200点の叛逆
リヴィドの盛大な催しは、突如として現れた魔神王エンバージュによって滅茶苦茶にされてしまった。城内、城外問わず騎士達が総動員し、エンバージュの軍勢と戦っている。
「エンジェライア殿、どうしてこのようなことを?」
「自分の死ぬ日が決まっているなんて言われてはいそうですかって言えるとでも?」
「例え国のためでも?」
「じゃあアンタは国のために死ねって言われて死ねるの?」
「そうすることでしか解決できないのなら」
睨み合うルキアとエンジェライア。自分を悲惨な運命に追いやろうとした相手と今まさに二人きりの状態だ。
「なら私も別に死ぬ必要はないわね。エンバージュが解決してくれるもの」
「もう隠す必要はありませんよ。私には分かります。彼がエンバージュではないことくらい」
「ふーん?じゃあ誰だって思うのかしら?」
「ゼロ・スティングレイ。突如ベルナール卿の後釜として現れた謎多き異邦人」
「…悔しいけど正解よ。けどアンタにはどうしようもないわ」
「ご安心を。ここだけの秘密にしておきますから」
ルキアの考えていることは分からない。彼女はそれほど女王という立場に固執していないように見えるが、かと言ってエンジェライアの提案を呑むわけでもない。
「アンタ何がしたいの?」
「私はベルナール卿に一切の判断を委ねています。彼女がペントルクス家が王家であると言うのなら私は女王であり続けます」
「どうしてそこまで…」
エンジェライアが少し驚いたように聞いた。
「没落していた私の家は彼女によって救われたと聞きました。故に、私の運命は彼女に帰属するものであると考えています。彼女がリヴィド家を虐げたとしても私には口出しする権利はありません」
「そんなの…!」
エンジェライアが肩を震わせる。手を握りしめ、深く息を吸って言葉を吐き出した。
「剣を抜きなさい。ゼロとベルナールが戦いで解決するのなら、私達も指を咥えて勝敗を待つのは止めにするわ。もともと私達の問題でもあるんだから」
エンジェライアが腰の短剣を抜いた。彼の言葉を思い出す。
『お守りと言っちゃなんだが、護身用に待っとけ』
その剣は広場での催しに乗り込む直前、ゼロが特有の奇怪な魔術で作り上げた物だ。しかしここで決闘を申し込む必要はないはずだ。
だが彼女は計画を進めて以来ずっと胸に引っかかっていたモノが何か分かったのだ。
ゼロに頼りっきりでいいのか。ただ生きたい、その想いだけで彼を苦しめていいはずがない。もう遅いかもしれない、けれど、彼は無関係のはずだったのだ。自分も何かしなければ。
「はぁ…私は彼女達に運命を委ねると決めたのに…」
それでもルキアも剣を抜いた。エンジェライアとは対照的に、装飾が施された短剣だ。恐らく祭典で使う予定だったのだろう。
「少しは大人になったところを見られるといいのですが」
紫色の光の中で、ゼロは恐る恐る瞼を開けた。
「これは…?」
眼球を刺激する程眩しく輝く物体。吊り下げられるように置かれたその物体は心臓のような形をしているが、あまりにも大きい。人が縦に三、四人は入りそうだ。
「…こうすれば全て終わる…何もかも…」
ベルナールは相変わらずぶつぶつと独り言を言っている。その内容の不穏さに、ゼロでもただ事ではないと察していた。
「リヴィドの地下…まさかこれが…?」
何度も聞いたリヴィドの核となる炉心。この炉心がリヴィドに魔力を供給し続けているのだろう。そして、ベルナールがふらふらとその炉心に進み始めた。
「おい!待てよ!何する気だ!」
「…私は負けてない…私は負けてない…あんたにだけは負けてない…あんたにだけは…!」
「待て!止まれ!聞こえねぇのか!!」
ベルナールの腕を掴んで静止させる。何か嫌な予感がする。とんでもなく嫌な予感が。今彼女をあの炉心に向かわせてはならない。そう確信した。
「…後悔はしてないってあんたはそう言った…なら私も…」
「クソッ!どこにこんな力が…!」
