精霊回帰
その世界は年中が秋で構成されていた。
薄紅や唐紅、黄金の色が満ちては風に吹かれて地に落ちる。
上も下も、そのように賑やかな色で満たされていた。
万物に宿る精霊たちは、薄く透明な翅を持ち、その翅はところどころ精霊ごとに異なっていた。
シーナの背の翅は薄藤と若紫に、黄が少しだけ混じっていた。
対して恋人のオルクの翅は藍色に紅がぼけている。
二人は共に野を駆け、空を飛んだ。
昼はそのようにして過ごし、少しの果実と泉の水を口にして、夜は樹木の中に溶け込み眠った。
泉は赤い葉の色を受けて、そのものも清らに燃えるようであった。
「オルク、翅が傷んでいるわ。どうしたの?」
シーナがある日、顔を曇らせて尋ねた。
「ああ、この間、樹に登って降りられなくなった仔猫を助ける時、怯える仔猫に引っ掛かれたんだよ。大したことはない」
大したことはないとオルクは言うが、精霊にとって翅は命のようなものであり、それを損なうということは一大事だった。
「長に治してもらいに行かないと」
「……そうだな」
精霊の長はここらでも最も大きな楠に住んでいて、女神のような美しい姿をしている。
とても強い力を持ち、癒しの術もよく心得ている。
翌日、二人は長のもとを訪ねた。
シーナは長への土産に木の実の焼き菓子を用意した。衣服もいつもより吟味して改めたものだ。オルクも、畏まった服装をしていた。
楠の空洞に入った二人を、長は微笑を湛えて出迎えた。シーナから焼き菓子を受け取り礼を言うと、早速オルクの翅の具合を診た。
「ああ、これなら大丈夫」
長い白金の髪を揺らして長は請け負うと、その手から柔らかな橙の光がこぼれた。
光はオルクの翅を覆い、傷をすっかり癒してしまった。安堵した二人が揃って長に礼を言うと、長は心持ち、綺麗な眉をひそめて告げた。
「けれどもオルク。今回のことで、貴方の精霊としての命は短くなりました」
オルクより先にシーナが顔色を変える。
「どういうことですか、長」
「言葉通りです。オルクはシーナ、貴方より先に逝くことになるでしょう。そうして人間として、一度生まれ変わることになります」
精霊の死は人間の誕生と同時。
それはこの世界の不文律だった。
シーナは愕然とした。
彼女は、二人して長い天寿を全うするものと思い込んでいたのだ。
その夜、オルクは泣くシーナを慰めて竪琴を弾いた。
いつものように赤い輝きに包まれた世界で、数年後にオルクは生を終えた。
黒いランドセルを背負った男の子が元気よく走っている。
急ぐ余り、つんのめってこけそうになった彼を、シーナの柔らかな腕が受け止めた。
背中の翅を隠し、人間を装っている。
「怪我はない?」
「うん! ありがとう、お姉さん」
男の子はにっこり笑った。
シーナの好きな、オルクの笑顔にそっくりだった。
シーナは走り去る男の子の後ろ姿を見ながら、動かない。
人の命は精霊より儚い。
オルクは人としての生を終えたあと、再び精霊として生まれ変わるだろう。
シーナはそれをいつまでも待つ積もりだ。
赤い世界で。
赤く脈打つ心を抱き、ずっと。
黒猫の住む図書館さんからお題をいただきました。