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①寝耳に大量の水

 

 立ち並ぶ木立の中を、少し冷たい風が流れる午後。空、曇天。

 一週間の長旅を経て、ようやく見えてきた城壁。国を護る要塞であり、辺境伯城の一部。


 ヨランダ・オルフェ()伯爵令嬢は、そんな景色を眺めるでもなく眺めつつ、馬車の中で盛大に溜息をついている。


 これといった荷物も持たされず、気付いたら辺境伯の馬車に乗せられて僻地へと送られていたこの現状に、諦念と妙な納得感しかない。

 とはいえ、せめて溜息くらい好きにつかせろ、というものだ。

「わたしゃ、売られる仔牛かー!」と叫んでもいいくらいだが、分不相応にも妙な高値がついてしまった。

 それだけに、溜息しか出ない。





 色々あって、ヨランダは先日ガードランド辺境伯夫人となった。

 もっとも、それは書類上の話。

 書類の上で妻となったものの、まだ辺境伯閣下には会ったこともないどころか、手紙のやり取りすらしたこともない。


 この色々については、ヨランダにとって寝耳に水な事情だったのだが……なにより不可思議なのは、辺境伯側が何故彼女を受け入れたのかが不明な点にある。


(……私や伯爵家自体に価値がないのは確かだわ)


 それを考えるとこの話はきっと辺境伯閣下にとって、自分(ヨランダ)よりも寝耳に水だったに違いない。


 どちらも『寝耳に水』である『寝耳に水ップル』にせよ、ヨランダと辺境伯閣下ではそもそも婚姻における市場価値がまるで違う。


 ガードランド辺境伯であるエルフィンは、辺境伯というだけで価値があるのに、先の防衛戦で若き辺境伯としての功績をあげた英雄。

 しかもまさかの初婚で、まだ30代になったばかり。


 かたやヨランダは、歴史だけで大したことないオルフェ伯爵家の、大したことのない令嬢。しかも寝耳に水の事情から婚約破棄された、傷物令嬢である。比べものにならない。

 強いて言うなら、若さだけが取り柄。

 そうは言ってもヨランダは18なので、この国では決して若い妻とも言えないのだが。


 兎にも角にも、そんな格差婚である。

 書類上は既に妻になったとはいえ、温かく迎えられる期待をしてはイカンだろう、とヨランダは思っていた。


(着いたら適当に神殿で儀礼的な誓いを述べさせられ、適当に初夜を迎え、なんならそこで『愛されるなどとは思うな! この王家のお古が!!』などの罵声を浴びせられながら乱暴に抱かれる……ぐらいの覚悟は決めておかねばならないわ……)


 大分テンプレな想像だが、実際『悪い方の覚悟』という心の保険は大事だ。

 過去の経験がそう告げているのである。





 ──しかし、辺境伯領に着くや否や、ご丁寧にも辺境伯閣下は、馬で迎えにやってきた。


 イキナリ、わざわざ、御自ら。


 魔王城に着いてないのに、唐突に魔王(ラスボス)が出現したらこんな気持ちだろうか……などと思いながらも淑女の礼(カーテシー)をとり、挨拶をする。


「お前が我が妻となる娘か」

「……お初にお目にかかります、私が元オルフェ伯爵家が……」


 頭を下げたので一瞬しか見ていないが、でかい。

 やたらでかい。


 ──などと思いながらも、粛々と挨拶の口上を述べていくその途中。


「ふん、堅苦しい女だ」


 辺境伯閣下(やたらでかいひと)の呆れたような言葉が思考ごと遮るように頭の上から降ってきた。


「ここは王都ではない。 こちらの流儀に従ってもらう。 さっさと顔を上げろ」

「畏まりました」


 目の前には、数年前の国防戦で活躍された英雄である、エルフィン辺境伯閣下の姿。


 長身痩躯でありながら筋肉のついた立派な体躯に、流れるような長い金髪を後ろに纏めている。

 赤を帯びた茶の切れ長の左眼に、右眼は辺境伯軍の紋章の入った眼帯。


 額から右頬にかけて大きな傷がある辺境伯閣下だが、傷と眼帯がむしろ『カッコイイ!』と、巷の少年達に大人気な要素のひとつとなっている。


 それは、売られている絵姿そのものだった。


(絵姿なんててっきり盛られているものかと思っていたけれど……)


 その容貌は思いの外麗しく、尚更『何故自分が?』という気持ちは増すばかりだ。


 顔を上げたヨランダと目が合うと彼は顔を逸らし、代わりに振り向きがてら顎で、再び馬車に乗るよう促す。


(ああ、やっぱりお気に召されなかったみたいね……)


 登場(オムカエ)には驚いたが、口調も態度も悪い。だが逆に、最初から粗雑にされていれば期待を持たずに済む……そう思ったヨランダだったが。


「?!」


 何故か一緒に馬車に乗り込む辺境伯閣下。

 しかも、


(横抱きにされている!?)


