戦う意味
どうも、タイトルが毎回しっくりこない人です
(熱い。内側から燃やされてる気分だぜ。まぁ燃やされたことなんて無いから分かんねーけどな。あれ…なんでこうなったんだっけ…確かあの女に刺されて…それから…だとしたらここはあの世ってやつか?異世界があるなら天国と地獄もあるんだろな…)
意識の奥底でゼロは目覚める。暗く、上下左右の区別がつかないような空間だ。きっとあの世か、あの世とこの世の境にでもいるのだろう。
(勝てると思ったんだがなぁ…にしてもやたら熱いな…死ぬ時くらい快適に死なせてくれよ。…あれ?そういや不死身になったはずだよな…クロードが消えたせいでそれも没収された感じか?結局、あんまり役には立たなかったな…)
(そろそろ迎えが来るのかね?俺の人生もここで終わりか。短かったけどジジイになって布団の上でくたばるよりは戦って死んだ方がマシか。けど…なんでこんなに悲しいんだ?別に上には上がいるってことくらい知ってるから負けてもそこまで悔しくはないが…)
(………ああ…そうか。エンジェを守るって約束だったな。ったく、なんでそんな約束しちまったかなぁ…さっさとトンズラこけばよかったのにな。悪人とは言え人を殺しても何の罪悪感も抱かない奴なんて今更善人にはなれないしな。本当に最悪だぜチクショウ)
(…なんて、ンな風に割り切れたらどれだけ楽だったことか。でも死んじゃあそれで終わりだな。ほーら迎え来た)
白い服を纏った雪のような髪の女性が現れた。とてもエンジェライアに似ていた。だがどこか雰囲気が違う。少し大人びている。
「エンジェライア、確かに天使っぽい名前だな」
こんな状況に現れる者など天使か悪魔以外ないだろう。ゼロはそう確信している。
「私の名前はエンジェリアだ。君の知る少女とは似て非なる存在だ」
「ああ、初代女王様か。何の用だ?って言っても大方察してるがな。ほら、早く連れてけよ」
ゼロは最早諦めて大の字になった。床の感触は不思議なもので、浮いているかのような感覚だった。
「…君は何故戦う?」
「…さぁな。戦いたいから戦う、それだけだ」
エンジェリアの声は低く、どこか諭すようでもありながら物憂げだった。
「嘘だな。魂の在り方は誤魔化せん」
「…なんでどいつもこいつも嘘見破る才能があるんだよ。今更正直に生きろってか?まぁ死んでるんだがな」
「まだ君は死んでいない」
「そうかい。ならここは?」
相変わらず真っ暗な空間だ。…そのはずだったのだ。何もない、光すらないと思える空間が次第に色づいてきた。高く青い空に浮かぶ太陽が見える。喫茶店のテラスにいるような、のどかな風も吹いてきた。いや、気がつけばゼロとエンジェリアは実際に席に座っていた。
「肉体から切り離された魂の存在する場所…と言っても、君だけの世界に私がお邪魔しているだけだがな」
「そういやなんか懐かしいな…でも来たことあったっけな…」
「忘れてしまったか、或いはいずれ訪れる場所かもな。だがそれは問題ではない。もう一度問おう。君は何のために戦う?」
穏やかな風が髪を揺さぶり、小鳥の囀りを運んでくるようだ。そんな平穏な情景とは反対に気分は落ち込んでいく。
「何のために、か…」
「戦う前に、何の為に戦うのか理解しておかなければならない。意味を持たない戦いで得るものは何もない」
エンジェライアに似た容姿から発せられる言葉は重く、彼女とエンジェリアは似ても似つかない。
「…今から言うことは建前かもしれない、それでも…俺はエンジェの為に戦うよ。あいつを守れたらそれでいい。俺が守ってやらないとあいつは独りになっちまうんだ。最初は不純な関係だったかもしれないけど、それでも今は確かに大切に思ってるんだ。それが愛じゃなくてただの憐れみだってことも分かってる。けど…それでも…」
「合格だ」
「え?でも…」
「戦うことに理由は必要だが、守りたいという気持ちに理由は不要だ」
エンジェリアがにっこりと笑った。その顔がエンジェライアそっくりだった。
「…愛してるとかそんなじゃない。守りたい、それだけでもいいのか?こんなただのエゴで…ただの自分勝手な取ってつけたような理由で…なんの合理性も無い…」
