そしてその瞬間、僕は魔王は撤退していくだろうと確信を持ったのでした
その時僕は勇者のアニア・ゴールドさんと一緒に、上空より襲来しようとしている魔王を迎撃すべく空を飛んでいました。
何故、たった二人なのかと訝しむ方も多いかもしれませんが、魔王は膨大な魔力を持っており、少ない魔力の者達が多人数で挑んでも各個撃破されてしまうだけなので、むしろ魔力を一部の兵に集中させた方が勝算が高いだろうと我々は考えたのです。
集中させた魔力を取り込む能力を持った人間は限られているのですが、勇者アニア・ゴールドさんはその能力に特に秀でています。僕もそれなりに自信はあるのですが、彼女には及びません。だから僕はサポート役で、主戦力は彼女なのです。
あ、説明していませんでしたが、勇者のアニアさんは女性です。ボーイッシュな顔立ちをしてはいますが、可愛いし美人の部類に入るとも思います。魔王がもし仮に女好きなのだとしたら、油断を誘えるかもしれませんが、残念ながら兜を被ってしまっています。進言をしようかとも思ったのですが、彼女はそういう類のアドバイスを聞き入れるタイプではないので止めておきました。
やがて、膨大な魔力を僕らは直ぐ近くに感じました。辺りを探すと、魔王の姿が視認できます。長身の優男といった感じで、いかにも魔王っぽい衣装を身に纏っています。マントなんかをなびかせたりなんかして。
よほど自信があるのでしょう。姿を隠す気すらないようです。魔王は僕らに気が付くと、楽しそうな表情を浮かべて空中で止まりました。
高らかに笑って言います。
「ハハハ! お前らが人間側の切り札の勇者か。面白い! ここで相手をしてやろう!」
アニアさんは「もとより、そのつもりです!」と応えると、剣を抜いて魔王に斬りかかっていきました。
集中させた魔力で加速した攻撃は凄まじい速度を持っていて、僕では目で追うだけでやっとでした。しかし魔王はその斬撃を難なく片手で受け止めてしまいます。
「んー どうした? 軽いな!」
余裕の表情です。その煽りに激昂すると、「馬鹿にしないでください!」とアニアさんは更に剣を振るいます。しかし魔王には当たりません。あっさりと躱されてしまいます。
「何をしている? 本気を出さんと俺には勝てんぞ!」
魔王は遊んでいるのか、彼女に対して攻撃をしようとはしません。彼女はそれに憤慨をしました。
「私は本気を出しています!」
恐らく、それは本心でしょう。我々の国が攻め込まれている上に、戦力は相手が上の状況下で、本気を出さない道理がないのです。しかし、魔王はやはり「さっさと本気を出せ」とアニアさんを挑発するのです。
どうも、彼は彼で本心からアニアさんが本気を出していないと思っているようでした。
しばらくアニアさんの攻撃をいなし続けると、彼は
「どうも腑に落ちんな。何か策略でもあるのか?」
と首を傾げつつ言うのでした。
もちろん、何も策略なんかありません。アニアさんはそういったはかりごとができるような器用なタイプではありませんから。演技なんか無理なのです。
「まぁ、それならそれで良い。どれ、何を考えているのか、読み取ってやるか」
そう言うと、彼は一瞬で間合いを詰めると、アニアさんの兜を乱暴に外し、頭を押さえつけるようにして鷲掴みにしました。
アニアさんはそれだけで動く事ができなくなります。やはり、圧倒的な実力差があるようでした。子供扱いです。
それから彼は何らかの魔法で彼女の思考を読み始めたようでした。
もう終わりかもしれません。
はっきり言って、相手が悪かったのです。僕らが多少足掻いたところで、あの魔王にはとてもじゃありませんが敵いません。
が、そう僕が諦めかけていると、魔王は驚いたような表所を見せ、「お前……」と呟いたのでした。
「もしや、戦場に出るのは、これが初めてか?」
それを受けると、アニアさんは魔王の手を弾きました。アニアさんのボーイッシュな可愛い顔が露わになり、それを見て魔王が目を大きくしたのが分かりました。
「んんん?」
と、呟き、なーんか顔を紅くしています。
「確かに私は初陣ですが、それがどうかしたのですか?」
剣の切っ先を魔王に向けて彼女はそう言いました。
