ゴブリンのガブ
やばい。いきなり見切り発車した
「エナミアキラさんですね。はい、登録はこれで大丈夫です」
オレは最後の項目。顔面偏差値の項目は45にしておいた。確かオレの通っていた高校が平均より少し低いくらいの偏差値だったはず。それに合わせた。つまり自己評価は平均ちょい下。中の下だ。
オレが書き終えた書類を返すと、受付も納得して頷いた。誰が平均以下じゃ。
ともかく、これでこの世界で冒険者として動くことができるのだが‥‥‥。
「やっぱりクエストだよな‥‥‥」
といっても、オレには武器もない。防具もない。さすがにこの状態じゃあ受けられるクエストも受けられない。
「まずはパーティにでも入りたいけど」
募集の張り紙を確認する。
オレはこの世界に来て学んだことがある。一つは言語。天使が気を利かせたのか、言葉が通じている。もし通じなければどうしようもなかったが、大きな問題を解決できたと言える。そして同じことで文字だ。どう見てもみたことのない文字なのだが、なぜか読める。これも大きい。
ずらっと並べられた張り紙を一つ一つ確認していくが、どれもこれも『偏差値70以上。魔法職のみ』『偏差値65前後5以内。剣士かプリースト』などとレベルどころか職業まで指定が入っている。無職でしかないオレには満たせない条件ばかりだ。
そういえば受付が言っていた。戦闘力は努力すれば上がるわけではないから、生まれ持っての容姿がない限りは希望しないんだとか。だから60以下のレベルで冒険者をやっていくのは趣味でしかないと。
あの時はイラっとして登録したが、ちゃんと手に職を持ったほうがいいのではないのだろうか? いや、こんなにすぐに逃げ帰ったらギルド内で笑いものだ。ちょっとでも討伐をしてきて見返してやる!
「すみません」
「はいはい‥‥‥ああ、アキラさんですか。どうしました?」
「このレッドウルフの討伐をやりたいんですけど」
「レッドウルフですか‥‥‥ちなみにアキラさんは剣術は?」
「使えませんけど」
「体術は?」
「空手なら小学校の間はやってましたよ」
オレは得意げに型を見せる。が、もちろんこの世界に空手が存在しないので首を傾げられる。
「体術が少しできる程度‥‥‥それならこっちのゴブリンの討伐をお願いできますか?」
オレは受付に渡された紙を見て眉を潜めた。ゴブリンと言えば初心者中の初心者の魔物だ。さすがにやる気というのが削がれる。
オレが嫌そうにしているのを察したのか、受付は説明をしてくれる。
「レッドウルフはその鋭い牙で肉を引き裂くほどの噛みつきをしてきます。しかも魔法耐性が高いので、70台の魔法使いでもてこずるレベルです。推奨偏差値は40ですが、これは剣士限定です」
下の方に書いてある推奨職業を見せてくる。
「剣で間合いを取って戦えば難は少ないですが、体術で戦えば‥‥‥腕がなくなりますよ?」
「ご、ゴブリンにします」
「そうですか。レッドウルフは剣術を覚えたら戦ってみてください」
受付の脅しのような言葉。というより脅しなのだろう。一度死んだオレだが、死ぬかもしれないと言われればビビる。肉を裂かれながら意識がある中殺されることは考えたくない。
§
結果、オレはゴブリン討伐に来たのだが‥‥‥。
「なんだぁ。こいつ!」
指定された場所に行くと、一匹のゴブリン。まさかのしゃべっている。しかもちゃんと二足歩行をして、魔物というより特殊メイクをした人間に見える。
えぇ‥‥‥これ殺すの? 無理じゃね?