ゼロが腕を掴むのを気にも留めず、ずるずると、ゆっくりと確実に炉心へと足を運ぶ。彼女の足に剣を放ったが、途中で弾かれてしまった。彼女は止まらない。
「これ以上は…!クソ!なんて馬鹿げた魔力だ…!」
あの紫色の光は魔力そのものだ。肌に突き刺さるような痛みが走り、しばらく忘れていた右腕の激痛が再燃した。
「がッ…!アァ…!この…!戻れッ!!戻れってんだよ!!」
ゼロは剣を2本生成し、足に突き刺して地面に固定した。炉心からの魔力による痛み、右腕の激痛、ベルナールに突き刺された傷の痛み、そして両足の痛みで頭がおかしくなりそうだ。
「あ、あァ…!ハァ…!ハァ…!誰か他にいねぇのか…!もう限界だぞ…!」
これだけして尚進もうとするベルナールは、ゼロの手を振り解きそうなほど腕を引っ張っていた。ゼロは自分とベルナールの手を剣で突き刺し、決して離さないようにした。
「ハァ…!ハァ…!あぁ…!」
自分でも何故ここまで体を張るのか分からない。ただ、彼女をこのまま炉心に向かわせてはならない、それだけが頭の中にこびりついて離れない。
「なっ…!うおっ!?」
意識が飛びそうになった瞬間、後方で何かが爆発するような音が響いた。そして、ゼロはベルナールごとその方向に引っ張られた。少しの間の浮遊感を味わい、地面に軽く転び込んだ。
「もう大丈夫…よかった…間に合った」
「ゼロ様!」
背後を向くと、電流の迸る青色の混じった桃色の髪の少女と、銀色の髪をした少女がいた。ビアンカとルシアだ。
ヘリで待機しているはずのルシアがここにいる理由を説明するには、少し時間を遡る必要がある。
「…何か嫌な予感…」
「駄目だよ、ルシア」
「分かってます…分かってるんです…けど…」
魔霧は相変わらず空を侵食し続け、今や日の光が台風の目のように、広場に差し込むだけとなった。黒いヘリは地表からは見えないだろう。
「どうしてもゼロ様のそばにいたいんです。彼をずっと支えていたい。彼が危機に瀕している最中に私がそばにいられないなんてとても耐えられないんです」
この時アイリスは判断を誤った。随分と過去の話になるが自身もその感情を経験したことがあり、実際に大切な人の最期すら見届けられなかったことを今でも後悔しているからだ。
「………もし、今が彼の生死を分ける刹那なのだとしたら…ルシア、あなたは何を思う?」
「代わりに死ぬことができるのなら喜んでそうします。例え彼がベルナールに圧勝していて、私の助けなど必要としていなくても、彼を笑顔で迎えられるのならそれで構いません」
一瞬アイリスが何かを言いかけたが、すぐに口を閉じて間を置き、再度口を開く。
「…この機体には頑丈なワイヤーが収納されてる。昔、ビアンカが降下作戦をする時に使ってた奴らしい。とても長くてここからでもそれを伝って降下できる」
「それって…」
機体の後方から機械の駆動音が鳴り響き、底部がゆっくりと開かれる。
「グッドラック、ルシア」
ワイヤーがとても速いスピードでとぐろを解きながら遥か下へと降ろされていく。
「…ありがとうございます、アイリスさん」
ルシアは鋭い爪をワイヤーに引っ掛けながら飛び降りた。
「…何やってるんだろうな私…あーあ…ビアンカに説教されちゃうかな…」
そして大穴へと入ったルシアは、ばったりとビアンカに遭遇したのだ。
「なーんで君がいるかな」
「どうしても、と言ったらアイリスさんが許可してくれました」
「はぁ…本当に分かってない」
ビアンカは呆れを通り越して何も言えなかった。
「来ちゃったなら仕方ないか…丁度困ってたし、血の匂いでも体臭でも何でもいいから、ゼロの痕跡を追って欲しい」
ビアンカもビアンカでこの地下をどう進むとでもなく、ベルナールとゼロの血痕を調べるしかなかった。光が差し込むこの場所以外、あまりにも暗くて進まないのだ。そこで獣人のルシアの出番だ。
「こっちです」
ルシアはそんなビアンカの心労を気にせず、暗闇の方を指差す。
