何かが?
落ち着け俺、まだ騙されたと、決まった訳じゃなかった。落ち着かせるために、取り敢えず深呼吸をしながら周りを見てみる。
右を見ても左を見てもやっぱり、ジャージ姿は見かけない。本当は騙されたんじゃないかと、疑いたくなるが、悠里はゲームセンターや、カラオケと言っていたし、まだ見かけなくても大丈夫……大丈夫だと思いたい。
大丈夫だと言い聞かせても、やはり不安は消えないもので、待っている間アプリゲームをしながら、辺りをチラチラと見ていたら、ジャージを着た人を見つけ、一瞬歓喜したが、おじいさんとおばあさんが、仲良く手を繋ぎ歩いている姿だった。
その光景を見た時、やっぱり俺は騙されていたんだなと、膝から崩れ落ちそうな感覚になるが、その光景を見ていると羨ましくも思う。
俺もいつか歳をとっても、あんな風にいつまでも、仲良く手を繋ぎ合っていられるような、関係を誰かと持ちたいなと、まあ、そんな事を考えても、相手すら居ないからしょうがないが。
そんな事を考えながら、その光景を見た後もゲームをしながら、辺りを時折見ていた所で遠目に、黒木らしき背の高さをした人物が見えた。
背の高い人物を見ていたら、隣にも見覚えのある人物が見え、その2人が段々と近づいて来て、黒木と山崎かと確信する。
2人を見つけた俺は、特に黒木の変身具合を見て絶句する。開いた口が塞がらないとは、この事だろう。
待ち合わせ場所から近い場所で、2人の姿を見た俺は、黒木と山崎の格好を見て、悠里を絶対に泣かすと誓う。
妹を泣かすのは、どうかと思うかもしれないが、こればかりは許せない。
何がオシャレをしないだ、黒木と山崎はオシャレしてるじゃないか、山崎はオシャレって言うよりは、コスプレに近い感じはするけど。
山崎の格好は、よく攫われるお姫様を助ける配管工おじさんの、色違いな格好をしている。
付け髭を付けて、キノコを持って、水色の服と帽子を着替えて貰ったら完璧だ。
オシャレな黒木を、助けて来たと言われても信じられ、可愛い配管工おじさんの弟子って感じがする。
山崎にそんな助け出された黒木の格好は、王子様と言うよりは、ホストっぽい感じが髪型から、格好まで見てとれる。所謂お兄系の服装に、とんがり靴まで装備している。
普段、掛けていたメガネは、外していてコンタクトに変えている様で、目がいつもより大きく見える。いつもの何倍イケメンだよと、声を大にして叫びたい。
黒木は本当にオシャレをしすぎだろ。何だよこの3人の格好の格差。
傍目から見たら、ホストとコスプレとロイヤルクソニートが、遊んでいる様にしか絶対に見えないだろ。
「増田君、おはよう。お待たせ! 来るの早いね」
「増田殿、おはようですぞ。お待たせしましたぞ、ジャージですぞ? 運動でもしてきたんですぞ?」
2人が近くまで来て、俺の姿を見つけ駆け寄って来て、挨拶をしてきたが、黒木の方が俺の内心など知るはずも無く、胸を抉るようにストレートに聞いてくる。
妹にジャージで充分だよと、絶対大丈夫だからと、諭されジャージを着て来たんだとか、みっとも無さ過ぎて言えるわけもない。言えたらどれだけ楽な事か。
「お、おはよう、黒木に山崎。まあ、早起きしたし家から1駅しか離れてないから、走ってこようと思って、ジャージにしたんだがやっぱり失敗だったな。こんな格好でゴメンな?」
見苦しい言い訳と言う名の嘘しか付けない、自分が恨めしく思いつつも、他に言い様が無いから、俺は苦笑いしつつ、そう言う事しか出来なかった。
「増田君、早起きしたからって走ってきたの!? す、凄いね、僕も見習わなきゃ行けないなあ……」
「ま、増田殿は本当に凄いですぞ……や、休みの日に体育の授業以外で、運動をしようと思うなんて尊敬ですぞ!」
俺の言葉を聞いた山崎は苦笑いしつつ、お腹を触りながら言ってきて、黒木は普段からは想像出来ないほどの、イケメンスマイルを俺に向けながら言ってくる。
服装について何も言われないのは嬉しいが、走ってきていないのに、尊敬するとか、見習わなきゃ、とか言われると変に困る。悪い気さえしてくる。やっぱり嘘は、よ、良くないな。
「そ、そんな事より始めはカラオケでいいのか!? ゲームセンターでもいいぞ!?」
変に居心地が悪く感じた俺は話を変えることにする。
「あっ、うん。そうだね、僕も始めはゲームセンターで闘剣って格闘ゲームやりたかったけどね」
「やっぱり始めはカラオケですぞ! 時間的にカラオケで、お昼ご飯を食べれて、そして遊べる一石二鳥の良いところですぞ!」
「って事でカラオケになったんだけど、いいかな増田君?」
「お、俺はどっちも楽しみだから大丈夫」
黒木の普段との違いすぎなテンション高めに、カラオケを推してくるのに、山崎が苦笑いしながら大丈夫か確認してきたから、俺は大丈夫とこたえる。
黒木は余程カラオケが好きなんだろうな、今日は何縛りにしますぞ? と山崎と楽しみにしている様子で笑顔で話している。
「ではカラオケに行きますぞ!」
「そうだね! 楽しもうね増田君!」
「俺は昨日から楽しみにしているけどな!」
俺の言葉を聞いて2人が笑っていたが、何か悪い気はしないなと考え、そのまま3人で歩き出そうとするその時だった。
「け、健人! 着くの早いね!」
歩き出そうとしたが、俺を呼ぶ聞き覚えのある声に俺は振り向くと、そこには俺と同じジャージを着ている理衣亜が立っていて、それを見た瞬間、この先何が起こるか分かり、俺の中で何かが切れる音がした。




