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借り物の冒険者  作者: Ny
15/15

矛盾

 お疲れ様です。


 毎話、投稿する時何故かソワソワするんですよね。






——ベルヘイム都市中央ハンターギルド管理所、局長室。



 机を挟んでソファに座るアンとリュー、幼馴染みであるこの二人が、静かに目を合わせていた。


 アンが二つの小さな盃に酒を注ぐ。



「まあ飲めや」


「カカカ、アンよぉ、仲良ぅ昔話をする為に俺を呼んだんとちゃうんやろ? 酒は飲まへんで」



 差し出された盃に手を付けず笑うリュー。

 その紅い瞳は笑ってなどいなかった。



「うん、まあそうやで、ちとアンタに聞きたい事があってさ」


「なんや? こないだトビ呼んだ時に話せば良かったんちゃうんか?」


「......リュー、アンタんとこの若いの、また一人増えたらしいやんけ?」


「............」


「............」



 暫くの沈黙。

 アンの紅い右眼と青い左眼が、リューを見つめる。

 彼女の得意技『真実の瞳』の前ではどんな嘘も見抜かれてしまう。

 酒を飲んでいる間能力を発揮する彼女が酒を持ち出してきた時点で、リューには隠し事が出来ない。

 リューは小さく舌打ちをした。



「ちっ、ニッコウとゲッコウか」


「せやで、知っとるやろ? ウチとコイツらが居る限り、何処に居ろうが隠し事なんか出来へん」


「......最近なんか目線感じるおもてたんは間違いや無かったんやな」



 いつの間にかソファに座るリューの背後に二人の忍が立っていた。


 この街には素行の悪いハンターや冒険者も少なくはない、基本的な治安維持は街中に配備した騎士団や猫族等が行なっているが、それは表の顔。

 裏で暗躍する秘密組織や結社、その他の影で動く犯罪を鎮圧させる実働部隊がアンが率いる忍衆である。


 元々は東の国の武闘派組織であり、国の政策に反対したアンが忍達を連れて、ベルヘイムで冒険者、ハンターを総括していた父、シイナの元へ亡命したのが始まり。

 その後シイナはアンに局長の席を譲り、アン主導の元、裏の治安維持部隊として忍達を扱っている。


 忍として最適な得意技を有した双子、ニッコウとゲッコウを主軸とした活動のお陰で、ここ数年犯罪率は下がる一方である。


 そんな彼らの得意技は『認識阻害』。

 ユズハやキドウと同じくスタミナを大きく消耗させるが、発動中、周囲の認識能力を狂わせる音波を発生させる。

 音波は人間に聞こえないレベルの周波数で発している為、いつ何処で能力を発動させているのかも不明なまま、彼らの存在を認識出来なくなってしまう。



「話は二人から聞いたで、スグルっちゅー能力者の少年が来たそうやな」


「......ふん、せやな」


「何故ウチにまでその存在、隠そうとしたん?」


「............」


「何や? 何か言うてみぃや?」



 アンの能力は発語に対して効力がある。

 彼女の眼には共感覚のような能力があり、嘘を話せば右眼が、真実を話せば左眼が、色で分かるようになっている。



「............」


「此処では言えへん話なんやな」


「......せやな」


「分かった、ニッコウ、ゲッコウ、今日はもう帰ってええで、他部隊は以降周囲警戒、人払い宜しく」


「「御意」」



 双子の忍は返事をするなり姿を消した、見えなくなったというのが正しいのだろうか。


 アンは席から立ち、この部屋に唯一ある出入り口の鍵を閉めた。



「他にもおったんか......」


「お前が居るからな、リューが来ると皆んなピリピリするんよ」



 堪忍や、と言いながらアンはソファに座り直す。



「さあ、これで邪魔者は無しや、聞かせてもろてもええか?」


「......あー! ったく、しゃーなしやな!」



 屈んで座っていたリューは諦めたと言わんばかりに背を伸ばし、背もたれに体重を掛けた。



「その少年、邪竜と何か関係があるんやろ?」


「せやな、まだ確証はあらへんで、アイツの能力は聞いたんやろ?」


「まあな、せやけどウチが見た訳やない、聞かせてくれるか?」