「分かった。はぐれないように。急がば回れってやつだよ」
少々端折り過ぎたかもしれないが、ともかく簡潔にまとめるとこのような経緯だ。
「ルシアとビアンカ…助かった」
「言ってる場合じゃないね。まさかこんな状態だったとは…」
「あれがリヴィドの炉心ですか?」
ベルナールはビアンカの電撃で大人しくさせられているが、目だけはずっとあの方向を向いている。
「間違いないね。ただ…」
「ただ?」
ルシアがゼロに肩を貸し、なんとか立たせた。
「かなりまずいな…もうかなりガタがきてる。この調子だとエンジェライアが犠牲になってても数年でまた枯渇するね…」
「どうするんだ?ほっとくわけにもいかないだろ?」
見ると、気のせいか先程よりも光が急激に弱まったように見え、明滅しているようにも見える。良好な状態でないのは明らかだ。
「どうしようも…いや?そうか…その手が残ってたか」
「何か方法があるのですか?」
「ある。ゼロ、その刀って、クロードが持ってた剣だよね?」
「え?そうだが…何をする気だ?」
ビアンカがゼロの腰に下げた黒雨を抜き、強く握る。すると刀は姿を変え、細長い杭のようになった。
「これを貰った時、言われなかった?この剣の特性を」
過去を辿る。もうあの時が懐かしい。まだ1ヶ月程度しか経っていない。彼女達との出会いもまだ短いのに、不思議と信頼できる者達だった。そして、あの吸血鬼の姫の言葉を思い出した。
「『持ち主の想いに応える』…」
「そういうこと」
ビアンカが黒雨が姿を変えた鋼鉄の杭をレールガンの二つのレールの間に浮かせる。きっと長すぎて通常の方法ではセットできないのだろう。
「まさか…」
「そのまさか、ってやつだよ」
「どうにかなるのか?」
「信じて」
レールと杭の間にバチバチと閃光が走る。ビアンカがそのまま狙いを炉心に定める。
「……これで全てが終わる。200年の悲劇と共に…眠れ!」
引き金が引かれ、轟音と僅かな閃光を放って杭が発射された。当然外すわけもなく、その心臓のような炉心に突き刺さる。杭から魔力が流れ、炉心の表面を覆う。まるで浄化されていくようだ。眩い光も軽くなり、辺りに漂う重くどんよりとした空気も晴れていく。
爆発だとか、とんでもない明るさの光だとかを想像したが、思ったよりあっけないものだ。
「やった…!これで終わり…だ…」
突如視界が揺れる。端の方がぼやけ、焦点が合わない。足がふらついた。
「ゼロ様…?」
「大丈夫?」
「ああ…すこし疲れただけだ…早く戻ろう」
まだ気は抜けないと自分に言い聞かせ、力を入れ直す。
「そうだね。あまり長居はしたくない」
「でもどうやって戻るんですか?結構深いところまで来てしまいましたが…」
「そのために魔力を糸みたいに細くして道標にしてきたのさ。これを辿ればいい」
ビアンカがそう言うと、暗闇の通路に一筋の光が見えた。いつの間にか気を失っていたベルナールをビアンカが、引き寄せられた際に肉が裂け、深い傷を負ったゼロをルシアが肩を組んで歩き始めた。
一行は十数分歩き続けた。ゼロの各所の痛みは治らなかったが、これで全て終わるのだという高揚感で多少は気を紛らわせることができた。
「戻ってきた…ここからどうやって上がりますか?」
「落ち着きなって。全部折り込み済みだから」
ビアンカは太腿の辺りに括り付けていた拳銃のようなものを取り出し、空に向かって発砲した。弾丸の代わりに、光と煙が空へと昇っていく。
「この音は…」
「お、早いね。流石アイリス」
プロペラの回転する音が聞こえる。あのヘリが真上まで来ているのだろう。もちろんゼロは知らないことだが、疲労と激痛で何も考えられなかった。すぐにでも寝てしまいたい。
「しっかり掴んでね。よし…アイリス!引き上げて!」
垂らされたワイヤーを皆しっかりと掴んだ。ベルナールはビアンカが電流を流して手を固定させたらしい。ゆっくりと引き上げられていく。空を見ると、魔霧は薄れて橙色に染まりつつあった。
