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仕方なく私を娶ったのであろう辺境伯閣下に今日も嫌味を言われていますが、優雅過ぎる奥様ライフにどうしたらいいかわかりません。  作者: 砂臥 環
夫である筈の人と妻である筈の人の新婚旅行(仮)

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⑳ヨランダ・オルフェのこれまで

二話同時投稿です。

 

 ヨランダは、ずっと王都で暮らしていた。

 領地の思い出は少ない。


 兄姉とはそう年齢が離れていないが、共に過ごした記憶は物心つくあたりの僅かな時間だけ。遊んだ記憶はない。

 ヨランダが8歳の頃には母が死に、3つ上の兄と2つ上の姉は学園寮初等科に入れられてしまったのだ。

 初等科のクラスは学年毎にひとつしかなく、幼少期に教育が難しい事情がある貴族の子供を教育する場であるが、勿論相応の金がかかる。

 これは亡母の意向らしく、子爵である叔父にその旨を任せたらしい。

 母は父に既に見切りをつけていたのだろう。

 父も渋々ながらだがこれに金を出したのは、叔父が上手く説得したからだ。


『歴史ある伯爵家の子には相応の教育を』から始まり、『子供は金の成る木、長男長女は早くに教育した方がよい』『教育の質を考えても、家で育てるより結果的には金がかからない』果ては『煩わしい子供の面倒を見るより、ひとりの方がなにかと楽だ』など。


 無能なくせに金と権力だけは欲しい父を動かすのは、そう難しくなかった様子。


 だが、残念ながらヨランダは年齢的に入学は無理だった。学園に入ることができるのは10歳から。


 ヨランダは歴史の名残で辛うじて維持していたタウンハウスの為に、母が亡くなると王都で暮らすことになった。

 要は、ハウスキーパーの代わりである。


 叔父は自身の姉である母とその娘ヨランダに同情はしたものの、決してお人好しな訳では無い。

 タウンハウスを使用する代わりに、そこの管理とヨランダの面倒をみる約束を取り付けていた。その契約書には、タウンハウスはヨランダが嫁いだ後は子爵家のモノになるよう巧みに書かれていたのだが、父がそれに気付くことはなかった。


 オルフェ伯爵家のタウンハウスは、そう大きくはないが、王都の一軒家。

 長屋のように連なったタウンハウスですら高級なことを考えると、古いとはいえかなりの箔がある。


 勿論ハウスキーパーの代わりとはいっても、8歳の子供にできることは少なく、防犯上の問題もある。そこに叔父は、子爵家の元執事である老夫妻をあてがった。


 夫妻は表面上優しく、一応はお嬢様としてヨランダを扱ったものの……その裏で、年齢を理由に身体の不自由を訴えてヨランダを働かせるのは勿論、面倒の為に叔父から与えられた金を着服していた。

 ヨランダが年頃になると外に働きに出ていたり、食事が摂れない時があったのはその為である。


 ヨランダに貴族子女として最低限のマナーを教えたのは、叔父の愛人だ。

 叔父はそれを理由に愛人に堂々と金を渡すことができ、夜は泊まっていける。


 ヨランダは低位貴族レベルの所作と読み書き、簡単な計算を彼女から教わった。年齢的に愛人生活に先を案じていた彼女が、家庭教師としての経歴を作りたいという思惑からきちんと教えてくれたのは、僥倖であると言える。




 実際はそれなりに不幸(ドアマット)だったヨランダだが、幸か不幸かまだ幼いヨランダは諸々に気付いてはいなかった。

 叔父が手配したものは、父の指示だと思っていたのだ。


 幼いとはいえ8歳まで家族と過ごしたヨランダは、実家が実は貧乏なことや、自分がお荷物であることはそれ以前から既に理解していた。

 

 カントリーハウスでは死期を悟った母に、厳しく勉強をさせられていた兄姉。

 年齢が満たないヨランダを母は、勉強の代わりに小間使いのように使っていたが彼女は頻繁にこう言った。

『働くことは尊い』──およそ貴族らしからぬ言葉だが、母は末っ子のヨランダには兄姉とは別の生き方を模索できる力を遺すつもりだったのだ。おそらく、自身の弟である叔父もそこまでアテにはならないと思っていたのだろう。


 そのおかげか、ヨランダは積極的に市井に出て働いた。

『一応は貴族子女』という自覚もあったので、どこでどう働くかの見極めは慎重に行っていたが。


 老執事夫妻は金にがめついものの、そこまで鬼でもない。

 自分達の着服した金を埋め合わせてくれるヨランダの行為は好都合ということもあり、それを咎めたり、金を奪うようなこともなかった。


『頑張りましたね』と労い少しおかずを豪華にしてくれたことが、多少の良心の痛みからだなんてヨランダは知らない。


 叔父は叔父で、子爵家が伯爵家に援助をすることは一切なかったものの、兄妹への援助はそれなりにした。

 ヨランダには姉からお下がりで貰えるので、姉が主になるのは仕方ないが……それでもデビュタント用のドレスは新しいモノを用意してくれた。


 兄は都合が悪く、ヨランダのデビューには来られなかったものの、メッセージカードを添えた花を贈ってくれた。

 兄は悪筆で手紙が苦手、というのは姉から聞いていた。面識がないくらいの妹に、なにを書いていいのかもわからないのだろう。


 だからヨランダは、自分が特別不幸だと感じたことはない。


 知らないというのは幸福なのだ。


 気付かないようにして諦めたことは沢山あったが、それでも。





(考えてみれば贅沢な悩みだわ……それなのに、あんな傲慢なことを……)


 ヨランダは早くも先の発言を後悔し始めていた。

 そう簡単に人は変われないのだ。



オルフェ家兄妹の年齢に関する記述が少しおかしいので修正しました。年齢設定は変更ありません。

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― 新着の感想 ―
[一言] 確かに幸せといえば幸せです。
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