閑話・アーネスト第四王子への、ざまぁとはいえないお仕置き
『更新しない詐欺』発生案件。
大変失礼致しました。でも再び閑話です。
……閑話スパン、短くね?(汗)
※もしかしたら最終的に、順番を入れ替えるかもです。
その夜の別邸──
「ああぁあぁあああぁああぁ!!」
エヴァンはアーネストに稽古を付けていた。
グローリアからのお説教だが、アーネストに関してはそう厳しいものではない。
強引な来訪によって王城にも迷惑が掛かった人がいること(※ただし、これはおそらくエヴァンのせいでもありそうなので触れる程度)と、バイオレットが感情的に伝えた為に伝わっていないヴィオラのおかれている状況部分を、噛み砕いて少しばかり教えただけ。
彼のしたことは愚かだが……自尊心や自立心が育たなかったのは、なにかあっても切り捨てればいいだけの存在である第四王子だからこそ。
今アーネストを含む兄達の関係性がいいから『愚か』だと言えるだけで、実のところ彼の性格は、概ね周囲の望んだ通りに形成されている。
なのでむしろ、その兄弟仲を作ったことや努力を喜ばしく受け入れられたのは、彼自身の魅力からであると言っていいだろう。
故に『二度目はない』と言われたアーネストだが、おそらく今回も強い叱責を受けることはない……だからグローリアは、ヴィオラの立場の問題しか語らないつもりでいた。
だがアーネスト自身は『強い処罰も覚悟した上でここに来た』──と言う。
曰く、『強い処罰』への理解も含め『所詮大した意味も無い第四王子としての正しさよりも、自身の正しさを取った』のだという。
ヴィオラと並ぶにはそもそも分不相応なのだ、という自嘲も込めて。
「だからこそ、私が前に進むには必要なこと──」
「ふっ、くだらんな」
ずっと、ただグローリアを眺めながら椅子に座っていただけのエヴァンが、唐突に口を開く。
それは、明らかな失笑だった。
「……なんですって?」
「やめなさい、エヴァン」
「いや、グローリアには悪いが言わせて貰おう……覚悟だなんだと喚くから連れてきたが、あまりにくだらん理由ですな、殿下」
そう言いながら立ち上がると、彼はゆっくりと移動し、中庭に面した窓を開ける。
「──私は別に王族としてどうこうだとか、立場がどうのだとかを言いたいわけではない。 立場を捨てるにせよ、守るにせよ……若造の言い訳に過ぎぬモノで、我が最愛の妻をいつまで独り占めする気かね? 話は終わりだ」
最後の方に本音を漏らしつつも、それだけではない。
自分を一瞥したその目の圧──いわば上官の目をしているエヴァンに、アーネストは「言い訳など……!」と口にするも、すべてを言えず呑み込んだ。
腰のベルトに手を掛け剣を下ろしたエヴァンは、鞘だけを手にし、剣を自身の足下の少し先に投げる。指先を軽く上げてアーネストを招く彼の声は静かだが、言葉以上に命令的に響いた。
「来なさい」
鞘で地面に円を描きながら、彼は続ける。
「ハンデだ、私はこの範囲から出ない。 アーネスト君……キミがなにかを言いたいなら剣を取り、私をここから出してみろ」
──そして、冒頭に戻る。
剣は当然真剣だが、エヴァンがそれに怯むことは一切ない。彼は小さな円の中……その大きさすら必要ない程の余裕でアーネストをいなし続け、時に土につける。挑むアーネストとは違い、エヴァンにとってそれはまさに児戯。『稽古を付けている』に過ぎないのだ。
「くっ……」
何度となく続くやりとりに膝をつくアーネストへ降り注ぐ、冷たい視線と言葉。
「欲しいモノを欲さずして、生きる意味などない。 君の彼女への気持ちなど、所詮そんなモノだというだけだ」
「──……うあぁあぁぁあぁぁッ!!」