「あぁぁぁのッ!?」


 フワリと宙に浮いた感覚に、一瞬何が起きたかわからなかったヨランダ。抱き抱えられたのだとわかり、半分悲鳴の問を発する。

 斜め上、赤味を帯びた左眼から、鋭い眼光。


「──段差があるからだ」

「えっ!? 」


 ──段差があるから。


「……あっ、は、はい!!」


 よくわからないが不機嫌そうにそう言われ、よくわからないまま返事をしてしまった。


 馬車の座席に座らされたヨランダは、一連の流れを振り返る。


(?? ……そういえば『こちらの流儀』とか仰っていたわね……)


 エスコートする代わりに抱えて乗りこむのが、辺境伯領スタイルなのだろうか。


「あ、ありがとうございます……?」


 やや疑問調になりながら礼を述べると、辺境伯閣下はふんす、と鼻を鳴らす。

 なんとなく満足気なので、正解なのかもしれない……そうヨランダは思った。





 その後、辺境伯閣下はヨランダに対し──


「女に服も買えない男だと見られるのは困るからな。 その貧乏臭いナリをなんとかする」


 などと嫌味交じりに言って、ヨランダを買い物に連れ出し


「捨てられたくなければ、精々身綺麗にして、歓心を買って見せろ」


 などと鼻で笑い、服や装飾品を山程買い与えた挙句、城壁手前にある邸宅に着くと


「私はお前を抱く気はない。 そんな貧相な身体で私を満足させられると思っているのか」


 などと宣いながら、初夜はスルー。


 ヨランダは風呂にゆっくり入れられ、マッサージ(※美容ではなく疲労回復の)をされたあと、美味しいご飯を食べ、宛てがわれた広く美しい自室のベッドに寝かされた。


 ふかふかのベッドの中で、ヨランダは考えた。


(………………なにこれ?)



 め っ ち ゃ 高 待 遇 な の で は 。



 そう……なんか色々言われてはいるものの、その実、滅茶苦茶高待遇である。

 更に、翌日になると


「お前如きに出来ることなどない、部屋で大人しくしておけ」


 と言われ、ゆっくりと旅の疲れを取りながら部屋に身体を馴染ませ。

 その次の日は、


「迷子になられても困るから、屋敷の本棟部分くらいは把握しておけ」


 とようやく挨拶回り。

 しかも範囲限定なのは、彼女の体力を慮った結果だと思われる。

 そして、家令や執事、侍女、使用人、皆が優しく……どの者も甲斐甲斐しく面倒を見てくれる。

 非常に生温かい視線を伴う笑顔で。


 ──まさに、至れり尽くせり。





 困惑しつつ、ヨランダは食事の際にあることを尋ねてみた。


「あの……辺境伯閣下」

「……」

「辺境伯閣下?」

「──お前は」

「え?」

「お前は私の名を知らぬのか?」

「え……」


(これは、名前で呼んでくれってことでいいのかしら)


 小首を傾げ、やや疑問調になりながら、恐る恐る名前を呼んでみる。


「エルフィン、様……?」

「……なんだ」


 不満げに返事をしたものの、文句は言わず。

 その代わり、自分で言い出した割に慣れない様子。尊大な態度で応えるも、あからさまにソワソワしだした。


「ふ、不満か? そうだろうな、こんな何も無い田舎など……」

「いえそんな、滅相も。ただ」

「ほう……ならばなにが不満だ」

「あの、不満ではありませんが」


(何故か不満を訴えると思われている……)


 だが不満などはない。

 なにしろ至れり尽くせりなのだ。

 あるのは感謝と困惑、そしてある種の不安。


「その……いつ、神殿へ赴かれるのかと」

「神殿へ……」


 勿論、婚姻の儀の為である。

 一応書類は提出したので、ふたりは王に認められし夫婦ではあるものの……誓いを行っていないので、神には認められていない。


 ヨランダはここを追い出されたら行くところがない──それが不安なのだ。


「ま……」

「ま?」

「まだ早い……ッ!」


(……『まだ早い』?!)


 更に深まる、困惑。

 だが、非常に苦々しい顔でそう吐いたあと、その真意を問おうとヨランダが声を掛けようとするも、無言のまま食事の残りを三口程で平らげた彼は、席を立ち、どこぞに消えてしまった。





 とりあえず『まだ早い』ということは、『先がある』ということ……多分そうなのだろう。

 ヨランダは自分にそう言い聞かせるよりなかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ツンデレのツン!? あまのじゃくな感じで可愛い(*´ー`*)♪
[良い点] タイトルから気になっていたのですが、やっと読みに来れました! さっそく面白いです! 『め っ ち ゃ 高 待 遇 な の で は 。』 とか言っちゃうヨランダさん。 こういう主人公大好きで…
[一言] 淑女の礼(カテーシー)。 φ(._.)なるほど……
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