⑱名前しか出てこない隣国王女・ヴィオラ殿下の寝耳に水事情
ちょっと面倒臭い、説明回です。
笑いはないのでさらっとどうぞ!
──一方その頃。
「全く……だから辺境の男は『蛮族』と言われるのよ……!」
やり合う直前で現れたグローリアによって、ふたりは回収されていた。
現在、辺境伯家の馬車によって別邸に戻っている最中である。
「もっとスピードは出せないんですかッ?! ああ、だから私は馬で行くと言ったのに……!」
「馬鹿を仰い。 どうしてヨランダさんが貴方から逃げたと思っているの? 貴方がいたら話にならないからでしょう。 そもそもキチンと話していれば済んだことを……」
グローリアの言うことはもっともである。
エルフィンがキチンと話していれば、少なくともヨランダが逃げることはなかっただろう。
バイオレットがヨランダの誤解に乗じたのは事実だが、彼女が語ったこと自体に嘘はないと言っていい。
まだ齢13でかなりのお転婆だが、頭が切れて行動力がある……そこも含めてヴィオラは彼女を気に入り、可愛がっているのだが、今回それが悪い方へと作用した。
誤解に乗じたのは悪ノリもあるが、グローリアやエルフィンは知っていてもヨランダを知らないバイオレットにとっては、その方がなにかと都合が良かったからである。
ヨランダにとっては問題だったコレだが、それは彼女にのみ。
ロビンを含め、面倒を見たことのある数人の家人は彼女の正体に薄々気付いていた。
だがグローリアとヴィオラの面識もあることや、子供の成長が早いことから、確信には至らず。
ロビンもエルフィンに報告する際最初こそ一応は王女の体で話をしていたが、聞いていたエルフィンがすぐ勘づき口にしたことで、ロビンもようやく確信を得たのである。
王族を騙ることは重罪……だが、バイオレットは自ら騙ってはいない(※長いのでやり取りの詳細は省くがこれは家人にも)。
そして気付いているだけに、起こりうる問題が些細すぎる。内々で片付けるべきことだろう。
実際バイオレットは元々隠す気などなかった。まだ13であることや、ここに世話になっていたことも含め、悪ふざけで許されるであろう範囲内で訂正をしなかっただけ。
そしてなにより、エルフィンがそこに乗っている……故に事実との齟齬的に問題だったのは、この点ではない。
エルフィンが乗っかったのは、ヨランダの言葉を聞いた後のバイオレットとのやり取りにある。
このあたりは既に説明しているが、明らかになった事実を含めて補足するとこういうことだ。
──昨夜、ヨランダが立ち去ったあたりのエルフィンとバイオレット。ふたりの仲を疑っていたバイオレットはエルフィンに迫った。
「ねえお兄様、この婚姻の意味するところはなに?」
「弄れた見方をするのはよせ。私が彼女を望んだからに決まっているだろう」
「婚姻の儀もしていないのに? 信ぴょう性がないわ」
「さっきも聞いただろう……私達はその、……そそ、相思相愛だッ!」
「噛んでるじゃないの」
「は、恥ずかしいことを言わせるからだ!」
「そんな恥ずかしいことなんて言わせてないわ! 怪しいッ!!」
6年前、グローリアに連れてこられた幼いバイオレットは、半年程ここで家族の一員のように過ごした。
和平が決まり、支援を行った貴族が祝いに駆け付けたりするので、普段は国境本邸にいるエヴァンとエルフィンも入れ替わりで頻繁にこちらに訪れ、隣国から来た珍客をそれなりに可愛がってくれたのである。
その際にバイオレットはグローリアの知人友人の娘など、エルフィンに色目を使う女や惚れてしまう女を何度も見たが、いつも彼はすげない対応だった。そんなクールなエルフィンしか知らない彼女は、彼の対応がよもや素であるとは全く信じられず……実際信じなかった。
(ヴィオラ王女は第四王子に見切りを付ける気か? だがもし水面下で婚約の話が進んでいるなら無理だろう……)
この国も隣国も、基本的に女性は表には立たない。フレデリカのように文官になることはとても稀であり、ましてやここ辺境ではグローリアのように目立つことすらよく思われないのだ。
出る杭を打つのはなにも男性だけではない。同性である女性も。
確かに近年女性にも学を求めるようになり、特に昨今では女性の社会的躍進の気風が強まっているのは事実。
だがそれは『気風』レベルであり、求められるのはあくまでも男性の補助的役割。
ヴィオラ王女はそれに不満を抱いていたようだが……家や男性の都合に従いその為に婚姻するのは、この二国の社会通念としてはごく普通の感覚である。
個人的繋がりを強く求め、妻を大事にする辺境でも、それは同じだ。
勿論、たとえ王女殿下であろうとそれは変わらない。
今更第四王子に不信感を抱いたところで婚約の手筈が整えばどうにもならないだろう。
(だがその前に、ヨランダがされたことを詳らかにできれば……ということか?)