「それが君の『ロマン』なのだろう?」
「…!!」
そうか、ロマンか。少しの間だったが忘れていた。自分の行動理由はロマンだった。説明できなくてもいい、空想的でもいい、ただ情緒的で、情熱的であればいい。自分の追い求めたそれに合理性も、確かな理由も必要ない。ただそれが良いから、それだけだ。
「さあ、もう行きたまえ。あの馬鹿の頭を冷やしてやれ」
「ああ。ありがとな。…一ついいか?」
「どうした?」
「リヴィドはどうしてこんなシステムで存在してるんだ?」
エンジェリアが少し申し訳なさそうな表情を作った。
「迫害に反抗していた時、弟を失ってな。本当は生きていたのだが、気づいてやれなかった。その時私は抵抗を諦め、魔術師だけの国を作って魔術師の安息の地にしたのだ。だがそれはこの世の魔術ではない。膨大な魔力が必要なのだ。初めは私1人の犠牲で済むと思っていたのだ…だが今や…本当に申し訳ないと思っている。だが…君は既に『答え』を手にしているはずだ」
「別に謝ることじゃない。それも含めて俺が何とかしてみせる」
「そうか…何から何まですまないな」
「いいさ。そうだ、やっぱりもう一つ。お前さんとベルナールはどんな関係だ?」
「…妹のようなものさ。守ってやりたかった。かつて共に戦った時、クロードとマリーはまだ幼かった。…だからかもな、あの2人は戦うことでしか自分を表現できない。くだらない痴話喧嘩を終わらせてこい」
「ああ。行ってくる」
そう決心した瞬間、世界が崩壊し、エンジェリアは消え去った。
「…まったく、手間をかけさせるわね。結局クロードの魂が抜ければ後はただのガキじゃない」
ベルナールが瓦礫の上を歩く。礫が転がる音が地下に響いた。
「エンジェライア…馬鹿なことを考えるわね。こんな弱い子供を頼るなんて…見た感じ同じくらいの年でしょうに」
声が近づいてくる、ゼロはまだ目を閉じている。
「偽物なのかただのそっくりさんなのかは知らないけど…クロード、あんたが魂の欠片を注ぎ込んだってことは、一応あんたに勝ったってことでいいわよね?」
ベルナールがどんな表情をしているのかは分からない。けれど、きっと喜んではいないことだけは確かだろう。
「そうよね…あんたと戦えるわけないわよね…本当に馬鹿ね私。でも諦められないのよ。この国も、あんたも」
ブーツが硬い地面を踏み締める音が何度か聞こえた。おそらくここを去ってエンジェライアのもとに向かうのだろう。ゼロは目を開き、起き上がった。
「それはクロード本人に言え。どれだけ俺とあいつが似てても別人だ」
「…!?まだ生きてるって言うの…?確かに不死は断ったはず…!」
「やれやれ、2回も刺されると流石に痛いな。もう内臓もボロボロになってるかもな」
エンバージュの時に刺された胸と、ゼロが刺された腹からは大量の血が流れており、先程までもたれかかっていた瓦礫を赤黒く染めていた。
「なんで立ち上がれるの…大人しくくたばっていればいいでしょ…!?アンタには関係ないことでしょ!?」
ゼロが生きていることに驚いているのか、ゼロが再び剣を抜こうとしていることに驚いているのかは分からない。ただ、ベルナールは酷く狼狽している。
「俺はエンジェを守りたいだけだ。アイツがもう泣かなくてもいいようにしてやりたいだけ、それだけだ」
「意味がわからない…!」
「そっちこそ教えてくれよ。なんでペントルクスの肩を持つ?エンジェリアはお前さんの姉みたいな奴だっただろ?」
「アンタには分からないでしょうね…!好きな人に見向きもされない辛さなんて!」
ベルナールが襲いかかってくる。今度は油断しない。最初から黒雨を抜いた。おそらくこれが最後の打ち合いになるだろう。
「つまり、エンジェリアの子孫を生贄にしてればクロードに構ってもらえるからそうやってんのか?」
ゼロがベルナールを睨みつける。ゼロの瞳は光を反射せず、赤黒い闇が渦巻いているように見えるが、確かに決意の炎を灯していた。
「ペントルクス家との取引よ!ユイナを育てたあの忌々しいアイゼンを処刑する代わりに王家にしてやったのよ!」
