魔神との契約
前回のあらすじ
ゼロはハイドレスト魔術学園に通うことが決定したが、その前にエンジェライアに関する事変を解決しようと決意するのだった。そこで、現状で力不足と感じたゼロとルシアは不死身のドラズィアスター卿のもとを訪れたのだが……
今回はバトルメイン回です
「いかにも。僕こそがエンバージュ・ドラズィアスターだとも」
「なんだって!?」
「まさか…!!」
青年の口から発せられた言葉は予想外のものだった。
「俺達が探してたドラズィアスター卿は魔神だった?」
「おや…てっきり知っているから来たんだと思っていたけど」
「知ってるわけねーだろンなこと」
「それで、何の用かな?僕を復活させるなんて本当に命知らずだね」
「あ?誰が喜んで魔神なんか復活させるってんだ」
「冷たいな…ユーリ、状況の説明を頼む。何しろ目覚めたばかりでね」
エンバージュが部屋の隅に話しかけているように見えた。すると、その方向から声が聞こえた。
「承知いたしました」
「お前はあの時の…」
部屋の隅から白い髪を持ち、血のように赤い目を持つ女性が現れる。その女性こそがゼロに黒雨を渡した人物だ。
「またお会いしましたね」
「何のつもりだ?」
「おやおや…あなた達がこの屋敷を訪れたのでしょう?ならあなた達が先に目的を語るべきでは?」
女性は苦笑い、或いは嘲笑するように言った。
「そうかい。なら一つ頼み事がある。俺達に協力してリヴィドの真女王を救ってくれ」
「……ほう。君達はリヴィドの真相を知ってしまったのか」
「ああ。だから協力してほしい。リヴィドを正すためにも。あんただって100年前はそういう想いがあったんだろ?」
確信していると言うより、そうであってくれと願いながらそう聞いた。
「もちろん協力するとも。リヴィドを救おうとする者が現れて嬉しいよ。けど肝心なのは、今の僕は戦えないってことだ」
「戦えない?どうしてだ?」
「今の、と言ったが元より僕は戦えない呪いをかけられている。だが、対価を後払いすることで一時的に打ち消すことができた。それが100年前のことさ。今はそのときの対価として封印されている最中なんだ」
戦えない、というのは聞いていた話と違う。エンバージュは極めて高い戦闘力を誇る魔神だと耳にしたので、ゼロは完全にその力をあてにしていた。
「ならまた後払いすればいいんじゃないか?」
「無茶なことを言う。出来てたらとっくにやってるさ」
「じゃあこれを返す。それでもできないか?」
ゼロは黒雨を腰から外し、エンバージュに差し出す。しかし彼は受け取ろうとしない。
「その刀は本来の持ち主を見つけた。今更僕が使ったところで、ただの鉄屑の方がマシだろうな。君が持っているべきだ」
「俺はこんな刀に身覚えはなかったんだがな」
「これを僕に残していったのは氷雨愛善という男だ。リヴィドでも有名だろう?叛逆の魔女の師、アイゼン・スティングレイとして」
エンジェライアから聞いた名がいくつか出てきた。その名はゼロの故郷で名付けられる名でもあり、リヴィドの名前では無いだろう。
「ああ。聞いたことがある。名前から察するに極東の人間だろ?」
「極東の人間というか、君の祖先さ。彼自身に子はいなかったが、近かれ遠かれ血の繋がりはあるだろう」
「どうでもいい。問題はあとどれくらい待てばお前は戦えるようになる?」
エンバージュは一呼吸置いて話だす。
「『世界の意思』が僕をどれだけ脅威に思っているのかによる」
「世界の意思?」
聞いたこともない言葉に脳が追いつかない。
「自浄作用とでも言うべきかな。世界は崩壊しないようにバランスをとり続ける。あまりにも強大な力には必ず枷をつける。不死の生命が子を残せないのが良い例じゃないかな?要するに、世界の意思が僕を脅威に思えば思うほど、僕はより長く幽閉される。逆に、僕が衰弱すればすぐにでも呪いは消えるだろう」
