(69) 道標
"学園"の最下層には、存在すら公にされていない、"保管庫"と呼ばれる秘匿領域が存在する。
"学園"は幾つもの世界遺産を有しており、管理者達だけが知るその場所において、それらを損傷や破壊等の脅威から保護し、そして保存し続けている。数多く眠っている神の遺物、伝説級のアーティファクトや魔導書といった価値ある遺産を丸ごと収める巨大な"保管庫"の中を、2人の魔女が歩いていく。
ずらりと並び連なる幾つもの遺産を眺めながら、少し後ろを歩く魔女が言った。
「────ここまで並ぶと壮観だな」
「神の遺物617個、世界遺産1,862個、そしてご承知の通り、大アルカナ、"皇帝"と"力"の複製がそれぞれ保管されています。────失われたものは余りにも大きいですが、数百年の積み重ねと手にした成果が釣り合いを取っていると、願う他ありません」
前を歩く魔女は失ったものへの憧憬の念を抱きながら、後ろに続く魔女へと応えかける。魔女は自らを育んだ世界に対して、報いる事ことが幸福への道であるかの様に、前へ前へと踏み出していく。
「繰り返した歴史は、あたし達に教えてくれている。────────最近は目標を見失って、野生化した魔女達も多いと聞く。若い魔女達には運命を自らの手で切り開いて創造し、成長と変容の旅の終わりを迎えて欲しいと願ってるよ」
そう言って魔女は掌から2つの林檎を取り出して、その1つを前に歩く魔女へと放り投げた。前を歩く魔女は優しくそれを受け止めると感謝の仕草に続いて、
「タルト オ シトロン様と繋がりがある様ですが、"森"の魔女、といった名前をご存知ですか?」
その言葉を問い掛ける。魔女は黄色い林檎を一口齧り終えると、
「────噂程度には耳にする。知恵者と呼ばれている、得体の知れない存在だろう?」
「他の魔女達からすれば、貴女達の方が余程得体の知れない存在でしょう」
ふふ、と唇から風を漏らす様にして、前を歩く魔女は微笑んだ。
「────先日"学園"に迎え入れましたが、何故でしょうね。不思議とあの魔女からは、彼の方の匂いを感じます。"学園"からもう間もなく去ってゆく事でしょうが、どうか貴女に気に掛けて頂きたいのです」
そう言って魔女は後ろに続く魔女へと向き直り、願いを込める様に丁寧に、そして綺麗に腰を折る。後ろに続く魔女は恍けた様な素振りを見せながら、
「もう力を失ったあたしじゃあ、何が出来るとも限らないぜ」
言葉ではそう言うが、そこには確かな意思が感じられた。
「貴女の"太陽"であれば、何も不可能な事は無いでしょう。正面から渡り合えるのは、神くらいのものでしょうから。────私がどこか彼の方を思い出させる彼女を気に入ってしまった、それが一番しっくりくる答えなのかも知れませんね」
「────あたしが望んだものじゃあないが、あいつには恩がある。まあ、物語は勝手にうまい具合に進んでいくもんだ。楽に行こうぜ、シュリードゥワリカ」
そう言って魔女は、先に続く物語を思案する表情で林檎を食べ終える。
「ええ、────ですが気を付けて下さい。もし"世界"が目覚めれば、やがてその力に魅入られたもの達が大勢現れ始める事でしょう。────生と死に憑りつかれたもの達が」
最後に残った手のひらの希望を幾千の夜に重ねながら、魔女達は約束を道標にするようにして祈りを交わす。
幾人もの魔女達に行き先を示してきたその道標は、優しくて懐かしく、そして今でも温かかった。
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