稽古という名の…
同日昼過ぎ 、ゼロは王宮でエンジェライアに会ってきた後、帰宅する前に古臭いパブに寄った。
扉を開けるとカランカラン、と心地良い音が鳴る。実際には鈴だとかベルだとかはないのだが、雰囲気づくりのためにここの店主がわざわざ音が鳴るように魔術をかけているらしい。
「やぁ、来たみたいだね」
フェリシーがカウンター席に座って酒を飲んでいた。
「そりゃ呼ばれれば来るだろ」
「ハハハ、まだ君の事を熟知しているわけではないんだ。キリエとベルティーナよりは、な」
「あんまり聞きたくねぇ二人組だな。…マスター、何かおすすめは?」
スキンヘッドで眼帯をしている、イカつい…失礼、ナイスガイな男性に話しかける。
「リヴィディアンテキーラ、40年モノなんてどうだ?」
「悪りぃ、まだ未成年なんだ」
「了解、なら適当なジュースを取ってきていいぞ。せっかくうちに来てくれたのに、何も飲まずに帰らせるなんて歴代の店主に顔が立たん」
店主がゲートを開けてカウンター側へと案内した。どうやら自由に取っていいらしい。
「気が利くねぇ…じゃあありがたく」
ゼロはレモンジュースをもらった。よく見るとフェリシーは既に1瓶飲み干していた。
「何でわざわざここに?別にあそこでもよかったんじゃないか?」
「ちょっとした接待さ。ここはほぼ貸切状態だし、そもそも私が資本を提起しているからドリンクや食べ物は全て無料だ。遠慮せずに食うといい」
「ありがたいねぇ…それで、何の用だ?」
「ああ。その『右腕』、大丈夫かね?」
ゼロの右腕が痛むことは誰も知らないはずだが、彼女の目は誤魔化せないらしい。
「正直、死ぬ程痛い」
「だろうな」
フェリシーは無表情に酒を啜る。
「少しは心配してくれてもいいんじゃないか?」
「心配よりも哀れみが勝るのでな」
意外なことにフェリシーにも哀れみという感情があるらしい。まだ出会って日は浅いが、彼女は客観的な立場を重視し、私情を見せない人物に見えていた。
「エンバージュに匹敵するくらいの力になれば相殺できるらしいな」
「ああ」
「正直に言って、可能なのか?」
「不可能などこの世に存在しない。ただ…極めて困難であるとだけ言っておこう」
「答えになってねぇよ…」
まぁ、フェリシーに同情を求めることに関しては不可能なのかもしれない、とゼロは思った。
「エンバージュは元々ただの少年だった。戦うことしか知らない、戦いにしか生きる意味を見出せない、束縛と支配を嫌う自由の戦士だ。どうだ?君と似ているだろう?」
「はぁ…この一件が終わったら何がなんでも治してもらうからな」
「尽力する。だが…意外とこの一件の中で解決されるやもしれんぞ?」
「どういうことだよ?」
フェリシーは悪戯をする子供のように笑って言った。
「計画の実行までに我々で君を強化すればいい」
「そりゃありがたい。んで、いつやるんだ?」
「実はもうネメシスに話をつけているんだ。帰ったらネメシスに頼むといい。後日私も訓練を付けよう」
「了解、それじゃあな」
自分に拒否権はないのかと思いつつも、今は文句を言っている状況ではないことを思い出して快諾し、宿に戻ることにした。
「ああ、あと一つだけ」
パブを出ようとするゼロをフェリシーが呼び止める。
「『白銀の城砦』相手にあれほど攻めの姿勢を維持できたことは評価する」
「…それはエンバージュに言っとけ」
宿の地下拠点にて
「ネメシス、フェリシーから話は聞いてるよな?稽古をつけてほしいんだが」
アイリスによって案内されたネメシスの部屋は、部屋というよりも稽古場に近かった。特殊な魔術がかけてあるからか、地下だというのに天井には星空が浮かんでおり、竹林の間を抜ける、涼しく穏やかな風が吹いていた。作られた空間というより、自然の一部を切り抜いたかのようだ。
「はい、では服のお着替えを。まずは体の動かし方から行います」
「着替えって言ってもコート脱ぐだけなんだがな」
白いコートを脱ぎ、そこら辺の岩に置いておく。アイリスが畳んでくれた。
「まずは…この板を破壊してください」
「拳で?」
「拳で。ただし、しっかり自己強化の魔術を使うように」
てっきり岩でも砕けと言われるかと思ったがそんなことはなかった。ゼロの見立て通りネメシスは常識がある方だった。因みに、ゼロの中で常識がないのはフェリシー、ベルティーナ、キリエの3人だ。
岩に掛けられた木の板に思い切り拳を叩き込む。
「スゥー……はッ!!」
割れていない。魔力による保護があるため痛みは無いが、元から右腕が痛んでいるだけかもしれない。
「魔力が分散しすぎています。一点に集中させてください」
「分かった」
十分絞っていたつもりだったが、ネメシスからすれば足りないらしい。現に、薄い木の板すら割れていないのだから何も言い返せないが。
「…ふんッ!」
割れもへこみもしない。厚さ5ミリ程度の木の板のどこにこのような堅牢さがあるというのか。ゼロは不審がった。
「…なんか硬くないか?」
「そ、そんなことありません!魔力が絞れていないだけです!ほら、次は私も一緒に!」
「え?」
ネメシスがゼロに覆いかぶさるようにしてゼロの右腕を掴む。
「あのさ、これ何の意味が…」
「ほ、ほら!気にせずに!集中しなくては!」
(コイツ最初からこれが目的だっただろ!)