「…その世界の意思とやらはリヴィドの在り方に文句はないのかよ?」
もしそのようなものが存在するなら、リヴィドの歪な在り方は抹消されるべきだろう。
「リヴィドの存続の仕方は世界の意思を無視したものだ。本来なら消えて然るべきだけど、驚異的な程高度な術式が組み込まれていて自浄作用ではどうにもならない。それを僕たちは『魔法』と呼ぶ。魔術では決してたどり着けない境地、世界の意思、法則を無視した能力さ」
「魔神王エンバージュは『魔法使い』だとお伺いしたのですが…」
ルシアが横槍を入れる。基本的にはゼロとエンバージュの話し合いだが、彼女にも思うところがあるのだろう。
「その通りだけど、リヴィドは世界の意思から逃れ続けているのに対して、僕は一度自ら幽閉されることを選んだ。言うなれば、絶対に捕まらない犯人が自首したってところだ」
「じゃあどう足掻いても協力は期待できないのか」
エンバージュが言葉に迷いながら口にした。
「…方法が一つだけある」
「どんな?」
「僕の力を…魂の一部を君の魂に混ぜ込む」
こいつは何を言っているのだろう、そう思った。
「魂を!?正気かよ!?」
魂の操作。それはいかなる魔術を持ってしても行えない禁忌の術であり、それを行った者に関する情報があまりにも少ない。
「方法はそれしか無い。できないなら最低でも100年は待つ必要があるけど、どうする?」
「…分かった、それで行こう」
100年待つなど正気ではない。
「契約成立だ。ユーリ」
「…本当によろしいのですか?」
女はどこか躊躇っているようだ。だがエンバージュに迷いはないらしい。
「いいんだ。僕もそろそろエンバージュの名はうんざりしてきた。全て終わったら、また…いや、この話は後でしよう。今は契約を優先すべきだね」
「はい、そのように」
「ゼロ様…」
ルシアは不安そうにゼロを見つめる。その瞳の中に、同じくどこか不安そうな自分の顔が映った。
「いいんだルシア。エンジェを救うにはとにかく力が必要なんだ。100年前の厄災の力が手に入るってんならやる以外に選択はない」
「…どうか無事におわりますように…」
「準備はできましたか?」
「ああ。エンバージュ、お前は?」
エンバージュは口の端を釣り上げて笑う。
「もちろん。魂の移転は初めてじゃないからね」
「へっ、そりゃ頼もしいねまったく」
内心では恐怖が込み上げてきている。魔神だと言うのだからもっと屈強な大男か、威厳のある者だと思っていたが、蓋を開けてみると最強の魔神エンバージュはただの好青年そのもの。それがどこか胡散臭いのだ。
しかし、今のゼロでは…いや、ゼロがどれだけ成長しようが王国を相手取ることはできない。とにかく力が必要だ。そう、かつて7人の部下だけを連れてリヴィドを滅ぼしかけた魔神の力が。
「今から行うのは魂の分割。エンバージュの…いえ、クロードの魂にある魔神エンバージュの因子をそちらの…ゼロ殿に移します。当然魂の一部が加わるわけですから、ゼロ殿もその分魂の一部が欠如することになります。よろしいですね?」
この工程が終われば、ゼロは後戻りできなくなる。厄災の魔神の因子を宿した以上、彼は王国と戦わなくてはならない。
「問題ない」
自分に言い聞かせるようにそう言った。本当は少し覚悟をする時間が欲しかったが、ここで止まってしまえば二度と歩みを進めることができなくなる気がした。
「こっちも問題ないよ」
「では詠唱を始めてください」
「詠唱?」
「僕の言葉を君の立場で繰り返すだけだよ」
『君の立場で』というのがよく分からないが、それっぽくすればいいのだろう。エンバージュなら、別に詠唱を間違えたくらいで失敗するほど粗雑な術式は組まないだろう。
「分かった」
エンバージュと向き合う。見れば見るほど二人はそっくりだった。
「『汝は進み続ける者、我は失い続ける者』さぁ…」
「我は進み続ける者、汝は失い続ける者…」
