霞みゆく愛と憎悪の中で
【お知らせ】リメイク前の部分をコピペしていたためにゼロとエンジェライアの年齢が18となっていましたが、正しくは16です。以後この2人は16歳として扱うものとします。突然すみませんでした。
広場にて、黒衣の男と英雄が何度も剣を交わす。時には魔術が飛び交い、互いを確かめ合うかのようにゆっくりと激しさを増していく。
「君との馬鹿騒ぎはこれで何度目だ!」
不意にゼロ…いや、クロードが聞いた。今ゼロを動かしているのはゼロとエンバージュの魂が混ざった人格だ。本来のゼロではない。故に、存在しないはずのベルナールとの記憶が脳内にこびりついて離れない。
「さぁ?一回目は確かハイドレストに入ってばかりの時のトーナメント戦だったかしら?思えばあの直後に起きた事件が無ければ、あんたは絶望を知らずに生きていけたのかもね」
記憶が蘇ってくる。揺れる赤髪との戦いが。自分の記憶が自分へと流れてくる。そして、自分が知る由もないハイドレスト魔術学園の地下で、大切な物を失ったクロードの記憶が、まるで自分の物のように感じてくる。
「後悔は無い。歩む道が君と交わらなかった事に、僕は一切の後悔をしていない。もう君も諦めてくれ。こんな事を続けても何もならない」
ゼロの顔は仮面で見えないが、その奥でベルナールと視線を何度も交わす。内面のゼロにはその感覚が不思議で仕方ない。クロードにとっては不快なのだろうが。
「つまり私をフったこと、後悔してないってわけ?本当にイラつく男ね」
ベルナールが魔術を放ち、ゼロの周囲を炎が囲う。
「少しは炎以外使ったらどうだ!」
ゼロが剣を空高く投げると、途端に豪雨が降り炎を消した。エンバージュの魔術を直接行使することは難しいが、ゼロの生成した剣に魔術を組み込むことなら容易だ。
「…らしくないわね」
「何がだ?」
「その声も、雰囲気も、喋り方も魔力も、全てがクロードそのものなのに…何か違う。決定的な何かが…お前は誰だ?」
ベルナールの海色の眼が輝いた。途端にゼロは吹き飛ばされてしまった。何が起こったのか分からない。直ぐに体勢を整えるが、ベルナールの姿が見えない。
「どこに…はっ!上!?」
足元に広がる影。空を見ると、大きな炎の塊が落下してきていた。魔術でバリアを張り、同時に剣を作って足元で爆発させて加速した。なんとか回避はできたが、地下で巨大な生物が移動しているかのように崩れていく地面に巻き込まれてしまった。
…そして、左胸に激痛が走った。見ると、ベルナールの剣が深く突き刺さっていた。突き刺さった場所から紫色の炎が溢れ出し、ゼロの体を燃やしていく。
「このためにあんたを殺しきれる武器を用意してきたのよ」
身体と意識、その両方が広大な闇へと落ちていく中で、ゼロの体を動かすクロードの魂が最後に見たのは、かつての友人が容赦なく自分を殺そうとするエゴと嫉妬の塊に成り果てた姿だった。
ゼロとクロードの混ざり合った人格は、自身の魂が炎に焼かれる刹那、自分の肉親の代わりとなった男の最後の言葉を思い出しながら消えていった。
『今までありがとうクロード。君を救えただけで、私は満足さ。…ただ…』
崩壊が収まると、周囲の景色は変わっていた。薄暗く、上空から日の光が木漏れ日のように差し込んでいるだけだ。
「クッソ…あ、あれ…?」
戻っている。元のゼロ・スティングレイに戻っている。己の心の中にクロードの存在を感じない。一体何が起きたというのだ。
「ようやく化けの皮が剥がれたわね。それじゃあもう一度聞くわ。お前は何者だ?」
「ちょっとネメシス君!しっかり抑えておくれ!これでは魔術も使えん!」
「なんとかしてます!あなたも少しはサポートくらいしてください!」
フェリシーとネメシスは予想に反して苦戦していた。前衛、後衛と別れる2人だったが、シルビアとゴールドスタインは両前衛をしつつ余裕のある方がフェリシーにちょっかいをかけるといった動きをしているため、ネメシスの負担が大きい。
「あの銀のアーツを破れないのか!?」
「無理です!それこそ魔法でなんとかしてくださいよ!」
「ええい…!こうなれば持久戦だ!我々は時間稼ぎさえできればそれでいい!」
