⑩構ってくるふたり
着飾りそれなりの化粧を施されると、それなりに映えるのがモブ面のいいところである。
ヨランダは立派な若奥様と化した。
しかし、テーブルに並んで座るのはまごうかたなき美形……しかもヨランダと同様にそれなりの装いを身に纏っている。
つまり、ヨランダとふたりとの差は詰まるどころか開いてしまっていた。
(美形ってズルいわ……いえ、それだけじゃないわね……)
お育ちも違うおふたりは所作も美しく、纏っているオーラも違う。
培ってきたものの違いに身の縮む思いをしていたヨランダだが、居心地の悪さはそれだけではない。
「まあ、やっぱりそういう服装をするとすっかり若奥様みたいで素敵ね!」
このヴィオラの微妙な褒め言葉(※おそらく見たままの感想を賛辞にしたもの)からそれは始まった。
もしや嫌味か牽制か、と思いながらもそれが事実であることに苦笑しつつ、ヨランダがなにか返そうとした……あたりで、エルフィンのわざとらしい咳払い。
「んんっ……ま、町娘のような昼間の恰好もよく似合っていた」
そしてこの台詞。
ふたりとの格差にすっかり自意識が下がりっぱなしのヨランダには、どちらも卑屈な受け止め方ができるモノ。
しかし、どうやらふたりとも褒めているだけの様子。尚のこと心中は複雑である。
だが、それだけでは終わらなかった。
「ヨランダ、これ美味しいわよ」
「ヨランダ、この肉を食べなさい。 取り分けてやろう」
本来ホストとして、ゲストであるヴィオラ王女を接待せねばならぬ立場のヨランダに、逆に接待をするかの如くふたりはやたらと構う。
それこそ、競うように。
そしてふたりは、互いに目も合わせない。
(いえ、違う。 殿下は時折エルフィン様の様子を窺っている)
ふたりの態度は不自然で、ヨランダにしてみれば怪しさ満点だ。
「ヨランダ……食が進んでないようだが?」
「いえそんな」
「お兄様が盛りすぎなのよ!」
怪しいと感じていたヨランダだが、ヴィオラはそのきっかけになった『お兄様』呼びを、特に隠してもいない様子。
ヨランダは更に困惑した。
(どういうことなのかしら?)
そうは思えど、思考を巡らす暇もなくふたりが構ってくる。それこそ、落ち着いて飯など食えんレベルで。
しかも、それは段々と苛烈さ(?)を増していた。
「あ、あの、美味しく頂いておりますわ」
「大体切り方が雑よ。 そんな塊で」
「む……ならば、細かく切って食べさせてやろう。 ほら、口を開けなさい」
「エ、エルフィン様?!」
「いや、ソースが垂れるか。 ヨランダ、膝に」
「ひひ膝に?!」
「なんて破廉恥な!」
「ふん、破廉恥などではない。 相思相愛の新婚夫婦の食事など、こういうものだ」
エルフィンの言っていることは間違いではない──ただし、ロマンス小説の中での話だが。
リアルにやると、かなりアレなやつである。
「お兄様! ヨランダが嫌がっているではないですか!」
「ぬ?! ……嫌なのかッ?」
「えええええ~とぉぉ……その、もうお腹がいっぱいでして……」
格上の美形に囲まれチヤホヤされる──それこそロマンス小説の主人公の転生したいパターンに思えそうなモノだが、実際にやられると案外苦行であった。
なんせとてもウザいのに、拒むのに気を使うことこの上ない。
事実、ヨランダの腹というか胸というかはもう食物を受け付けるどころではないのだが、それを理由にどうにか切り抜けられた
かに、見えた。
「そうか。 ならば我々は下がらせて貰おう」
「えっ」
「ヴィオラ王女殿下はゆっくり味わってくれたまえ」
何故かエルフィンは『王女殿下』を強調しつつ席を立つと、ヨランダを抱き上げて部屋へと向かった。
「えええるふぃんさまッ?! 歩けます!」
「慣れないところで疲れたのだろう。 妻の身体を気遣うのも、夫の務めだ……」
「ふぇぇ?!」
言っていることは普通だが、やっていることがあんまり普通ではない。
しかし、ヨランダにはそれをツッコむスキルなどなかった。
(あれぇ?! 王女殿下が『思い出の少女』なのよね?! ホントにどういうことなのぉー!?)