もはや訓練でも修行でもない。ただ密着しているだけである。まな板…失礼、動きやすそうな胸部を懸命に背中に押し付けている気がするが、気にしたら負けだろう。
「で、では!…せいッ!」
ゼロの右腕を強引に動かして木の板を粉砕した。
「……」
「よく出来ました!この調子で頑張りましょう!」
(アイリス、黙って見てないで助けてくれないか?)
(巻き込まないでください。私はただの研究者ですので)
視線でアイリスに訴えると、同じく哀れみの視線か返ってきた。
(ネメシスがまともって思ってたのどこのどいつだよ…)
「ああ…災難だった…ただのセクハラじゃねぇ…?逆だったらヤバかったぞ…?」
地下基地の廊下を歩きながら愚痴をこぼす。結局アイリスは助けてくれなかったし、ネメシスはゼロが疲れてへたり込むまであの作業を延々と繰り返した。魔力で保護していても流石に関節の痛みまでは消せない。筋肉痛確定だろう。
「ん…ゼロ、いいところに」
「ビアンカ?どうした?」
「フェリシーに頼まれて、ゼロに訓練を受けさせてやれって。だからちょっと付き合って」
少し呆れた顔のビアンカ。こちらも同じ気持ちだというのに。
「俺さっきネメシスとやってきたんだけど?」
「どうせネメシスのことだから格闘系の訓練でしょ?私が教えるのは真反対のこと、ちなみに拒否権はない」
「えぇ…」
軍隊か何かだろうか。それとも不死身の連中は休むという概念がないのか?そう思わざるを得ない。だが力不足も事実、ウダウダ言ってられないだろう。彼女について行くことにした。
「…もっと足を開いて、少し肘を曲げて…」
ビアンカに渡されたのは物騒な黒塗りの大型の銃。レールガンというらしい。中に何が入っているのかというほど重く、持っているだけでトレーニングになるのではないだろうか。
「的が見える?中心を狙って…」
ビアンカの言う通りに的を狙う。照準器を覗くと、自分の体が揺れていることがはっきりとわかる。
「撃って」
引き金を引く。頭が割れるのでは、というような轟音が響き渡り、ターゲットを粉砕した。
「速すぎないか?」
「それがレールガンだから」
「訂正、人間には速すぎないか?」
「アイリスには感謝しないとね」
「俺は接近戦しかできないぞ?2ヶ月以内にこれを使いこなせるとは思えんが」
銃など扱ったことがない。弓ですら面倒で匙を投げたほどだ。遠距離は性に合わない。
「いつか必要になるかも」
「こんな馬鹿げた威力の兵器が必要になるか?」
「『白銀の城砦』相手なら必要かもね」
「アイツとはもう戦いたくないぞ」
「嘘。本当は戦えれば誰でも良いって顔してる」
「へへ、違いねぇ」
「もう…じゃあ次はこっち…」
ビアンカとの訓練はネメシスに比べれば幾分かマシだった。少なくとも彼女はセクハラ紛いのことはしてこない。ただ、自分にとって必要かどうかは相変わらずわからないままだった。
「フェリシー、早速ネメシスとビアンカに会ってきたぞ」
後日、またフェリシーとパブで会った。相変わらず人はおらず、閑散としていた。
「おや、どうだった?」
「ビアンカからは銃の使い方を教えてもらったが…ネメシスはほぼセクハラ紛いのことしかしてないな」
「私からもキツく言っておこう」
フェリシーとネメシスの関係性からして、本当にキツく言うはずだが大丈夫だろうか。フェリシーは大魔女で、ネメシスは武神。その2人の喧嘩など見るに堪えない。
「本当に必要だったか?」
「まだ彼女達も君の可能性がどれ程が見極めていないんだ」
「いや、あのシルバー女と渡り合えるんだったら別に訓練も何もいらないんじゃないかって」
「……そのことか」
フェリシーが俯く。何か言えないことでもあるのだろうか。
「どうした?」
ただ酔っているようには見えない、本当に顔色が悪そうだ。だがフェリシーはゆっくりと話し出した。
「実はな、あの性悪な未練がましい女が近々リヴィドに帰還するみたいなんだ」
「性悪な未練がましい女?」
「マリー・メリア・ベルナール。よく知っているだろう?」
「王国最強とかなんとか言ってたな。どれくらい強いんだ?」
フェリシーの顔にまた影が落ちる。どうやらベルナールを恐れているようだ。
「あの女1人にほぼ壊滅させられた」
「は!?」
エンバージュとその騎士団がベルナール1人に負けたというのだろうか。あり得ない、彼女達も相当な手練れだ。特にネメシスとフェリシーの2人がいて負けるとは思えない。
「信じがたいことだが…我々にできるのは、いかにして彼女を説得するかということだ」
「嘘…だろ…」
「私も嘘であってほしいとどれだけ願ったことか…」
「いやマジか!アイツと戦えんのか!」
「は?」
フェリシーがきょとんとする。聡明な彼女の脳のキャパシティを超えたようだ。彼女が困惑するのは初めて見た。
「いやいや、最強と戦えるってことだろ?楽しみなんだが!?」
「…理解できん」
「俄然やる気出てきたぜ!フェリシー、この後お前も稽古つけてくれよ!」
「まぁ…怯えられるよりはいいか…」
終始困惑したフェリシーだったが、ゼロが戦闘狂なのが悪い。いや、戦闘狂と言っては失礼か、ロマンに勝てなかったのが悪いだろう。