フェリシーが懐から何やら機械のような物を取り出した。歯車のような物が複雑に噛み合って出来たそれは独りでに動き出した。
「何ですかそれ?」
「アイリス君と共に作り上げた品物だ。この場の魔力を無差別に吸い続ける装置さ。私も弱体化するが、君の身体能力ならやれるはずだ」
まるで諸刃の剣だ。フェリシーの強みを消してまで、あの2人を弱体化させるというのだ。
「ヴィエル!気を付けろ!魔力が練れないぞ!」
「ですね…盾のアーツ、まだ使えますか?」
「強力な魔力が飛んできたら次で壊れてしまうだろうな!お前の炎は!?焼き払えんのか!?クソッ…!」
ネメシスの渾身の蹴りを受けて、シルビアの銀の盾は決壊した。こうなっては彼女はただの騎士だ。
「松明の方がまだマシです!くっ…!」
ヴィエルの方は更に悲惨だった。彼女の黄金の炎のアーツは、鎧や盾、剣にも宿していたため、単純に防御力の高いだけのシルビアと違い、攻撃と防御の両方を封じられている。攻撃は自分の力で行う分技術ではシルビアがやや上なのだ。
「ほら…これで勝てるだろう…」
ネメシスの後方から聞こえてくるフェリシーの声は酷く掠れ、弱っているように聞こえる。
「フェリシー!?」
「この肉体は魔力で保っていたからな…少々疲れた…」
手を地につき、息を切らしている。だがそれでもいつものように笑顔のままだ。
「まだ始まったばかりですよ!もう少し仕事しなさい!」
「厳しいことを言うじゃないか…か弱い乙女になんてことを…これだから脳筋ドラゴン女は…」
一方の弱ったネメシス側を見るや否や、シルビアとヴィエルは盾を捨ててネメシスに飛びかかった。
「踏み込みが甘い!」
シルビアの初撃を躱し、背後のヴィエルに回し蹴りを喰らわせた。
「そのまま抑えろ!」
「やってます!」
蹴りに使ったネメシスの右脚をヴィエルが掴んで離さない。ネメシスは半足の浮いた不安定な姿勢のままシルビアの斬撃を防いでいた。このまま時間を稼げればそれでいい。
「お前は何者だ?」
立ち上がったゼロの前に立ち塞がるベルナール。
「お前のよく知る男だ」
「嘘ね。その剣を見てごらんなさい」
剣…黒雨のことだろう。持つ物によって姿形を変化させるこの剣が、クロードの持つ剣ではなくゼロの刀になっている以上誤魔化せはしない。
「へっ…バレちゃ仕方ない。そうさ、俺はお前の求めてる相手なんかじゃない」
ゼロは仮面を脱ぎ捨てた。
「不思議ね。顔はそっくりなのに、アンタ目が死んでるわ」
「人様に対して失礼な女だな?テメェの心の方が死んでんじゃねぇのか?」
「その姿で…!クロードの姿を穢すなッ!!」
ベルナールの右手が素早く動き、火球が飛んでくる。難なく打ち払い、したり顔で笑ってみせる。
「おいおい、そうキレんなよ。200年も生きててまだそんなに感情豊かな人間でいられるなんて、とんでもない頭ハッピーセット野郎だな?おっと失礼、野郎じゃなかったな」
「答えなさい!お前は誰だ!」
「ゼロ・スティングレイ。又の名を氷雨零。テメェのよく知る氷雨家の末裔だ馬鹿女」
予想外の答えにベルナールは狼狽えた。
「…!?アイゼン…!あの忌々しい臆病者の…!」
「男取られたのがそんなに嫌か?叛逆の魔女…ユイナだっけ?そいつからしたら、お前さんの方がよっぽど泥棒猫だっただろ」
「人の記憶を勝手に見るな!」
何度魔術を飛ばそうが、この男には通用しない。
「…人を勝手に異世界に飛ばしといてよく言うぜ」
「…お前があの時の…!?」
「人様の青春を台無しにしといて罪悪感とか無いのか?まぁあっちの世界の学校も結構楽しかったけどよ」
「異世界の記憶を持ち込む危険分子は排除しなければならない。それが世界の理よ」
「自分だけは例外か?銃なんてこの世界に元から無かっただろ。お前がその存在を持ち込んだんだろ?」
「黙れ!」
ベルナールが怒りに任せて剣を振りかぶる。黒雨を抜くまでもなく、ゼロは悠々と斬撃を防いだ。
「最強の英雄様も大したことないな。シルバー女の方が強いんじゃねぇの?お前がリヴィドに帰ってくるって聞いた時は戦うのを楽しみにしてたんだけどな」