「そ、そうか。やはり初陣か。ならば、仕方あるまい。今回は見逃してやる。さっさと逃げるが良い」
魔王の言葉にアニアさんは「私達は決死の覚悟でここに来たのです! おめおめと逃げ帰れるはずがないでしょう!」と返します。何故か魔王は顔を引きつらせました。
「まぁ、話を聞け。抵抗をしないというのなら、お前の命を助けてやるどころか、我が手中にお前らの国が落ちた暁には好待遇で迎えてやろう。贅沢な暮らしができるぞ」
「何を馬鹿な事を言っているのです? 皆を裏切って、そんな暮らしができるはずがないでしょう? 皆を裏切るくらいなら、私は今ここで自害をします!」
「じ…… 自害だと? 待て、落ち着け。そうだ。俺がお前らの国を統治したら、新たな技術を伝え、福祉を充実させ、貧困をなくしてやろう。お前の国には病気で苦しんでいる者達が大勢いるのだろう? そういった者達には残らず、充分な医療を受けられるようにしてやる」
その謎の籠絡の言葉にアニアさんは首を傾げました。
「それは是非とも実現していただきたいですが、それとこれとは別の話です。私には私の責任というものがあります。勇者としての任を果たさなくては」
彼女のその言葉を受けると、ほぼ反射的といった感じで魔王は大声を上げていました。
「勇者としての任だと? 優し過ぎて、敵ですら傷つけられない者にそんな責任感があるはずがないだろうが!」
アニアさんは不思議そうな顔をしていましたが、その魔王の訴えに、僕は大いに納得をしていました。
彼女は責任感の強さから、こうして戦場に赴いていますが、本来は犬や猫や小さな子供が大好きなとても優しい性格をしているのです。因みに趣味はぬいぐるみ集めです。きっと魔王の言った通り、無自覚に力を抑え、全力で剣を振ってはいなかったのでしょう。無意識の内に剣を外していた可能性すらあります。
しかし、彼女自身には何の事だかまったく分からないようでした。
「そんなはずがないでしょう? もし、あなたを止められなかったのなら、私はこの場で自ら命を絶つつもりでいるのです!」
そんな事を言います。
ただ、困った事に、それもそれで彼女の本心であるようでした。実際に彼女は剣を自らの首に向けました。魔王はそれに慌てます。
「ええい! やめんか! そんな事をして何になるというのだ?!」
僕は魔王のその様に首を傾げました。
なんかだかよく分かりませんが、さっきから魔王の様子は少し…… いえ、かなりおかしい気がします。
アニアさんが言いました。
「何故止めるのです? 敵である私がいなくなれば、あなたにとっても都合が良いでしょう?」
それを受け、魔王は顔を真っ赤にしました。「うるさい!」と誤魔化すように言い、じっと見つめるアニアさんの視線から目を逸らしました。
ははーん
と、僕は思います。
そしてその瞬間、僕は魔王は撤退していくだろうと確信を持ったのでした。
「今日のところは、これくらいにしておいてやろう!」
魔王はそう言うと、それから物凄い速さで国の外に向って遠ざかっていきました。アニアさんはそんな彼を呆気に取られた様子で見つめています。
首を傾げました。
「どうして、魔王は逃げ出したのでしょうか? 圧倒的に優位だったのに」
この手の事には鈍感すぎる彼女には、彼の行動はまったくの謎のようでした。
それから数日後の事です。僕は魔王との間に同盟協定を結ぶ事に成功をしました。アニアさんはとても驚いていました。圧倒的に戦力は相手の方が上なのに、何故そんな事が実現できたのか不思議で堪らないといった様子です。彼女の不思議そうな顔に向けて僕はこう言います。
「確かに同盟を結べはしましたが、一応条件付きでして」
「条件? 何です?」
「魔王は我が国を視察したいのだそうです。行楽地や高級料理店などを。なので、あなたに監視役兼案内役兼警護役で付き添っていただきたいのです」
それを聞いても彼女はまだ分かっていないらしく、
「はぁ…… それは構いませんが、魔王は我が国で遊んでみたかったのでしょうか?」
などと疑問を口にしました。
まさか、本当の同盟の条件が、アニアさんとのデートのセッティングだとは夢にも思っていないようでした。




