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楽園の魔女  作者: 金星
3.知恵の実
42/77

(42) 知恵の実-19

"学園"の下層を抜けて、裏手の並木道へと進んでゆく。

並木道の両端には燭台が連なって設置されており、灯りに照らされた色鮮やかな落葉が、夜夜中に浮かび上がる。色とりどりの葉は輝きを増しながら、はらり、はらりと舞い散ってゆき、昼間とはまた異なる姿を見せていた。


神秘的な雰囲気が辺り一帯を包み込む中で、私達は並木道を歩き進め、広場へと辿り着く。備え付けられた椅子に佇む魔女、ロゼ ロワイヤルは、風に揺られ靡く髪に手を添えながら、


「────あら、早かったのね」


私に向かって微笑んでいる。

彼女は静かな昂揚感を感じさせる中、上機嫌な声で話す。私達の表情から心情や機嫌を読み取りながら、


「当事者双方の意思が合致したのであれば、手合いは成立という事ね。立会人として、私の判断で中断する事を良しとするのであれば、多少の事は大目に見ましょう。────二人共、それで構わないかしら?」


「ええ」


「宜しくてよ」


手合いの話を進めてゆき、私達は互いに頷き返し合う。

そして厳かな雰囲気と静けさの中で、ダーチャは祈りの言葉を口にしながら、


「慈しみ深い御手の中で始める、この集いを祝福しましょう」


得意としているのであろう、扱い慣れた様子で自分の得物をゆっくりと取り出していった。彼女はワンドよりも一回り長く、華美な装飾が施された鎚鉾を右手で確実に握り締める。


対する私の手元には、ワンドと携帯鞄がひとつだけ。



そして、────対峙する彼女は凛とした雰囲気を漂わせながら、


「遠慮なさる必要はありませんことよ。わたくしも、全力で参りますわ」


手合いの始まりを告げた。


転じて、待ち望んでいたものにようやく巡り合わせたと言わんばかりに、彼女は得手に帆を揚げる。寄り添っていた蝶達は沸き立つ思いを燃やすかの様に、色を赤く変えてゆく。それは音も無く燃え盛り炎となって焚き上げられ、激しい熱を宿している。



魔女は、火の蝶を纏う。

蝶達は不規則に揺らめきながら、皆じっとその主を見つめている。蝶達を見つめ返す何処か憑かれた魔女の表情は、自らが作り出した魔女の才の片鱗が等しく見えているのだろう。


それは思わず息をのむほどの美しさであったが、ダーチャはそれをいつまでも許してはくれなかった。彼女が鎚鉾を振りかぶると、蝶は焦熱の飛弾へと姿を変えて、私へと迫り来る。私は咄嗟に跳躍しながら飛弾を避けつつ、ダーチャから距離を置く。続けざまに放たれる鋭い追撃を避ける私を捉えながら、魔女は期待を含んだ思いを声に出す。



「あら、勿体振りますのね。わたくし、好きな物は最初にいただく性質ですの」


「────それはお生憎様。希望は最後まで、残しておきたいものでしょう?」



ダーチャは勢いに乗じて、思うままに力を発揮させていった。焦熱の飛弾が発する高熱に炙られ、ケープコートの布端がちりちりと焦げてゆく。致命傷を負う程ではないが、被弾すれば決してただでは済まないだろう。


彼女はゆっくりと着実に、私との距離を詰めてゆく。そればかりでなく、私の周囲の彼方此方から火の手が上がり、熱風が火の粉と共に風を巻いていった。



「やりたいことを優先しての生でしょう。我慢なさっているのであれば、後悔が無い事を願いますわ。最後までお楽しみ頂けると良いのですけれど、お付き合い下さるわよね?」



本番はこれからだと言わんばかりに、ダーチャは笑みを深めてゆく。

彼女の誘いのもと、


「そう慌てる事も無いでしょう。余りに急いては、肝心な物を見落としてしまうじゃない」


遠回しに注意を与えつつも、誘いの言葉に私は乗る。


私は防戦一方の中、攻勢に転じる訳でもなく縦横無尽に駆け回りながら、ただただ彼女の魔術を凌いでいった。ダーチャは飛弾を放ちながら、軽やかで優雅な身のこなしで間合いを詰める。時に見せかけの動作で私を惑わし欺きながら、絶妙な足取りで一気に踏み込みその間合いを消してゆく。放たれる間隔は徐々に速くなっていき、焦熱の飛弾から発せられる熱気が私の頬を撫でていった。間一髪で避けた私ではあったが、体勢を整える間を与えては貰えず、彼女が懐に飛び込んで来る。


蜜に吸い寄せられるかの様に群れ集う蝶達は、瞬く間に集約して姿形を変えてゆき、


「お覚悟は宜しくて?────ごめんあそばせ」


鎚鉾が凄まじい勢いで振り上げられる。

視界は真っ赤な炎で埋め尽くされ、強烈な熱気がぶわりと押し寄せながら、焦熱の衝動が駆け抜ける。癇癪を起したかの様に、余りに突然過ぎる暴力によって周囲一帯は灰燼に帰し、僅かに残る魔力の残滓だけが漂う。




────けれども真っ向からの暴力は、私に達する事は出来なかった。



それは吸い込まれるような透明感と琥珀色の金眼を持ちながら、圧倒的な威圧感と存在感を放つ。敏捷さを窺わせる四肢はしなやかで引き締まり、全身は雪に溶け込む程の白い体毛で覆われている。何処か誇らしげな表情を見せながら、月明かりに照らされる陰影は美しく、そして神秘的だった。



真っ白い狼が、魔女の背中で遠吠えを響かせる。


そうして私は、────狼へと姿を変えて再び彼女と相対したのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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