「アンタみたいな駄犬如きに魔眼を開放しなければならないなんてね…!」
周囲の空気が重くなり、ベルナールの海色の眼から大量の魔力が溢れ出た。荒れ狂う魔力の奔流に呑まれ、ゼロは吹き飛ばされ壁に打ち付けられた。
「いってぇな…頭のネジが外れたらどうしてくれんだよ」
軽口を叩くゼロに迫る澱んだ色の魔弾。五大元素が渦巻き、互いに反発しながらこちらに飛んでくる。
「見え見えなん…は!?」
斬った。そのはずだった。しかし魔弾は何十個にも分かれてゼロに襲い掛かる。
「このッ!マジシャンかテメェは!」
大きく跳躍し、魔弾を再び撃ち落とす。ベルナールはまだ遠くにいるが、ここからでも仕掛けられる。剣を真っ直ぐ彼女に向けて飛ばし、3本追加で横側から囲う様にして投射した。
その剣はいずれも命中、ベルナールの胴に深く突き刺さる。
「ザマァ見ろ!当たったぜクソ女…なんだテメェ!」
ふと背後を振り向くと、先程まで正面にいて、ゼロの攻撃をまともに喰らったはずのベルナールがいた。
「残念。大外れ」
「て、テメェ…!ぐはッ…ァッ…!」
腹に突き立てられる剣。鋭く、激しく燃える様な痛みが腹部に走る。口の中は鉄の味がした。
「ネメシス君…悲報だがもう結界がもたん」
「ちょっと!?むしろ状況悪化してるじゃないですか!何やってんです!?」
結界にヒビが入り、決壊していく。ガラス細工のように、床に落としたコップのように甲高い音を立てて割れ、外で待機していた騎士達が押し寄せてくる。
「やった…!これで増援が来れるぞ!」
「私達の勝利です」
「くっ…!フェリシー!こちらの兵達は!?」
「別の場所で戦闘中だ!今からでは間に合わん!」
王国にとっては好機。叛逆の騎士団側には絶体絶命のピンチとなった。僅か数十メートル先から、剣と盾を持った無数の騎士達が押し寄せてくる。
「装置を止めてください!」
「自分の周りを見てから言え!」
今装置を止めれば、魔力の復活したシルビアとヴィエルがネメシスに攻撃するだろう。完全にフェリシーのミスだった。
「くっ…判断を誤ったか…隠居生活が長すぎたかもしれん…」
「戦闘になると本当に知能指数が下がるんですから!もう少し先のことを考えてください!」
そう叫ぶネメシスも限界だ。シルビアとヴィエルをそれぞれ片手で抑えられているのが奇跡といったところか。
「チェスなら得意なんだがな!」
「言ってる場合ですか!」
「ヴィエル!このまま押し切れ!!」
「やってます!!」
抑えていた剣がじりじりとネメシスの顔に迫ってくる。最上位の龍人として不死を与えられた彼女だが、首を切り落として無事なのかは分からない。当然、彼女自身試したこともなければ、彼女をそこまで追い込める者も今までいなかった。
この者達はネメシスを2人がかりで、フェリシーのミスがあったとは言え追い込んだ。間違いなく最強格の実力者だ。
だが…
「ああ…ビアンカ、そこにいたんですね」
ネメシスが空を見上げてそう言った。
「!?」
直後、向かってくる騎士団の中心で爆発が起きた。
「なんだ!?爆弾か!?」
「狼狽えるな!進め!」
今度は先頭、次は後方で爆発が起きる。…いや、爆発ではなく、何か飛翔してくる物体のあまりにも高い威力によって巻き起こされる砂埃によって、爆発に見えているのだ。そしてそれの正体は、フェリシーとネメシスだけが知っている。
「こっちにも飛んでくるか…!」
シルビアとヴィエルの足元を掠めた弾丸は、遥か上空から飛んできていた。
「エヴリン!上です!」
ネメシスと距離を取って回避行動に移ったシルビアとヴィエルが空を見上げると、何か黒い大きな物体が空に浮いており、そこから何かが落ちてくる。
「何…!?」
上空から高速で落下してきた物体は、地面すれすれで急減速し、悠々と着地した。耳にかかった一部が淡い青色をした、桃色の髪を風になびかせ、血のように赤い眼で敵陣を見据える少女…ビアンカだ。この世界に似合わぬ黒光りした、2枚の長い板から成る金属質の狙撃銃のような外見の銃を携えてこの戦場にやってきたのだ。
「ごめんねネメシス。アイリスの運転が下手でさ」