言葉を発すると、互いの眼に同じ魔術的紋章が浮かび上がる。
「『汝は力を欲する者。我は力を手放す者』」
「我は力を欲する者。汝は力を手放す者」
紋章が光を放ち、2人を繋ぐようだった。
「『故に、我と汝の枝はここに交われり』」
「故に、汝と我の枝はここに交われり」
突如、ゼロは気を失った。
「ここは…?」
目が覚めると、紫色の炎に包まれた荒地にいた。足元には瓦礫や死体が散乱しており、悲鳴や雄叫びが遠くから聞こえる。
「あれは…!?ユイ!ユイなのか!?」
炎の中に、妹の姿があった。幻覚、夢のはずなのに、彼女に手を伸ばしてしまう。
「ぐッ…!!なんだ…?」
伸ばした手に激痛が走る。ふと目を向けると、信じられない光景が広がっていた。右腕から、血管が浮き上がるように魔力の筋が見える。痛みは肩のあたりから手首まで広がり、やがて手の甲、そして指先まで広がっていった。
「ぐッ…アァァ!!クソッ!アァァァァ!!」
内側から刺されるような痛みと、外側から潰されるような痛みが同時に襲ってくる。正気を保っているのかやっとだった。
「ユイ…!ユイ!!」
妹の名を叫ぶ。炎の先にはすでに妹はいなかった。代わりに、別の女性がいた。赤い髪を持ち、青と黄色の目をもった女性だ。側には…エンジェライアとよく似た女性もいた。ゼロにはそれが初代リヴィド女王なのだとすぐに分かった。
「ぐッ…!!ハァ…ハァ…これがエンバージュの記憶…?」
必死に痛みを堪えながら、2人の視線の先にあるものに目を向けた。
…自分がいた。否、エンバージュがいた。髪の色も黒く、本当に自分とそっくりだった。エンバージュは目を閉じて、死んでいるかのようだった。
『クロード!クロード!息をして!…お願いだから目を開けてよ!クロードぉ…!』
『……もういい。魔力炉が動いていない』
『だからって置いて行くの!?せめて遺体だけでも!!』
赤い女の方は泣き喚き、初代女王と思われる女性は必死に涙を堪えていた。
『お前を担ぐので手一杯だ!早くしないとここも燃え尽きるぞ!そんな事をしたら私もお前も無事では済まない!』
『でもあなたの弟よ!?たった一人の家族なんでしょ!?』
『そんな事は私が一番理解している!私だって悲しいさ!だが今は生きて帰る事が最優先だ…分かってくれ…』
白髪のエンジェリアは割り切れないように、どこか未練がましく目を背けた。
『……まだ死んでないかもしれない。近くの炎は紫色のじゃなくて普通の色の炎だよ。魔術師が死ぬ時のそれとは違う。それに最後の炉心は動いてるかも……』
確かに、エンバージュの周りだけは紫色ではなく普通の炎だ。
『炎の色程度で見分けられるものではない。あれは魔力の暴走だ。……そんな事、理解してないわけないだろう?それに炉心を確認する時間は無いんだ』
『分かってるよ…!でも…!きっとこの子はあなたを探してここまで来たんでしょ!?辛かったでしょうに…!いつもいつもあなたの後ろに隠れてて、それでもやる事はきっちりやる子だった…!それなのにあなたはこの子を置いて私の方に来た!だからこの子もここまで……!』
赤い女の声はますます悲痛になっていく。
『もうやめてくれ…!私だって辛いんだ…!後悔は帰ってからさせてくれ!』
女王が初めて涙を流した。足元の炎がジュッと音を立てて消していく。
その瞬間、夢が覚めた。腕の痛みはまだ尾を引いているが、声を上げるほどではない。
「ハァ…!ハァ…!今のは…?」
目を開ける。寝転んでいるわけではなかったが、足の感覚が薄れているように感じた。
「ゼロ様!無事だったんですか!?良かった…!死んでしまったのかと…!ゼロ様が死んでしまったら私…!」
ルシアがゼロに抱きついて涙を流した。しかしそれよりも重要なことがまだ残っている。
「落ち着いてくれ…儀式はどうなった?」
「成功…とは言えないな」