 リューは集会場で突如スグルの精神を支配したイドの力と、彼が放った言葉を伝えた。



●元々のスグルは仮初の心、イドは完璧な存在『エス』になる為に他者の『スキル』をコピーし、複合的に使用することが出来る。


●我々が呼んでいる『得意技』と『スキル』は解釈が違う。

 『スキル』は『霊素』であり、イドはそれを邪竜に渡すまいとしている——



「——とまあ、そんなとこや」


「成る程な、リュー、つまりお前は邪竜がウチら能力者の力を集めて完全復活しよう思てるんやな?」


「......せやな」



 聞かれるとリューは眉間にシワを寄せる。

 アンは彼から異様な威圧感を感じるが、意に介さない。


 リューは邪竜を憎んでいた。


 スグルの父の遺品によれば、邪竜は既に眠りから覚めていて、イドの話では力を蓄えようとしている。



「トビとフブキが持ってきたあの羊皮紙もその少年のもんなん?」


「......せやで、アイツの親父のらしいわ」


「父親の名前は?」



 アンに聞かれ、リューは目を丸くした。

 それまで放っていた威圧感が霧散する。



「そういや聞いてへんかったな」


「アンタなあ......素性の分からん人間をギルドに加入させたんか」


「万華鏡の人間はおもろい奴等ばっかりや、今更素性もなんも無いやろ?」


「いやそれにしたってアンタ......ギルドの管理をする立場にもなったれよ」


「それに、アンジーなら」


「昔の呼び名で呼ばんで!」


「......アンジェリーナなら」


「フルネームで呼ばんといて! もうめっちゃ恥ずかしいわ! アホちゃうか!」


「カカカカ!」



 アンはベルヘイムに来る際、祖国にバレないように本名「アンジェリーナ」を「アン」に変え、活動している。


 リューも、アンにこの街へ呼ばれた際に改名していた。



「もう! 茶化さんといて!」


「カカカ! すまん、まあお前なら、もう知っとるんやろ? スグルの素性」


「まあ、そうなんやけどな......」


「なんや?」



 忍衆の長であるアンにはどんな隠し事も通用しない。

 実名、出身、家族構成やペットの名前まで、なんでも忍を使って調べることができる。


 だが。


 アンは一枚の紙を取り出すとそれに書かれた暗号文を読み上げた。



「スグルには母と妹がおって、父は死別、ここから少し離れたアンコロール村で農業を営む祖父の家に身を寄せて生活している、出身は......不明」


「不明やて?」



 忍達の持ってくる情報はいつも的確、確実だ。

 彼等の調査はどんな細やかな事柄でも命懸けで調べ上げる、個人情報程度なら四世代前の情報ですら確実に手に入れてくる。


 その忍の調査ですら不明。



「正確には抹消、情報操作がされとるらしいわ」


「あのスグルが......?」


「なんやきな臭くてな、そのイドっちゅう奴の話が本当なら——」



 イドの話が本当であるのであれば、これはこの世界の常識を覆す事態であり、加えて言えば直ぐにでも各国首脳陣、元老院を集め、緊急会議を開く必要が出るだろう。


 邪竜が力を取り戻し、封印の門から出てくる事になれば、世界を、この世の運命を賭けた戦いになりかねない。


 それだけは未然に防がなくてはならないのだ。


 そしてその重要参考人であるスグルはすぐにでも拘束、管理しなければならない。


 ここまで気がついて、アンはリュー達がスグルの存在を協力者である自分にすら秘匿していた事に納得した。



「......成る程な、アンタがなんでその少年を隠しているのかは理解した」


「アン、それやったら——」


「条件が三つある」


「......なんや」



 アンの出した条件は三つ。


 一つ、これまで通り、アンが指定するクエストをこなす事。

 今後のクエストはこれまで以上に難易度が高くなる。


 一つ、スグルの能力は完全に非公開とする。

 アン以外のベルヘイム都市中央部の人間に彼の情報を漏らさない事。


 そしてもう一つ——



「少年には、今年のハンター認定試験でS判定を取ってもらう」


「なんやて?!」


「今後アンタ達が動き易くなる為や」



 ハンター認定、昇格試験は年に一度行われる、大抵のハンターは、自身の能力を加味してランクを一つづつ昇格させていくのが普通である。


