㉑ふりだしには戻らないけれど
二話同時投稿です。
ヨランダが悩んでいても、時は進む。
良いものを見て育ってきた元・侯爵令嬢グローリア監修による、洗練された高級ホテルに着くと、眺望の良い特別室へのご案内。
別邸も本邸も勿論豪奢ではあるが、日常を過ごす為落ち着いた設え。『非日常』の為のホテルはやはり違う。
(なんかキラキラしてる……)
贅沢慣れしてきた気がしていたヨランダだったが、改めて自分の分不相応さを感じて眩暈がする。
「ヨランダ、疲れたのか」
「いえあの、ひゃあ?!」
抱き上げられて、扉から数メートル程しか離れていないソファに座らせられると、靴を脱がされた。
「足がむくんでいるな。 今マッサージをする」
「あの」
「ふん、こう見えても私は総司令として鳴らした男……部下への指示には定評がある。 体力のない者を見捨てたりはせん」
一体なんの自慢なんだ、という謎発言。
大体にして部下ではない、妻だ。
──あの後、エルフィンは色々聞いてはこなかったし、今も話を蒸し返したりはしない。
だが、ホテルに入るとここぞとばかりに世話を焼き出した。
「旦那様、それは私が」
「いやフローラ、君は湯の準備を。 ルームサービスは茶ではなく珈琲にしてくれ。 それにチョコレートを」
「……畏まりました」
甲斐甲斐し過ぎる世話に、フローラも呆れ顔である。
(もっと頑張って止めてぇ!!)
大体にして足のマッサージとか、ない。
羞恥が凄いヨランダは精一杯御遠慮願ったものの、エルフィンはどこ吹く風──
「安心しろ、マッサージは得意だ」
優しく足先を掴むとスカートの間に手が入り、その大きな掌がヨランダのふくらはぎを二、三度ゆっくりと前後する。
「…………ッッ!」
「すぐに楽にしてやる」
しゃがみ込み自分の足を掴むエルフィン。
触覚聴覚視覚に訴えかける暴力的な色香に先程とは違う眩暈がする。
「……少し我慢しろ」
「──はぐっ?!」
そしてエルフィンが指先を動かした途端、その瞳から星が飛んだ。
あわれヨランダは、旦那様のGFの餌食……そのテクニックにより、彼女の羞恥はあっという間に崩れ去った。
「いたっいたたたたッ!! エルフィンさま物凄く痛いのですがッ?!」
エルフィンの得意とするマッサージは、屈強な軍人も恐れる、恐怖の足裏マッサージだったのだ。
「ふむ、胃が悪いようだな……食事は軽めのモノにするか」
「ちょま……ああぁあぁあああぁああぁ!! ……あグゥッ!!」
エルフィンの執拗な指先の動きに、ヨランダは口をはくはくとさせる。
「大丈夫だ、ここは防音もしっかりしている。 遠慮せず……啼け」
美丈夫のセクシーヴォイスでのそれっぽい言葉や、指先の妖しい描写があろうとも、所詮は足裏マッサージ。
しかも激痛。
最初こそ妙な緊張を感じたヨランダも、もうそれどころではない。
結局ヨランダは、湯浴みの時までなにも考えることは出来なかった。
「──大丈夫ですか? 奥様」
「ええ……」
(でもなんだかスッキリしたわ……)
マッサージが効いたのか、叫んだことによる効果かは不明だが、ヨランダの頭と心は割とスッキリしていた。
ついでにハイヒールにより、むくんでいた足もスッキリしている。エルフィンのGFは、伊達ではないらしい。
「全く旦那様ったら……湯浴みも『任せろ』と言われるかと思いましたよ」
「笑えないわ、フローラ……」
広い部屋の一角に大理石を敷き詰めた浴室。ヨランダはひとり大きな浴槽に浸かりながら、美しいモザイクパネルの嵌め込まれた衝立で仕切られた更衣室で、服の準備をしているフローラとそんなことを話す。
めでたいことに昨夜ようやくふたりが結ばれたのは、フローラも当然知っている。
「ですがもしホテルに着いた早々そんなこと言われたら、流石に一言申し上げねば、と思っておりました」
「……」
裕福な高位貴族はなにをするにしても多数の使用人の世話になるが、辺境伯家は防衛面からか必要最低限のことは自らやる。
髪はまだしも、身体を他人に洗わせることは特別な場合以外ほぼない。
昨晩が実質的な初夜だったというのに、体格差、年齢差のある妻の身体も省みず、見境がないのは如何なものか。せめて夜まで待て、とフローラは思っていた。
ヨランダは顔が赤くなるのを誤魔化すように、深く湯船に沈んだ。
(そうだわ……昨夜、エルフィン様と……はっ!?)
──もしかしたら、昨夜で子供ができているかもしれない。
可能性としては、ないでもない。
その場合を考慮すれば、悩まずとも隣国に行く選択はする余地がないのだ。
ヨランダはそれに気が付き、心が軽くなった。要は、都合のいい言い訳を発見してしまったのである。
自分の心と向き合うことへの明らかな逃げだったが、それでも確固たる理由ができた。
(私……ここにいていいんだわ!)
ヨランダは、ただそれが嬉しかった。
それがたとえ、自分の心と向き合うことからの逃げだったとしても、純粋に。
だが、それは物凄く短い期間だった。
やっぱりなにかと世話を焼きたがるエルフィンとの賑やかな食事を経て、寝室でドキドキしながらヨランダは旦那様を待っていた。しかし、
「──無理をするな」
「え……」
エルフィンは、耐えてしまったのだ。
「今夜は一人でゆっくり眠るといい」
しかも別々に寝ると言い出した。
ヨランダの気持ちが欲しいが故に我慢をしたが、彼は健康過ぎるぐらいの成人男性であり、女を知ったばかり──それでも相手がどうでもいい女ならば耐えられる自信はあるが、相手は好きな女。
『同衾をして尚耐えるのはちょっと無理かも』と判断した結果だ。
マッサージはどこまでなら耐えられるかを確かめる為でもあった。理由があれば割と耐えられるが、魔が差すと危険。
ヨランダのことだ……魔が差して『ちょっと触れるだけ』くらいの感じで触ろうものなら、おそらく拒まないとみての、苦渋の決断である。
──無理をしているのはお前な件。
『無理をするな』はかなりのブーメラン。
「で、ですがその」
「ふん、私はそんな余裕のない男ではない。 いやがる女を抱く趣味は持ち合わせてないのでな」
そうは言ったもののいやがるヨランダを無理矢理抱く想像をしてしまい、エルフィンはそそくさと別室へ移った。
滅茶苦茶余裕が無い。
「…………はぁぁっ?!」
しかも次の日、ヨランダに月のものが来た。
相変わらずタイミングの悪さは絶好調。
そんなこんなでふたりの新婚旅行は終わった。
問題がほぼほぼ解決しないままに。