バッチリ辻褄が合っているだけにそこに疑いのないヨランダは、そこを起点にまた想像しようとするが……状況がカオス過ぎてままならなかった。
(むむ……しかしこれからどうすべきか……まさか部屋が一緒になるとは……)
今、部屋に連れていかれたヨランダは、フローラに寝巻きに着替えさせて貰っている。
ヨランダを抱き上げたものの、実はそこからノープランだったエルフィンは、困っていた。自業自得とはいえ、手に余る案件である。
(いっその事同衾し、既成事実を作るべきか……)
フレデリカに勧められた本には、そういうのもなくはなかった。しかしそれは行為の最中に、ひたすら愛を囁いてナンボ……ただでさえハードルが高いというのに、『コイツらなんでそんな喋るんだ』と脳内でツッコんでしまったエルフィンにはハードルが高過ぎる。
だが、そうしないとおそらくフレデリカが念押ししていた『愛が伝わらなくてはただの感じ悪い奴で終わる』という部分に引っかかると思われる。
また、連れ込んだのになにもしない選択をしたらしたで『私には魅力がないのね』などと思われる可能性があるのだ。
元々同じ部屋なのに、何故か『連れ込んだ』に該当する感じになっているミラクル。
(乙女心とは複雑怪奇……だが──)
──今こそフレデリカのオススメを活かす時。
エルフィンは数多のロマンス本からなるべく近い状況が描かれたやつを、必死で思い出していた。
そんなことよりやるべきことがある、というのは違う。
これこそが最も優先すべき事項なのだ。
ヨランダとヴィオラの会話だけでもわかるように、彼女はふたりの仲を疑っている。
ヴィオラ王女殿下が純粋にヨランダを心配しており、罪悪感を抱いているのが事実であるにせよ、仲を疑われるのは決して愉快ではない。
だが、それ以上に
「どういうつもりだ、ヴィオ」
「あら、エルフィンお兄様こそ」
この後の会話でエルフィンは、危機感を抱かざるを得なくなった。
ヴィオラが思い悩んでいる事実──既に噂になってしまった第四王子とのことである。
正式に婚約が結ばれる前に別れたいのだとしても、それはもう現状難しく、彼女自体窮していると言っていいだろう。
だからこそ裏から画策しできるだけ穏便に別れるのに、ヨランダは鍵になりかねない。
そしてその場合、ヨランダが一連の流れで不幸だとより都合がいいのだ。
保護という名目でヨランダを回収し、第四王子を糾弾できる。
その思惑に巻き込まれた場合、ヴィオラ王女を手放したくない第四王子側にとって、ヨランダは邪魔者。
個人間ならまだしも既に水面下で婚約が整っていた場合、ヨランダは生命の危機すらある。
王家もわざわざ辺境伯家を敵に回す気などないだろうが、ふたりが上手くいってないと判断された場合、間違いは起こりかねない。
付け入る隙を与えたのは婚姻の儀を先延ばしにしたエルフィンだが、もうヨランダを手放す気などなかった。
今はまだヴィオラも強引にヨランダをどうこうと考えているわけでもなく……彼女もまた、こちらを敵に回す気などは全くないと見える。
そもそもまずグローリアに相談するのがメインだったのだから、穏便に済ます気ではいるのだろう。
彼女がおらずヨランダがいたことで布石を打ったに過ぎない。
要するに今の時点でこちらにとって明確に問題なのは、ヴィオラが来たことへのエルフィンの不安という点に於いてのみ。
それについては、ふたりの仲を見せつけ納得をさせることが、一番穏便で順当な解決方法である。