 何故ならハンター認定、昇格試験は試験とはいえ強力なモンスターと対峙するので、当然命の危険が伴う事になる。


 ハンターのランクは、対応できるモンスターの最大危険度で分けられている。


 Bランクでギルド壊滅級モンスター、Aランクで都市壊滅級、そしてSクラスになると、国家災害級である。


 因みに全員がランクSである万華鏡メンバーは、それぞれが過去に国家災害級のモンスターを討伐した経験がある為、多少の筆記テスト程度でパスしていた。



「試験はいつなんや?」


「十一月、あと五ヶ月やな」


「無茶苦茶や! スグルはハンターですらないんやで?」


「聞いたで、シールドベアを初見で倒したらしいやんか、しかも素手で」


「ぬう......せやけどなあ」


「それが出来ない言うんやったらそれでもええよ、その時はスグルの身柄はコチラで預かるだけやから」


「......どうなっても知らんで」


「トビやアンタが居るんや、ウチは出来ると思うよ」


「......わかった、あーもう! わかったわかった! やったればええんやろが!」


「よし、ならこれに誓え」



 アンは書類等ではなく、先程盃に注いだ酒をリューに勧めた。



「お前、俺が酔うたら危険やっちゅう事、忘れたんか......」


「アンタの覚悟が知りたいんや、酔った程度で我慢の出来ない誓いなんぞ、最初から無い方がええ」



 それが出来ないなら直ぐにでもスグルを拘束する。

 アンは口には出していなかったが、リューには彼女がそう言っている事に気がついていた。



「ウチも、アンタらの事嫌いやないんや、出来るな?」


「......ったく!」



 リューは器を手に取ると、一気に口に流し込んだ。


 リューには酒が飲めない理由がある。


 まず一つは酒に弱い事、俗に言う下戸である。

 もう一つの理由は、酔ったら自分が得意技を使って暴れてしまうのでは、という恐怖だ。


 彼は東の国に居た頃、酒に酔った勢いで暴れ回り、都市を一部半壊にまで追い込んだ記憶があった。


 あまりに強大な力故に、コントロールを見誤るととんでもない大事件に発展してしまう。


 アンにとってもこれは賭けである、もし彼が暴れてしまうようであれば自身の命ですら危うい。

 彼女の能力は戦闘向きでは無く、故に部屋の外回りに忍を配置していた。


 だが、それだけスグルの能力の可能性を彼女は確信していた。

 そして、彼を守りつつ成長させるには万華鏡の面々しか適した人材が思い当たらなかった。



「......リュー、今のお前には仲間がいるやろ」


「っく〜!! きっついなこの酒! なんか言うたか?」


「なんでもあらへん! こういう時の為に取っといた秘蔵の酒や、美味いやろ?」


「美味いも何も、アルコールの味しかせんわ!」


「アッハッハ! 良い飲みっぷりやな! ええで、アンタの覚悟は理解した!」



 そう言うとアンも一気に酒を煽る。

 リューの発言の真意を測るわけで無く、彼の覚悟に応える為の、自分の覚悟を示す為だ。


 この先、アンには守るべき人間が沢山居るのだ、スグルも、リューも、この街に暮らす人々も。



「ったく、こんら周りくどいころせんれも良かったやろが」


「あっはっは! どうした? 呂律がまわららくらってるれ?」


「お前もやろがい」


「あっはっは!」


「カカカ! ......お前の笑った顔、久しぶりに見たな」


「あっはっはっ......へ?」


「やっぱお前はその顔がいっちゃん綺麗やで、アンジー」


「あぁああアホちゃうか! 昔の女を口説く奴があるか! っちゅーかその名で呼ばんでや!」


「カカカカ!」


「まったく!......アホちゃうか」



 こうして二人は笑い合い、酔い潰れるまで酒を酌み交わした。

 リューがいつ暴れだすか心中穏やかではない忍達は、そのまま朝まで警戒態勢を解く事は出来なかったのである。





    ✳︎



——ギルド万華鏡、地下集会場。



 今日で訓練から五日目。

 サヤさんの得意技『鬼人化』が使えるようになり、加えて急に成長し過ぎた力をコントロールする事に成功したボクは、今日も地下集会場で万華鏡のメンバーから指導を受けている。