「本当に間一髪でした…。それより一体アレは…?」
ネメシスも上空の物体は知らないらしい。すっかり首を傾げている。
「ああアレね。『ヘリ』って言うんだ。私が200年前使った奴をアイリスに修理してもらったんだ。元はと言えば、あのベルナールが異世界を覗いた時に手に入れた知識が抜き取られて、それを基に作られたらしいんだけどね。このレールガンも。おっと、長話が過ぎたね。まぁ敵さん、恨むならベルナールを恨みなよ。アイツが異世界を覗き見る才能が無かったら私はただの雷使いだったからね」
ビアンカは半壊した敵軍に向かって言い放った。この世界にはヘリも銃もレールガンも存在していないはずだった。だがどうもベルナールが関係しているようだ。
「何はともあれ感謝します。…フェリシー!もう壊していいですか!」
「ああ。好きにしたまえ」
フェリシーに確認を取ると、ネメシスは例の装置を拳で軽々と粉砕した。火花が散り、金属の潰れる音を立てて壊れていった。
「なんだ…?魔力が戻って…」
「まだチャンスですエヴリン!畳み掛けましょう!敵の増援
はおそらく遠距離型です!」
再び剣を取るヴィエル。しかしシルビアは動かない。
「エヴリン!早く!」
「…来る…!私の後ろに隠れろヴィエル!」
「え…?」
ヴィエルの腕を掴んで自身の後ろに投げ飛ばすシルビア。直後、またも亜音速の弾丸が飛来する。
「おっと…防がれちゃった。まだ弾はいっぱいあるから、どれくらい耐えられるか確かめてあげるよ」
「くっ…!なんて威力だ…!あんな物どうやって…!」
銀の盾のアーツでレールガンの連射を防ぎ、必死に耐え忍ぶシルビアと、なんの躊躇いもなく引き金を引き続けるビアンカ。その余波だけで人が吹き飛ぶのではないかとさえ思わせる程の魔力が飛び交い、2人以外は置き物同然だった。
「ビアンカ君、もういい。後は私達がどうにかする」
「正気?あれだけ負けといて?」
「なに、実験が失敗しただけのことだ。お遊びは終わり、そうだろう?ネメシス君」
突然の提案にビアンカは目を丸くする。2人を信用していないわけではないが、フェリシーがまた何かやらかさないか心配なのだ。
「ええ。ありがとうございますビアンカ。あなたは自分の戦いを終わらせなさい」
「はぁ…せっかく良い感じのピンチに助太刀できたってのにもう退場か…」
ビアンカは不満げだ。最も戦いに飢えているのは彼女なのではないだろうか。
「ここは君には役不足だろう?ほら、100年越しの因縁を終わらせてこい」
「仕方ないな…じゃあ、後は任せたよ。しくじらないでね。特にフェリシー。普通にやれば勝てるでしょ?」
「当然だ」
「それじゃ、また後で」
そう言うとビアンカは遥か上空で待機するヘリに向かって何か水晶のような物を遠投し、光となって姿を消した。おそらく既にあのヘリの中だろう。上空を飛行する鋼鉄の車は戦場を後にした。
「なんだ…?逃げたのか…?」
「今度こそチャンスですよ!行きましょう!」
「!分かっている!」
再びネメシスを挟み込むシルビアとヴィエル、だがしかし魔力の戻ったネメシスは正確に2人を抑えていた。
「本当に勝てるんです?」
ヘリが完全に見えなくなった後でぽつりとネメシスが聞く。
「ははっ!無理だろうな!」
フェリシーは特攻してくるシルビアを相手しながら満面の笑みを浮かべている。
「笑いながら言うことじゃないですよ…」
「なーに、死ぬことはないさ。捕まらない程度に気楽にやろうじゃないか」
「さっきそれで私が死にかけたんですけど?不死を剥奪する聖遺物があるかもしれないというのに呑気なものですね」
「訂正。少なくとも私は死なないさ。だからまぁ…自分が死なないように頑張りまたえよ、お嬢ちゃん」
「もうそんな歳ではありません!」
どうしてこの大魔女はこうも碌でなしなのか、それはフェリシーとネメシスが初めて出会った時と同じ印象であり、今もなおネメシスはその印象を抱き続けている。あまりにも永い時を生きてきたために価値観が異なるのか、元から価値観が大きくずれているために不死などという存在になったのか、その真相は不明である。




