003 落とした歌詞ノート
入学式の次に日に登校して教室の自分の席に着く。湊は鞄から教科書を出して机の中にしまう。すると前の席の浩二が振り向いて話し掛けてきた。
「湊、なんで昨日カラオケに来なかったんだよ。ほとんどの者が来ていたぞ」
「俺はカラオケが苦手なんだよ。カラオケが歌えないのに行ってもつまらないだろ」
湊は本心からカラオケに行くのは嫌だった。
「でも、付き合いってものがあるだろ。そんなんだったら友達も出来ないぜ」
それは湊にとっては由々しき事態だが中学の時から友達と呼べるのは康弘と朱音くらいだ。他に友達を作ろうとは思ってもいなかった。
「それはこれから努力するよ」
「まあ、俺が友達になってやるよ」
「それは有難い申し出だよ」
「そ、そうか連絡先の交換でもするか?」
浩二はそう言ってスマホを出してきた。そのことに湊は驚いた。今まで湊と連絡先を交換しているのは康弘と朱音くらいなものだった。
「ありがとう。交換しよう。嬉しいよ」
そうして二人は連絡先を交換した。その行動を隣の席の女子が見ていた。その女子は朱音の友達で滝川美奈という少女だった。
「二人とも連絡先の交換をしているの? 私も混ぜてもらってもいい?」
美奈は朱音と一緒でクラスのカースト上位に君臨する人物だ。朱音ほどではないが可愛い印象のある少女だった。
「ああ、いいぜ。俺は赤城浩二だ宜しくな」
「私は滝川美奈よ。宜しく。きみは赤坂湊君だよね。朱音から話は聞いているよ。私とも友達になってね」
「ありがとう。滝川さん。俺の方こそ宜しく」
湊はスマホを取り出して連絡先の交換をした。湊は今までに友達と呼べる人は少なかったが今日一日で二人の連絡先をゲットできたことを嬉しく思った。そこに康弘と朱音がやって来た。
「湊、昨日来なかったな。やっぱりカラオケは嫌だったか?」
康弘は湊がなぜカラオケに行かないか知っている。虐めにあっているところを助けてもらってから何度か一緒にカラオケに行ったことがある。そのときに湊が女声を気にして歌わないことを知った。それ以来カラオケに誘わなくなった。
「ごめん、いやと言う程じゃないけど、俺は歌えないからね」
「湊は歌が上手いのにもったいないなー。湊の歌声を聞けばみんなびっくりすると思うけどな」
朱音も康弘と一緒にカラオケに行ったことがあるので湊の事情を知っている。なので、湊が歌うのが上手いこと知っている数少ない友達だ。でも湊が自分の声のことにコンプレックスを持っていることも知っているので深くは追及しない。
でも、一緒にカラオケには来てほしかったというのが本音だった。朱音は自分と康弘以外と友達を作ろうとしない湊のことをどうにかしたいと思っていた。
「へー、湊は歌が上手いのか? 歌が歌えないことはないんだよな。なら昨日来ればよかったのに?」
「すまない。俺には俺の事情があるんだよ」
「赤川君、あまり深入りしない方が良いよ。赤坂君にも事情があるのよ」
美奈は朱音から湊の事情を少し聞いていたので湊を庇った。
「それはすまなかったな」
素直に謝り浩二はバツの悪そうな顔をする。
「なんだ、湊は美奈と仲良くなったのね?」
「ああ、さっきRINEを交換したところだよ」
美奈はスマホを見せて朱音に自慢するようにする。
「美奈も隅に置けないな。湊みたいなんがタイプなのか?」
「そういうのは赤坂君に失礼な言い方だよ」
康弘はからかっただけなのにとんだとばっちりを美奈から受けてしまった。
「別にやましい意味じゃねーよ。でも美奈も湊と友達になってくれて嬉しいよ」
「おいおい、俺のことも忘れてもらっては困るぜ。俺は赤川浩二だ。鈴木に相川さんだろ。俺とも友達になってくれよ」
「良かったら連絡先を交換しようか?」
朱音の言葉に浩二は顔を赤らめる。これだから陽キャの朱音に惚れる男が後を絶たないんだと湊は思った。
「あ、ああ。宜しく頼む」
「じゃあ、俺とも交換しようぜ」
康弘もその輪に加わる。康弘と美奈は以前から朱音を通じて交流があるので二人は知り合いだった。朱音と康弘と浩二がRINEの交換をする。浩二はクラスのカースト上位三人と思わぬところでRINEを交換出来て嬉しく思っていた。
それだけカースト上位の者たちの連絡先を知るのは困難なことなのだ。浩二は湊の交友関係がどういう者なのか不思議に思った。付き合いが悪そうな印象があるのに美少女の朱音やイケメンの康弘と友達のようだし。
隣の席の可愛いと評判の美奈とも面識があるように感じた。湊と席が近くて良かったと思った。
湊は美奈とはクラスが一緒になるのは初めてだった。でも朱音とよく一緒にいることは知っていた。康弘も美奈のことは知っているようなので悪い人ではないだろうとRINEを交換したのだ。
湊は普段簡単に連絡先を交換はしない。虐めにあった時のトラウマが今も残っているからだ。二人の連絡先を得たことで気分が良くなり歌詞が頭に浮かんできた。それで鈴木先生が来てみんなが自分の席に戻った後に歌詞を書き綴っているノートを取り出して思いついた歌詞を書きだす。
湊の一番の至福の時だ。歌詞が浮かぶときは他に何も考えることが出来なくなる。こうしてMINATOの歌が出来上がっていく。
◇◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今日の授業が終わって帰ることになり湊は今日書き留めた歌詞を歌にしたくて急いで教室を出る。そして階段を飛ぶようにして降りていく。そこで女子生徒とぶつかって鞄の中身が飛び出てしまった。
「ごめん、急いでいたから前を見ていなかったよ」
「私こそごめんね。考え事をしていたからうっかりしていたわ」
少女の鞄の中身も飛び出ていて二人で教科書やノートを拾い鞄に詰め込む。そしてお互いに謝って家路についた。
湊は家に帰って鞄を開けて歌詞を綴ったノートを取り出そうとした。しかしそのノートが無かった。湊の顔が青ざめる。しかし無くなったものは仕方がない。明日、職員室に行って忘れ物の届け出が無いか確認してみようと思った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
白石胡桃は家に帰って鞄を開けて中身を取り出して明日の授業の準備をしようとしたときに見知らぬノートが出てきた。そしてなんのノート確かめるために中を確認する。すると沢山の詩が書かれていた。
いくつか読むと胡桃が知っている詩が書かれていた。
「これは、MINATOの歌詞じゃない。どこでこんなのを拾ったんだろう。こんなにMINATOの歌詞を書き留めているなんてきっとMINATOのファンなのね」
胡桃はそう思い明日職員室にノートを落とし物として届けることにした。この時、胡桃はMINATO本人が書いた歌詞のノートだとは思っていなかった。MINATOのファンが書き綴ったものだと思っていた。