⑦タイミングの悪い女
「こ……こちらからお帰……?!」
ヴィオラはヨランダの言葉を制するように軽く手を振ると、にこやかに微笑む。
「冗談よ、冗談」
冗談とは思えないが、王女自身も無茶振りであることはわかっているのか、とりあえず流したようだ。
ヨランダは次の言葉に迷いつつ、最初から気になっていたことを尋ねてみることにする。
「王女殿下、護衛の方や侍女の方はどちらに?」
「王都へ戻らせたわ」
「はい?!」
お茶を濁す程度の気持ちで聞いたつもりだったのに、返ってきたのは更なる予想外の返事。
曰く、ヴィオラは最初からそのつもりで辺境を目指したらしい。
「だって、私は隣国の者だもの。 信用されなくても仕方ないわ……信用されるには、まず信用すること。 そうでしょう?」
「──」
(なんか良いことを言った風に纏めたけれど……)
近年まで小競り合いを続けていた相手の王女である。
要は、『疎かに扱えないことを見込んで、自分の情報の漏れを最小限に抑え、辺境に逃げてきた』のではないだろうか。
第四王子とヨランダの経緯や、辺境に対し王家が強く出られない事情を見越せば、大袈裟には出来ない案件。
よもや遠出とは思えない人数で、通常交易の側とは逆の辺境方向に行くことで、目眩しにもなる。
まさか出国を目論んでいるとは誰も思うまい。
あわよくばこちらから隣国へ帰るつもりだが、それが無理にせよ時間は稼げる。
そこまでヨランダは考えられなかったものの、相手は隣国の王女。
このまま放り出せないことだけはわかった。
(ここに世話になる気なのね……ッ!?)
端的に言うと、そのつもりだろう。
仮にそんなつもりじゃなくとも、こちらの立場としては保護する以外の選択肢はない。
この屋敷にも入れるよりなかったのだろう。
相手は丸腰過ぎる貴人……こんな難しい判断、家人には無理だ。
おそらく、エルフィンとグローリアのところには既に連絡が行っているだろうが、タイミングが悪かったのだと思われる。
そもそも、ヨランダはなにかとタイミングの悪い女なのだ。
そのタイミングの悪さは、辺境に来てからも健在の様子。
(でもなんで……あっ)
ここは別邸。
言葉通り自分と仲良くなる為に来た──というよりも、グローリアを頼ってきた可能性が高いことに、ヨランダは今更気が付いた。
関係性はよくわからないが。
「あの……王女殿下はグローリア様にご用事があるのでは?」
「……まあそうね。 でもアナタと仲良くなりたいのも事実よ? ねえ、辺境伯閣下はどう?」
「お陰様で良くして頂いてますわ」
その答えに、ヴィオラは軽く瞠目した後で、気の毒そうな表情を向ける。
「あら、無理しなくてもいいのよ。 まだ婚姻の儀もしていないじゃない」
「それは……」
「アナタは悔しくないの?」
「ええ?」
「自分へのお金を流用された上、令嬢として大事な時期を無駄に浪費させられた末にこんな辺鄙なところに追いやられて……」
「ヴィオラ王女殿下……」
ヨランダは更に困惑した。
まさに『おま(えがそれを)いう』。
だが、ヴィオラもそれは理解している様子。
なのに何故このようなことを言うのか。
「いえね? 誤解のないように言っておくけれど……私が殿下から聞いていたのとは少し様子が違うようだから」
それは彼女の知っていることと事実とは、やや乖離があったからのようだ。
ヴィオラによると、殿下からは『ヨランダと交流をしなかったのは、彼女もそう望んでいるからだ』と聞いていたらしい。
贈り物ロンダリングについては知らず、彼の私財で贈り物をしていてくれたものだと思っていたそう。
「アナタはご実家の伯爵家での待遇の悪さに見切りをつけて、殿下の婚約者になることで身に付けた知識やスキルを活かし市井で生きていくつもりでいた……と」
「……いえ、その……」
間違っている部分もあるが、微妙に合ってもいるのが大変ややこしい。
しかも、どう訂正しようか迷っている間にも、ヴィオラは話をどんどん進めていくのだ。
「だから私もアナタに最大限良いように、と考えていたのよ? 例えばお店の援助くらいは……と。 なのに、あんな嘘をついていただなんて! わざわざそんなことしなくても、殿下がアナタにきちんとしていたらその分で賄えたじゃないの。 しかも、そちらの有責での婚約破棄だなんて……下衆の極み!」