 今日の特訓相手はキドウさんだ。


 口数の少ない彼の得意技は『硬質化』。

 イドと戦った時に使用していたらしいのだけど、ボクが見るのは初めてだった。



「......ではスグル殿、これを」


「盾、ですか」



 彼が扱う大盾は、縦に160センチ、横に70センチ程もある巨大な鋼鉄の板だ。


 重さはサヤさんの大剣程ではないので、ボクも頑張れば『鬼人化』を使わなくても一つは持てるが、一般の大人が持ち歩ける重さではない。


 彼はこれを二つ、両腕に装備している。

 ボクは彼と同じ盾を一つ借りた。



「あれ、武器は使わないんですか?」


「......これが武器です」


「あっ、これが武器なんですね」


「............」


「............」



 えっ? えっと、つまりはどういう事なんだろう?

 キドウさんの口数があまりにも少なくて質問もし難い......。


 そもそもこんな大きな盾で、どうやって戦っているのだろうか。

 前、初めて会った時は槍を持っていたような......?



「フハハハハ! 兄者は口下手が過ぎるのです! スグル殿、ご容赦を」


「......妹よ」



 何処からともなく、風と共にユズハさんが現れた。


 初めて会った時にキドウさんが持っていた槍を、彼女が持っていた。

 フブキさんよりも小柄な彼女が持つには、その槍は長く、大きく、両刃の剣の柄が長くなった様な形状をしている。


 見た目が10歳にも満たなそうな彼女が、そんな槍をバトンのようにクルクルと回転させ、自在に操る。


 大柄なキドウさんはともかく、小柄なユズハさんまで重たい武器防具を扱えるのに最初違和感を覚えたのだけど、考えてみれば彼女達もまた、苛烈な訓練や実戦を積んだランクSのハンターだ、それぐらい扱えて当然なのだろう。



「兄者! スグル殿に我等の組み手を見せるのはどうか?」


「......妙案だ、妹よ」



 どうやら彼等はボクに、まず自分の武器や能力を使用している所を見てもらおうと思ったようだ。

 ユズハさんは回転させていた槍の先をキドウさんに向け、ビタリと止めて構える。


 彼等の間には10メートル程の距離がある。

 小柄でリーチのある槍を持つユズハさんと、大柄でリーチの短い、そもそも武器では無く二つの大楯、つまり防具を装備したキドウさん。


 一体どういう戦いをするのだろうか。


 ......あれ、というかキドウさんはともかく、ユズハさん真剣で組み手するの?



「フハハハハ! 組み手は久々だな兄者」


「......スグル殿の手前、手加減はせぬぞ」


「フッ......望む所! 先ずはお互い得意技不使用で!」


「......良いだろう」


「行くぞ兄者!」


「......来い」



 ガキン!



 今......何が起こったのか分からなかった。


 キドウさんが来いと言った瞬間、ユズハさんが10メートルもあった彼等の距離を一瞬で縮め、キドウさんが構えた盾にユズハさんの槍がぶつかっていた。


 得意技未使用でこのスピード......本当に得意技を使用していないのだろうか?