その最中だった。
「うっ…!あっ…あぁ…!!」
ルシアの呻き声でゼロは夢見心地から引き戻された。ちょうど、地上まで引き上げられた直後だった。
「ルシア!?大丈夫か!?」
手が痛むことも気にせず、地面にうずくまる彼女の肩をゆする。
「あァァ…!がッ…ぁァァ!!!」
ルシアが急激にあの時の姿に変化していった。体から銀色の毛が生え、獰猛さの象徴たる鋭い爪と牙を持った狼の姿に。ルシアの声は次第に低く唸るような獣の声へと変わっていった。
「ルシア!!ルシア!!何が起きてるんだ!?」
「ゼロ!危ない!」
ビアンカに突き飛ばされた。見ると、ゼロの居た場所に大きな爪痕が残されていた。あのままあそこにいたら間違いなくそのまま死んでいただろう。
「どうしてだ!?ビアンカ!何が起きてる!?」
「魔霧だ…クソ!やっぱり無茶だったんだ…!」
「魔霧!?まだ夜じゃねぇぞ!?」
ゼロは地下にいたため分からなかったが、地上では夜間ではないのに魔霧が出現するという異例の事態が起きていたのだ。
「多分ベルナールのせいだよ…!どうすれば…!」
「…任せろ、一回ルシアを狼から人に戻したことがあるんだ」
「それはあの剣があったからでしょ!?」
「…!!」
そうだ。黒雨があったからこそあの時ルシアを人に戻すことができたのだ。そしてその黒雨は今や炉心に突き刺さっている状態だ。…つまり…
「打つ手無し…ってことか…?」
「………」
考えたくなかった。この瞬間まで誰一人として欠けずにここまで来たのだ。到底受け入れられるものではない。何か策は無いのかと、獣になってしまったルシアの目を見た。結晶のように美しい、赤い瞳…
(待て…赤い…結晶…?)
はっとして、首にかけていた物を取り出した。それは作戦決行前日、ビアンカから渡された魔石だ。異常な純度が高く、むしろ贋作と言われても納得できるほど透明性の高い結晶だ。
「……願いを叶える、そう言ったよな」
「っ…!確かに間違ってない。けど…!」
「これ以外じゃ元に戻らないんだよな?例えフェリシーを持ってしても」
「…分かった。それがゼロの選択なら」
ビアンカの葛藤はゼロには分からない。この魔石によって過去に凄惨な事件が引き起こされたのだが、それはまた別の話だ。今はルシアをどうにかするのが先だ。
「どうやって使うんだ?」
「私がやるよ。貸して」
魔石をビアンカに返した。会話をしつつも、銀狼と化したルシアが暴れぬように電撃を使っているあたり、やはり彼女は優秀な魔術師なのだろう。
「まさかこんな形で不死仲間が増えるなんてね…さぁ、ちょっと痛いかもしれないけど…我慢してよ!」
ビアンカが魔石を握りしめ、銀狼の胸部、心臓の対になる部分に思い切り拳を突き出した。一瞬彼女が何をしたのか分からなかった。だが、拳を引き抜いた後すぐにその傷は塞がり、狼の体が氷のように溶けていった。
「ルシア!大丈夫か!?」
狼の体は水が蒸発するように消え去り、中からいつも通りの姿のルシアが姿を見せた。
「ゼロ…様…?私…魔獣になったはずじゃ…そうだ…!魔霧…!早く屋内に…!」
彼女は目を開いて早々にあたふたと立ち上がった。
「その必要はないよ。魔石を甘く見ないで」
「ビアンカさん…?」
「あの魔石に込められた権能は『回帰』。どれだけ姿形が変わっても、巻き戻ることができる。まぁ、難しく考えなくていいよ。たまたまこの状況に合う権能の魔石だっただけで、たまたま不死を手に入れただけだから」
「えっと…」
ルシアは状況を飲み込めていないが、ビアンカが何の焦りも見せないと言うことは魔霧には怯えなくていいのだろう。
「地下で何があったのかは分からないけど、炉心から魔霧が出てたんだね。魔霧が再び炉心に帰る時、一点に集まったせいで魔獣化が早まったのか、それとも既にギリギリだったのかな。まぁそれも気にしなくていい。ルシア、もう君は今の状態に何回でも戻れる。言い換えれば不老不死だし、魔獣化しても人に戻れるんだよ。もっと喜びなって」
