入学準備と魔女と叛逆者の運命と
入学が決まってからは随分と忙しかった。必要な教科書やら道具やらを買い集め、制服の採寸などなど…
「なぁ、この前の鉄道の事件の話、聞いたか?」
街中でこんな噂を聞いた。十中八九アレのことだろう。無理もない。この一年間、天才魔女ベルナールのもたらした技術と知識によってリヴィドは急激に発展している。その象徴ともいえる産物が鉄道だ。一部地域では既に運行が開始しており、誰しもが憧れる夢の乗り物…とまではいかないが、注目の的であることは事実だ。
「ああ、ガーディアンが解決したんだって?流石、仕事が早いよな」
「その夜、別の場所でガーディアンが3人も集まってたらしい。何か起こるんじゃないか?」
「3人も!?てことは半分じゃねぇか!そんな大掛かりなことって…」
やっぱりアレのことだった。あの場にいた3人はそれぞれ別行動をしていた最中だったってことは相当運が悪かったな俺…
「魔霧が無くなったはいいが、仕事は増えるし危険だし、あんまりいいことないな」
「そうだなぁ…月を見ながら酒を飲めるくらいか?」
確かに一般人目線だとそう思っても仕方ないか…でも分かってない。夜に活動できるってことはロマンムーブがしやすくなるんだ。間違いなく俺にとってはプラスだ。
「本当、一年前とは大違いだな…」
所謂産業革命ってやつか?異世界の知識でマウントとれるのもそう長くは続かないのかね…いやそもそもそんなことしてないけどさ。
(いつかあの世界と同じくらい科学が発達するのか?それはそれで面白そうだな)
そんな思考で暇を潰しながら飲むレモンジュースは最高だな。なんでレモンジュースなのか?好きなモンに理由なんかいるかよ。
「にしてもこの教科書…」
俺が注視する教科書類にはよく知った名前が載っていた。
『基本の魔術とその応用について』-Dr.フェリックス著
「歴史に名を残すとは言ってたが自分で書くのか…」
この本は俺の配下にして最恐最悪の大魔女、フェリシー・ド・アークスによって書かれたものだ。そしてDr.フェリックスは彼女のペンネームだ。
「…ふーん…ああ見えて書いてることはまともだな…分かる奴は鼻で笑うレベルだけど」
彼女にも修行を手伝ってもらった身からすれば、この教科書の内容は子どもの遊びにも等しい。いや、誤解が無いように言っておくと、この教科書の出来は実に素晴らしい。やや分かりづらいが、それでも理解に必要な筋道も記されており、発展にも繋がる内容だ。けどアイツらと修行したり、これまた最強の魔女ベルナールと戦った俺からしたらこんなものは基礎過ぎて通用するのかと疑ってしまうのだ。
「まぁ…コイツなら会っても問題はないか」
黙って逃げ出したとは言え近況報告くらいはしないとな。
教科書をパタンと閉じ、俺は商店街の人気のない一角へと向かう。どこか時代遅れで古臭いが、清潔感のある、俺みたいな懐古厨が喜ぶような場所…それがこの店『アクスリート』だ。少し立て付けの悪いドアを開けて中に入った。
「…君とここで会えると信じていたよ」
カウンター席に座る白衣の女性。色の抜けた青髪に青と赤に分かれた瞳。そしてこちらからは見えないが、反対の目は白と黒に分かれているというなんとも奇妙な出立ちの女だ。
「お前ならここに入り浸ってると思ってたぜ、フェリシー」
「照れるじゃないか。それで?黙って我々から逃げ出したのに、わざわざここに来るなんて、私の助力を請いたい以外に考えられないが」
「分からんぞ?もしかしたらお前に気があるかもしれないじゃないか」
「ははは!それが本気なら今すぐ君を押し倒して激しく交わって明後日の朝までは店主を追い出さねばな?」
おっと、地雷か?こいつこう見えても俺より年上だし、最早年上とかそういう概念超越してるからな。こいつ不老不死だもん。最低でも3000年は生きてるバケモンだからな。
「…そんな顔をするなよ、先に冗談を言ったのは君じゃないか。ほら、座るといい。君のことだ、外の粗悪品では満足できないのだろう?」
「そこまでは言ってないんだけどな。ま、ここのレモンジュースが美味いのは認めるよ」
「ベルティーナ君の目利きだ」
