006 胡桃と待ち合わせ
今日の授業が終わり帰りのショートホームルームの時間に湊のスマホにRINEが来た。差出人は胡桃となっている。直ぐに内容を読む。胡桃のことは湊にとって今一番重要なことだった。MINATOの身バレがかかっている。
『放課後、時間はある?』
湊は時間を作ってでも胡桃に会わないといけないので時間があると返信する。
『じゃあ、正門でまっているから』
美少女の胡桃に正門で待っていると言われたら誰もが喜ぶシチュエーションだろう。しかし湊の顔は真剣そのものだ。これからどういう糾弾が待っているか分からない。朝でも胡桃の怒り様は普通じゃなかった。それだけ彼女がMINATOのファンだと言う事だと湊は思っている。
すぐにOKとRINEを返す。直ぐに速読がついた。それから連絡は来なかった。
ショートホームルームが終わり康弘と朱音が湊のところにやって来た。
「湊、朝の件だけど本当に大丈夫なんだろうな」
康弘が心配していることは分かる。
「大丈夫だよ。心配しないでよ」
「本当に何かあれば言ってね」
朱音も心配性だ。
「分かっているよ。二人には何かあれば一番に相談するよ。これまでもそうして来たでしょ」
湊は悩みが出来る度に二人に相談に乗ってもらっていた。二人は何の見返りもなく湊のことを第一に考えて行動してくれる。湊にとって二人はかけがえのない親友と呼べる存在だった。一応お礼にパラザイムのライブのチケットをあげるときがあるけど……。
二人に一枚ずつ渡して康弘が朱音を誘いやすくしてあげるのが湊の狙いだ。狙い通りよく二人でパラザイムのライブに行っているらしい。その翌日は康弘の機嫌が良いので直ぐに分かる。そんな行動をとるしか康弘に感謝の気持ちを表せないでいる。
湊自身は恋愛感情に疎い。いじめが原因で女の子を好きになれないでいた。それに女子の方が身長が高い場合が殆どだ。自分より身長の高い女性を好きにはなれなかった。湊はこれから成長して170cmを目標に頑張って牛乳を毎日飲んでいる。
「俺は用事があるからもう帰るね。二人とも心配してくれてありがとう。また、明日」
「ああ、また明日な」
「さよなら。また明日ね」
二人に挨拶をしてかばんを持って教室を出る。湊は小さい体で速足で歩いていく。下駄箱で靴に履き替えて外に出ると正門にまっすぐ行く。正門では胡桃が待っていた。胡桃は美少女なので目立つ。立っているだけで男子生徒が噂をして彼女を眺めているのに湊は気が付いた。
校内でも有名な美少女に身バレしてしまったことを湊は後悔した。悩んでいるだけでは解決できないと思い胡桃の下まで行く。
「白石さん。お待たせしました」
「逃げないで来たのね」
「逃げるわけがないでしょう。俺のことを黙っていてもらわないといけないんですから」
胡桃はまだ少し怒っているようだ。それとも気が強いだけでこれが普通の胡桃なのかもしれない。
湊が来て胡桃と話し始めたことで男子生徒たちが噂をし始めた。
「あのちっこいのが『冷血姫』と待ち合わせしていたのか?」
「なんであんな奴と」
「あれって『オカマ』って噂の奴だろ」
「俺の『冷血姫』が……」
噂をしているのは面白半分、興味半分と言う感じだった。ここでも『オカマ』という言葉が聞こえて湊は落ち込む。そして俯いてしまう。胡桃の耳にも湊のことを『オカマ』という言葉が聞こえていた。
校内で『オカマ』と呼ばれている存在がいることを胡桃は知っていた。中学の時に『オカマ』と呼ばれていた少年が虐めに遭っているという話を聞いたことがある。目の前の湊は背が小さく女の子の様な顔をしている。周りの反応で湊が『オカマ』だと呼ばれて虐めを受けていた少年だと胡桃は理解した。
胡桃は湊が俯くのを見てこの場所に留まるべきじゃないと思い咄嗟に湊の手を握り早歩きで正門を離れる。湊は突然手を握られてパニックになる。胡桃はお構いなしに駅の方角に進んでいく。
二人が歩く姿は恋人同士や友達同士と言うよりも姉と弟が一緒に下校しているという雰囲気だった。湊よりも胡桃の方が5cmほど身長が高いからだ。通りすがる人多とも微笑ましく二人を見ている。
湊はその人たちの視線を感じて恥ずかしそうにする。胡桃はつないだ手を放そうとはしなかった。『オカマ』と言われて俯いて悲しそうにしている湊をほおっておくことが出来なかったのだ。校内では気が強く男子生徒も泣かせると評判だが、胡桃は案外面倒見がいい方なのだ。
それに胡桃は無意識で小学生の様に小さい湊と手を繋いでいても恥ずかしさが湧いてこなかったという理由もある。そのことを湊が知ったら怒っていたかもしれない。
「白石さん。どこに向かっているんですか?」
「駅前の喫茶店にでも行こうと思っているのだけど良いかな?」
普通の話しなら喫茶店で十分だがMINATOの身バレの話をすると思い湊は人に聞かれたくない内容なので喫茶店やファーストフードの様に誰かに話を聞かれる場所は避けたかった。
「すみませんが、話しの内容を誰にも聞かれたくないので二人っきりで話せる場所が良いです」
胡桃はそう言われ近くの神社にでも行こうかと考えた。しかし、折角、歌手のMINATOがいるのだ。そんなところで話し合いはしたくなかった。
「なら、二人っきりになれるとこならどこでも良いの?」
「はい、そういうところでお願いします」
「それじゃあ、駅前のラブホに行く? 二人っきりになれるわよ」
湊は美少女の胡桃にそう言われて顔が真っ赤になる。そして胡桃は湊のその顔を見て舌を出しておどけて見せた。胡桃は悲しそうな顔をしている湊をどうにか元気づけようとして冗談を言ってみただけだった。
「嘘に決まっているでしょ」
湊は怖そうな顔をしている胡桃が冗談を言うように思わなかった。胡桃の印象が少し変わって感じられた。そして悲しそうな顔をしている湊に笑顔を向けている。今では湊のことを怒っている雰囲気ではない。
「それじゃあ、どこに行きましょうか?」
「カラオケボックスで良いんじゃないかな。二人っきりになれるでしょ。音も漏れないしね」
湊はカラオケボックスは苦手だがそれは歌うことが目的で行く場合だ。今日は話し合いなのでカラオケボックスに行くのを了解した。
「カラオケボックスで良いですよ」
「それじゃあ。駅前のにゃん太郎で良いわね」
にゃん太郎と言うカラオケボックスは全国チェーンのお店だ。ドリンクやフードが充実しているので人気が高い。
「そこで良いです」
「じゃあ行きましょう」
「あのー。そろそろ手を放して下さい」
胡桃は今になってまだ手を繋いでいることを思い出した。ただ胡桃は迷子になり悲しそうな子供を連れて歩いている感覚だったので恥ずかしいとは思っていなかった。湊の一言でつないだ手を胡桃は放した。そして二人はにゃん太郎に向かった。