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③事前勉強と応用問題

 

 ヨランダがローランドの他にもハンカチをあげていると知り、少し安心したエルフィンだったが。


(何故私には寄越さぬ……!?)


 それが滅茶苦茶気になってしまい結局躊躇しつつも遠回しにローランドに尋ね、ニヨニヨした表情の弟の勿体ぶった返事を聞く羽目に陥る……という羞恥を味わった。


 だが、「兄さんのは特別なので、これらはその練習らしいですよ」などと言われてしまえば、当然悪い気はしない。

「つまらぬ真似を」等と嘯くもその広い背中に滲む喜色に、心配症の弟も思わずニッコリ。


(私のだけは特別か……ふっ)


 ──なかなか健気である。


 いい気になっていたエルフィンだが、そう受け止めて『やはり彼女は嘘エピソードを気にしているのだ』と再認識した。

 そして、エルフィンは残念ではあるものの、鈍いわけではない。

 自身の恥ずかしい行動がそれなりにヨランダに刺さったことは、ちゃんと理解している。


(アレが効いたということは、『女子の好む娯楽小説』を参考に動けば上手くいくということだ)


 ならば、選択肢はひとつしかない。

 躊躇いはないでもないが、漢らしく漢らしくない行動を取るというややこしい選択を意外とアッサリ決断した。

 指揮官に求められるモノのひとつ……それは決断力であるが故に……!(※厨二的に)





「……フレデリカはいるか」


 エルフィンが向かったのは、街の古い本屋。

 フレデリカ・ミュラーという老婆が営んでいるところだ。


 フレデリカは元々子爵家の末娘で才女。

 王都で文官として王城で働いていたものの、手柄だけ取られ正当に評価はされずセクハラパワハラモラハラだらけで頭に来て、嫌がらせ的に滅茶苦茶仕事を残したまま辞めた。

 しつこく迫ってきた騎士に絆され夫婦となりこちらに移り住むも、いつでも自活できるよう私財を投じて本屋を開くに至る。

 辺境伯領民の識字率は高いがそこには彼女も一役買っており、辺境伯領の優秀なアンバサダーとしても前辺境伯の頃からなにかと活躍している女性だ。


 エルフィンは幼少期から彼女には世話になっており、辺境伯閣下である彼が頭の上がらない数少ない相手のひとりでもある。それだけに私的な相談も気兼ねせずできるという大変有難い人物。

 彼の『思い出の少女』エピソードが嘘なのも、フレデリカだけは知っている。

 勿論、本を勧めたのが彼女だからである。


「まさか嘘を重ねるとは思ってませんでしたけどね。 お気の毒様でございます。 ああ、坊ちゃまじゃありませんよ? ご令嬢の方」

「……だからこうして努力しようとしている」


 バツの悪い顔でそう言うエルフィンに、フレデリカは「それは大変殊勝なお心掛けで」と慇懃無礼に返しつつ、テキパキと本を選ぶ。


「なるべくキャラクターとの齟齬があってはいけませんからねェ。 俺様系ツンデレとクーデレスパダリあたりを選ぶとしましょうか。 TLの方が甘めなんですが坊っちゃまはクソヘタレですのでTLは却って危険ですわねェ、かといってモラハラパワハラになるようでは困りますからなかなか選択の幅が」

「それはなにかの呪文か?」


 フレデリカの知識の幅は広い。

 流石に『ここにある本で読んでないモノはない』と豪語するだけある。


 皆にバレるとみっともないので、ここで読むのが前回(※嘘エピソード時)からの彼のパターンである。当然店は貸切だ。


 フレデリカは彼の為にお茶を淹れると、注意を促した。


「坊っちゃま、ツンデレは愛ありきです」


 その言葉に危うく茶を吹きそうになり代わりに咳き込むエルフィンを睥睨し、フレデリカは続ける。


「前提として優しさや気遣いが伝わらないと、ただの『感じ悪いヤツ』で終わる、という危険を孕んでいる……とご理解ください。 特に高圧的マイペースな俺様系はなんなら嫌われます。 『きしょいナルシスト乙』──です」

