内では見たことがないような…ひょっとして有名人かい?」
(もしかして…あの時ちょっとだけ仮面外してたからそれ見られてたのか?)
あの時…即ちエンジェライアを救うためベルナールと死闘を繰り広げた時は式典の最中で目撃者自体はかなりいたがその時は仮面にフード、ちょうどあの第四席のムカつく野郎みたいな格好をしていた。彼女の強大な魔術によって地盤が崩れて誰も見ていない地下に落ちた時にようやく仮面を外したのだが…
「まさか。有名人なんかじゃない」
嘘だ。ここ数日で確認したが『ゼロ・スティングレイ』、或いは『ゼロ・エンバージュ・スティングレイ』は最早新リヴィドとも言える発展を遂げた国の英雄として扱われており、魔神王エンバージュ本人或いはその生まれ変わりとしても扱われている程の有名人だ。
「そうか…名前を聞いても?」
「ゼ…レイ・ヒサメだ。君は?」
危ない危ない。ついいつものノリで名乗るところだった。いや、少しくらいはバレてみたいという気持ちがないわけではない。はぁ…いったいいつからこんな自己顕示欲と承認欲求の塊みたいになってしまったんだ…いや元からか?なんか悲しくなってくるな、俺の人生。それも含めてロマンってことにしておくか…
「ボクはイネス・アラン・モロー。またの名をヘルミナ・アラン・モロー。イネスでもヘルミナでもアランでもモローでもどうぞ。よろしく」
こいつもアレか?良い家の出身か?俺の勝手な偏見だが、貴族連中はちょくちょく名前を変えたがる。…いや俺もか。まぁいい。ヘルミナか…ヘルミィって呼ぼう。
いやそうじゃない。こいつモローって言ったよな?確かゴールド女もモローって名前が入ってた気が…
「…もしかして…」
「まぁ…察するよね。君の想像通り、ボクはあのヴィエル・ゴールドスタイン・モローの妹さ」
「やっぱり。なんか雰囲気がちょっと似てると思ったんだ」
似てるけど髪色が結構違うなぁ…魔力の制御云々で身体に影響が出るとかは聞いたことあるけど、それか?
「そうかな?ボクは姉さんとは違いすぎて…比べられるのが嫌なんだ。けど…そうか…似てるか…君は姉さんと知り合いなのかい?」
知り合いだが…つい数日前まで追っかけられてましたなんて言えないよな…
「いや、何度か見たことがあるだけだ」
「そっか。…君、その目…」
やっぱりこいつもか…もう諦めた方がいいのか?
「ああこれか…不気味か?」
この時初めてヘルミナの顔を正面から見たかもしれない。容姿端麗とはこのことか。中性的な顔立ちで、クールだが儚げな碧眼が汽車のリズム的な揺れによって上下する。ずっと見ていると引き込まれそうだ。
「そういうわけじゃ…何かの病気かい?それとも魔力の暴走?ちゃんと見えてるよね?」
「見えてるよ。特に異常もない。それに、魔力の制御は結構自身があるんだ」
「そうか…話題、変えよっか。レイ、君は何年生だ?学園で見かけたことがないんだよね…」
「君と同じ二年生だ。転校…いや、中途入学ってやつかな」
「驚いた…てことは同学年か。そういえば昨日、先生が新しく入学してくる人がいるって言ってたっけな…何かの縁だ、ボクがハイドレストのこと、いろいろ教えてあげるよ」
情報はあって損はない。聞けるだけ聞いておこう。
「変なことを聞くようだが…学園で一番強いのって誰だ?」
「そりゃもちろんボクの姉…って言えたらいいんだけど、間違いなく生徒会長のシトラスだね。彼女も君と同じ中途入学で入ってきたけど、彼女が負けたところなんて見たことないよ」
「やっぱりか…」
「やっぱり?」
ヘルミナが不思議そうな顔をする。こいつもエンジェライアと同じだな…無駄に顔が良いせいでどんな顔しててもこっちに気があるんじゃないかって思わせてくる。アレか、王子様系ってやつか?いやちょっと違うか。
「気にするな。そうだ、俺も学園祭の決闘大会には出られるのか?」
「もちろん。ちょっとしたルールのせいで出場する人は多くないから、当日手続きでも大歓迎だろうさ」
「ちょっとしたルール?」
「ほら、決闘って言うからには結構重い怪我とか…場合によっては死んじゃったりとか…いやここ数十年で死者は出てないけどね?そういうのがあるから、出場するには、学園側は最大限の治療を施すけど一切の責任を負わないっていう書類にサインしないといけないのさ」
うわっ…この国、倫理観無さすぎ…?向こうの世界でこんなことしたら即批判殺到だろうな。何してんだよベルナール。さっさとこの辺も異世界の知識で改革起こしてくれよ。…やっぱりロマン無くなるからこのままでいいや。
「物騒な祭りだな」
「その分、勝てば最高の名誉が手に入るからね。準優勝以上なら、あの王国最強の六騎士、シックスガーディアンの席に座るための挑戦権が手に入るんだ。最高だろう?」
「確かにリターンはある。君も参加するのか?」
「もちろん。各学年の優秀者四人は、一年生と二年生、三年生と四年生で戦って、勝ったらいよいよ決勝になる。まぁ、だから準優勝まではいけるチャンスは大いにある。君も学園に着いたら手続きするのかい?」
「まぁな。ちょっとした腕試しだ」
とは言ったが、できればこれで本番になるといいのだが…
それから学園内の駅につくまで、ヘルミナに学園のことをたくさん教えてもらった。優しい教師だとか、嫌いな教師だとか、クラブがどうとか試験がどうのとか…正直うろ覚えだ。でも聞いていて楽しかったのも事実だ。任務が終わっても通い続けることになっているので目一杯楽しもう。
こうして俺の学園生活が始まるのだった。




