かくして、叛逆の王が誕生した
翌日、ゼロを起こしにきたのはアイリスだった。
「王、起きてください。今日から用事が立て込んでるんですよ〜?」
「アイリスか。用事って?」
寝起きだが不思議と眠くない。久しぶりにぐっすりと眠れたような気がする。シルビアとの決闘でよほど疲れていたのだろうか。
「詳しくは会議で。まずは朝食を召し上がってください。皆はもう先に食堂に集まっておられますよ」
「分かった。すぐ行くよ」
地下室の階段を降り、迷路のような通路を通って食堂までたどり着いた。アイリスについて行かなければ数十分はかかっていたかもしれない。
「おはようみんな…」
「うむ。おはよう我が王」
「おはようございます我が王」
「おはようございますゼロ様」
食堂には既に全員集まっていたが、ベルティーナとビアンカは突っ伏して寝ており、キリエは目を閉じて手を組み、祈っている。
「なんていうか…個性的だなお前ら」
「ルシア様がいてくださってよかったです。私だけでは統率がとれませんので…」
「ありがとうルシア。感謝してるよ」
「はい!ありがとうございます!」
起きている組は活発そうでなによりだ。ゼロはどちらかという朝は弱い方だ。しかし、魔霧によって夜間の外出が制限される環境においては、むしろ夜型の人間は珍しいかもしれない。
「何か食べるかね?アイリス君の自家農園はまだ収穫期ではないが、ベルティーナ君が調達してきてくれたぞ?」
「何がある?あまり重くないものがいいんだが」
「重くないもの…魚は調理が面倒かね?なら手軽くパンと野菜でも良いんじゃないかい?」
「魚くらいなら俺でもできるよ」
「王に手間をかけさせるわけにはいかないさ。キリエ君、お願いできるか?君は確か料理の腕に覚えがあるんだろう?」
手間をかけさせるわけにはいかないと言いつつも自分では作らないんだなと思いながら、無言で厨房へと向かうキリエを見送った。
「むぅ…私だって料理くらい…」
「アイリス、人には得意不得意があるんですよ。そう落ち込む必要はありません」
「落ち込んでなんかないよ。でもちょっとだけ…王に手料理を振る舞えるのが羨ましいなって…」
アイリスはしょぼんとしている。朝起こしに来た時といい、アイリスとルシアはメイドでも目指しているんじゃないかと思ってしまう。
「あれ?アイリス君、そんなに料理が下手だったか?前は普通に振る舞ってくれていた記憶があるんだが…」
「簡単なものなら作れるんだよ。けど…手難しいのは途中でこう…あれこれ試行錯誤しちゃって…気が付いたら真っ黒な物質が…」
このメンバーの会話は聞いているだけで面白いのだが、そんな事を考えているとキリエが戻ってきた。
「出来ましたわ。白身魚の刺身ですわよ」
「えぇ…キリエ君、魚は火を通してから…」
「流石にちょっとこれは…」
「キリエ、悪いことは言わない。けどそれは無い」
フェリシー、ネメシス、アイリスは目を丸くして引いている。
「そうかな?私はありだと思うけど。キリエの故郷では普通だったんでしょ?」
「もちろん。シンプルかつ繊細な料理ですわ。醤油もありますわよ」
「…まさかのダブルパンチか…」
「キリエ、それは調味料じゃない。ただの塩分の塊みたいなものだよ」
メンバーからの評価はさんざんだった。ビアンカは唯一味方をしていたが、ルシアは特に何も思わないようだった。獣人だから魚を生で食べることもあったのだろう。
「美味そうじゃん、食っていいか?」
「ええもちろん。よろしければご一緒しても?」
「是非、よくできてるなこれ」
ゼロは剣を生成する要領で金属製の箸を作り、何の躊躇いもなく食べた。
「美味いじゃん。食べやすい大きさに切ってあるし、目利きも完璧だ。もしかして料理人だったりする?」
「故郷の料理に精通しているだけです。それでも、腕前については自負しております」
他のメンバーは唖然として見ていた。
(あー…そうか、向こうでも『日本』の刺身は外国に拒絶されたとか何とか…こっちの極東の刺身もおんなじか…)
「駄目だ…私は体が受け付けん。そも、我々は別に食事を必要としないのだから食べる必要はないだろう?」
「え?フェリシーって王が気に入った料理を食べない不忠な奴だったっけ?」
「その言い方は卑怯だろうビアンカ君!?」
「かわいそうなゼロ…配下に自分の好み否定されちゃった…」
「こ、この…!食べればいいのだろう食べれば!」
(別に他人の食事にとやかく言うつもりはないんだがな…)
まぁこれはおそらくビアンカがフェリシーを揶揄いたいだけなのでゼロは関わらないようにした。
食事が終わると、アイリスに案内されて会議室とやらに向かった。中央の大円卓には大きな地図が置かれ、チェスの駒のようなものが乗っけられ、丸印やら紋章やらが書かれていた。
