閑話・アーネスト第四王子とその周辺事情(前)
【注意】
説明多めですが、閑話ですので流しても多分大丈夫です。
第四王子であるアーネストは、顔だけは美しいが他は凡庸な男だ。
だが『第四』王子だけに、それは悪いことではない。しかも彼は、人を見る目だけはあった。
凡庸で人を見る目はあるというのは王に向いているような気もするが、圧倒的に他の子よりオーラがないアーネスト。
しかも彼はとても真面目で大人しく、気が優しい。その分威厳はなく消極的で控え目……およそ王族のような、人の上に立つ気質でもない。
そんな美形な割に、目立たないアーネスト第四王子殿下は家族から非常に愛されて育った。
凡庸でいて、利用される心配もなく、愛らしく控え目なアーネストは、安心して愛することのできる相手。
彼は結果的に、優秀過ぎてやや我が強い他王子らの絆を深める役目も自然と担っていた。
優秀な上がいる彼には、やはりそれなりにコンプレックスはあったものの……皆から愛されている第四王子。そうヒネては育たなかった。
人を見る目があるだけに周囲も優秀で真面目な人間ばかり。悪い遊びに手を出すようなこともなかったものの、やはりいい面だけではない。
人を見る目があるだけに、信頼できる他人に任せた方が安心。その弊害として、元来の消極的な気質から自身の意見を通さない、決断力のない少年に育ってしまっていた。
「はじめまして、アーネストでんか。 わたくし、ヴィオラともうします」
隣国の第三王女であるヴィオラと初めて出会ったのは、6歳の頃──
ふたつの国の元である、帝国でのこと。
辺境でしか戦を起こすことができないのは、帝国の介入を恐れての部分が最も強い。
帝国の絡みもあり、関係が悪化していても通常交易側ではそれなりの交易は行われていた。どちらの国も一枚岩ではなく、またどちらの王家も戦争と統合に消極的であることなど諸々の事情から、局地的交戦をやや静観するかたちで行わせるしかなかったのである。
幼いふたりが、国王陛下らが招かれた帝国に連れて行かれたのも、間接的に帝国への牽制を行う為。
比較的子供らしく育てられ、目を見張る賢さはないがそれなりに賢いアーネストは、仲良くするよう言い含めてヴィオラと一緒にいさせるのにうってつけだった。
賢くとも所詮は王女である、ヴィオラもまた。
溌剌としたヴィオラと大人しいアーネストは、気が合った。ふたりは別れ際に再会を誓い、文通を始める。
局地的とはいえ、交戦している二国だ。
手紙は常にチェックされ自由な文面とはいかなかったものの、真面目なふたりには充分だった。
少年のような戦記物が好きなヴィオラは、どちらにも流通されている本をアーネストに勧め、絵が得意なアーネストは季節の花をスケッチしたものをヴィオラに贈ったりしていた。
辺境での戦が集結し、和平協定が結ばれてからも直ぐには会えなかったが、その頃からヴィオラとの手紙の内容が変わってく。
今まではチェックされていたことで、政治や経済、文化に関わるようなことは書けず、ほのぼのとした遣り取りに過ぎなかったのだが、ヴィオラはそういった事柄に興味があったようだ。
時に議論を求めるような文面にアーネストは心を揺さぶられ、どこか投げやりだった自分を恥じて今までよりも真剣に学ぶようになる。
──彼女にガッカリされたくない。
それは恋心というより、自尊心によるもの。
ヴィオラはアーネストのよきライバルであり、尊敬できる女性だった。
実のところ、彼が婚約者を作らなかったのはそれまでの生活を改めたことにあった。
もともと突出したもののない彼が今まで興味を示さなかった分野で上に上がるには、一般学問の範囲程度とはいえ相応の努力を必要としたのだ。
凡庸であることに甘んじていたアーネストは、今までもそれなりに努力はしていたけれど『どうせ自分は』という意識から真剣になにかに向き合ったことがない。
精々少しばかりある絵心から、楽しみの範疇で絵を完成させるのに集中したことがあるくらいで。
そんな彼が努力しそれなりに結果を出したことに、父である国王陛下も喜び、彼に管理地の一部を渡した。
それはごく小さな土地。
だが、それは陛下が息子であるアーネストを認めた証拠であり、王太子と第三王子には既に渡しているものだ。この地を私財として有益にできるかどうかも含め、彼等自身にかかっていた……だからこそ意味がある。
ちなみに第二王子には渡していない。彼は武に秀でているものの、脳筋だからである。
同時に『そろそろ婚約者を』という話になった。
気が進まなかったアーネストだが、その時は別にヴィオラに恋心を抱いていたからではない。自分のことで手がいっぱいだったからだ。
婚約者ができたら夜会にも参加しなければならないし、婚約者に時間を割かねばならない。今の自分には、そんな余裕はない……そう悩んでいた時に助言をくれたのが宰相閣下である。
「殿下、彼女なら放置していても問題はありません」
相手にしなくても問題のない家の娘、ヨランダ──最初は難色を示したアーネストだったが、彼なりにオルフェ伯爵家と彼女のことを調べた結果、一番適当である、という結論に達する。
それはヨランダが、不遇ともいえる扱いだったからだ。
「ヨランダ嬢は、学校にも通わせてもらえないようだな?」
「ええ。殿下の婚約者となることで高位貴族の侍女としてだけでなく、市井でも有用な知識を身に付けることができるでしょう」
「ふむ……そうだな……」
ヨランダが働くことに抵抗がないようであることが決め手のひとつだった。
建国時からの歴史と保守派であることに恩恵を受けながら、先の戦での支援を拒んだオルフェ伯爵家にいい嫁ぎ先など見込めない。
姉である長女はなんとか自ら嫁ぎ先を探したようだが、学園に通わず社交もしない彼女に姉のような伝手はなく、伯爵はボンクラ。
変な嫁ぎ先が決まるにせよ、その前にお取り潰しになるにせよ、この先彼女にいい未来が待っているとは思えなかった。
(少なくとも、それらよりはマシな選択を彼女に与えることができそうだ)
決定打だったのは、社交界デビュー時に見た彼女に、アーネストが以前の自分と似たモノを感じたからだ。
それなりの努力はするが、どこか最初から諦めているような、それを理由に他者に投げているような、そんなところが。
交流を一切しなかったのは、それも理由だ。情が湧きそうで嫌だった。
「それがようございます。 オルフェ伯爵を調子に乗らせることもありませんし、令嬢の安心の為に話したら、おそらく上手くはいかないでしょう」
淑女教育もギリギリのヨランダは、社交界デビュー当時、所作もおぼつかず表情も不安を隠せていなかった。
情が湧いてウッカリ話そうものなら、彼女が黙っていてもすぐ伯爵に筒抜けになるだろう。
婚約者の為の贈り物を購入し、換金し直したのには理由がある。
交流はしないにせよ、贈り物はする予定だった。
だが実家と彼女の関係性を鑑みるに、婚約解消となったらヨランダの手元にはおそらく残らない……そう思ったアーネストは助言をくれた宰相に相談し、一旦贈ったフリをしてプールすることにした。
再度売却すると当然回収できる額は減るものの、全額奪われるよりは遥かにマシだと考えたのだ。
それはいずれヨランダに渡すもの。
──手を付けるつもりなど、微塵もなかった。
少なくとも、この時は。