「それは…ええと…はい…」
「何はともあれ、もう全部終わったのか?もう何もやらなくていいのか?ベルナールは倒したし、黒雨をぶっ刺したってことは炉心ってやつも何とかなったんだろ?」
確認というよりはそうであって欲しいという願望だった。かなり疲れた。もう動きたくない。頭も使いたくない。
「そうだね。炉心にはあの剣の無限大の魔力が流れ込むはずだからもう生贄なんて必要ないし、ベルナールも流石に頭を冷やしたでしょ。当初の計画よりも良い結果だよ」
「そうか…よかっ…た………」
(ダメだ…意識を保たないと…でも流石に疲れたな…血もたくさん出てる…そういえばエンバージュの魂が俺の中から消えたからもう不死身モードは無いんだっけ…?まぁ……どうでもいい…か……)
「ゼロ様!?」
ゼロはゆっくりと瞼を閉じ、深い眠りについた。
「…ん……?」
目が覚めると知らない天井が見えた。慌てて半身を起こした。
「!起きた…!ゼロ様!!」
「おわっ!」
銀色の髪の少女に力強く抱きつかれた。どこかの部屋らしい。薄暗い照明が室内を優しく照らしている。
「よかった…!もう目を開けないのではと…!」
「よしよし」
ルシアの頭をそっと撫でてやる。その際、裂けていた手が治っていることに気がついた。それにしても彼女にも迷惑をかけた。初めて出会った時に自由の身にしてやれば彼女も苦労はしなかっただろう。
「随分と長く眠っていたね」
「この声は…」
「やぁ、久しぶり。と言うほどでもないか」
すぐ近くにエンバージュ…いや、クロードがいた。相変わらず鏡を見ているような気分になる。
「どれくらい寝てた?」
「1週間くらいかな。その間彼女はずっと君のそばに寄り添っていたんだよ」
「ルシア…ありがとう」
「いえ…!あなたがお目覚めになる瞬間に立ち会えるのならいくらでも私は待ちます…!」
ルシアはゼロの胸に顔をうずめて泣いている。
「あなたも同じことがありましたね」
クロードの後ろにはユーリがいた。いや、騎士団全員がいた。
「あはは…もう200年も前のことじゃないか」
「いえ、つい1ヶ月前のことですよ」
「ああそうか…おっと、話が逸れた。まぁその顔からしていろいろ聞きたいんだろう?もちろん全て話すよ。何から知りたい?」
自分とよく似た顔から発せられる言葉は自分とはあまりにもかけ離れていて、ベルナールが怒っていた理由がなんとなくわかった気がする。
「そうだな…作戦はどうなった?」
「結果から言うと大成功だ。だろう?フェリシー」
フェリシーがゼロの座るベッドのそばに来た。
「ああ。最善ではなかったが、実現可能なラインで言えばほぼ間違いなく最良の結果だ。あの後、ベルナールは目を覚ますとすぐに国民に対して真実を告白、エンジェライアを新女王として即位させた。いやはや、発見した時はペントルクスと斬り合っていたものだから驚いた。ああ、彼女は今引き継ぎに追われている。後で顔を覗かせてやれ。英雄の凱旋というやつだ」
「そうか…よかった…」
ほっと胸を撫で下ろした。もちろん、ルシアが抱きついているため実際に撫で下ろしたわけではないが。
「副次的な効果を見れば最善よりも最善だったでしょう」
今度はネメシスが側に寄った。
「どういうことだ?」
「リヴィドの地下に隠されていた炉心、その中核となる魔術の回路を改変したおかげで魔霧は完全に消滅、改心したベルナールは技術提供にも力を入れるとのことで、今後は開発が急速に進むでしょう」
魔霧は人々から夜の時間を奪っていた。それが無くなれば確かに作業効率はあがるというものだ。
「なるほど。エンジェを助けるだけだったのに気付いたらリヴィドの発展にも一役買ってたわけか」
「いや…マリーがあんなことをしなければこうはならなかったからな…まぁ、それでも確かにそう言えるか」
「うむ。本当に、100点中200点の結果だ」
