誰が連れて行った
私がお祓いを受けた後の話です。
父親が持病でなくなった後、遺品整理からあるものが出てきました。何時ぞやで買ってきた、千葉にある有名なテーマパーク。その御土産にでも買ったであろうお菓子の缶詰が出てきたのです。
色褪せたキャラクター達が彩る金属の缶。それが押し入れの上から見つけた時は、母親と私は見た目の風化具合から中身が腐ってたらどうしよ〜なんて冗談を言言い合っていました。
母より身長が高い私が少し背を伸ばしてそれを取り出すと、蓋の天面にガムテープが名札のように貼ってあり「お祓いして下さい」と書いてありました。それを見つけたときはあまりのインパクトに、しばらく二人共固まってお互いの顔を見合わせていました。
母親は信心深い人柄で、知り合いの住職を頼り、お祓いを頼み込みにいきました。私はそんな様子を見ていると「無駄な出費だな」なんて罰当たり事を思っていました。
すこしの時間を取って帰り際、住職から渡された物があります。それは薄い水色を帯びる数珠でした。
「お二人にそれを渡しておきます。それを口にすることは叶いません。ただこの数珠にひびがはいったり、割れたりすれば私の元に来てください。できるだけ早急に」
住職はそれを捨て台詞に、早々と襖を占めてしまいました。
お祓いをしたことすら忘れるほど年月が経ち、私には子供が二人できました。
私も夫も共働きでしたが家庭は円満。幸せと思える回数が増えた頃に異変が起きたのです。
スーパーで晩御飯の食材を買ったときのことです。地面からパリッと音がしました。街灯の下、誰もいない静かな道ではかなり目立つ音が反響したんです。
(…なんか踏んだの…)
淡い光の下でアスファルトから何かが照り返しました。嫌な予感と寒気が背筋をなぞって気づきました。
手首を見ると、数珠が一つだけ割れて落ちたのです。不気味に一つだけスペースの空いた数珠が違和感を帯びていました。
そして住職のお言葉を思い出したのです。
「いや…まさかね…」
私は心身深い方ではなく、オカルトは全く信じてはいませんでした。だから年季のはいったものだからと考えを固めていると、数珠の一粒に亀裂が静かに走るのを見たのです。亀裂の入る瞬間を。
「まぁ…昔のものだし__」
恐怖心を忘れるために自分へと言い聞かしている途中で、背後から足音が聞こえて来ました。
誰もいないはずの道でゆっくりと静かに近づく足音。私は幽霊というあやふやな恐怖心ではなく、自分を守るために足を前へと勧めました。
けれど一定の速度を保って背後の足音はついてきました。
私は極力焦らないようにスマホを取り出して、夫に通話を繋ぎました。
「んー?どうしたの?」
呑気な声で心の強張りが緩んでいると、途端に声のトーンが変わりました。
「キヨちゃん。家の近くだよね、走ってきて。僕もすぐ行く。」
一方的に通話を切られ、不安が煽られました。
ですが足を止めることもできず、汗を垂らしながら坂を上がり、やっとの思いで家のマンションの前までたどり着きました。
「て、いないじゃん…」
帰り道より明るい場所ではあったのでそこで安心したのですが、旦那の姿が見えませんでした。
すると後ろからいつもの優しい旦那の声が聞こえてきました。
「キヨちゃーん!まってよー!」
手首の数珠が次第に割れ始めました。悪寒が走り、汗が引きます。
(なんで、後ろから…後ろからくるの。)
電話したときは家に、マンションにいたはずの彼が後ろから現れるのはありえない。背後を振り返ることができないまま固まっていると、マンションの自動ドアの前に旦那が立っていました。
「あなた!」
まるで救いの手でした。急き立てられるように旦那の元へ駆け出しました。
「あなた、助け__」
一歩近づいただけで、手首に残った数珠が一度に全部弾けました。
「えっ___」
そこでやっと思い出したのです。旦那の帰りが少し遅くなるからスーパーで惣菜を買った事に。
背後を振り返ると、いつもの旦那が笑顔で追いかけてきていました。そして前に向き直すと、誰もいませんでした。
数珠が弾けた後で母親に連絡をしたのですが、今でも折り返しの連絡はありません。実家に帰るのも怖くて出来そうにありません。
何より怖かったのは、私達のアルバムにはテーマパークに行った写真が一つもなかったことです。