「フッハッハ! 今のは行けたと思ったのだが!」


「......まだまだ、だが、また速くなったな、妹よ」


「なんの! これからだ兄者よ!」



 ユズハさんはトンと地面を蹴って宙を飛び、また10メートル程距離を開ける。


 そしてまた一気に距離を詰める攻撃。


 何度も何度も、向きを変え、時には位置を変え、ユズハさんは突進攻撃を繰り出す。

 槍が盾にぶつかる度に火花が飛び散る様は綺麗だった。


 得意技を使っていないからということもあり、何度も見ていたら彼女の速度に目が慣れてきた。


 彼女は離れた位置から、倒れそうになるぐらい身体を前に倒してキドウさんに向かって、物凄い速度で走っている。

 10メートルも距離を取る跳躍も凄いが、どれだけの脚力があればあんな速度で連続して脚が動くのか。


 それだけじゃない、攻撃を仕掛ける瞬間、腕だけじゃなく身体をしならせて全身をバネにし、強力な一撃を放っている。

 一撃一撃が、洗練された達人の技だった、とても少女が出来る芸当では無い。


 ボクが動きを目で追っている事に、彼女が気付いた。



「フハハ! スグル殿も我の動きが見えるようになったのですね! それは僥倖!」


「......では少し、得意技も混ぜるか」



 ユズハさんの繰り出す攻撃に、防戦一方だったキドウさんの様子が変わった。


 みるみる肌の色が髪の色と同じ、暗褐色へと変わっていく。

 すると、槍がぶつかる衝撃が凄まじく、今まで耐えていたのが、衝撃にもびくともしなくなった。


 どんなに頑丈な盾を持っていようと、外から衝撃が加われば僅かなり動く。

 キドウさんは俗に言う「置き盾」を地面に着けずに持ち上げたまま、ユズハさんの攻撃を受けているのだ、動いてしまうのは当たり前。

 地面に突き刺して攻撃を受ければ良いのだが、それでは彼女の四方から来る攻撃に対処が遅れてしまう。


 それが肌色が変わった今はびくともしていない。



「ぬうう! やはり兄者は硬いな!」


「......行くぞ!」



 防御による反動が無くなった彼は、ユズハさんの槍を受けると同時に盾を上に振り上げ、穂先を逸らす。

 過去に祖父から片手剣を教わった時に聞いた、盾を使ったパリィという技法だ。


 本来は軽いバックラーなどで行うのだが、キドウさんは大楯でパリィが出来るらしい。


 彼は上げた盾はそのまま、もう一方の身に寄せた大楯を前面にし、体勢を崩したユズハさんに向かって突進する。


 これも祖父に教わった、シールドバッシュという盾を叩き付ける技法だと思う。

 扱う重量が違過ぎて過去の知識があまり参考にはならないのだが......。


 キドウさんのパリィに一瞬よろめいたユズハさんだったが、甘くはなかった。

 体勢を崩したまま、突進してくる彼の速度に合わせて後方に飛び、迫り来る大楯の壁を垂直に駆け上がってこれを回避した。



「フハハハ! 危ない危ない!」


「......ぬう」


「兄者がそう来るのならば! 我も力を示そう!」



 言うなりユズハさんは地を高速で蹴って砂埃を上げた。『不倶戴天』のアゴラさん達の前で見せたあの技だ。

 あの時と同じく、一瞬で姿が見えなくなってしまった。



「フーッハッハッハ! 如何に兄者と言えど、こうなれば見えまい!」


「......うぬぅ」



 四方八方からユズハさんの笑う声が聞こえる。

 今までどうにか目で追えていた彼女の動きがもう何処にいるのか分からない。

 ただ凄まじい速度で移動し続けているのだけは分かる。

 きっと、ボクにも分かる様にしてくれているのだろう、彼女の通ったであろう軌跡が、キドウさんを中心に描かれている。

 それは五芒星を描いて、地面をほんの少しだけ抉っていた。


 キドウさんの周りを描く五芒星が徐々に小さくなってゆく......。


 きっとこの五芒星に手を出せば、高速移動している彼女の持つ槍に触れて切り飛ばされてしまうだろう。



「フーハハハ! 兄者はこの技が苦手だったな!」


「......ぬぬぬ」



 いよいよキドウさんを中心とした床の星が小さくなり、隙間が無くなってゆく。



 ギャギャギャギャギャ!



