閑話・アーネスト第四王子とその周辺事情(後)
【注意】
前話とこちらは閑話です。
本編はその前ですよ!
アーネストは真面目に学問に取り組んでいた。
そんな日が続いて二年、ヴィオラの留学によりふたりは再会を果たす。
アーネストは美しく成長したヴィオラに心がときめくと同時に萎縮した。自分なりに頑張ってきたものの、並ぶのには足りない──そう感じて。
だが、彼女との学園生活は実り多きモノだった。
机を共にし、学び、時に議論を交わす……少しずつだが自分の意見を通すようになったアーネストは、次第に自信を付けていく。
「アーネストさん、夜会に出たことは?」
「いや……あまり。 ヴィオラさんは?」
「相手がいないもの。 ただでさえ外国なのよ、一人じゃ流石に出れないわ」
ふたりの仲は良かったが、適切な距離感を保っていた。
この時ヴィオラは、アーネストに誰かエスコート役を紹介して貰うつもりでいたのだ。
「──じゃ、じゃあ……僕が」
「…………だって貴方、婚約者がいらっしゃるでしょう?」
「でも、夜会となれば学園のように身分を気にせず、とはいかないし……」
「そうだけど……ダメよ。 婚約者の方に悪いわ」
「大丈夫! 実は、彼女は『仮の婚約者』だから」
そしてアーネストは、ヴィオラにヨランダとのことを打ち明けた。それは同時に、ヴィオラへの間接的な告白だった。
ヴィオラはアーネストの気持ちを感じ、エスコートをはにかんで受け入れた。
そこには彼に対する積年の信頼や、周囲からの評判もある。
夜会に共に参加、そして秘密を共有したことによりふたりの距離はぐっと縮まった。
勿論それは王族として恥じない、清らかなもの。……だが、秘密が秘密でなければの話だ。
このことでふたりは噂になってしまった。
とはいえふたりは王族。他にヴィオラに適当な相手がいないのも、ふたりが清らかなお付き合いであり、適切な距離を保ち続けているのも事実だった。
所詮、噂は噂にすぎない。
ましてや噂にはなっても、王族であるふたりや国家間の関わることだ。派手に色をつけて広まることはなく、広まって割を食ったのはオルフェ家とヨランダくらいのもの。
アーネストは自身のしでかしに気付かないまま、ヴィオラがいることで、社交の場にも顔を出すようになった。
充実した学園生活の一方。
陛下から賜った土地の管理は上手くいっていなかった。
この地でアーネストは、果物の品種改良と品種改良した苗の流通を行っていた。最初こそ好調だったが、謎の病気が発生し流通はストップ。幸い全回収までには至らなかったが、一部回収とその補填、原因解明の費用捻出に結構な額がかかった。
その悩みをアーネストは、他人に言えず抱えてしまっていた。
期待されて任されたのは初めてだったこと、ようやくついてきた自信などから、皆に落胆されるのが怖かった。
特にヴィオラとは、夜会をエスコートする約束を取り付けたばかり。
(このままだと、彼女に用意したドレス一式の金すら捻出できない……)
誰かに相談することができずにいたアーネストは、プールしていたヨランダへの贈り物を換金した金に、手を付けてしまった。
ヴィオラが贈り物を大変喜んだことで失いかけた自信が戻るような感覚を得たアーネストは、『少しだけなら』『あとで補填すれば』と再び金に手を出してしまう。
最初こそ罪悪感があったものの、何度もやるとその感覚は次第に麻痺していった。
文官からの進言によりそれを知った宰相は驚き、彼を問い質した。
そこでようやく我に返るも、後の祭りだ。
「どうなさいますか?」
「うむ……」
責任の一端は自分達にもあると考え、どう処分するのが妥当か頭を悩ませていた宰相と陛下。
土地について言えば、もともと国費とは関係ない彼の私財だ。国的には全く大したことでははいので、相談してくれれば良かった。
