(78) 月と塔-6
今宵も魔女、ピーチメルバは、見上げた空に月を見る。
彼女の月に手を伸ばす度、魔女は今日も愛を知る。
食台が並ぶ食卓の片隅で、魔女、ピーチメルバは奥深く洗練された香りと秘められた余韻と共に、ティーカップを口へと運ぶ。複雑な滋味に魔女は思い馳せながら、例えもう会えなくとも、会えないからこそ、彼女の面影が記憶を辿り現れる。
いつも、いつまでも、月は変わらずそこに居て、遥か遠い昔から、私達を見詰め続けてくれていた。それは不思議と温かくて、まるで優しい母の様に、いつもそこに居てくれた。
今、初めて紅茶を飲んだ時の感動と、あの頃の夢中になる感覚を思い出す。
新しい味覚に出会った時の喜びと、月明かりの下で彼女と語り合い、その手が頭を撫でてくれるだけで幸せだった、あの日の感情を呼び覚ます。
三角帽子から覗いたその日の月は何かが欠けていて、硝子のように脆く、何処か不安そうに見えた。それでも彼女はいつでも自分を受け入れて、幸せにしてくれると思い込み、そして疑いもせずに付いていく。
愛されて、もう安心と思っても、いつの日か取り残されてしまうのに。
あの日の私達にも、星の無い夜が来た。
けれど月のもとには、────いつか星達が集う。
食台に置かれた紅茶のポットは仄かな香りを漂わせながら、静かに語り掛ける様に存在感を放っている。
澄み切ったこの夜空を、魔女達はどんな思いで見上げているだろうか。
魔女、ピーチメルバが月を見続けていようとも、それは無言の美しさで、ただただ見返し続けている。手を差し伸べることもなく、心を開くこともせず、ただ見守る事しかない月に、魔女は静かに語り掛けた。
誰もが皆、微笑んでいて欲しい。
幸せがずっと、無くならないように。
「──── 月は幾度でも甦る、またひとつ失って、そして新しい春が来る。明日を拓く力を、どうか彼女達と共に」
そして今宵も魔女は、ティーカップに琥珀色の夢を注いだ。
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