「ベラベラ喋ってくれるなぁ?別に俺はクロードと違って嘘を見破る才能は無いぜ?…しっかしまぁ…ビアンカがお前らが戦う理由の3割は痴情のもつれだって言ってたけど、元を辿れば全部それじゃねぇかよ」
なんと盛大に誇張された泥沼の愛だろうか。何か大義があったのかと思ったが、ベルナールの一方的なクロードへの感情が引き起こした200年間の醜い争いがエンジェライアを苦しめていたのだ。
「全部!アイツらがッ!私とクロードを遠ざけたからッ!」
ベルナールの猛攻。しかし冷静さを欠いているためか動きが単純だ。魔力量は凄まじく、炎が地面から噴き出るが当たらなければ問題はない。
「テメェらの恋愛事情なんざ知ったことか!いい加減現実を見ろ!クロードは結局お前でもユイナでもなくてユーリを選んだんだろうが!」
「そうよ!だから許せないのよ!幼馴染の私とユイナじゃなくて!義姉のエンジェリアでもなくて!ぽっと出のあの吸血鬼ごときに!!」
「その感情を俺に押し付けてんじゃねぇぞクソ女が!!テメェのせいでエンジェがどれだけ悲しんでるか分からないのか!!」
互いにもの凄い剣幕で睨み合う。眼から火花が散るほどに白熱し、実際に剣と刀から火花を散らす。
「アイツもアイツよ!クロードの姉気取りでハエみたいに寄りついて!!あんな女の子孫なんて末代まで苦しめばいいのよ!!」
なんと醜い欲の塊だろうか。思い通りにならないのなら全て無茶苦茶になってしまえばいいというあまりにも身勝手な感情で彼女は動いている。先程ゼロはベルナールを心の死んだ女だとなじったが、ある意味当たっていたかもしれない。
「っ…!…やっぱり何言っても無駄みたいだな!」
黒雨にありったけの力を込めて押し返し、距離を空ける。互いに間合いの外、数メートルの間。ベルナールも同じことを考えたようだ。……ここで決める、と。
「ここでアンタを殺してリヴィドの炉心に放り込んでやるわ!国のために死ねることを光栄に思いなさい!」
ベルナールが足に力を込め、剣を構える。剣が魔力を纏い、紫色の炎に変化する。いつ斬りかかってきてもおかしくない。一方でゼロは黒雨を鞘に収め、腰を低く構える。無限にも感じられる刹那の一時。先に仕掛けたのはベルナールだった。
「氷雨流改…月時雨」
「これで…終わりよッ!!」
炎を纏った剣が迫る。薄暗い地下を照らしながら、獣のように止まることを知らない。
…しかし、その剣はゼロに届くことはなかった。剣がゼロに届く直前でベルナールの体が砂のように消え去った。
「どうして…どうして分かったの…」
ゼロの後方から声がする。目の前にいたベルナールは偽物で、本物はやはり背後を狙ってきていた。しかし剣は既に折れ、脇腹に深い傷を負っていた。彼女は地面にへたり込んだ。
「シルバー女と戦った時のことを思い出したんだよ。アイツが確かに零してたんだ。お前がデコイ使いだってことをな。それに、二度も引っかかりはしねーよ」
ゼロは偽物のベルナールが正面から迫ってくる瞬間、鞘から黒雨を引き抜いて左から右に一閃し、そのまま体を捻って背後のベルナールに攻撃したのだ。
「私の…負け…?」
ベルナールにはまだ最強クラスの魔術と魔法がある。しかし、剣術で負けるということは勝負に負けるも同然なのだ。ましてや、剣を破壊されることは騎士として恥ずべきことである。
「頭に血が上ってなかったら結果は変わってたかもな。まぁ俺は頭脳戦なんて大っ嫌いだからこれで満足だがな」
ベルナールの頬を涙が伝っていき、地面へとぽたぽたと落ちていく。ゼロには彼女が何故泣いているのか理解できなかった。
「あぁ…あぁぁぁ…!またあんたが遠ざかっていく…!強さでしかあんたのそばにいられなかったのに…!あんたを守ってやることだけが私があんたに寄り添うたった一つの方法だったのに…!あぁ…あぁぁ…!!」
ベルナールは目を大きく開き、空を仰ぐようにして泣き崩れた。エンジェリアの言葉を思い出した。ベルナールとクロードは戦いでしか己を表現できないのだと。いつだってクロードに勝っていたベルナールにとって、クロードに敗北するということが何より恐ろしいことなのか、それはゼロには分からないが、彼女にとって決定的な何かが崩れ去ったのを感じた。