エンバージュは右眼を閉じて、痛みに耐えているように見えた。
「おいお前…!その右腕…!」
エンバージュの右腕が無くなっていた。血は滴り落ちていない。しかし、目を細めて痛みに耐えているのは明らかだ。
「僕の魂と君の体が拒絶反応を起こした。それでも無理を通して君に力を与えた結果さ…。どっちにしろ失敗ではない。今日からは君がエンバージュだ」
「どうしてそこまで…!」
「リヴィドを救うことは僕の願いでもある。けど僕にはそれができない。君ならきっと、リヴィドを救える。なに、心配することはないさ。僕は不死身のドラズィアスター卿だぞ?これくらいで死んだりしないさ。むしろ問題は君の方さ」
エンバージュは左手の方でゼロを指差した。
「ゼロ様の方…?」
「ユーリ…説明できるかい?僕は少し疲れた…」
エンバージュはぐったりとして壁にもたれかかって座り込んだ。
「承知いたしました。エンバージュの力にゼロ殿の体が釣り合わなかった…結果、魂の融合が途中で停止してしまい、クロードは右腕を失いました。魂を同調していたゼロ殿の右腕にも異常が…。魔神の力は人には行き過ぎたものなのです。故に、ゼロ殿の体も少しづつ魔神の力に蝕まれ続けることになるでしょう」
つまりはタイムリミットということだ。
「……あとどれくらい時間が残ってる?」
「いえ、永遠に残っています。本当に『永遠』に。しかしそれは死よりも恐ろしい苦痛なのです」
ある意味では最悪な答えかもしれない。死ぬことなく、永遠に痛みに耐え続けると、そう言うのだ。
「どうすればいい?」
「あなたがエンバージュの力に釣り合う人間になること、それだけです」
「魔神の力に匹敵する力を?人には到底不可能です!」
悲観するルシア。無理もない、人間がどれだけ努力しようが魔神の力には及ばないのだ。
「そうでも無い。俺は常に最強を目指したんだ。その過程で失った物は多い。今更これくらいなんともねぇ」
「覚悟は決まったみたいだね。もう行くといい。すぐにでも彼女のそばにいてやってくれ」
本当にそう思っているというよりは、そうであってほしいと思っている。それを見透かすようにエンバージュは帰還を促した。
「最後に一つだけ聞いてもいいか?」
「なんだい?手短に頼むよ」
「お前の姉って…」
それは先程見た地獄のような記憶についてだ。
「見たのかい?その記憶は200年前、僕がまだ13歳だった時のものだ。エンジェリア女王は僕の義姉さ」
「エンジェリアとエンジェライアはそっくりだった」
「なら尚更エンジェライアには救われてほしいね」
エンバージュはどこか遠い目をしている。
「そのつもりだ。じゃあ俺らはこれで失礼するよ」
ゼロは痛む右腕を抑えながら屋敷を去る。その直前、エンバージュがゼロに語りかけた。
「頑張りたまえ二代目ベルナール卿。その名は悪を許さぬ騎士の名だ。君に敬意を表して、僕の7人の配下のうち6人を手配する。じきに会うことになるだろうから覚悟しておくように。彼女達は君に興味津々みたいだからね」
背中を向けながらゼロは返した。
「ありがとな。不死身のクロード・スティングレイ」
「では失礼いたします!ご助力に感謝いたします!」
「ルシア殿!」
ゼロはすでに部屋を去っている。ルシアは振り返り、ユーリに向き直った。
「何でしょう?」
「私達はお互い無茶なことをする伴侶を持ちました。最後まで守りなさい」
「…はい!」
2人は屋敷を後にした。彼の言う7人の配下とは、おそらく『エンバージュの騎士』の7人だろう。
『吸血鬼の姫ユーリ・ドラズィアスター』、『最も悪しき魔女フェリシー・ド・アークス』など、エンバージュと共にリヴィドを襲撃した者達だ。薄々勘づいてはいたが、ユーリ・ドラズィアスターはエンバージュの妻だろう。彼が6人手配するというのは、ユーリを除いた6人ということだ。
(今日だけでかなり戦力の補強になった。これならいけるはずだ!)
