①仲を深める為の安直な計画
──さて。
『実は女性が苦手な為に嘘を重ね、自縄自縛に陥った拗らせツンデレ辺境伯エルフィン』と
『生まれも育ちも現在も、なにかとタイミングが悪いせいで要らぬ心労を抱える元・伯爵令嬢ヨランダ』。
ふたりは揃いも揃ってチョロいことに、エルフィンは勘違いからヨランダに仄かな恋心を抱き、男性に免疫のないヨランダも面の良い旦那様との接触に簡単にときめいた。
だが書類上は既に夫婦であり、あとは神に誓えば公的にも完全な夫婦となるふたりだ。
妙な経緯は挟んだが、好意を抱いて良いことはあれど、悪いことなどない。
むしろこれで上手くいく──
「…………」
「…………」
──という案件ではあるのだが、そうは問屋が卸さない。
ふたりの空気は微妙になっていた。
そもそもの前提として、ふたりとも異性や恋愛には全く免疫がないのである。
書類上夫婦となったところで、エルフィンは恋心など生まれていない段階から彼女を意識してしまいどうしようもなかったし、ヨランダはヨランダで男性と接触する機会なく育った上、相手はなにもかもが上の人で萎縮していた。
そんなふたりが急に恋愛的な意識が高まったところで、上手く立ち回れるわけが無い。むしろ、悪くなるばかり。
ギクシャクしてしまい、顔が赤くなるので、目も合わせられないという体たらくである。
そんなわけで、ふたりは無言で目も合わせないまま数日を過ごしていた。
これは当然の結果と言えるが、家人が心配するのも、また当然と言えた。
「ちょっと……どうなってるんです?」
「…………」
「酷くなっているじゃないですか! 嫌味を言わなくなったら今度は目も合わ」
「──わかっている!」
そんなわけで、エルフィンはまたローランドに詰め寄られていた。
「そうは言ってもですね……最近はただでさえ夕餉の時間くらいしか」
「うるさい! 大体『長い目で見る』んじゃなかったのか?!」
逆ギレしたかたちのエルフィンではあるが、彼は彼なりに考えがあった。
「しかし……」
「ゴホン──休暇を、取る」
「!」
咳払いをひとつして弟の言葉を遮り、重々しく告げる。重々しいのは単なる照れ隠しである。
「その為に少し忙しかっただけだ」
「おお……それはようございました」
エルフィンは悩んだ末、休暇を取ってヨランダと交流を深めると決めて仕事をしていた。
家人並びに騎士・軍人達は皆、我らが辺境伯閣下の遅い嫁取りを心待ちにしており、なんならローランドと同様に『実はロリコンなのでは』とか、『実は男色なのでは』とか、はたまた『実は不能なのでは』などといったあらぬ心配をしていたぐらい。
なので『辺境伯閣下のかねてからの想い人』という触れ込みでやってきたヨランダを、歓迎しないわけがなかったのだ。
むしろせっつかれていたくらいなので、勿論休暇申請もアッサリ受け入れられたのだが、ここまで遅くなったのは言うまでもなく、エルフィンの決意が固まらず仕事を延ばしていたからである。
「で、どちらに?」
「……西へ」
「西、というとフリッカですか?」
西の街フリッカは辺境伯領で最も栄えている場所。唯一の都会であり、商業施設が建ち並ぶ。
防衛上の観点から領地内なのに検問が厳しいという特徴はあるが、他が全部田舎の辺境伯領民にとっては憧れの土地だ。
「ですが、奥様は王都に慣れてらっしゃるでしょう。 都会でない方が却ってよろしいのでは?」
「……王都では婚姻の儀の際、白いドレスを着るようだ。 作りに行く」
辺境伯領には、そんな習慣はない。
戦になる直前だからこそ、誓いを立てる者も多かったことなどが理由である。
『死がふたりを分つとも』という重い誓いなのであまりやる者はいないが、作るとしたら喪服なのだ。
辺境伯夫人のお披露目も特にしない。
辺境伯夫人が目立っても、得になることはあまりないからである。
