⑤諦めたらそこで……
互いに誤解が生じたまま辺境伯邸にむかうことになったふたりだったが、すぐに揉めた。
「こちらへの行きに閣下が使用されたルートは川……戻るには違うルートを選択せざるを得なかった。 しかし閣下はとにかく早くお戻りになりたいご様子で……」
結果、エルフィンは通常の交通ルートを拒み、まだコンラッドが資金不足により手を付けかねている荒れた地域を通るルートを選択した。
──賊の出るルートである。
「閣下ッ! そちらは危険です!!」
「お義兄様はご心配なく。 僭越ながら私がお守り致そう」
エルフィンの一騎当千と言われる実力は噂に違わぬもの。
先の戦が辺境伯領の国境を攻めるのみであったのは、諸々の事情はあったものの……地形や隣国都市の位置関係など、隣国側には少なからず有利な条件が揃っていたからでもある。だからこそ長く続いてしまったのだ。
にも関わらず辺境伯城壁は、壊滅的ダメージどころか部分的な破損すら少なかった。
それはひとえにエルフィンが自ら前線に出て数多の敵を蹴散らしてきたからでもある。
彼にしてみれば多少の手練でその数がちと多かろうと、一般の輩如きなどものの数ではない。
しかし誤解が生じているコンラッドにとって、その言葉は許し難いものだった。
「ヨランダひとり守れなかった男がなにを……ッ!」
「──……は?」
──『守れなかった』、とは。
「ヒャッハー!!」
そこにタイミングよく現れし、賊──
「おみゃえらカネを……ぶべッ?!」
──を、易々と倒すエルフィン。
「ええとお義兄様?」
「ぐはっ!!」
「なにか誤解があるようですけれども……」
「あべしッ!!」
エルフィンは襲い掛かる賊を尽く薙ぎ倒しながらコンラッドと質疑応答を繰り返し、ようやく誤解は解けた。
「え、では……なにをしに来たんですか?」
そして生まれる、至極真っ当な疑問。
その答えが『自らの嘘のせいで順番が滅茶苦茶になったが、今真実ヨランダを愛しているのできちんとやり直したい』という、聞いてもなんだかヨクワカラナイ理由だったので、コンラッドはやっぱり困惑した。
だが、流石に「閣下はヨランダに嫌われているのですか?」などとは口にできない。
既に不敬はかましているが、不敬だ。
妹が愛されているようなのはわかったが、そのあたりも不安である為、やはり共に向かうことにしたのだが……
道中は『呪われた血』以外にも「なんかに呪われているのでは」、と疑う程に波乱万丈であった。
それはもう逆に、神がかっているレベル。
まず、賊の襲撃。
引っ捕らえた賊共を領騎士達に引き渡す……のがとてつもなく面倒だったエルフィン。
「ぬう……時間が惜しい。 簀巻きにして船ごと川に流すか」
「ひぃっ!? ごごご、ご勘弁を!!」
「閣下、私一応ここの領主ですので」
「おっと……はは、冗談ですよ」
冗談などと言ってはいるが、無論領主の手前そう言ったに過ぎない。その場にいた誰もが彼の本気を感じ、ならず者の輩共は慄いた。
──これは、隙あらば始末されるぞ、と。
「領主様! お慈悲……お慈悲をッ!!」
「我々も生活が苦しかっただけなんです!」
「もうこのような馬鹿な真似は致しません!!」
先程の『ヒャッハー』を一転、輩共は皆、必死でコンラッドに縋った。尚、簀巻きにはされてないが縄で完全に捕縛はされている。芋虫ぐらいに。
そんな時であった。
「ふっふっふ……お困りのようだな?」
馬に乗って颯爽と現れた、一人の男の影。
「……!」
「あっ……貴方様は!!」
コンラッドは仰天した。
そこにいたのはなんと、元・辺境伯閣下であらせられるエヴァン・ガードランド卿、その人だったからである。
──なんなのこの親子?!
とコンラッドが思うのも致し方ないが、別にエヴァンはエルフィンを心配してここに来たわけではなかった。
エヴァンの目的はオルフェ家の所有する山にあり、その為領主であるコンラッドに会いにきたのである。
かつて、オルフェ家の主な収入源はそこで採れるこの地特有の岩石に含まれる成分が凝固してできた宝石だったが、途中から地質が変わったのか大きな原石が採掘できなくなった。良質な原石が採れるには採れるが、どれも小ぶりな為加工が難しく、加工を他領に任せて捌いていたオルフェ家は途端に困窮した。
犯罪者が送られる描写などがあるように、鉱夫の仕事はキツく危険が伴う。それに見合う支払いや、採れた原石の管理、鉱山へ課せられる高い税金等諸々の費用の捻出が、収入に見合わなくなったのだ。
まず支払いが減り、技術者が離れてしまったので採掘への危険度が上がり、リスクと高い税だけが残った。
既に祖父の代では見切りを付け国へ訴え出ている為、事実上今は鉱山ではない。
──その今は無き鉱山のふもとで栄えた街が、ここ。
「ここで会うことになるとは凄く運命的だねぇ」などと宣ったエヴァンは『採掘業の、委託による一時的再開』を提案した。
そう……エヴァンは『伝説の宝石』を諦めていなかったのである。
「人伝に『もしかしたらここなのでは』という話を聞いてね……しかもここならば仮に『伝説の宝石』が採れなくても、オルフェ家の支援もできてグローリアは喜ぶだろう?」
エヴァン曰く、『伝説の宝石』が出てこなくても一石二鳥は確実であり、上手くいけばもっと沢山の利があるという。
グローリアが服飾小物生産販売業を営んでいるだけに加工方面にも強く、小粒であろうと良質な原石ならば捌ける。それを使った品を作り、流行らせることも。
「どうせそれを主として収入源にするのは難しいのだ。 だがこちらは今残っている施設を補強して使用し、一時的に人を補充するだけならそれなりの利が見込めるし、そちらにも損はない……どうだね?」
そう言ってエヴァンは馬に取り付けたサドルバッグから書類を取り出した。
もっと細かく事業内容の説明や委託条件などが書かれている。
「お義兄様、話が長くなりそうだ。 ヨランダとのことは認めてくださったということで、先に行って宜しいだろうか?」
「いやあの……」
「ふっ、待て息子よ。 無論この父は大切な義理の娘のご兄姉に、すぐに結論を出させるような無粋な真似などせん。 オルフェ伯爵、この者共を私に任せてくれないかね? 待っている間の暇つぶしにはなろう」
「そ……そんな、卿をお待たせするだなんて」
「なに、私は引退した身。 時間ならある」
こうしてならず者の輩共の処遇は、『エヴァンの(地獄の)暇つぶし』となった。
助かった……という顔をしているが、これから死にたくなるような酷い更生訓練が待っているのである。
「父上の偏愛もたまには役に立つ……か」
「…………」
──おま(えがそれを)いう。
結果的にガードランド親子に助けられたコンラッドは、エルフィンの呟きを聞かなかったことにした。