ゼロは腕の痛みが吹き飛ぶほど高揚していた。不可能を承知で、それでも守ると誓ったエンジェライアを本当に守れるかもしれないのだ。故に、ゼロは進み続ける。
「まさかあの剣が無くなった途端蘇るとはね…」
「世界はあなたを封印しておくつもりだったみたいですね。彼に渡して正解でした」
「これからどうしようか?」
「あなたの思うままに」
「そうだな…とりあえずあの店にいかないかい?まだ残ってるか分からないけど」
「もう…腕を治すのが先ですよ」
「はは、そうだったね。少し浮かれていたよ」
「本当、いつまでも子どもなんだから」
「実際成長は止まってるからね」
「これからはどのように生きていくのですか?」
「そうだなぁ…もう僕はエンバージュではないから、クロードとして生きていくよ。もっとも、君からしたら何も変わらないだろうけどね」
「生きる、ですか…私も『生きる』というのは久しぶりですね」
「100年間、君には迷惑をかけたね。埋め合わせはしっかりするよ」
「いえ、元はと言えば200年前にあなたの運命を歪めてしまったのは私ですから」
「気にしてないよ」
「ならお互い様ですね」
「ははは、そうみたいだ」
「ねぇ」
「何?」
「おかえりなさい、クロード」
「ただいま、ユーリ」
王宮前にて
「ゼロ様、本当にその容体で向かうのですか?」
「へっ…俺が行かなきゃだれがアイツを安心させれるってんだ?」
「それは…ですが随分と辛そうな表情ですよ?」
ルシアに指摘された通り、ゼロは苦悶の表情を浮かべていた。エンジェライアを心配させたくないゼロは、このまま王宮に立ち入るのを躊躇っている。
「どうせこれからもっと辛いことがあるんだ。こんなことで躊躇してるのが情けないってもんだ」
「そこまで言うのでしたら私は止めませんが…事が片付いたら約束、守ってくださいね?」
彼女の言う約束とは、エンジェライアの件が終わったら一緒に学生生活を楽しもうというものだ。正直楽しみではあるが、一方でスローライフはさらに遠い物となってしまった。
「おうよ。俺は約束は守る男だからな、安心してくれ。こんくらいで死にはせん。先に帰って飯でも作っててくれ」
「ではまた後ほど」
ルシアは足早に去っていった。彼女の姿は他人からは見えないはずだが、それでもエンジェライアには彼女の存在を話していないのでいろいろと気を遣うのだろう。
(あれ?てかエンバージュはあの指輪の効果無視してルシアのこと認識してたってことか?マジで?俺でもたまに見失うぞ?)
彼の強さが分かったところで、ゼロは王宮に入り、誰もいないことを確認してエンジェライアの部屋に入った。
「ゼロ!来てくれたのね」
「おう、早速だが朗報がある」
エンジェライアは少し不安げだった。
「どうしたの?」
「エンバージュに会ってきて力を貰った」
「え!?」
流石にこれには驚いたようだ。良かった、耐えた甲斐があったというものだ。
「どうだ驚いたか?これで状況を覆せるぞ」
「うん…!その…ありがとう…私なんかのために…」
「女王様が間違っても『私なんか』なんて言うもんじゃないぜ。むしろお前だからできたんだ。他のやつだったらそこまでやってねーよ」
普段はすけこまし野郎なゼロだがこれは本心の言葉だ。
「本当に…ありがとう…!」
エンジェライアはポロポロと涙を流している。
「おいおい、何も泣くこたぁねぇだろ?まだまだ始まったばかりだ」
「うん…でもようやく希望が見えた気がして…本当にあなたに会えて良かったわ」
「こっちこそ、久しぶりに本気の戦いができそうだ」
「でも…なんだかあなたが我慢してるみたい…」
エンジェライアは洞察力が優れている。実際、ゼロの行動はかなり制限されており、彼女は少し負い目を感じているのだ。
「んなこたねーよ。俺が我慢なんかすると思うか?女王様に平然と不平不満言うような奴だぜ?」
だがそれを言わないのが男というものだ、とゼロは考えている。
「本当に辛くなったら言ってね?あなたには感謝してもしきれないの」
「分かった。その時は甘えさせてもらうよ」
その時、コンコンコン、とドアをノックする音が響いた。
「入っていいわよ」
『失礼いたします』
(ゲッ…この声はあのシルバー女か…)
フィリドール卿が入ってきた。彼女はここでも鎧を着ていて、顔が隠れている。
「失礼いたします…やはりベルナール卿はここにいたか」
「その呼び方はやめてくれないか?ベルナールは本名なんだろ?本人が生きてるうちはここにいなくても紛らわしいから別の呼び方にしてくれ」