 金属が擦れる嫌な音を響かせて、左右に持つキドウさんの盾から火花が飛び散った。

 ユズハさんの姿が見えないので、まるでその場に立つキドウさんが、盾から火花を飛ばしている様に見える。



「さあさあどうするのだ兄者! 盾ごと切り飛ばしてくれようか!」


「............」



 よく見れば火花を散らせる頑強な鋼鉄の盾の真ん中に真っ直ぐな横線が付いている。


 強力な一撃では曲がりも砕けもしない盾をどうすれば壊せるのか。

 答えは簡単、ほんの少しでも傷が付くのなら、何度でも同じ傷跡に新しく傷を入れていく事だ。


 高速で何度も同じ傷を与えれば、傷は溝になり、やがては鋼鉄も両断されてしまう。

 大楯についた横一文字の傷は、熱を帯びて紅く輝いていた。


 地に描かれた五芒星が狭まり、やがて円になった時、動けなかったキドウさんが行動した。



「......ぬん!」



 バキン!



 両手に持った盾を大胆にも、おおきく左右に広げたのだ。

 一層大きな火花が上に飛び散ったかと思うと、強制的にキドウさんの周囲を回転し続けていたユズハさんが集会場の天井に飛び上がっていた。


 集会場の床から天井までは15メートルはある、とんでもない跳躍力だ。



「おのれ! 秘儀『回転演舞』をこうも易々と崩すとは!」


「......妹よ、その技はよく見るが、秘儀とは初めて聞いたぞ」


「いーのっ! 内緒なの!」



 あ、キャラがブレた。

 やや赤面し、跳躍するユズハさんはそのまま天井に足を着け、身体を縮ませる。


 ......なんだか既視感があるな。



「なれば! 先日編み出した我の超必殺! 受けてみよ兄者!!」


「......妹よ、それはイドのパクリ——」


「うっ! うるしゃああい!」



 お互いやっている事は凄いのに、会話が段々と兄弟喧嘩じみてきている気がする。


 ユズハさんはそのまま、渾身の力を込めて天井を蹴り、盾を上に構えるキドウさん目掛けて飛び込んだ。



「兄者のばかぁあああ!」



 黄色い髪が一瞬見えた彼女は、雷の様だった。



 ズガァン!!



 衝突による衝撃波で土煙が上がり、砕けた床材が吹き飛んでくる。


 目に見えなくなる程の速度で盾に槍を突き立てたのだ、ユズハさんという砲弾がキドウさんという鉄壁にぶつかったらどうなるのだろうか。


 世の中には「矛盾」という言葉がある

 どんな物でも貫く矛と、どんな槍でも貫けない盾があったとして、果たしてどちらが強いのだろうか。


 答えは——



「ふえぇぇえ......」


「......ぐぬう......」



 上からの強い衝撃で腰まで地面にめり込んだキドウさんと、その盾の上に転がっているユズハさん。


 どちらも反動によるスタミナ切れとショックで、気絶してしまった。



「あわわ! 二人とも大丈夫ですか?!」



 こうして、今日の訓練は中止を余儀なくされたのだった。





    ✳︎




——ベルヘイム都市中央ハンターギルド管理所、局長室。



 朝方、ようやく酔いから醒めたリューを追い出し、アンは再び局長室で考え込んでいた。


 リューの言うスグル少年の中のイド、そして霊素とスキル、得意技との相違点。

 そもそも『霊素』という物は聞いたことが無い、何故今の今まで元老院のメンバーであり、加えて現遺物研究所局長であるシイナからですらその単語を聞いていないのか。


 可能性は二つ。


●リューが嘘をついている

 これは即座に却下、なぜならこの場でそれが嘘か真か見たから。


 ではもう一つの可能性


●シイナ、つまり元老院がこれらの情報を秘匿している。


 これが事実であれば問題はそこだけでは無くなってしまう。


 そこを隠しているという事は、なにか邪竜に関しても一般に公開していない事があるという事。


 シイナはトビが持ってきた情報にもさほど大きく動揺しなかった。

 邪竜が原因で滅んだと言われている文明の遺物を研究しているという、しかもそれの元締めである彼が、だ。



「これは......大きく事が動くかもしれへんな......」


(リュー、気をつけるんやで......)



 冷や汗を一つ垂らしながら、アンは休む間もなく、急ぎ忍達に様々な伝達を始めた。






 シイナはその日、元老院本所に向かっていたのだ。











 ご覧戴き、ありがとうございます。


 徐々にストーリーが進行するんですけど、全然モンスターと戦闘しませんね。


 そのうち嫌と言うほどするんですけど、ね。

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