異世界はイケメン至上主義
「くっくっく‥‥‥貴様、その程度の実力で我に戦いを挑むというのか?」
オレと対峙している魔物。ゴリラそのままの見た目だが、その体格はオレの知っているゴリラより二回りは大きい。Bランク指定の魔物であるバーサーカーエイプだ。‥‥‥いや、このサイズはAランクのエイプキングの可能性もある。
「いいからさっさとかかって来いよ」
オレはいつものやり取りが面倒で、そうやってエイプを急かす。しかし、次に声が飛んできたのはオレに守られるべき村人たちからだった。
「あいつ、イケメンでもないくせにあのバーサーカーエイプと戦うだって? 冗談だろ。あの程度の顔ならEランク程度が関の山だ」
「ギルドから冒険者の派遣が来るって言うから期待していたのに‥‥‥とんだフツメン野郎だな」
オレは声がしたほうをちらっと見る。するとオレを詰った村人はふいっと目をそらした。
これもよくあることだ。もう仕方ないと割り切るしかない。この世界はイケメン至上主義なのだ。なら実力を示せばいい。
「その蛮勇、あの世で後悔するんだな!」
オレに負けるなんて露ほども思っていないのだろう。思い切りのある突進をかけてくるエイプ。それに対してオレは構えもしない。構える武器もないので素手だ。
そのまま目の前まで迫ってきたエイプに拳を叩きつける。
オレの拳はエイプの勢いも相まって威力を上げた。結果、断末魔を上げる暇もなくエイプは朽ちていった。腹には大きな風穴を開けて。
村人たちは最初何が起きたのか理解できていないようだったが、数秒の後、掌を返したようにオレに歓声を送ってきた。これもいつものことだ。適当にあしらってさっさと村を後にした。
「はぁ‥‥‥」
「今日もかっこよかったですよ!」
オレのため息に隣を歩く少女が励ましてくれる。ただ、彼女の言葉に嘘はない。オレを信頼して言っている言葉だから、オレもそれに答えて頭を撫でてやる。
オレはほんの数日前まで日本の高校生だった。そんなオレがこの世界にやってきたのには厄介な理由があった。
§
「あなたは死にました」
そうオレに告げてきたのは背中に羽を生やしたいかにもな女性。十中八九天使だろう。そしてその天使がオレに死んだというのなら、そうなのだろう。
「そうか」
「あら、あまり驚かないのですね?」
「直前の死の記憶がある。受け止めたわけじゃないけど、理解はできているって程度だ」
「それでも死を告げられて取り乱さないのは珍しいですよ。仕事が手間取らなくて助かります」
「それはどうも」
正直生きることに未練などなかった。死という現実はオレに不利益なこともない。死んだと言うなら甘んじて受け入れられる。
「直前の記憶とおっしゃいましたが、どうして死んだのかは覚えていますか?」
「えっと、確か車に引かれそうになっている女の子の代わりにオレが‥‥‥」
さすがに思い出すと嗚咽が漏れそうになる。
「そうです。あなたは彼女が死ぬはずだった運命を変えたのです。そして、死ぬ運命になかったあなたが代わりに死んでしまった。これは天界の不手際です。申し訳ございません」
椅子に座りながら頭を下げる天使。だが、オレは天使の言葉に理解が届いていない。
「オレは死ぬはずではなかったと?」
「そうです。本来、生物の寿命というのは天界が定めています。そしてそれを運命と言います。あなたが助けた彼女はあの事故によって死ぬはずだった。‥‥‥いえ、死ぬ可能性が高かったというほうが正しいでしょう。運命と言っても絶対的ではありません。現にその運命をあなたは変えてしまった」
「やっぱりまずいことなのか?」
「死ぬ運命にある人間が生きていることはそこまで問題ではありません。先ほども言いましたが、運命は変えることができます。しかし、問題は死ぬはずではなかったあなたが死んでしまったことです」
天使は深い溜息を吐いた。その溜息はオレが死んだことを咎めているようだ。
「あの、その問題って言うのは?」
