⑮謝罪を向ける相手
【注意】
今回は本編ですが、この後の2話は閑話です。
閑話はアーネストと周辺事情。
説明多めですので、苦手な方はスルー推奨。
多分読まなくても割と平気なやつです。
読むとよりわかるってだけで、なんとかなる。(雑)
ヨランダは第四王子の顔を遠目でしか見たことがないが、線の細い人という印象だ。
そして疲れているのもあるだろうが、実際は印象以上に線が細い。馬車でもそれなりに大変だったのに、馬を乗り替えながらでは相当辛かっただろう。
「オルフェ令嬢、いや……今はガードランド夫人か。 私は君の為に宛てがわれていたお金を、私情から着服した。 王族としてどころか、人として恥ずべき愚行……まずは謝罪させて頂きたい」
「いえ、殿下! 謝罪など不要ですわ」
声の大きさには気を配っているし、公園なので他人との距離はそれなりにある。行き交う人々が聞き取れることはないが、如何せんふたりの遣り取りが堅い。
それにエヴァンが笑って進言した。
「周囲は私らで見ておくから、少しふたりで花でも見ながら話をするといい。 ふたりとも堅いから、歩いていた方が話しやすいだろう。 ああ、エスコートなんてしないように、目立つからね」
『目立つ』とエヴァンは言ったものの、ヨランダだけでなくアーネストも目立たない。
むしろ屈強な護衛と、やたら美形のオッサンが目立つ……そのこともあり、ふたりは素直に従った。
そう、アーネストは目立たない。
顔は非常に整っているのだが……なんというか、オーラがない。しかも丁寧というか、低姿勢だ。エヴァンが言わなければ彼は、ヨランダにエスコートを丁寧に申し出ていたのではないかと思う。
ヨランダの想像と実際の彼は、まるで印象が違っている。
それは、ふたりで話すと余計に。
「エヴァン殿はああ仰ってくださったが……私は謝罪しにきた。 言い訳を聞かせるために貴女に時間を割いて貰ったわけではない。 もっとも、謝罪をしたところで受け入れて貰えるとも思っていない……ただの自己満足だ、と笑ってくれていい」
「そんな……殿下、本当に謝罪など。 殿下のおかげで淑女教育も受けられましたし」
正直なところ、ヨランダには本当にアーネストに思うところがない。
あったのは、迂闊にも期待してしまった短い期間だけ。
思い返せば、放置されたことで気位だけは高い父に詰られはしたが、それも一瞬で済んだ。中途半端に会ったり優しくされたらそうもいかなかったし、ヨランダ自身も某かの情が湧いていたかもしれない。長く期待して裏切られたなら、もっとずっと傷付いていただろう。
また、殿下の隣に立って恥ずかしくない程のマナー教育を当時まだ身に付けていなかった。夜会に誘われ、そこで恥をかこうものなら、父や周囲になんと言われたかわからない。
ヨランダにとっては、全く会わずに放置してくれたのはとても助かったのだ。
こちら有責での破棄については思うところはないでもないが、それももう、嫁いだ自分には関係のないことだった。
それに、身に付けたマナーも殿下の婚約者となったおかげであり、今それがそれなりに役に立っている。あまり使いどころはないとはいえ、あの学びの期間がなければもっと萎縮していて、辺境に来てから目も当てられなかった筈だ。
「ですから本当に、謝罪は不要なのです」
ヨランダは困った笑顔を彼に向ける。
──さっさと本題にいって欲しい。
ヨランダの本音はそれだ。
どうせ自分への謝罪など、ヴィオラ殿下への謝罪の前フリ。彼女が怒っているから、とりあえず反省した体で自分に謝り、ヴィオラを連れ戻したいのだろう……ヨランダはそう思っている。
(でも、都合がいいわ)
狡いかもしれない、と感じながらもやっぱりヨランダはエルフィンの妻でいたかった。
アーネストは無許可で城を飛び出し、馬を乗り替えながらここまで彼女の為に来たのだ。
しかも自分如きにまず丁寧に謝罪してから。
これならヴィオラもきっと絆される……そんな打算がヨランダにはあった。
『ヴィオラに会いたい』と打ち明けてくれさえすれば、エルフィンには悪いがこのまま別邸に連れていくつもりでいる。
なのに、アーネストはヴィオラの『ヴィ』の字も口にしない。ヨランダへの謝罪のみ。
心からの謝罪と反省に感じてしまう程、丁寧に。
(……いくら非公式とはいえ、王子様からこんなに丁寧に謝られては身の置き場がないわ~)
ヨランダは実際困っており、笑顔が引き攣りそうになっていた。
「──貴女は、今幸せか? エルフィン殿は真面目な方だが……大事にして貰えているだろうか」
「ええ」
それでようやく安心したのか、アーネストは「そうか」と一言、吐息と共に吐き、柔らかな笑顔を向けた。
「ならば追って祝いの品を贈ろう。 今日はありがとう。 ……会えてよかった、ガードランド夫人。 では」
「……えっ?!」
そしてまさかのサヨナラである。
ヨランダは慌てた。
「どうした?」
「あああの……これからどちらに?」
「? 勿論、帰るつもりだが」
(ヴィオラ殿下が来ていることを知らない……?!)
