⑭ハイスペック残念脳筋様
エヴァンは「エルフィンには内緒で」とヨランダを連れ出した。
困惑してばっかりのヨランダだが、大抵の場合選択肢はない。今回も困惑したまま、義父に従うしかないのである。
(元閣下って言うのもおかしいかしら……)
ただでさえ声を掛けて良いものかわからないのに、呼び方もわからない。
『お義父様』と呼ぶのは気が引けるし、異性なので名前で呼ぶのもやはり気が引ける。一応自分も『ガードランド』になってしまった……姓で呼ぶのもおかしい。
(『大旦那様』かしら?)
「ヨランダちゃん、」
「は、はいッ?!」
「ふふ。そんなに緊張しなくていいよ? オジサンは怖い人ではない……君のパパだ」
『ヨランダちゃん』に『オジサン』……その上に『パパ』ときた。
なんだか子供扱いされている気がするものの、それよりもやたら砕けているというか、妙に親しみやすい感じなのがもっと気になる。
それもその筈……エヴァンは爵位をエルフィンに継がせて引退してから、なにかにつけてグローリアの無茶振りを聞いてきた。
ここ数年で、市井を含めた様々なところへ奔走していたエヴァンは、結果的にではあるが、貴族平民関係なく沢山の人々と関わってきた。
エルフィンは厳しい上官であり威厳のある総司令官の父のイメージしかないが、もう辺境伯閣下ではない彼の下々への対応はすっかり変わり、同じ目線で交流をとるようになっていたのだ。
ちなみに、グローリアの無茶振りだが、無茶振りとは言ってもエヴァンに頼んだことは一度もない。
『こんなものがある』と話し、欲しいが手に入らないことを匂わせると、彼が勝手に手に入れる為に走るのである。
エヴァンは、公園の屋台でドリンクと軽食を購入すると、空いているベンチにヨランダを誘う。
並んで座ったふたりの間に購入したものを置くと、エヴァンはドリンクを軽く上げて婚姻を祝った。
「こんなところでなんだが、まずは結婚おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
ヨランダがはにかみつつ礼を述べる。
それを微笑ましく眺めたあとで、笑顔のままエヴァンは、少し気まずそうに眉を下げた。
「挨拶が遅れて申し訳なかった」
「いえ! そんなッ!!」
謝罪に焦り、立ち上がりそうなヨランダの両肩をぽんぽん、と叩いて座らせ、買った食物を食べるように促す。
クレープのような生地でナッツとクリームやジャムなどを細く巻いたそれは、『ドラゴンネイル』という無駄に厳つい名前。この国ではポピュラーなお菓子だ。
エヴァンは、ヨランダが食べるのを待ち、ゆっくりと話し出した。
「少し南の方に行っていてね。 最愛の妻に捧ぐ宝石を手に入れに。 息子の婚姻を知り駆け付けたんだが、遅くなった上こんな姿では格好がつかないなぁ」
「宝石を御自らお探しに……ということですか?! 素敵……!!」
嚥下後のヨランダの反応に、エヴァンは相好を崩す。
なにしろ、今まで誰も褒めてくれなかったのだ。
捧げる相手である最愛の妻に至っては、露骨に嫌そうな顔をする……解せぬ。
「いやぁ、可愛い娘ができて嬉しいよ~」などと宣いながらすっかりご機嫌のエヴァンだが、ヨランダを連れ出したのには勿論、理由があった。
「実は、お目当ての宝石が見つからなくてね……なにか代わりになるモノを探しに、王城まで行ったんだ」
「え? …………王城、ですか?」
「うん、王城」
「??」
なにしろエヴァンの探していたのは『伝説の宝石』──国宝級のモノじゃないと代わりにはなりそうもない。
エヴァンは『仕方ない、いっちょ国王からなにか引っ張りだすか!』と王城に行ったのである。
国王陛下は御歳55で、学園で同級生だったエヴァンとは旧知の仲。少し具体的に言うと、エヴァンに陛下は散々慇懃無礼な扱いを受けていた。そんな仲だ。
「まあ、そんなわけでね?」
「は、はあ……」
ヨランダにはどんなワケだかよくわからないまま話は進む。
読者様の為に経緯を掻い摘んで言うと、『なんか寄越せ』と訪ねたエヴァンに陛下はにこやかに応じたものの、勿論国宝を寄越したりはしなかった。
その代わり、『グローリアを喜ばすアドバイス』をしてくれたのだ。
グローリアがわざと無茶振りをしているのは、情が深く自尊心も高い彼女が、エヴァンとの関係性を上手く変えられないことに起因する。
許せない、は許したい、の裏返し……エヴァンにはこれまでのことを何が悪いかわからないなりに謝罪し、わからないなりに自分の気持ちを模索して欲しかったのだ。
──それ故の無茶振りだったのに、女心にはまるで脳筋なエヴァンは無茶振りである筈のそれをそのまま受け取り、強引に超えていった。
