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凍てつく心の魔剣ー4

 何かとよくわからないことばかりが続いてきたが、今起こっていることが一番わけがわからなかった。


 ホアイヤが、しばらくここにいさせてほしいと言いだしたのだ。


「実は、わたしにも生まれつき魔法の資質があったの」


 特にイコリスが質問したわけでもないのだが、勝手にホアイヤは語り始めたのだった。


「でも、あなたが邪険に扱われているのを見て、両親はそのことをひた隠しにしたわ。決してわたしが、何かおかしな力を持っているなんてことがバレないように」


 邪険どころじゃあない、イコリスはそんなことを思った。


 ホアイヤはしおらしく彼を見た。


「何もできなくて……ごめんなさい」


「いい。気にしてないから」


 何も言い返す気はなかったのに、勝手に口が動いたように思われ、イコリスは少し驚いた。


「両親には隠せと言われたけど、でも、わたしはそうしたくなかった。せっかくの贈り物なのに、それを燻ぶらせたまま、こんな村で一生を終えるなんて……絶対にいやだと思った」


 相変わらず外はひどい吹雪だったが、その音ももうイコリスには気にならなくなっていた。知らずしらずの内、ホアイヤの話に聞き入っていたのだった。


「あなたが売られてからしばらくして、わたしもこの村を出ていった。お父さんとお母さんも、先のない村にいるより、好きなことをしなさいって、言ってくれた」


 ホアイヤの声が小さくなっていった。


「都で頑張って魔術の大学に入って、必死に勉強して、今はちょうど休みだから、久々に、会えると、そう思った、の、に」


 絞り出すように言って、後は声もなく、しくしくと泣き出した。無声のはずなのに、あれだけ荒れ狂って叩きつける吹雪より、ずっと耳に響くように思われたのが、イコリスには不思議だった。

 

 一体どうしたものか、こんなにもわからないのは彼にも初めてだった。村がとっくに滅ぼされていたことを知った時以上に、何をしたらいいのかわからなかった。


 イコリスはうろたえていた。


「……くすん。まあ、もうこんな話しても仕方ないよね。それよりこれからのことを話しましょうか」


「これから?」


 思わずイコリスは聞き返した。


「大学がまた始まるまで、他に行くあてもないし、せめてもの罪滅ぼしもしたいし、しばらく、ここにいさせてくれない?」 


 しばらく、沈黙が降りた。イコリスは面食らっていた。


「なんで?」


 彼はまた聞き返した。


「ねえイコリス、わたしと一緒に大学に行きましょうよ、ね?」


 さらにわけがわからなくなった。


「あなたの噂は聞いてるわ。あの悪名高い“ウィザーズ”の研究城から、他の実験体にされていた動物や人もみんな逃してあげたんでしょ?」


「は?」


「都じゃ、もう英雄扱いなのよ。あれだけ氷の魔力を使役できるなら、きっとうちの大学の試験にもパスできるはず……」


「あの、いや、ちょっと、待ってくれ」 


 イコリスは慌ててホアイヤの話を遮った。


「だいたい、おれは自分で勝手に脱出しただけだ。誰かを助けようなんて思ってない」


「でも人々はそう思っているわ」


「それは……まあいい。それより、何でおれが魔術大学になんか行かなくちゃならないんだ」


「あれだけのことを、誰に教わったわけでもないのにできるのよ?」


 ホアイヤが信じられないといった様子でイコリスを見た。


「流動的な氷のマナを、自らの意思で自然の流れに逆らって汲み取り、そこから任意の形に成形し、さらに刃物として実用的と言えるまでに具現化させ、さらにさらに本来道具を介在しては威力が半減されるはずの魔性を遺憾なく……」


「あー……そう」


 イコリスはあいまいにうなずいた。そうしなくては、いつまでもこの講釈が続くように思われたためだった。それは吹雪や冷気よりもよほど身の休まらないことだと感じた。


「それだけのことができるのに、ええっ、腐らせておくっていうの?」


「腐らないよ、氷だし」

 

 ホアイヤはその言葉を無視して続ける。


「わたしはそんなことできない! きっと歴史に名を残すほどすごい魔法使いが、いや絶対そうにちがいない間違いない疑いない余地なしの人が、目の前にいるっていうのに!」


 イコリスは、こんなふうに熱っぽく語る人をかつて見たことがなかった。今までに見てきた者は、誰もかれも、どこか冷めていて、諦めていて、暗くて……


 自分とそっくりだ、と、今更ながら気がついた。


 しかし目の前の娘はそうではなかった。自分のことでもないイコリスのことを、イコリス自身でもうさんくさく感じられるほどの確信を持って、あれこれと喋りまくっている。


 ああ。と、その時イコリスは悟った。あの時、あの女の子の目にあったのは、この熱だったのだ。


 自分と同じ魔法の資質を備えた少年に対し、何とか語りかけられないかと、何とか自分も“同じ”なのだということを伝えられないかと、しかしそうすることはできない、許されないと、そんなせめぎ合う気持ちの葛藤の熱。


「……だから一緒に行こうって言ってんの。……ねえ、聞いてんの?」


 しかし……


「行けないよ」


 イコリスは首を振った。


「ずっと我慢してるようだけど、もう歯の根も合わないくらい凍えているんだろ?」

 

 うっ、とホアイヤは声を出した。薄明かりの中でもわかるくらい、彼女は激しく身震いしていたのだった。


「正直、自分でも時々耐えられないくらい、この体は冷えるんだ。こんなやつ……どこへ行ったって嫌われるさ。とうてい一緒に勉強なんて」


「じゃ、温めればいいわ」


「はい?」


「世の中にはね、それはそれはたくさんの魔法薬があるのよ。今この瞬間にも、新しい効果を持ったのが研究され続けていて、それでもなお見つけきれないくらいに」


 ホアイヤは肩の荷を下ろした。イコリスは初めて、彼女が相当な大荷物を抱えていたことに気がついた。ホアイヤはそれを紐解き、何やらしばらくごそごそと中を探っていたかと思うと、一冊の本を取り出した。


「言い忘れてたけど、わたしの専攻はそうした魔法薬全般について」


 ホアイヤは得意げにその本をイコリスに見せた。古い革表紙のその分厚い本には、古今東西、ありとあらゆる薬や、その調合素材についての情報が記されていた。


 その中の一ページを、彼女が開いて指差した。


「“沸騰する血”……?」


「そう、それがこの薬の名前。一口飲めば、全身の血が増えて、泡立つくらいに熱くなるわ。常人が飲んだら即死ね……死にかけでもない限り」


 ホアイヤはそのページを開いたまま、本を部屋に唯一あるテーブルに乗せた。その途端、本に氷が張りかけたため、慌ててまた持ち上げた。


「それを、どうしようっての?」


 イコリスは訊ねた。


「決まってるじゃない。作って、あなたに飲ませるのよ」


 イコリスは観念した。どうもしばらくは、彼女と過ごすことになりそうだ。


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