「ふむ…全員揃ったな。ではアイリス君、始めたまえ」
「はい。まずは現状の整理から。ではまず皆さん、どうして我々が手配されたのかは把握していますよね?」
「はい!」
ベルティーナが元気に手を上げる。年不相応な活発さが特徴がここでも出てきたようだ。アイリスは渋々指名した。
「じゃあ…ベルティーナ」
「ゼロ様を手伝うためです!」
「…端的だけどまぁヨシとする。では、何が問題か把握してますか?」
「それについては俺から説明したい」
「では我が王の言葉に耳を傾けるように」
今度はゼロが買って出た。ルシアがどれほど把握しているかが分からないためというのもあるが、何より自分でも何を目標としているのかを定めておきたかったからだ。
「俺の婚約者、リヴィドの真女王エンジェライアは7年後、生贄としてリヴィドの礎となる。俺はそれを阻止したい。彼女に約束したからだ。そのためにエンバージュに力を求めた。だから…俺はエンジェライアが生贄にされずに生きていてほしい」
「課題はどうやってその運命を回避するか、だろう?」
「あぁ。エンジェライアは国を出るつもりはない」
「だが彼女が生贄として捧げられなければリヴィドを維持する魔術は解かれ、国は文字通り崩壊する。となると国を出るつもりはないという点において矛盾が生じる。大を生かすために小を殺すか、小を生かすために大を殺すか。本来であれば比べるまでも無いが…さて、どうする?」
一人の少女を生かすために国を滅ぼすことは許されるか?いや、その少女が国を滅ぼすことには反対しているのだ。
「エンジェライアはエンバージュならリヴィドを変えられると言っていた。この国の腐った循環を正せるのか?」
「直接的に直すことはエンバージュであろうと不可能だな。リヴィドは初代リヴィド女王の魔術で出来上がった国だ。誰かがその術式を維持しなければならない」
「代わりの生贄か、あるいはこのシステム自体をどうにかするか…」
「現実的なのは代わりだろうな。だがそれでは後味が悪い、だろう?」
「あぁ。てなるとこの腐ったシステムをどうにかするしかないのか…」
「問題はリヴィドが女王の術式で成り立っていることにあるだろうな。この国を維持するには魔力が必要だ。一般国民の魔力では足りない、貴族連中の魔力が必要だ。それ無しで維持するのは不可能だな」
「本当に終わってやがる…」
「あぁ。だからエンバージュはこの国を滅ぼそうとした。彼の義姉の子孫が次々に捧げられていくことに耐えられなかったのだ。ペントルクス家はよりにもよってリヴィド家に矛先を向けた。リヴィドを維持する魔力と聞けば莫大な量を想像するが、ある程度上物な貴族ならば足りるだろうに」
「……結論から言って、どうするのが正解だ?」
「それは私ではなくアイリス君に聞くべきだな。どう思う?」
フェリシーは賢明であるが、決断すると言うことにおいてはアイリスの方が上手だ。少なくとも昨晩彼女達と話してそう思った。
「既存の生命を消費することなくエンジェライア殿を救い、リヴィドの腐敗した循環システムを壊し、なおかつリヴィドは存続させる。という全ての条件を満たす方法は存在しません」
「…だろうな。自分でも欲張りだと思ってたところだ」
「故に、最低でもそれらの条件の一つは妥協せねばなりません。その中で正解というのもまた存在しません」
「俺としては…エンジェライアが生きてればそれでいい」
「であれば国を壊滅させる選択を取るか、代わりの生贄を見つけるか、この2つですが、問題は王国側がそれを呑むことはないという点でしょう」
「どうしてですか?」
ここでルシアが質問する。他のメンバーは静かに聞いているが、彼女達はどのように思っているのだろうか。
「はい、それはペントルクス家の存在によるものです。現状、一般国民にとっての王家はペントルクス家のみ。その他貴族に関しても、リヴィド家というのは生贄を輩出する裏の王家という認識なのです」
「そのリヴィド家が生贄の輩出を止めると知れたら…王国が崩壊すると騒ぎ出すでしょうね…」
「はい、そうなれば国民は総出でエンジェライア殿の身柄を確保、拘束するでしょう」
「となるとあまり表沙汰にはできませんか…」
「いいえ。敢えて国民に広く公表してしまえば良いのです」
「…と言うと?」
「ペントルクス家は偽りの王家で、リヴィド家が真の王家なのだと国民に認知させれば良いのです。そうしてルキア・ペントルクスを失脚させ、エンジェライア殿を正式に即位させます」
「ちょっといい?」
ビアンカが口を挟む。
「何?」