脳筋なのは、女心にのみ。グローリアは彼のスペックと執念を舐めていたのである。
そしてひたすら物理で謝意を示し、気を引こうとしてくるエヴァン。『漢たるもの背中で語れ!』──行動で示すことこそ、彼の正しさなのだ。
だからといって、そういうところに不満を抱いていたグローリアがそれを受け入れる筈もない。
わかってほしいだけに説明はできず、ただ無茶振りを重ねるグローリア。
それを全身全霊で無理矢理なんとかしてしまうエヴァン。
ふたりは大変不毛な状態に陥っていた。
国王陛下が教えてあげたのは、「彼女は最初から『伝説の宝石』なんて求めているわけではない」、ということと、「息子が妻を娶った」ということ。
「どうやらグローリアは、宝石を望んでいるわけではないらしいんだ……きっとドレスや靴も。 考えてみれば彼女はそういう人だ。美しいものは勿論好きだろうが、物に拘りはしても、執着はしない」
そこから暫くの間ヨランダは、『グローリアがいかに素晴らしい女性か』を聞かされた。
その時間は長いものでは無いが、「よくそんなに沢山のことを一気に語れるな」という、違う部分での驚きをヨランダに与えていた。
「──おっと、話が逸れたね。 少し語ったようにグローリアは情が深く、家族思いだ。 陛下は私に『だからさっさと帰れ』と」
「なるほど……」
陛下は友人として、エヴァンに助言を与えた──フリをして、体良く追っ払ったのである。
ヨランダは察しているが、幸か不幸か、エヴァンは察していないようである。
「わざわざふたりの為に駆け付けてくださり、恐悦至極に……」
「はは、堅いなぁ~、ヨランダちゃん」
(でも、それならエルフィン様も一緒でいいのでは?)
ヨランダはそう疑問を抱いたが、その疑問はすぐに解けた。
「帰り際に色々あってね。 彼がどうしても一緒に来たいって言うもんだから、連れてきたんだ」
「……彼?」
「うん」
エヴァンが目配せすると、町民のような服にフードを目深に被った線の細い青年と、屈強な男性が近づいてくる。
ある程度の距離まで来ると、立ち止まった。
「ヨランダちゃん。 少しアーネスト君に謝罪と話の機会を与えてあげてくれない?」
「……アーネストく……? え?
…………ええ?!」
アーネストとは、第四王子殿下の名前である。
流れ的には理解できるが、ヨランダはエヴァンの話が俄には信じられなかった。
辺境伯領一番内側のフリッカとはいえ、王城からこの地までは相当時間がかかる。いくらエヴァンがいるとはいえ、王家の馬車がくるなら、流石にエルフィンには報告がいく。
(『陛下に頼まれた』とか『許可をとった』等は一言も口にしていなかったけど、まさか、殿下は無断で来たのかしら……)
ヴィオラの例もある。馬車も、途中で変えればわからない。そんな疑問からエヴァンに視線を投げると、察した様子でニコリと微笑んだ。
「馬を乗り替えながら、最短で来た」
「!」
少し離れたふたりに目をやると、道理で薄汚れている。無茶苦茶な道程とコースであることは明らか。
エヴァンはそんな『殿下に無茶をさせた』ことを口にしておきながら、続けて「無理ならいいんだよ」とアッサリとした軽い口調で言う。
ヨランダにしてみれば無慈悲かつ不敬だが、陛下との関係性から察するに、エヴァンにはどうでもいいことに違いなかった。
「いえ、大丈夫です……」
ヨランダは半信半疑なまま、そう答えた。
元々性格的に断れるわけもないが、特に断る理由もない。
ふたりはエヴァンの目配せに軽く頷くと、こちらに向かってきた。
ちなみに砂臥の作品は、大体の場合姓が領地名です。
名前には拘りがないので付けるのが面倒なことや、初期設定がスカスカなまま書き始めること、資料をあまり調べないことなどが理由。
調べないのは面倒だからも勿論あるんですが、ちゃんと調べたら逆に引っ張られて筆が止まってしまい、創作どころじゃなくなったことからです……もうなるべく必要最低限しか調べないと決めています。
ご指摘は有難いのですが、特に世界観などに対するモノに関しては、作品上不都合がない限りとり入れることはまずありませんので、ご了承ください。
キャラクター名は、某名付けサイト様を活用させていただくことが多いです。
敬称表記の英語変換矛盾は、『異世界だから』という理由でスルーしてます。ニュアンスの方が大事なんで、そっち優先。
ちゃんとかさんとか君の区別がこの世界にはあるのだ……!
そして、アーネスト、名前違ってました。
書いてないと思っていたのに、書いてました。
直しました。すみません。




