002 湊の正体、バンドメヌエット
湊がクラスメイトとカラオケに行かないで逃げたのには理由がある。湊が内気で人と馴染めないこと、中学一年の時に虐められていたことがあり人と話すのがまともにできないこと、そして一番大きな理由が湊の声が女の子の様な声であることだ。
ただでさえ『オカマ』と馬鹿にされるときがあるのにカラオケに行って女性のような声で歌う度胸は湊には無かった。ましてや人見知りで話も出来ないのに歌うことが出来ない湊がカラオケに行く意味が無かった。
湊が逃げ帰らなければ康弘と朱音が無理やりにでも湊を誘っただろう。その気遣いは湊は嬉しが、二人が湊に付きっ切りにならないで自由に楽しんで欲しくて先に逃げるようにして帰ったのだ。その方が康弘も朱音と気軽に話が出来るという湊の思いもあった。
それに湊は家に早く帰ってやりたいことがあった。Vtubeにアップする映像の撮影だ。湊は両親がパラザイムというバンドをしている影響で小さい時からピアノやギターにドラム、ベースなどの楽器が弾ける。それに親の影響を受けていて音楽は好きだ。
そして歌うことも大好きだった。湊は人前では決して歌わないが一人で自宅にある録音スタジオを利用して音楽活動をしていた。そして顔を隠してMINATOという名前でVtuberになって楽曲をVtubeの音楽配信サイトに投稿している。
そのことは両親だけが知っていて、他の人たちは知らない。親友の康弘にも朱音にも話してはいなかった。VtuberであるMINATOはフォロワー数100万を超える超有名人だった。謎の音楽家として名を爆ぜていた。湊はそのことを誇りに思っていた。
女声でも湊の曲を聞いてくれる人たちがいると言う事に自信を持つことが出来るようになれたからだ。ただ、一つだけ問題があった。MINATOは世間では女性シンガーだということになっている。
なので、歌い手としてデビューの申し出があるのにもかかわらず、湊はデビュー出来ないでいた。しかし楽曲は両親の事務所を通してアイドルや女性シンガーに提供していた。その曲もヒットしていてMINATOの名前は全国的に広まっていった。
高校生ながらに湊は印税とVtuberの稼ぎで億単位のお金を稼いでいる。そのお金は両親が管理しているので湊は手にできていない。湊は今でもお小遣いで月に5万円もらって過ごしている。バイトをしている高校生並みにはお小遣いをもらえているので湊には不満はなかった。
そんな湊は春休みに書き上げた曲の演奏と撮影を今日中に行ってVtubeに投稿しようと考えていた。そうして家路を急ぐ。家に着くと直ぐに着替えて顔を隠して録音スタジオに入り撮影を行う。
曲に使われているギターやベース、ドラムにキーボードは全て湊が演奏したものを録音して音源を作っている。その音源をもとに湊自身が歌を歌う。それを録音と録画をしてVtubeに投稿する。全ての作業を終えてパソコンで反応を見る。
「神が下りてきたー」
「さすがっすMINATO様」
「この曲を聞いて元気になりました」
「メジャーデビューしてほしいです」
「握手会とかしないんですか?」
などのメッセージが送られてくる。湊は今日も「いい仕事をしたなー」と自分の部屋のベッドに横になる。そして次に発表する曲の歌詞を考える。湊は全ての楽曲の作詞と作曲を手掛けている。そして特に歌詞には力を入れている。
何時歌詞が閃いても良いように歌詞用のノートを持ち歩いているくらいだ。今日も頭に浮かんだ歌詞をノートに書き留めていく。そして閃く歌詞を書き終えるとギターを弾き始める。湊はこうしてギターを弾いて自分の歌を歌うのが好きだった。
湊の部屋は防音効果のある部屋なので気にしないで声を張り上げて歌を歌う。そうして一日のストレスを発散する。それが湊の唯一の楽しみだった。自分の家でなら女声を気にしないで堂々と歌を歌うことが出来る。
そうしながら次の曲の作曲も頭に浮かんでくる。そのフレーズを忘れないうちにボイスレコーダーに録音する。湊の一日はそういうローテーションで完成されていた。今は『赤坂46』というアイドルグループの曲を作っている最中だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