やはりターニングポイントはベルナールだったらしい。当初ゼロを除く皆はベルナールがリヴィドに帰ってこなければどれほどよかったことかと思っていたが、彼女が帰ってきて、ゼロに敗北したことで想定よりも得たものは大きかった。
「そうだクロードの奥さん」
吸血鬼の姫に呼びかける。
「何か?」
「あの剣…結局何だったんだ?炉心とやらにぶっ刺したからもうここにはないが…」
「あなたに与えたのは私ですが、それはクロードに聞いた方がいいでしょうね」
「うーん…何かと言われても僕もよく知らないんだ。アイゼン先生から貰ったものだからね…まぁ、必要な時に必要なだけの力を発揮する、世界の修正力の一部みたいなもの…と解釈しているけど。だから具体的な能力は無いんだ。その都度変わるからね」
「本当に貴重だったんだな」
「気に病むことじゃない。宝の持ち腐れっていうのは褒められたことではないからね。さて、他に何かあるかい?」
「お前とベルナールのいざこざは解決したのか?」
「………まぁ、ね…?」
「してないな?」
「考えてもみてくれよ。彼女にはもう200年前の知人は僕らしかいないんだよ。けど僕にはユーリがいるからさ…。不死身の辛いところだよ。いや、本当に」
「はぁ…まぁお前らで解決してくれ。でもよ、アイツ最強って言うほど強かったか?いや煽ってるわけじゃなくて純粋な疑問なんだが、お前らが7人で負けるほどかなって…結構負けたのショックだったみたいだし…」
「彼女が僕に負けたのはたった一度だけなんだ。それからは僕に勝つことでしか生きる意味を見出せなくなっていって…うん、負けることを異様に怖がってるのはそうなんだけど…どうしてそんなにすんなり勝てたんだ…?」
これにはクロードも首を傾げるらしい。やはり彼女は噂ほど絶対的な力を持っていたわけではない。もちろんもう一度やり合って勝てる気もしないが、渡り合えるとは思えなかったのだ。
「人の感情は一枚岩じゃないんだよ」
ビアンカがそう言った。
「と言うと?」
「クロードに負けたくないって気持ちと、クロードになら負けてもいいって気持ち、その両方があったんじゃないかな。慢心してたってわけじゃないけど、全力だったかも怪しいね。まぁ、実際はクロードの魂を持ったゼロだったわけだけど、容姿は怖いくらい似てるからベルナールが気付けなくてもおかしくはないよ」
確かに、ゼロにも感情の矛盾を感じた経験くらいある。天邪鬼とでも言えばいいのだろうか、このままリヴィドから逃げ出してしまいたいという気持ちと、エンジェライアを見捨てたくないという気持ちの両方が存在していたのは事実だ。
「なるほどな…でもなんで途中で気がついたんだろうな。目が違うって言ってたけど、その時はまだ隠してたはずなんだよな…」
「…気にしても仕方ないさ。今は勝利を祝えるのならそれでいいじゃないか。ほら、エンジェライアが首を長くして待ってるだろうから、早く王宮に向かった方がいい」
クロードは少し考えてそう言った。何か裏がありそうだが、ゼロの頭脳ではその真意を測ることはできない。割り切ってしまったほうがいいだろう。
「おっと、それもそうだな。この作戦はアイツのためだったからな。それじゃ、行ってくるよ。ルシア、お前はどうする?」
「うぅ…先に宿で待っておきます…」
ルシアはまだ泣き止まないが、ゼロが立ちあがろうとするとようやく解放してくれた。
「そうか。じゃあこれで失礼するよ」
「気をつけて」
「おうよ」
皆に見送られて外に出た。どうやらゼロが忍び込んだドラズィアスター家の屋敷だったらしい。まだ1ヶ月程度なのに、もう随分と昔のことのようだ。だがあの時と違うのは、この屋敷は廃墟ではなく新築のような立派な屋敷になっていたことだった。
「んー…いい風だ…」
もう冬は過ぎ去り、暖かな風が顔に吹き付ける。この森でエンジェライアと出会い、破茶滅茶な計画を立てることになったのだと思うと感慨深い。
「さて…会いに行くか!」
ゼロは歩き出した。