「お、おい!俺はクロードじゃねぇ!ゼロだ!俺はゼロ・スティングレイだ!少なくともクロードには負けてねぇだろ!?」
必死にベルナールの肩を揺さぶって語りかけるが、彼女には届いていない。もしかしたら不意打ちされるかもしれない。だがゼロには彼女を放っておけなかった。
「あぁ…あんたに負ける私になんの価値が…?」
「おい!聞こえてないのか!?おい!」
ベルナールは立ち上がってふらふらと地下の奥へと進んでいった。ゼロは慌てて後を追う。彼女に意識があるのか分からない。そう疑うほど千鳥足のようにおぼつかない足取りで、何かに取り憑かれたように暗闇へと向かっていった。
「リヴィドの地下にこんな…」
まるで迷宮のように通路が張り巡らされていた。通路と言っても、高木がすっぽりと入るくらいには高く、横幅もそれなりにある。ただいくつも分かれ道があり、ベルナールは迷う様子もなく突き進んだ。どういうわけか、彼女を止める気にはなれない。この先に何があるのか見てみたいからかもしれない。進んでいる間ベルナールはずっとぶつぶつと独り言を言っていたが内容は聞き取れない。先程までの不遜さや気高さはどこへ行ったのか、今の彼女はゼロの言った通り心が死んでしまっているかのようだった。
「…ここが目的地なのか…?」
しばらく歩くと、広い空間に出た。何やら紫色の強い光が輝いている。ゼロは不意に目を瞑り、しばらくして目を開けた。
「これは…!?」
行き着いた先にあった物とは…
「はぁ…!はぁ…!」
「くっ…!」
白銀と黄金、それに相対する大魔女と武神。両者は酷く消耗していた。
「少し老体には堪えるか…」
「体だけは若いままでしょうに…」
「ははは…そっちは結構余裕がありそう…だな…?」
「これが終わったらアイリスかベルティーナ辺りにでも診てもらったほうがよろしいのでは?眼の方を、ね」
「そっちは口の方を、な」
100年の空白によって鈍っていた体がようやくマシになってきたのか、フェリシーは本調子に戻ってきた。体内で異常なほど生成される魔力を惜しみなく使い、苛烈な攻撃をしかける。
「エヴリン!防いで!」
「やってる!そっちこそ反撃を!」
フェリシーの光線状の炎がシルビアの白銀の盾に命中する。ヴィエルを守るため、横に広がって炎を防いだ。そしてヴィエルは盾の上から黄金の炎を放った。
装置を破壊して以降、シルビアとヴィエルの魔力も復活しているため、銀の盾と金の炎を突破しなければならない。
「あの、盾になってあげてるんですからそろそろ割ってくれません?」
あまり性能は高くないが、最低限の魔力を使ってネメシスが流動する水のバリアのようなもので威力を軽減し、炎に耐えた。
「あの盾は概念的な守りだ。彼女を傷つける物を無力化するという概念に守られてるんじゃないかな」
最強格の魔女フェリシーと言えどもアーツによる概念的な効果の無力化は難しい。そも、フェリシーのアーツは強力なものばかりだがどれも魔力消費が大きく、生成した魔力をすぐに使い切ってしまう。いや、アーツや魔法を数種類覚えている時点でおかしいのだが。
「本当に肝心な時に頼りになりませんねあなた」
戦闘が長引けば素の身体能力の高いネメシスは有利になり、魔術的素養が極めて高いフェリシーも魔力差で有利となる。そのためかネメシスの呼吸は比較的落ち着いている。
「おや、うっかりの回数で言えば君の方が多いと思うがね。一昨日は愛しの叛逆王に夢中になるあまり皿を落として割ってしまっていたな」
「その話、今しないでくれます?」
「ハハッ、後で君の顔が真っ赤になるところを私が見れるように生き残ってくれたまえよ?」
「…前から思ってたんですけど、その服の下、本当に穿いてます?」
「言い返せないからといって人の装束に難癖をつけないでくれないか?」
「いえ…本当に気になってたんです。新しい王はそういった衣装に興味が無いのではと思うのですが」