そう、アーネストがヨランダに謝罪に来たのと、ここにヴィオラがいることとは関係がなかったのだ。
(えっじゃあ今の謝罪は本当に謝罪? わざわざその為に?? ……ヴィオラ殿下とはどうなっているのかしら?)
「……ガードランド夫人?」
なにがなんだかわからない。
ヨランダは混乱した。
──一方、その頃。
エルフィンはまだ話し合いに熱中していた。
主に、婚姻の儀のドレスについてのアレやコレや。
「そうですね、ドレスをチャリティーオークションに回す、というのは如何でしょうか。 婚姻を祝う催しとしてチャリティーオークションを開き、その最終目玉商品として」
アレやコレやは広がり、既に話の内容はドレスのデザインについてではない。
領民感情をどうにかする方法を決めてからの方がデザインを決めやすいのでは、という話になったからである。
オークションは高額商品の競りを見て盛り上がるのも楽しみのひとつ……他にも小物や、先に買ってあげた既製品も出し、目玉としてドレスを出すのはそれなりに良い案だろう。
「ふむ……だがそれだと折角のドレスが金持ちの娯楽的な鑑賞品になってしまうな」
だが、そこが気に食わない。
フリッカで行うならいいが、婚姻の儀をやるのは本邸のある国境。
催しを行うとしたら半農軍人の街である国境城壁の最寄り街、ヤーレン……催し自体は悪くない案ではあるものの、あくまでも領民がメインでなければならない。
オークションを盛り上げるのに、人を誘致しなければならないのでは意味が無いのだ。
「これは素直にヨランダの希望を聞いた方がいいだろうか……」
「いえ、閣下。 サプライズは隠してこそサプライズですから。 他にご希望はございますか?」
素晴らしいアドバイスに、議論はなかなか終わらない。
デザイナーも一緒にいるが、話しているのはデザイナーではなく別業種の人間である。
『やめといた方が賢明』という助言をしたにも関わらず『婚姻の儀の為にドレスを作りたい』とエルフィンが言い出した時の指示を、グローリアが予め店員にしておいた結果だ。
ついでに新たな指示を出し、話を引き延ばさせてもいる──実は今、グローリアはこの店にいるのである。
結局グローリアは息子が気になり、あの後もフリッカのホテルに泊まって諸々の報告をさせつつ見守っていた。
ヴィオラのことは一旦静観し、タイミングを見て戻るつもりで。
彼女が当て馬の役割を果たしてくれたのは嬉しい誤算と言える。
タイミング良く自分の元へと戻って来たエヴァンがアーネストを連れてきたのは全くの想定外。
流石に驚いたものの、この際エルフィンが席を外しているこのタイミングで、ヨランダとの間に話し合いの機会を与えることにした。
エルフィンがいるとふたりが萎縮し、話にならないかもしれないので。
(つい手出しをしちゃうのは、悪い癖だわ……)
エヴァンにふたりを任せるのには不安が凄いが、ここでエルフィンを引き留める方がまだ、余計な手出しをしなくて済む。
心配症なのが高じた結果、色々手を出し口を挟んで顰蹙を買ってきた。
上手くいっても割を食う……損な女のグローリア。
頭が切れて察しがいいと、損をするパターンである。
(──でもエヴァンったら、なんで殿下を連れてきたのかしら?)
そんな頭が切れて察しがいい彼女にも、わからないことはあるのだった。
グローリアのこと以外、大してなにも考えていない、旦那の行動の意味とか。