ベルティーナ…ベルティーナ・オーディアスという龍人はとんでもない金持ちのよく分からない令嬢?だ。彼女も腹心の配下なのだが、あまりよく分からない。腹心なら把握しておけと言われれば何も言い返せないが…
「お嬢様は違うねぇ…」
「それで?何の用だい?」
「シトラス・ドラクロワって知ってるか?」
「誰だ?あぁいや…待てよ…確かちょっとした有名人だな。何でも、ハイドレストでかなりやんちゃな事をしていると小耳に挟んだ」
俺の配下の碌でなし魔女は酒を呷り、グラスを片して話し始めた。
「やんちゃなこと?」
「私も聞いただけだがな。親のコネと生徒会長の権限、学園の特別措置を悪用して一部教師を除いた大半の教師よりも高い地位を築き、実質的に学園を支配している、とのことだ」
相当世渡りが上手なのか?与えられた物全部使ってくスタイルに見えるな…
「やんちゃって言葉だけで済まされるのか?それ」
「まだ問題は起きていないからな。強いて言うなら、勝手にクラブを結成したり、軽度の校則違反をもみ消したり、学園内の派閥争いを煽ったり、そんなところだ」
「派閥争い?それって学生の間でか?何で争ってるんだ?」
「時には教師も混ざることもある。これは私が数十年前に趣味で潜入した時から続いていることだ。論文に関すること、決闘に関すること、特定の魔術への解釈の違い、様々な要因があって派閥が別れる」
「面倒なところだな…」
「入学するのか?」
「ちょっとした任務だ。お前らから離れたのもそれが理由だよ。しばらく戻らないからそのつもりでな」
もちろん嘘だ。普通にコイツらが怖くて逃げた。けどそれっぽい理由になるから使わせてもらう。
「問題ない。私はいつまでも待つさ。いつまでも、な」
「あんまり期待しない方がいいぞ?」
「期待してもいいということか?」
「まだ耳がついてるなら戻ってやるよ」
「冗談さ。…ああ、それともう一つ。その小娘に何の用があるのかは知らないが、注意した方がいい。彼女が入学してからハイドレストは急激に変革がもたらされた。相当な手練れだろう」
「ま、だろうな」
エンジェライアが命令してくるくらいだぞ?絶対ヤバい奴に決まってる。
「じゃあ俺はもう行くよ。そうだ、アイリスに伝えてくれ。『弐型』と『鞘』の全部の機能をまとめた説明書をくれってな」
「了解した。お気に召したか?」
「ああ、最高の出来だ」
俺は店を出た。フェリシーは一番碌でなしだが一番安心して会える配下だ。人格者、という点では他にも候補はいるが、精神の安定という面では彼女が最も優れている。情報も貰えたし収穫は大きい。
「ふむ…飲み残しか…喜んで頂こう」
なんかドア閉める瞬間に聞こえたような…気のせいか。まだ揃えないといけない物もあるし、急ぐとしよう。
「どうしてこんなに酸味のキツい飲み物を平気で飲めるんだ…?」
(依然として彼の運命は『叛逆』を示し続けている…今回はシトラスへの叛逆か?我々から距離を空けたのはそのためか?分からない…何が彼を動かしている?彼の目的はなんだ?どこから来た?どこへ向かう?彼程の実力ならしがらみなど一切合切捨ててどこへでも行けるはずだ…何故ここに留まる?何故この国で…)
「…皆に伝えるべきか?」
「どうしました?」
「いや、何でもない。同じものをもう一杯くれ」
「今用意します」
(分からない…この私が何も分からないなんて…くっ…こんな感情は初めてだ。嫉妬?焦燥?彼がどこへ行こうとも我々ならば探し出せる。彼が死んでしまおうとも我々ならば蘇らせることができる。彼が他の女にうつつを抜かしても無理矢理振り向かせることができる。焦る必要など微塵もない。…だと言うのに…どうしてこうも嫌な予感が付き纏う?)
「…さん!フェリシーさん!」
「!…すまない、少し考え事をしていた」
「何かお悩みが?他に客など来るはずがありませんし、付き合いますよ」
「…ルシアを呼んでくれないか?彼女に、ゼロを尾行させろと伝えておいてくれ。だが絶対に接触はするなともな」
「承知致しました。…お飲みにならないのですか?」
「ああ…忘れるところだった。…ん…良い酒だ。それでは私も失礼する。くれぐれも頼むぞ」
「仰せのままに」