湊が家で曲作りに励んでいる頃、都内にあるB―ingというライブハウスで湊と同じ天ヶ崎学園高等部の一年生である白石胡桃はバンドメンバーと険悪な空気で話し合いをしていた。
あたりにはタバコと酒の匂いが充満している。タバコを吸わない人にはきつい場所だろう。
「美幸はどうしたのよ。今日はライブの日だってわかっているでしょう」
キーボディストの胡桃が声を張り上げる。その怒りは後ろに般若が見えるほど怖いものだった。それを大学生のギターリストで石倉綾香が胡桃を宥める。
「胡桃、そう怒らないでよ。時間までには美幸も来るとおもうわ」
「そうよ。頭に来るのは分かるけど我慢が肝腎よ」
ベーシストの天ヶ崎学園高等部の高校二年生の荒川由衣も胡桃に我慢するように言って聞かせる。
「それに、うちのボーカルは美幸しかいないだろ」
ドラマーの一色沙織も胡桃を宥めようとする。沙織は宝ジェンヌと言うよな男装の令嬢のような人だ。大学一年生で、喋り方も男っぽい。以上の四人に安田美幸を加えたメンバーがメヌエットと言うバンドを組んで活動している。
「でも、今回で何度目よ。リハーサルにも間に合わないバンドメンバーなんていらないわ。それだけじゃないわ。練習に遅れるときもあるじゃない」
胡桃の怒りは収まらない。美幸がリハーサルに間に合わないことがこれまでに何度もあったからだ。今までの怒りがまとまって湧いてくる。もう自分でもどうやってこの怒りを収めていいか分からないくらいだった。
綾香も由衣、沙織も胡桃の言いたいことは分かっている。でも美幸の声は魅力的でバンドから追い出すという考えには至らなかった。それでも胡桃には限界だった。
「今日で美幸にはバンドを出て行ってもらうことにするわ」
「胡桃!」
「そんなことして大丈夫なの?」
「それは難しくないか? 良く考えて答えを出せ」
綾香は驚きの声をあげたが由衣は胡桃に冷静になる様に諭す。沙織も美幸を辞めさせるのは難しいと考えているようだ。
「大丈夫よ。私が美幸の代わりを必ず見つけてくるわ」
「本当に新しいボーカルを探せるの? 私は心配なんだけどなー」
「綾香先輩の言っていることは分かるわよ。でもこんな気持ちで毎回ライブに出るなんて出来ないわ。もう我慢の限界だわ」
綾香の言う事に胡桃は聞く耳を持たない。
「胡桃がそこまで言うなら私も覚悟を決めるわ。新しいボーカルを探すという条件で美幸には辞めてもらいましょう」
とうとう由衣も美幸にバンドをやめてもらうことを承認した。綾香も由衣の言葉を聞いて諦めることにした。
「まあ、胡桃の言い分も分からなくはないからな。私は胡桃に任せるよ」
沙織も胡桃に任せることにしたようだ。
そこに問題児の美幸がやって来た。遅れて来たというのに悪びれている様子もない。
「悪いわね。おくれちゃって」
「もういいわ。気にしないで」
胡桃はライブが終わった後に首にするつもりでいるのでいつものように美幸に絡まない。美幸はそんな胡桃を不思議に思った。
「今日の胡桃は優しいなー。いつもそういう態度なら可愛いのになー」
胡桃は天ヶ崎学園高等部で美少女として有名だった。しかし、気が強いことでも有名だった。告白して来た男子生徒を泣かして帰したことが伝説として残っているくらいだ。それいらい美少女なのに胡桃に告白する勇気のある男子生徒は減った。
胡桃に劣らず綾香は大学のミスコンにノミネートするくらい美人だ。由衣も二年生で一番かわいいと噂になっている。メヌエットというバンドにはそんな美少女や美女を目的としたファンもいるくらいだ。
「とにかく。本番は確りしてね」
胡桃は投げやりに美幸にそう言い放つ。
「美幸、お前が悪いんだからな」
「美幸が悪いわ。反省もしていないようだしね」
沙織も綾香も美幸を見放した。
「ご愁傷様」
由衣は一言そう言ってグラスに入っているウーロン茶を飲む。いつもと違うバンドメンバーの雰囲気に美幸はどぎまぎする。
結局、ライブが終わってから美幸はバンドから追い出された。
そして胡桃は責任をもってボーカルを探すことになる。