フェリシーの着ている服は全体で見ればまとまって見えるのだが、一つ一つに目を向けるととんでもない服装なのだ。バストの上が開けたビスチェドレスは腹の辺りも大きく空いており、それがそのままスリットドレスのようにもなっている。一応ドレスとは別に長い袖を着用していてこの時期でも寒くは無さそうだ。しかしこれが大魔女フェリシーでなければ、この女はただの痴女だろう。
…無論、この戦場で話す話題では断じてないが。
「穿いてるか穿いてないか確認しようとした者はそれが最後の景色となるだろうな。無論、愛しき叛逆王がご覧になりたいと言うのなら私は喜んで見せて差し上げるがね」
「間違ってもそんな頼み事はしないと思いますよ。王はロマンとやら以外への欲が皆無ですから」
確かにゼロはエンジェライアに誘われてもなびかなかっただけでなく、フェリシーのこの装いにも興味を抱かなかったのだが、当の本人がロマンを忘れていたというのはなんとも皮肉な話である。
「乙女が勇気を振り絞って誘ってやっているというのに…労しや…」
「あの、そろそろ真面目にやってくれませんか?」
「仕方ないだろう、互いに『待ち』状態なのだから。仕掛けるだけ損というものだろう。ほら、クイーンは慎重に動かすだろう?つまりはそういうことさ」
実際、フェリシーとネメシスが概念の守りである白銀の盾を破ることは非常に難しく、シルビアとヴィエルを倒すことを諦め、完全に時間稼ぎに目標をシフトしたフェリシーとネメシスをその2人が倒すこともまた難しい。
「エヴリン…どうするんです…?」
「耐えるしかないだろう。ベルナール卿が戻ってくるまで耐えるんだ」
「耐える、ですか…」
ヴィエルが意味ありげにそう呟いた。
「何か?」
シルビアがその言葉に喰ってかかる。幼い頃からこの2人は一緒であるはずだがどうも馬が合わないらしい。
「実はモロー家の家訓は『耐えられぬのなら前進してみせよ』というものでしてね」
対面する2人が何かを話し始めたのを見て、2人も気を楽にして話し始めた。シルビアとヴィエルも次第に気づき始めたのだ。ここでの戦闘は無意味であり、消耗するだけだと。それをあの大魔女と武神が理解していないはずがないと。互いにほとんど意味をなさない牽制の魔弾を放つのみで、そのような攻撃は意識せずとも無効化できるのだ。
「家訓か…そういえば、お前の妹達は元気にしているか?」
「イネスは少し情緒不安定ですがソフィアとクロエは元気です」
「前会ったときは双子の方は元気が過ぎたな。イネスが反抗期というのもあまり想像できんが…」
「うーん…反抗期とは少し違うのですが、家族に対して冷たいのです。でも言動にはあまり出なくて…こう、何をしても心から笑っているようには見えないんです」
互いに時間稼ぎに回ったためか攻撃の回数も減り、先程までの激しさが嘘のようだ。
「あー…それは恐らく劣等感というやつだな。お前がガーディアンに任命されて焦りを感じているのだろう」
優秀な兄姉を持つというのは妹弟には確かに重圧だろう。
「あの子も優秀なのに…」
「花が開く前に水をやり過ぎないようにな。根腐りしてしまうぞ」
「そうは言っても、前に進み続けることでしか得られないものもあるのですよ」
「その過程で失うものがあまりにも大き過ぎるのではないか?」
「うーん…ソフィアとクロエはそんなことを気にしないのに…どうしてイネスだけ…」
両陣営のブレイクタイムはしばし続いた。この戦局を変えるには、何か劇的な一手が無ければならないのだが、生憎ゼロとベルナールは一騎打ちの最中だ。そも、その2人の決着がつけば終わるのだから本当に無意味なのだ。つまりこれは互いに援助に行けないようにするための戦いだ。
一方でアイリスとビアンカはと言うと…
「フェリシーとネメシスの方は結構膠着してるね」
「あの2人なら大丈夫でしょ。ビアンカもさっさと準備済ませて」
「はいはい、せっかちだねアイリスは。少しくらいメンテナンスさせてよ」
ヘリの中は意外に広く…と言ってもアイリスによる魔改造あってこそだが。ともかく、そのスペースを存分に活用してビアンカはレールガンのメンテナンスを行っていた。