バイオレットのここまでの行動やヨランダに言ったことは、切羽詰まったヴィオラが実際にするかもしれないこと。バイオレットが敢えて訂正しなかったのは、世話になったエルフィンへの、彼女なりの警鐘も含んでいる。
「まあいいわ、見ていればわかるもの……グローリア様が戻るまで見させて頂くわ。ふたりの話を信じたなんて思わないで」
ヨランダが不幸でないならエルフィンには違うかたちで手を貸して貰う必要があるが、バイオレットはその前に現状を見極める必要があった。
なにぶん、社会通念に毒されているだけに男の話など信用に足らんのだ。
ヨランダにしても、立場上嘘をつかねばならん、と考えているだけかもしれない。
そして、ふたりの言動を彼女は「まあいい」……つまり判断を先送りにし、様子を見ることにしたのだ。
「彼女には私から訂正はしないし、もう語った以上のことを今は語るつもりはない。 お兄様が話したいなら話せばいいわ」
こうしてなにも解決していないままふたりの話は終わり、エルフィンは辺境の男の面倒な気質からヨランダに話さないままでいたわけである。
さて、一旦置いておいた事実との齟齬的に問題だった点についてだが。
問題なのはバイオレットの語った中には、アーネストの知らない事実もあること。
そしてバイオレットの間違った解釈もあるという点だ。
「私は悪くないわ!」
「バイオレット嬢、君のヴィオラ王女への気持ちはわかったが、そんなことをしなくても……」
「殿下がヴィオラ王女を囲いこもうとしていることは知っているのですよ!」
「ええ……」
「ヴィオラで……いえ、バイオレット様、それには誤解があるようですが……」
別邸では、今まさにそのことで揉めていた。
アーネストの知らない事実として最も重要なことは、『ヴィオラは彼に好意を抱いていた』ということ。
バイオレットの間違いとしては、『アーネストもそれを知っており、ふたりは両想いである』……という思い込みだろう。
アーネストがヨランダに言っていたように、婚約破棄はヴィオラとは関係がない。
上記の補足部分は、『バイオレットの話を受けた、エルフィンの推測』──つまり、バイオレットが勘違いしている以上、その前提が違うのだ。
ヴィオラが思い悩んでいたのは、ただでさえ第四王子であるアーネストが不正を働いたことで『彼との婚約及び婚姻が難しくなるかもしれない』こと。
アーネストの言った通り、ヴィオラにはいい条件の相手が沢山名乗り出ていた。
末子のヴィオラに国王夫妻は甘い──だが、そんな娘ももうすぐ18。帰国したら誰かしら、決めなければならない。
その前にアーネストからの婚約の打診を待っていたのに、彼は生真面目な上、自己肯定感が低く臆病でどうにもならない。
ヴィオラはアーネストが不正を働いたのを知り、『もうきっと無理だろう』と思い、悲しんでいたのだ。
またバイオレットには兄がいるが、物心ついた時には既に学園寮に入っていた彼との交流はあまりなく、歳の近い従姉妹、ヴィオラとの方が遥かに仲が良い。
彼女の勉強を見るのは家庭教師。まだ学園にも通ってはいない。
マナーは履修済でも、13歳であり社交界デビューを果たしていない彼女である。夜会への参加が許されるのは、あくまでも誰かのオマケであり……しかも非常に稀。
そんなバイオレットの男性へのイメージは、非常に偏っていた。
何故ならば──
「ヨランダァァァァァァァァァ!!!!」
「ひいっ?!」
──そう、今しがた扉をぶち破る勢いで戻ってきたこの男……エルフィンと、その父であるエヴァンのせい。
彼等と家族の一員のように過ごした期間が、一番男性と触れ合った期間だからである。
これに関しては特にエヴァン。……妻を強引に娶り、軟禁に及んだヤンデレである彼が、バイオレットに間違った情報をもたらした元凶といえる。
だがエルフィンの今回の言動でも、バイオレットがその認識を深めたのは言うまでもない。
ご高覧ありがとうございます!
ちょっと作者諸事情により更新に間が空きますが、一週間も空くことはありません。
ブクマはそのままでお待ち頂けると大変嬉しいです。
もうすぐ終わる……んじゃないかな~と。
多分5話くらい。