「生物の寿命は天界が定めている。それが伸びることは問題にはなりませんが、短くなることは大問題なのです。あなたが死ぬには少し早すぎた。どうして死んだんですか? 迷惑です」
「す、すみません‥‥‥」
突然毒を吐いてきた天使に反射的に謝ってしまう。実際かなりイレギュラーな事象なのか、オレが天使と話しているあいだも周りでいそいそと忙しそうに働いている天使が何人もいる。普段の天界は知らないが、忙しそうなのがオレのせいなら申し訳ない。
「まあ死んだ事実は変えられません。本来ならあなたの体に生を吹き込んで隠ぺいするのですが、あなたの体は原型を留めないほどに破損しているのでそれも叶いません」
隠ぺいという不穏な言葉が聞こえてきたが、そこはスルーしておく。
「なので、あなたには残りの寿命を消化してもらう必要があります。こちらをご覧ください」
天使が指を振ると空中に画像が映し出される。どこかの街の風景のようだ。
「ここはこの天界が地球ともう一つ担当している世界です。同じ世界軸には存在しないので普段干渉することのない世界なので、あなたにわかるように言えば異世界というわけです」
「いせ‥‥‥かい?」
「あなたにはこの世界で残りの寿命の消化をしてもらいます。それでは」
そこまで話すと、オレの体が光に包まれる。
「え、あれ、ちょっと? オレまだ返事とかしてないんですけど!?」
「あなたに拒否権はありません。これは天界の決定事項です。どうぞ余生を楽しんでください」
「あ、おい!」
オレの主張も空しく。オレの体は光に包まれていった。
§
次にオレが目覚めたのはどこかの河原だった。仰向けに倒れている自分の体を確認する。そのままの自分の体に多少は安心した。
「でも急に異世界って‥‥‥」
どうして死んだことを怒られてもうちょっと生きて来いって異世界に飛ばされなくてはならないのか。
ここで文句を言っても聞き届けられない。ならオレは受け入れるしかないのだろう。
まずは近くの町に出向いた。さっき天使に見せてもらった町だ。石造りの家々が並ぶ町は、やはり西洋を彷彿とさせる。ザ・異世界な町だ。
さらに町を散策すると、人の出入りが多い建物を見つけた。まず情報を集めるためにもオレは建物に入っていった。
「冒険者ギルドにようこそ」
中に入った瞬間にそう言われたことでこの場所が何かわかった。
「冒険者って誰でもなれるのか?」
「ええ、はい。一応規定などはございませんが‥‥‥」
受付に居た女性に声をかけると、明らかに難色を示された。
「オレが冒険者になるのに問題が?」
「いいえ? ですがあなたはあまり顔面偏差値が高くないように見えますので‥‥‥」
「はぁ?」
この女今なんて言った? 顔面偏差値? まさか異世界でそんな言葉を聞くことになるとは思わなかった。まさか冒険者はイケメンがなる職業とでも言うわけじゃないだろうな。
オレは受付の言葉にむっとする。冒険者になるかは決めていなかったが、こんなことを言われると逆になってやろうと思った。それに異世界に来たんだから魔物と戦ってみたい。
「オレは冒険者になるぞ」
「そ、そうですか。あまりお勧めしませんが‥‥‥」
そう言いながらも、必要書類を用意してくれる受付、かなり多い項目にさらさらと記入を進めていくが、最後の項目に手が止まる。それはおふざけで付け足した項目にしか見えなかったからだ。
「なあ、これはなんだ?」
オレは最後の項目を指さす。
「それは自身の顔面偏差値の推定値を書いていただきます。それによって最初はクエストを受けてもらいます」
「顔面偏差値で適正クエストを決めるのか?」
「はい‥‥‥」
何を言っているんだと言わんばかりの困惑顔。でもオレは確かめる必要があった。だって、それはまるで‥‥‥まるで‥‥‥‥‥‥‥。
「なあ、強さの基準ってなんだ?」
「はい? 顔面偏差値で依存しますけど‥‥‥」
それがさも当然であるように返答されたことで、オレは途端にペンが重くなった。