問題はヨランダへのプール金の流用。
その補填どうのよりも、アーネストのこれからについてが問題なのだ。
若い頃の失敗はいくらでもある。
彼のしたことは許されないが、経験を積ませなかったことが一番悪い。
「というか、経験の芽を摘んでいたかもしれんな……」
「ここは穏当に処理致しましょう」
そういうことで決まったアーネストの処分。
本来は、この流用分を借金として返済することで終わる筈のことだった。
しかしそんなふたりの元に、辺境伯閣下であるエルフィンから『ヨランダとアーネストの婚約について』から『彼女を娶りたい』という内容の手紙が届いた。
つまり、解消の打診である。
ヨランダのことと、オルフェ伯爵家のことは実は別問題。先にも語った通り、オルフェ伯爵と伯爵領経営に問題があるのだ。
経営自体は既に長男が肩代わりしているおかげで、緩やかに持ち直していた。
結論を急がされるかたちで、敢えてヨランダ有責での婚約破棄というのを決行するに至ったのは、オルフェ家当主をヨランダの父のままに辺境伯家に嫁がせるのは、なにかと都合が悪いからである。
それは既出の部分で語られた事情からだが、それ以外のことに前話で述べた『戦時中オルフェ伯爵はグローリアからの支援依頼を断っている』ということによる。
これは辺境伯家側への配慮でもあったのだ。
想定外だったのは、留学中のヴィオラ殿下がそれをいち早く嗅ぎつけ、不審を抱いたこと。
ヴィオラは別に間者的な意味で留学しているわけではない。純粋に学問の為であり、女性の社会進出の手助けをしたいという夢がある。
だからこそヨランダと話す機会がほしかったヴィオラは、アーネストにそれを持ち掛けたのだ。
信頼があり、アーネストの言葉を信じていたヴィオラだからこそ、屈託なく。
「……アーネストさん?」
それは、丁度アーネストの処分が下されたばかりの時だった。
公にはなっていないこととはいえ、身内だからこその甘い処分にどこかホッとしていた自分に気付く。
なにしろヴィオラから『ヨランダ・オルフェ』の名前が出るまで、彼女のことなど忘れ、それまでと同様に学園生活を送っていたのだ。
「ヴィオラ、さん……実は」
アーネストは反省と後悔から馬鹿正直にも全て話してしまい、ヴィオラは大変なショックを受けることとなった。
それからアーネストは、ヴィオラに会っていない。滞在先として宛てがわれた王城の離れの塔から、出てこないのだ。
そして『まずヨランダに謝罪せねば』、と思い悩んでいるうちに、辺境伯家からの手紙。婚約破棄前に、謝罪と共にその詳細を説明し安心させようと考えたアーネストは、陛下に願い出た。だが
「アーネスト、これ以上余計なことをするな」
「で……ですが」
「……ヴィオラ王女に話したな?」
「!」
「いいか、アーネスト。 お前の人を見る目は信用している。 だが、その相手自身は兎も角、相手の人を見る目までを信用することはできん。 王族としての自覚を付けさせなかったことは余の責任だが、もう次はないと思え」
ヴィオラに話してしまったことを知った陛下に、そう注意され、釘を刺されたのだ。
アーネストの甘い部分を含めて愛してきたのは、兄弟間の諍いがそれによって抑えられたなどの部分があるからだし、当時彼が生きていたのは主に王城の中だ。
だが成人を既に迎えた彼にはもう、無垢だけを武器にしてもらっては困る。
陛下らの彼に対する教育が疎かだったのは、前出の面だけでなく、その後然るべき教育を行うつもりでいた時にアーネストが奮起したことによる。
王族としての自覚は芽生えていたのだ、とみなされ、温かく見守られたのだ。
……なにかとタイミングが悪い、アーネスト。
アーネストはヨランダと自分は似ている、と感じていたが、どうやらタイミングの悪いところも似ていたようである。