「ならスティングレイ卿と。スティングレイ卿、探したぞ。手紙は読んだか?」
すっかり忘れていた。そういえば朝からエンバージュに会うまで、あまり時間が経っていないことに気づいた。
「手紙?あー…これか」
懐から手紙を取り出した。依然として綺麗に封がされており、開けた痕跡は一切ない。
「開けてすらいないではないか」
「開け方が分かんねーんだよ」
「ふむ…異郷の旅人への配慮が足りなかったようだ。これは失礼、では直々に伝えよう。単直に言う、貴殿がベルナールの席にふさわしいかどうか、直接確かめたい」
フィリドールは手紙を取り上げて懐にしまった。
「直接?ゼロに決闘を申し込むのかしら?」
「あの時すでに戦ったじゃん。今更やる必要なくない?」
「あの時私が配下を連れてきていたこと、目的が捕縛だったことから正確な力が測れないと判断した。よって、一対一の決闘を貴殿に申し込む」
確かに、あの時はフェアではなかった。
「どうするの?別に受けなくても私が勝手に任命し続けるけど?」
「それを言われては何も言い返せませんが…」
フィリドールは少したじろぐが、ゼロは断るつもりはない。
「いいぜ。ちょうど試したかったところだ」
「よい返事だ。では今から訓練場に向かう。よろしいな?」
「いいよなエンジェ?」
少し躊躇ったのち、エンジェライアは許可を出す。
「問題ないわ。ゼロを悪く言う連中も少なくないからそろそろ腹が立ってきたのよ。思いっきりやってやりなさい」
こうして、ゼロはシックスガーディアンの1人であるシルビア・エヴリン・フィリドールと戦うことになった。腕は相変わらず痛むが、戦いになれば忘れるだろう。
フィリドールに連れられて訓練場を訪れた。すでに昼過ぎになっていたが、流石に夜まで続くことはないだろう。
(あっ…そういえば魔霧についてエンバージュに聞くの忘れてた…まぁいいか)
準備室でいつもの黒いジャケットと白いコートに着替えながらそう思ったが、今になって聞きに戻るのは気が引ける。むしろ夜の間にゼロだけが活動できるのだからメリットになるだろうと結論付けた。
(さてと…あいつの実力はもう分かってるから、いっちょ無双ゲーと洒落込んでやるか)
訓練場の決闘場で2人は向かい合った。
「ん?これから決闘するってのに兜は取るんだな?舐めプか?」
「まさか。真に強者と認めているからこそ顔を見せて戦うのだ」
「認めてくれてるならこんなことしなくてもいいんじゃないか?」
「確かに貴殿は強い。だが前ベルナール卿には及ばない。貴殿にリヴィドを守る強さがあるかどうかは私が確かめる」
(守る、か…今となってはいろんな意味があるな…てかこのシルバー女、こんな顔だったんだな…)
シルビアは美しい顔立ちに、絹のようにサラサラとした銀髪、片目は透き通るような銀色をしており、もう片方はゼロと同じく赤い眼だった。
(スッゲェ美人じゃん。兜外してたら相手が集中できなくなって余裕で勝てるんじゃね?)
「…私の顔に何か?」
「いいや。ただ美人さんだなって思っただけだ」
「そちらこそ、美しい顔立ちだな。どこかの貴族の生まれか?」
「いや?ただ家が世間体をやたら気にする家系でな。容姿には事細かく言われてただけだ。さて、無駄話はここまでにしてさっさと始めよう」
ゼロの家は人と接することが多いため、社交辞令やらマナーやらに厳しかった。
「それもそうだな。では…」
「「勝負!!」」
心臓に響くような爆音。気がつくとゼロは吹き飛ばされていた。
宙を舞う中で、彼女の赤い方の瞳が怪しく輝くのが見えた。
「あらら、そっちの眼は魔眼だったのか」
「卑怯とは言うまいなッ!」
「言わねーよ。でも詰めが甘いとだけは言っておくよ」
短剣を生成し、フィリドールへ射出する。
(おっ、なんか使いやすくなってやがる。確かに効果あったな)
エンバージュの力を引き継いだからか、短剣を生成する際の負荷が減った気がする。
「この量…自力で作り上げているのか…!?」
「隙あり」
黒雨の鞘で背後から殴りつける。この鞘は以前確認したところ、先が万年筆のように尖っていて鞘自体で攻撃できるようになっていた。
「弾幕に注意を向けて背後から…!ベルナール卿の偽物戦術…!?」
「後遺症が残らなきゃ別に何やってもいいんだったよなァ!?」
盾を蹴り付け、仰反らせたところに剣の雨で追撃、しかし銀色の魔術で防がれてしまった。
(オートで防御?あれ魔術じゃなくて擬似魔法なのか?)