疲労困憊しているアーネストだったが、彼にも僅かながら芽生えたプライドがある。
「違う!!」
「なにが違うのかね?」
「僕は……──ああっ!」
「やれやれ……言い訳の余裕がまだあるとは」
「……ッ!!」
それから更に、一時間以上それは続いた。
「惚れた女を軽々に諦めるとは、漢に非ず!」
「ぐぅっ!!」
「立場にしがみついてでも手に入れろ!」
「ふぐっ!!」
いちいち有難い自論を加えながらの『稽古』に、アーネストだけがボロボロになっていく。
もう話す余裕もないが、フラフラになりながら向かっていく。
「立場を捨てるなら攫ってこい!」
「……ッ!!」
明確な嗚咽を漏らすことすら困難になる程のところで、エヴァンは鞘を捨てアーネストの腕を取る。既に気力だけで動いていた彼を自身にもたれかからせると、アーネストは剣を落とし脱力した。
「──お……して、」
息も絶え絶えに『おろしてくれ』と訴えるアーネストを、ゆっくりその場に寝かした。
「……余計な考えは抜けたかね? お坊ちゃま」
「……」
僅かなプライドなど、もうとうに砕けていた。
何故か、涙が流れる。
目を覆う右手の甲。
指の隙間から、星が見えた。
(綺麗だ)
全身が痛くて、もう動けないくらい重い。
アーネストは自分がちっぽけな存在だと感じて、なのにどこか心地よかった。
結局はエヴァンの言う通り、言い訳だったのだろう。
真剣に向き合って受け入れられないことは、とても怖いから。
エヴァンはアーネストを中庭に残したまま部屋に戻り、グローリアの腰を抱く。
「いこうグローリア」
「やりすぎよ……」
諌めるグローリアに「いいんだよ」と言って、頭に唇を落とした。
「暫くしたら、彼を部屋まで運んでやって。湯の用意はさせとくから」
「御意」
そう答えるのはザカリー。
グローリアはエヴァンを止めようとしたが、ザカリーにやんわり制止された。
暫く我慢した後、再び止めようとしたもののそれができなかったのは、明らかに限界を超えたアーネストがそれでも向かっていくから。ザカリーに『殿下の頑張りを無駄にしないでほしい』と言われれば、下がらざるを得なかった。
「……あれが辺境伯家の教育なら、やっぱりローランドはこちらで育てて正解だったわ」
少々不貞腐れながら、グローリアは言う。
──正直、意味がわからない。
だがアーネストが、あれでなにかを掴みつつあるようなのも見ていて感じられたのだ。
(まあ、大人しいアーネスト殿下には逆に、ああいうのが合っていたってことなのかしら……)
そう思っても、釈然とはしない。
何故なら書いていないだけで『惚れた女なら自分を蔑む瞳も愛せ!』とか『怒らせたら全力で土下座謝罪しろ!』といった大分碌でもないことも宣っていたからである。
そんなエヴァンは「ローランドはキミ似だから、きっとエルフィンのようには育てられなかったよ~」などとやや外した返事をし、部屋の直前で歩みを早めてグローリアを引き入れ、扉を閉めた。
「やっとふたりきりになれたね……」
「……エヴァン」
グローリアはエヴァンにもたれ、そのまま甘えるように名前を呼びつつ、彼の両手を自分の頬に引き寄せる。
「ああ、グローリ……──うっ?!」
そして、彼が油断したところで素早く両手首に手錠を掛けた。
「ちょっと? グローリア?!」
「悪いけど、バイオレットと寝るわね。 おやすみ、ダーリン」
「ああっ?! グロォォリアァァァッ!!」
閉めた扉から漏れ聞こえる、エヴァンの悲痛な叫び。
「全く、油断も隙もないわね……」
グローリアはそう独り言ち、安眠の為にバイオレットの部屋へと向かった。
そう──ヨランダが見たエヴァンは猫を被った姿。
どこにも『紳士で素敵なロマンスグレー』など、存在しないのである。