王都で学園に通っていたローランドは勿論王都近辺の風習を知ってはいる。
だが、辺境伯領の土地柄や風習との差異からエルフィンの提案に懸念を抱いた。
「あまり良いとは思えませんが」
「平和になった今、そういうのがあってもいいだろう」
「ですが……母上のこともありますし」
「……」
ふたりの母である前ガードランド辺境伯夫人、グローリア。
王都に生まれ育った彼女は非常に美しいが派手好きで、皆の反対を押し切って度々夜会やパーティを開いた。
その為家人からは好かれず、居心地が悪かったのかエルフィンを産むとフリッカに移り住んだ。
ローランドは、嫡男であるエルフィンが順調に育った10年後にできた第二子である。
彼の線が細いのは、それを理由に母グローリアが押し切ってフリッカで育てた為でもある。
グローリアが本邸を訪れるのを嫌がったので、エルフィンとグローリアの関係は非常によそよそしいものになった。
弟ローランドは、だからこそ頻繁に本邸に戻り、家令となる希望を早くから公言していたのだ。
父である前辺境伯のエヴァンはエルフィンに輪を掛けて無口であり、よくわからない男……妻と子の関係に口出しできる器用さは持ち合わせていなかったようだ。
また、エルフィンとエヴァン自身の親子関係もやや歪であり、エルフィンは父を『尊敬できる上官』的な目で見ているのだからどうにもならない。
そんな父も、地位を息子に譲るとどこぞに行ったまま戻ってこない。領地内にはいるらしいし、各所にヨランダとの婚姻(※内定)の通達は出したので返事はそのうちくるだろうと思われる。
大分杜撰なようだがエヴァンはいつも筆が遅いので、誰も気にしていない。
「──もしかして」
「む?」
「奥様と会わせることで母上との関係改善を?」
「いや……」
否定しようとしたが、昔からそのことで一番気を割き胸を痛めていたのは、幼いながらも賢しかったこの弟。
「それは素晴らしいです、兄さん!」
「……」
嬉しそうな弟の瞳に、エルフィンは口を噤んだ。
グローリアのところにも手紙は出したが、返事はない。関係はよそよそしいものの彼女は筆まめなことから、やはりどこぞに行っているものと思われる。
執事に命じて確認をとったところ、どうやらグローリアは旅行で、ひと月程帰らないらしい。
(だからこそフリッカにしたのだが……)
弁解するのも却って面倒だし、喜んでいるので黙っておいた。
会えなかったことにしておけば、それで済む。
そもそもエルフィン自体は、母とはどうしてもよそよそしくなるものの、関係が悪いとは特に思っていないのだ。
幼少の頃は寂しく思ったこともあったが、それはほんの短い期間。なにしろ辺境伯嫡男という特殊な立場なので、他人とは比べようがなく……そういうものだと割り切ってからが断然長いのである。
確かに、女性に対する苦手意識の原因となったもののひとつが母ではあるのだが、だからと言って嫌いなわけでもなかったし、手紙の文面を鑑みるに嫌われているとも思ってはいないので『関係の改善』と言われてもピンとこないというのが本音だ。
ヨランダと会わせるのも吝かではないのだが、それは自分と彼女の距離が近付いてからでいいだろうと思っていた……
──と、いうよりもそれどころではなかったので、会わせようとも特に思っていなかった。親不孝な息子である。
「まあとにかく、週が明けたらフリッカに行く。 留守を頼む」
「畏まりました」
この旅行で、ヨランダとの距離を縮める気ではいるものの……実際のところ、なんでフリッカにしたかというと。
(やはり、まだ早いからな)
こ れ だ 。
ドレスを作ることで、婚姻の儀を延ばすのが真の目的のひとつ。
そしてふたつめは、
(それに……これなら自然に彼女を喜ばせられそうだ)
なんとか上手く、ヨランダの御機嫌を取りたいのである。