擬似魔法。それは魔術と魔法の中間にあるとされる、分類的には超高度な魔術である。エンバージュの言葉を借りるなら、魔術は世界の意思に許された魔力操作、魔法は世界の意思を無視した魔力操作、アーツは魔術にできないことができる代わりに代償を払う魔力操作であり、触媒や生贄が必要な召喚術もここに分類される。
(極端に消耗してるようには見えない…莫大な魔力を代償として使用してるのか?)
「そのスライムみてーな魔術、どうやってんだ?」
剣を交わしながら言葉を投げかける。一瞬でも気を抜くとどうなるか分かったものではないが、ゼロは余裕そうだ。
「戦いが終わったら教えてやる。もちろん、勝てればの話だがな」
「おいおい、急に小物臭くなるじゃねぇか。似合わないぜ?」
「黙れッ!」
横に一閃、ゼロは跳び上がり、剣を踏みつけて頭上へと飛翔する。
(前々から思ってたんだけど、薙ぎ払いって回避しようと思ったら上か下あるいは後ろしかないからクソ強いよなぁ)
彼女の背後をとり、剣を突き刺す。銀色の魔術に弾かれる。
「やっぱりソレ反則じゃね!?」
銀の盾は剣でも切り刻まないほど強固な魔術だった。
「そこかッ!」
「うおっ、あぶね!」
(オート防御からのカウンターとか反則コンボじゃねぇか!)
防がれてしまったが、あの防御の範囲が分かった。フィリドールから30センチほどしか離れられず、彼女の身長の8割ほどの楕円形。なるほど、背後を守るには十分すぎるだろう。
「逃さん!」
「来んな!」
短剣の投擲。一度爆発技を見せたからか、フィリドールはかなり警戒していたようだ。背後の銀の盾を正面に向けた。爆発は防がれたが、それがゼロの狙いだ。
「ッ…!煙で見えない…!?」
短剣を三本作る。一つは真上に、残りは両横から。…そしてゼロは正面から。
「オラァ!」
「ぐッ…!」
金属と金属が擦り切れるような音を立ててぶつかる。火花が散るほどに白熱する。
「へっ、やるじゃねぇか!」
「見えているぞッ!」
両横の短剣はまたしても銀の盾に防がれる。
「それ半分に分けれるのかよッ!?」
「『白銀の城砦』の名は伊達ではないッ!」
不意打ち用だった真上に投擲した剣すら弾かれた。もう打つ手が無い。
「あがッ…!この…ッ!」
銀の盾が直接ゼロに打撃を与え、ゼロは吹き飛ばされて壁に激突してしまった。
頭を強く打ち付けてしまい、意識が朦朧とする。目の前からフィリドールがスタスタと歩いてくる。
『そろそろ交代の時間かな?』
「ッ…!俺はまだッ!」
頭の中で声が聞こえる。エンバージュの声だと分かる。『交代』の意味をとっさに理解し、自分の力で勝ちたいと告げる。
『まぁそう言うなよ。来たるべき時のためにウォーミングアップくらいさせてくれ』
「へっ…そういうことなら…代わってやるよ…」
がくり、と首の力が抜ける。目の前までフィリドールが迫ってきている。
「貴殿の負けだ。スティングレイ卿」
「負ける?誰が?この僕が?」
「ッ!?消えた…!?」
ゼロの体はそこになかった。否、ゼロの意識もない。今ゼロの体を動かしているのはエンバージュの魂の断片だ。
「まだまだこれからだぜ!?」
背後からの斬撃、銀の盾がギリギリ間に合う。
(こんな感じかな?荒っぽい口調は慣れないなぁ…でも、バレるわけにはいかないから頑張らないとね)
「貴様…何を使った…!?」
「何も?ただ少し本気を出しただけだ」
