誰かをお探しで。 42歳 会社員
大阪は難波、今でこそは裏なんばと呼ばれている場所がある。僕は昔そこで働いていた。スナックやキャバレー、もちろんバーもある。僕は〇〇くん(筆者)と同じようにバーで。
当時からある建物は、昔中にあったお店は移転したり閉店したりと入れ替わる。今ではその大方がバーなどに変わっている。
僕が昔働いていたバーに行くと、そこは名前も内装も様変わりしていた。だがカウンターに立っているのは、顔なじみでお世話になっていたママがいた。
昔と変わらない柔和な笑顔で出迎え、今まで事を話してくれる。話し方も優しく、耳馴染みのいい声だった。
「そうでしょほんとに。ふふ…」
「あ、そう言えばあの人はまだいるの?」
僕はあることを思い出した。
当時付き合いのあったムタという人だ。よく店に顔を出してくれていた若者だったが、今ではおっさんと呼ばれる年齢になっている。その若者はある日突然、来なくなってしまった。
「ムタさん!最近よく顔を出してくれるようになったのよ。」
「そうなんだ。元気ならよかったよ。」
「もういい歳なのに、お酒をやめられないでいるのよ。心配だわ…あら?」
足音すら僕には聞こえなかったけど、ママには扉の前に誰かがいるのを察知する。昔から人の気配には一段と敏感になっていたのは変わらないようだった。
ドアが開いて鐘が2、3度鳴り響く。そこに立っていたのは、僕の知らない誰かだった。
「あら、ムタさんじゃない!」
「えっ…」
自分の目を疑った。見てくれは僕より少し年上くらいのおじさんだ。だが僕にはわかる。彼の面影にムタはいない。額の小さな傷跡と、消して綺麗とは言えない歯並び。会っていない期間に苦労ごとがあったらもしかするかも知れないけど、一見で彼がムタではないことは明白だ。
「今日も来たよママ。ジンバックちょーだい。」
違う。彼はスピリッツなど頼まない。
「はいはい。…ちょうどムタさんのことはなしてたのよ?」
「そうなの?俺も人気者になったもんだよ。」
「何いってんのよ、もう…」
自然なやり取り。どこにでもありそうな会話。でも僕にはわかった、これは何か筋書きがありそうだと。
ムタと呼ばれた男は僕の隣に座って、まるで旧友にでも会うかのように話しかけてきた。
「ひさしぶりですね!お元気されてましたか?」
「え、えぇ…まぁ」
僕は目の前に置かれたロックグラスを口に運んでは置いてを繰り返す。その合間に会話を重ねるが、話す内容はまるであのときのムタさんだ。話口調も昔のままだ。まるでムタさんを模しているようだ。
あまりの居づらさに僕は適当な会話を続け、そろそろ帰ろうかと思い始めた時だった。
「あはは!それはそれは大変でしたね…それで…探しているんですか?」
「はい?」
いきなり会話を切り捨てられる。僕は猛烈ななにかの視線を感じて隣を見ると、男は笑顔を僕に向けている。
「誰かを、探しているんですか?」
男じゃない。視線はカウンターの向こう側からだ。ママが恐ろしいほどまでの無表情を貼り付け、僕のことを睨んでいた。
「い、いえいえ!そんなわけないですよ!あはは!」
僕は怖くなって会計を済ませ、店を出た。
あの日の真相を探ることはしない。するな、と言うメッセージを僕は受け取った気がしている。脳裏に焼き付いたママの視線を今でも思い出す。
あの日、僕の隣に座っていたおじさんは誰だったのだろうか。ムタさんと呼ばれていたことを今でも信じられない。