クエストにはゴブリンの討伐とあった。つまり殺さなくてはならない。しかもちゃんと殺したことを報告するために死体を持って帰らなくてはならない。これは何たる拷問。やっぱり獣であろうレッドウルフにしておけば躊躇はしなくて済んだのに‥‥‥。
「えっと‥‥‥こんにちは?」
「こんにちは、どうして疑問形なんだ?」
思わず挨拶をすると、あろうことか返ってきた。しかも心配された。
「いやぁ、魔物と話をするのは初めてなもんでな」
「おれっちも人間と話すのは初めてだ。冒険者はおれっちたち同族を見ると容赦なく殺してくる。姿を見たら逃げる以外ないっちゃ」
「でも今は逃げてないじゃないか?」
「お前も冒険者なのか?」
「そうだけど」
「あまりにフツメンだから散歩してる人間かと思ったっちゃ」
なんかゴブリンにまで馬鹿にされたんだけど? オレってゴブリン受けも悪いのか? もしよかっても複雑なんだけどな。
「まあさすがにお前みたいなフツメンにおれっちみたいなイケメンが負けるわけないっちゃ」
「イケメンだぁ? どこが」
「このあふれ出るイケメンオーラを感じ取れないとは、お前は素質がないっちゃね」
もうしゃべり方がイケメンじゃないのは突っ込んだほうがいいだろうか? なんて思っていたが、そういえばオレは討伐に来たんだった。世間話をしに来たわけじゃない。
でもなぁ‥‥‥変に話したせいで情まで出てきたし、流石に討伐はなぁ‥‥‥。
「冒険者が殺しに来るって言ってたけど、頻繁に来るのか?」
「いんや、時々人間が森に入ってきて何かやって帰るんだけど、その時に運悪く出くわすと殺されるっちゃ。ここ数か月は被害もないっちゃね」
その理由は受付に聞いた。どうにもゴブリンの討伐は割が悪いらしい。まず低レベルなクエストで報酬も少ない。その割に面倒という悪いことずくめだ。受付としてはオレに押し付けたってところだろう。誰もやりたがらないクエスト。だからこそ被害も少なくなっている。
「人間に仲間を殺されてる割に、オレに敵意とか向けないんだな」
「お前はおれっちの同胞を殺したことがあるのか?」
「いや、ないけど‥‥‥」
「なら関係ないっちゃ。この世は弱肉強食。おれっちも命を頂いて生きてるっちゃ。殺される覚悟はある」
そう言って背中の籠に入った魚を見せてくる。もう絞められていて動いていない。理屈はわかるが、平和な日本から来たオレには受け入れがたい話だ。
ただ、このゴブリンは悪いやつではないと断言できる。
「オレは榎並アキラだ。アキラって呼んでくれ」
「おれっちはガブだっちゃ」
オレは種族を超えた友情を感じながらガブと握手を交わす。その手には温もりがあり、人間の手と遜色などなかった。
「おっと、こうしちゃいられない。早く魚を持って帰ってやらないとみんな腹を空かせてるっちゃ。じゃあアキラ、またなっちゃ」
オレは踵を返したガブに手を振ろうとしたら、それよりも先に腹の虫が鳴った。そういえばこの世界に来てからまだ何も食べていない。時間は夕刻。このクエストの報酬で何か食べる予定にしていたが、それはもう叶わない。
「ははっ、腹減ってるのか? アキラ」
「朝から何も食べていなくてな。本当に道草を食うことになりそうだ」
自嘲気味に笑うと、ガブは悩む素振りすら見せずに提案してくる。
「ならおれっちと一緒に来るっちゃ。御馳走する」
「そんな、さっき会ったばかりだろう? そんな図々しいことできるか」
「何言ってんだっちゃ。ゴブリンは結束の固い種族だっちゃ。おれっちとアキラは握手を交わした。もう友達だ。遠慮なく付いて来るっちゃ」
「ま、まあそういうことなら‥‥‥」
「決まりっちゃ」
本当に当てなどなかったオレには魅力的な提案。オレの中の常識が邪魔をしてきたが、今回は流れに任せることにした。
こうして、オレの異世界初めての友達はゴブリンとなった。