ゼロの手に握られているのは黒雨ではなかった。美しい装飾のなされた剣が、鞘から引き抜かれた。
(おっと、この剣は僕だって気づいてるのか)
「綺麗な剣筋だが無駄が多いな」
「何を…!」
「アーツに頼りすぎだ」
なんとゼロは剣撃の合間を縫って殴りを入れることに成功した。
「ごふッ…!おのれ…!」
「絶対的な防御…確かに素晴らしい。だが絶対的な攻撃の前では無力だ」
「ぐッ!速い…!」
銀の盾が目まぐるしく回転し、多角的に攻撃するゼロの斬撃を防ぐ。
(魔剣エンバージュ…元々は僕とは無関係な刀だったというのに…本当に従順な奴だな君は)
ゼロの魔剣が赤黒く輝く。あろうことかゼロはその剣を鞘に入れた。
(君の技を借りるとするよ)
「来るッ…!?」
危険を察知し、フィリドールが大きく下がる。しかし、どこからか斬撃が飛んでくる。そこには誰もいないのに、攻撃だけが飛んでくるのだ。
「どこからッ!?」
一方でゼロは剣を鞘にしまったまま腰を落とし、右手で柄を握って構えている。顔だけはこちらを見ており、眼が怪しく、赤く輝いていた。
「まさかアレがスティングレイ卿の魔眼か!?だとしたらあまりにも…!くッ…!」
目を閉じ、深く息を吸う。記憶から技を引き出し、再現するのだ。ありったけの魔力を剣に移し、思い切り鞘から引き抜き、斬撃を放つ。
「スゥー……『氷雨流改・極雨』」
赤黒いエネルギーのようなものが放たれ、フィリドールへと真っ直ぐに飛んでいく。ゼロはすでに再び鞘に剣をしまい、勝利を確信した。
銀の盾が反応し、斬撃を受け止める。しかし、斬撃ははっきりと目に見えるほどの魔力を有したまま残り続けていた。次第に銀の盾にヒビが入る。そして…
「私の負け、か…お見事だ、スティングレイ卿…いや、ベルナール卿」
パリン、というガラスが割れるような音とともに、銀の盾が割れた。斬撃は急激に力を弱め、フィリドールを吹き飛ばすだけに留まった。
(派手にやっちまったな…)
ゼロの意識が戻ってきた。右腕が激しく痛むが、それよりも疑問でいっぱいだった。
(気を失っていたわけじゃない。体が勝手に動いてたわけじゃない。けどなんて言うか…俺がエンバージュになった感じだった…)
「大丈夫かお前さん」
フィリドールに手を伸ばす。
「私が間違っていた…」
「へ?」
「認めよう。貴方はベルナールの座に相応しい」
「そりゃどうも」
フィリドールがゼロの手を取り、立ち上がった。
「ゼロ!やったわ!勝ったのね!」
エンジェライアがやってきた。彼女も見ていてくれたようだ。
「ありがとな。…ぐッ…!」
感謝の言葉を伝えた直後、腕の痛みが激しくなった。内側から何千何万の針が刺されている感覚と、外側から押しつぶされている感覚が同時にやってくる。
「ゼロ…?どうしたの…?」
「何でもない。ただちょっと疲れただけだ」
「あまり無理はしない方がいい。そろそろ日が暮れる。もう帰るといい」
「そうさせてもらうよ」
2人に背を向け、訓練場を去った。
(これが力の代償か…目で見えてるところに斬撃を発生させるなんて、俺にはできそうもないな…いつか追いつけるのか?)
フィリドールを襲った多角的な斬撃は、剣で斬っていたのではなく、斬撃を『発生』させていたのだ。故に、銀の盾の反応速度と同等の攻撃が可能だったのだ。
ゼロはその力に感謝するとともに、ますます恐れや不安が募るのだった…




