①それぞれのエピローグ
二話同時投稿です。
午後の柔らかな風に、まだ緑を残した小麦の穂が揺れる小道をのんびりと馬は進む。
「ああ、これは領主様!」
脇から小麦よりも日に焼けた肌の男に声を掛けられ、引綱を軽く引いた。
「丁度今そちらに伺おうと思ったところでして」
「なにかあったのか?」
「いえ、ウチの畑の罠に鹿がかかりましてね。 せっかくですから領主様に味わっていただこうかと」
「それは有難い……今日は客人を迎えるのでね」
「それはそれは。 本当に丁度ようございました」
──あれから二年の月日が経った。
ヨランダは半年も経たないうちに懐妊し、きっちり十月十日で健康な男児を産んだ。
喜ばしいことではあるが、方々からの祝いへの対応がなにかと大変だったようだ。
ガードランド辺境伯家の第一子で男児ともなれば、まあ当然のことではある。
子の首も座り、ようやく周囲も落ち着いたので、オルフェ伯爵家に顔見せにやってくるという。
早道である小道を抜け街から邸宅まで馬車が走れる一本道の途中で、辺境伯家の馬車と出会した。
護衛に囲まれた馬車の中からまず出てきたのは、エルフィン・ガードランド辺境伯閣下。
「お義兄様! お久しぶりです、わざわざ迎えにいらしたのですか?」
「はは、途中ではちょっと格好がつかないですがね……」
そして護衛の数に引いた。
なにに引いたって、『そういえばこういう立場の人なのに、二年前には単体でやってきたことに』……である。
一人で出てきたコンラッドは、辺境伯家の護衛に馬を任せて馬車に乗る。
そこで初めて、甥っ子との対面を果たした。
「……うわぁ……乳幼児の身体怖いぃ……ちょっ、まだ馬車動かさないでね?」
「うふふ、お兄様ったら」
「ああそうだ。 明日にはエヴァン殿と奥方も、こちらに顔を出すそうだよ。 鉱山は上手く行っているみたいだ」
エヴァンの躾により更生された青年らは鉱夫としてだけではなく、なんと今は自警団の一員として活躍している。
散々無法は働いていたものの、『犯す』『殺す』だけはしていなかったのが幸いし、案外反発なく受け入れられた。
一線を超えなかったのは躾以前の彼らの倫理観がどうのよりも、おそらく過疎地だったことが功を奏しただけだが……今や彼らにとって『無法=死』(※エヴァンに植え付けられた)であるので概ね問題はない。
おかげであの地にも、人が戻ってきた。
それは一時的なものであり鉱山はいずれ閉じるものの、徐々に農村に移行するのにはまだ充分に時間はある。民の居住地の安全性を担ってくれる人材がいるのは、コンラッドにとってもとても心強い。
また、橋のことで優秀な商人との伝手も出来た。地竜の革は格安で捌いたが、今後のことを考えると損はなく、長らく交流のなかった隣領主との交流も復活した。
「エヴァン殿夫妻と閣下のおかげでやるべきことが大幅に減りました。それも数年、いや十数年単位……数十年分かも」
「些か大袈裟な気が……」
「いやいや、とんでもない」
実際問題、あの時オルフェ伯爵領は残っていた民の生活がようやく安定してきた程度。
領としての収益を増やす前の基盤を整えていた途中からのスタートとして、コンラッドが考えていたように順を追い、少しずつ手堅くやるとなると、どんなに上手くやっても相当な年数を要しただろう。
それに、上手くやると必ず横槍が入るのが世の常である。ましてやコンラッドはまだ若く、当主になったばかり。
領主代行として密かに動いていた数年の間は、人にも恵まれていたが、当主となってからはそうはいかなかった筈だ。
結果的に、その隙は一切なく済んでいる。
諸々唐突すぎて。
「もっとも、まだまだやることが沢山ですが……」
「ばぶう」
「あら、この子も応援しているわ」
「おお……伯父さん頑張るぞ~」
「だぁ!」
そのあとも辺境伯夫妻の息子であるアレクシスは、なんだかごにょごにょと不明瞭な言葉を喋っている。
それに対してエルフィンは、『アレクよ……漢は背中で語るものだぞ』などと未だ変わらぬ厨二的漢像を息子に語りかけつつも、『この子は天才かもしれん』と早速の親馬鹿ぶりをコンラッドに披露していた。
第四王子であるアーネストは王城に戻ったあと、まず王にこれまでの謝罪をし、手掛けていた果物の品種改良の継続支援を求めた。
浅慮で人に頼ってばかりだったアーネストの、彼なりに諸々を熟慮して出した最適解がこれである。
これは決して甘えではない。
アーネストは『廃嫡を申し出、一兵卒として騎士団に入隊』なども考えて王城を出ていた。自らの柔い精神を根本から叩き直すのは良いと思えたのだ。
エヴァンに稽古をつけられその気持ちは増した反面、冷静になった頭は『どんなに厳しい処遇だとしても、それこそが甘えである』と告げていた。
第四王子であるアーネストの求められる立ち位置として大事なのは、自らの自尊心を守ることではない。
『甘やかされている第四王子』がいくら不名誉であれ、それを払拭する為に動くことは正しくなく、その立ち位置で彼は彼自身の価値を見出さなければならないのだ。
だから仮にアーネストがそう求めても受け入れられなかっただろうが、その責任は誰かが取る。代わりに誰かが某かの処罰を受ける羽目になっていた筈だ。
──そして予定通り、彼はヴィオラ王女と婚約し、結婚した。
両国和睦の象徴として。
ふたりは互いに支え合いながら、仲睦まじく任された土地から少し離れた古城で暮らしている。
時折、辺境伯領から買い取ったアーネスト(馬の方)で遠乗りに興じているようである。
手掛けていた果物の問題も解決し、少しずつ流通されている。
隣国の果物とこちらの果物を掛け合わせたもので、見た目は筋のないメロン。味は桃。
名前は『平和』……なかなか安直な名前だ。
でも甘くて美味しい。
少しお値段がお高く流通数が少ないので、贈答用としてそれなりに人気がある。
「──……お姉様、お久しぶりです!」
「ヨランダ……」
オルフェ兄妹の真ん中の娘であるアマンダは学生時代に出会った騎士の青年と結婚していたが、伯爵家の人材不足を懸念し相談した結果、ふたりでこちらに戻ってきている。
伯爵領の騎士団はとうの昔に瓦解しており、アマンダの夫が騎士団長として新たに騎士団を設立したばかり。
それまで領地でのコンラッドの平民の友人である庭師の青年が、実質的な警備を担っていたのである。
彼は副団長にされてしまったことに、未だに困惑しているが、かなり強い。ちなみに掃除婦は、当時はまだ恋人だった彼の妻だ。
「ごめんなさい、なにもできなくて」
「そんなの……私も同じよ……!」
アマンダとヨランダはやはり会うことが少なかったけれど、コンラッド程ではない。手紙のやりとりも頻繁に行なっていた。
ただアマンダも、家を出る為に必死だった。
嫁いでからは度々金を無心に来る伯爵から逃れる為に、住まいを隠していたので手紙を出すことも難しかった。
そして──
「なんで勉強なんかしなきゃいけないんだよ! その分飯か金を寄越せ!! 俺は職人になるんだ、そんなモン必要ねぇ!」
「ふっ……馬鹿ね。 職人に知識が必要ないとでも? アンタがいくら職人として腕が良くなったところで、そのままじゃ搾取されるのは目に見えていてよ」
いきりたつ子供の怒声に対し、そう嘲笑う声……隣国の公爵令嬢である筈の娘、バイオレットである。