「早くしないと間に合わないかも…急いで」
「分かってるって、結構手間がかかるんだよ」
「それから、弾も無駄遣いしないで」
「いいでしょ別に。ベルティーナとフェリシーの資本が入ってるんだから」
実際ベルティーナはゼロが泊まっていた宿を買収していたり、フェリシーはほとんど儲けのないパブを常に貸し切りにしていたりするため資金は潤沢なのだろう。
「違う。もし解析とかされたら…」
「大丈夫だって。それができるのはベルナールだけだし、ベルナールはそういうの興味無いから」
「確証は無いんでしょ?」
「そんな事言い出したら不死身の私たちが明日も不死身でいられる確証なんてないでしょ。気にしすぎだよ」
「本当に論点のすり替えが上手いんだから…」
「アイリスみたいな面倒なタイプの相手はフェリシーで鍛えられたからね。それともう少し丁寧に操縦してくれない?凄い揺れるんだけど」
空を飛んでいる時の揺れでは無く、地震のように機体がガタガタと揺れている。一体何ごとだろう。
「操作が安定しないの。計器類の様子もおかしい…」
ビアンカ自身この機体に乗った経験はあれど運転したことはなく、計器類の見方もさっぱりだがどうも針が右へ左へと激しく揺れている。
「この魔力反応…後ろ?」
「確認できる?」
レールガンの整備が終わったビアンカが立ち上がって窓へと向かった。
「分かった」
ビアンカが窓を下げて身を乗り出す。強い風が入り込んでくると共に、不穏な空気が流れた。そして後方を見ると…
「魔霧!?おかしい…!まだ日没には…!」
「ベルナールの仕業か…地下で何が…」
後方の空に黒紫に澱んだ霧、あるいは雲のようなものがずっしりと漂っている。魔霧で間違いないが、魔霧は夜の間しか出現しないはずだ。
「……アイリス、ハッチを開けて。ここから降下する」
「ポイントにはまだ遠いよ?」
「ルシアを迎えに行って。あの子は魔霧で魔獣化してしまうから。…急いで」
「……了解」
アイリスは一瞬躊躇ったが、すぐに覚悟を決めた。
「降下作戦なんて200年ぶりだ…それじゃ、グッドラック!」
機体の底部が開き、ビアンカが飛び降りた。下からの強風がビアンカに叩きつけられる。彼女が全身に電磁力の魔術を纏うと、すぐに姿勢は安定した。
「落下中の狙撃か…これも久しぶりだけど…あそこか」
レールガンの照準を除き、狙いを定める。その先にあるのは先程ゼロとベルナールが戦ってできた崩落穴だが、瓦礫によって塞がれている。
「やっと見つけた…みんなの悲願を叶える最初で最後の機会…!ベルナールに本気を出させてよかった…!」
刹那、轟音が鳴り響き、亜音速の弾丸が発射される。ビアンカは射撃後すぐに軌道を変え、ゼロとベルナールが落ちていった穴に向かっていった。
「ユイナ…!君の技術はやっぱり最高だ!」
猟奇的にも見える笑みを浮かべて空を滑るビアンカ。この光景を遠くで見ていた国民の間には鋼鉄の鳥にしか見えないだろう。
「あぁ…!この感覚だ!最高だね!アハハ!」
設定資料:リヴィドの成り立ちについて
魔術師が迫害されていた頃、ある3人の兵士が魔術師のために戦った。1人は魔神として作られた少年、1人は天界からの使者、そしてもう1人は異世界を垣間見る少女。だが彼らを持ってしても戦争は終わらなかった。少女の見た異世界の記憶は、対立する組織に悪用されてしまう。天界からの使者は少年を失った悲しみから、かつて水龍ハイドレストが支配していた土地に国を建てた。それがリヴィドという国だ。
:叛逆の魔女ユイナについて
魔女とされているが魔術はほとんど使えず、ベルナールが垣間見た異世界の記憶によってもたらされた兵器を駆使する組織『ドールズ・ドミニオン』に操られ、幼馴染であるクロードと敵対することになってしまう。洗脳が解けた後は紆余曲折あったが和解、順風満帆な学園生活を送るはずだったがとある事件によって帰らぬ人となった。酷く嫉妬したベルナールによって叛逆の魔女として仕立て上げられ、今もなお主君に不吉をもたらす象徴として知られる。クロードが最も愛した少女。