アイリスはゼロ以外には基本的にタメ口だ。そのため少し機嫌が悪そうに思える。
「エンジェライアを即位させてどうするの?」
「分からない?エンジェライアが即位すれば、彼女は生贄として捧げられることはなくなる。ペントルクス家と立場が逆転するの。リヴィド家だけに責任を負わせ続けたペントルクス家から逆に生贄を輩出させればいい。元々、ペントルクス家は議会に圧力をかけることが度々あった。これって、初代リヴィド女王の意志に反してると思わない?それに、犠牲が必要なら別の貴族だって候補にあるし、自分達の家系から捧げるという選択もあるのに、よりによってリヴィド家にその咎を負わせたんだよ?」
確か、初代女王は議会と国王の権力を分離し、国民が政治に参加できるようにしたはずなのだ。
「なるほど。なら私はそれに全面的に賛成するよ。他は?」
「私は王の決定を待つ」
フェリシーが言った。
「私もそうします」
ネメシスも続いた。
「神の御心のままに」
キリエも頷いた。
「王の意思を尊重します」
ベルティーナも頷く。これで賛成2、ゼロの決定待ち4、残るはゼロとルシアだ。
「ルシアは?」
「私もゼロ様に委ねます」
こうなればゼロの意思が全てだ。慎重にならざるを得ない。
「一つ聞いておきたいんだが…アイリスはどうしてペントルクス家を目の敵にするんだ?ああいや、そう見えただけだ。俺の勘違いなら別に構わん」
アイリスは俯き、そっと言った。
「私はアイゼン・スティングレイの意思を受け継いだんです。ペントルクス家はアイゼン先生を叛逆の魔女の師であるとして処刑しました。それが気に食わないだけです。王の意思決定には不要な要素であるとは自覚しておりますので何卒」
アイゼン・スティングレイ。またの名を氷雨愛善。紛うことなきゼロの先祖だ。ならば、間接的にではあるがゼロにとっても仇である。故に…
「…分かった。ペントルクス家を失脚させ、エンジェライアを即位させることを俺達の目標とする。目標遂行にはエンジェライアを死なせないこと、リヴィド自体は存続させることを最低条件とする。いいな?」
『了解』
全員が一斉にそう言った。個性的なメンバー故、もっと意見が割れるかと思ったが、基本的に皆ゼロの意思を尊重した。これは彼女達の固い絆を表しているのだとゼロは確信した。
「久しぶりの派手な舞台になりそうだな?」
「腕が鳴ります」
「ペントルクス家には憎しみしかないからね」
「リベンジマッチ、ですね!」
「今のシックスガーディアンはどれだけの実力なんだろうね?果たして私たちを止められるかな?」
「『かくして、叛逆の王が誕生した』…ウフフ…」
「全てはゼロ様のために」
皆がゼロに忠誠を誓った。
「うむ。予言通りだな」
「予言?」
「半年前、キリエ君に突如天啓が降りてな。『かくして、叛逆の王が誕生した』という言葉が聞こえてきたそうだ」
「そうなのか?」
「ええ。ですので貴方様は叛逆王であり、我々は『叛逆の騎士団』となるでしょう」
「叛逆王…良いなそれ!カッコいいじゃん!」
この名前の響きがロマン第一主義のゼロにはたまらなかった。
ともあれ、エンジェライアの事変解決の最終目標が定まった。ペントルクスを引き摺り下ろし、エンジェライアを真の女王として国民に認知させる。そうすれば議会も味方につけられ、生贄の矛先はペントルクス家に向く。圧政ともとれる行動、リヴィド家だけに咎を負わせたこと、リヴィド家が真の王族であることを黙っていること。全てを精算させるのだ。
こうして、叛逆王ゼロとその配下『叛逆の騎士団』が誕生したのだった。
設定資料 アイリス&ビアンカ
アイリス・アイゼン・シグマス
ブロンドの髪と碧眼を持つ研究者兼技術者。身長158、体重不明。戦闘はあまり得意ではないが、いざとなれば発明品で闘う。アイゼン・スティングレイの後継者。
魔力生成:B
魔力貯蔵:S
魔力変換効率:B+
魔眼:無し、或いはDランク相当
属性:無属性(基本属性とも呼ばれる):A+
探知魔術:A+
ビアンカ・エンデリリィ
一部が青い桃色の髪と赤眼の少女。身長159、体重47。二重人格?であり、エレモフィラという少女の魂が存在する。また、ビアンカ自身は元は戦闘狂だったらしいが、今は大人しくなっている。この世界では珍しい銃使いでもある。
魔力生成:S+
魔力貯蔵:C+
魔力変換効率:A
魔眼:測定不可
属性:雷属性:雷:A+ 電磁派生:EX
[自然現象としての雷を操る能力に関しては高い水準を誇る。電磁力関連の魔術はほぼオンリーワンなため、比較対象がいないことによる評価]
『レールガン』:EX
[アイリスによって作られた、ビアンカの魔術と併用して使用するオーダーメイドの最強兵器]