「あ、あの……」
「挙句の果てに、その場で連れ去るようにこちらにですって? ……嫌っ! まさに蛮族! 蛮族の所業だわ!!」
「お、王女殿下、お声が……」
『蛮族』が辺境伯を揶揄する言葉であることは、前にも述べた通り。
こちらの人間がヴィオラ並びに隣国をよく思わないように、彼女は彼女で当然よくは思っていない。
「全くグローリア様のご子息とは思えないわ!」
「!」
ただし頼ったことでもわかるように、グローリアは別のようだ。
(これは古参の家人に話を聞く必要がありそうね……)
なにしろ、彼女に聞いても話が一方的過ぎてイマイチよくわからない。
──だが不幸中の幸い、害意はなさそうである。
ここはこのお姫様を保護しつつ、グローリアを待つのが正しい判断だろう。さり気なく呼び寄せたメイドに、彼女の部屋を用意するよう指示する。
王女殿下がなにを考えているのかはイマイチわからないが、目的はグローリア。こちらに害意がなさそうな分、もてなす役割はグローリアが来るまで。
思った程には難しくなさそうでヨランダは安堵した。
安堵と共に訪れる脱力感。そして、
(折角エルフィン様がお時間を割いてくださったのに……)
脳内に過ぎるのはこのことである。
ちょっと距離が近付いた、と感じていただけに、去来するガッカリ感が凄い。
しかも『思ったよりは難しくないだけ』で、当面この人の話を聞かない貴人を接待せねばならんのだ。
辺境伯夫人として待望のお仕事とはいえ、キツい。
表には出さないようにしていたが、ヨランダは少し虚ろになった。
我に返ったのは、王女殿下の聞き捨てならない言葉。
「だからね、ヨランダ。 アナタは私の侍女になりなさい」
「──…………はい?」
ヨランダは思った。
どうしてそうなった、と。
「隣国で素敵な男性を見繕ってあげるわ!」
しかし、ずっとそうであるようにヨランダの困惑など一切感じていない王女殿下は、キラキラした瞳で盛大にドヤった。
そこに、悪意は欠片も感じられない。
ないと思うし、実際にないのだろう。
しかし、ないからどうだというのだ。
悪意がない真っ直ぐな馬鹿は、結構質が悪いのである。
「王女殿下!? ごごご冗談は」
「ほほほ、任せておいて♡」
(これは本当に連れ去られてしまうわぁぁぁぁ!!!!)
なにしろ相手は人の話など聞かないのである。
しかもよかれと思ってしているので、躊躇や罪悪感などない。
ヨランダは恐怖した。
「折角のお誘いですが! わわ、私は隣国には参りませんッ」
「……あら、どうして?」
「どうして……」
話をあまり聞いてくれない王女殿下だが、理由を尋ねられた。そして陛下の謁見時とは違い、ヨランダには選択の権利がある。
だが、ヨランダは恐怖しているものの──理由を上手く言葉にできなかった。
彼女にとって、自らの意思で自らの選択をできるというのは初めて。
それはまた、違う恐怖を伴うことだった。
(あわわ……なんて言えばいいの?)
辺境伯夫人でいたい……その気持ちはあれど、ヴィオラが納得する理由を一言で明確には語れそうもない。
自分自身、それはあやふやなのだから。
「遠慮なんていらないのよ?」
「いえ……」
そして当事者としてニュアンスの違いはあれど、ヴィオラの言うこともまた事実ではある。
しかも、望まれて来たとはいえ、それは偽りだと知っているのだ。
ましてや婚姻の儀も果たしていない自分は、まだ正しく『辺境伯夫人』ではない。
だからヨランダはそれを口にするしかない。
口にするのには躊躇がある。だが──
(ええい、ままよ!)
「──わっ私は……ッ」
流されっぱなしだったヨランダは、精一杯の気持ちで拒絶をした。
「エルフィン様をお慕いしていますので!!」
その理由に用いる為に、あやふやな気持ちを強引に明確にするのにはかなり抵抗があったものの──致し方なし。
ただ、何度も語った通りヨランダという女は、タイミングが抜群に悪いのである。
ご高覧ありがとうございます!
ちょっと先を考えると難産でしたが、なんとかなりそうなんで出します。三日くらいは毎日更新しますので、またよろしくお願いします。
感想返信は、明日からしていきますね。遅くなって申し訳ない!!orz
いつもありがとうございます!