「なんでソレ勧めた……?!」

「坊っちゃまは自然体に『見える』のをご希望されているかと」

「くっ……そうだが……まるで私が感じの悪いナルシストみたいじゃないか……」

「……」


 フレデリカは何も言わずに下がった。


 クーデレである彼女は同族嫌悪と共に、職場で受けた数々のハラスメントからツンデレ系男子に極めて厳しいのである。



 余談だが、絆されたことでもわかるように当時騎士だった旦那は所謂ワンコ系。ちぎれんばかりに振る尻尾が垣間見える程に、フレデリカに好意を示してきた。

 そんな彼は何気にスパダリ。年齢的に引退なのだが、その戦歴から一応辺境伯軍に所属している。予備隊員なのでほぼ主夫であり、家事は得意。特に料理が上手い。



 帰り際にフレデリカは念を押す。


「よろしいですね、坊っちゃま。 『ツンデレは愛ありき』です……心に刻んでください」

「……わかった」


 フォローすら入れて貰えなかったことで、その言葉はエルフィンの胸に強く刻まれた。


 フレデリカも別に、エルフィンを『残念な子だ』とは思えど、『感じの悪いナルシスト』とは思ったことなどない。

 長い付き合いなので扱いが上手いのである。


(全く残念な坊っちゃまですこと)


 だが、心配をしていないわけでもない。

 どちらかというと、かなり心配──

 そもそも本など参考にせず、ちゃんと素直に好意を向けられれば一番いいのだ。


 そう言わないで本を勧めたのは、上手くできないのがエルフィンという人だから。


 皆が皆、自分の心を伝えることに器用なわけではない。

 間違った努力であれ、努力しようという気があるのなら、助言はいいがそれを否定するのは些か傲慢であろうと思う。


 ただし、先行き不安ではある。

 そう……坊っちゃまは残念な子なのだ。





 そして残念な子の間違った努力は、旅行の行きがけの馬車から既に、残念な方向に炸裂していた。


「…………」

「…………」


((なんでこうなった……))


 ふたりは今、何故か馬車の床に座っていた。

 床にはエルフィンの上着が敷かれている。


 これは、馬車内のポジショニングで揉めた末の結果である。




 まず、馬車に乗り込むところでふたりは固まった。


(確か、横抱きにして乗せられるのがここでの風習だったわよね? くっ……恥ずかしい! でもここは辺境伯夫人として慣れなければ!)


 勿論そんな風習はないのだが、初対面の際のエルフィンの言動から、ヨランダは勘違いしていた。

 そして赤面しながら待つヨランダに、それを察したエルフィン。


(ここは余裕を持って抱き抱えて乗らなければ……!)


 ──そこまではまだ良かった。(主にエルフィンの自業自得なので)

 しかし緊張するあまり、彼はヨランダを横抱きにしたまま座ってしまったのだ。


「……!?」


 焦るヨランダ。


「……!!」


 もっと焦るエルフィン。


 焦ってはいても虚勢を張っている以上、焦りなど見せてはいけない。そこに気付かれぬうちにこの失態をどうにかせねばならない。


 ここで『女子の好む娯楽小説』(※フレデリカ選)が役に立った──


「……ふっ、そう緊張するな。 この旅は仲を深める為だろう」

「ででっでですがその、」


 ── か に 見 え た 。


「……ふむ」


(どうやら顔を合わせているのが緊張するようだ。 ……うむ、そこはよく理解出来る)


「ならば、こうしよう」


 なにを思ったか、おもむろに上着を脱ぎ下に敷いたエルフィンはヨランダをそこに座らせ、自らもそのまま直に座るという選択をした。

 所謂『バックハグ』である。

 確かにこれなら互いに顔は見えない……見えないからどうなんだ、というのはさておき、とりあえず顔は見えないのだ。


 冷静になった後、『コレナニ』的疑問と後悔が押し寄せて来たのは言うまでもない。

 しかし今更後にも退けず……ふたりはおよそ二時間の道中を、この態勢で過ごすことになったのである。


ストックがなくなりましたので、更新頻度が下がるかもしれません……orz

なるべく頑張ります!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 恋愛モノにひたすら疎いボンクラでも、想像するに『ナニコレ』『どうしてこうなった』感アリアリですね!(笑) 効果音で言えば、「ちーん」的な。 でもって、なんかスゲーばーさまが! ウチの美魔…
[一言] すみません、ロマンス小説(ヒストリカル系かな?)の有名な作者さんで、ジョーゼット·ヘイヤーと言う方がいらっしゃるのですが、その方の作品で『フレデリカの初恋』というお話があるのです。 ロマンス…
[一言] ロマンス小説を取り扱う本屋の店主が『フレデリカ』 こ、これはひょっとしてポタージュ、じゃなかった、おまんじゅう、でもなかった、オマージュですか?! 的外れでしたらすみませぬ。
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