コミュ障少女の世界侵略
橋の下陰に死んだように眠っている少女がいる。
いや、少女は事実死にかけているといっても過言ではない程に衰弱している。
彼女の名は姫乃。
別世界で、つまずいて花壇の土に頭から突っ込み、誰にも気づかれずに窒息死してしまった少女。
あまりに可哀想だった為、神様が生まれ変わらせた少女。
ただ、この世界では身寄りのない少女が生き残る確率なんてたかが知れているので、姫乃にはチートレベルの能力が与えられている。
・・・のだが、彼女のコミュ障、対人恐怖症、集団恐怖症、極度の怖がり、流される性格、ドジ、マイナス思考は異世界でも全く治まることを知らなかった。
荒くれ稼業な冒険者のギルドに入るなんてもってのほか、他人と関わることがろくに出来ない彼女は食べることも宿をとることも出来なかった。
というか、お金が無かった。
自分で狩りをしようにも極度の怖がりが災いして、最下級モンスター(というかただの野ウサギ)にすら怯えて逃げてしまい、考えまくった結果結局神様に全任せしたチート能力は全く生かせず、こうして橋の下で野垂れ死ぬのを待つばかりとなっていた。
(もう、どうでもいいや。)
微睡んでいた彼女の意識は突如起きた街の喧騒によって覚醒することとなる。
銃声が鳴り響き、街の人たちの叫び声が木霊する。
その声に耳を傾けた姫乃は、大体の状況を察した。
どうやら、大規模な盗賊団が街を襲っているらしい。
街のそこかしこで戦闘音がする。
「・・・・・・。」
(うるさいなぁ。)
姫乃は起き上がった。が、盗賊相手に無双して金稼ぎ、なんて思考は全く無く、単に直ぐ終わりそうもない喧騒から逃れる為に立ち上がっただけであった。
(森は怖い、モンスターが出るから。裏路地も怖い、襲われるかもしれないから。橋の下の付け根はその点安心。だけど、死体として見つかった時迷惑かけそう。)
姫乃は戦闘を避けながらこの街を出る為の勇気の為の理由付け(言い訳)を探していた。
(うん、そろそろ私死にそうだし、森にでも行ってモンスターの餌にでもなろう。)
ふらふらと歩き出した姫乃は、出来るだけ人がいない道を入念に障害物を消し飛ばし見えぬ脅威を排除しながら進んだ。
そのまま街を抜け、虚ろな瞳のまま何も思考せずに、ただぼんやりと進み続けた。
やがて森に入り、だがそのことすら気付かず、ただただ歩き続ける。
(うん、もうすぐ、死ねる。私が倒れた時、それが最後だ。)
ふらふらと木々にぶつかりながらも歩いていると、突然、頭が生き物にぶつかった。
限界が近い姫乃には、生き物、という事しかわからなかったが、それで十分だった。
(森で私より大きな生き物、うん、私死ぬんだね。)
姫乃の背中を冷汗が伝う。本能が死にたくないと叫んでいる。
だが、姫乃の身体は思考とは裏腹に恐怖で硬直していた。
どうしようもなかった。
ドッ
突如腹部に感じた強烈な痛みと共に、姫乃は意識を手放した。
久方ぶりの温かさに包まれる。ここは天国かと錯覚させる。
しかし、彼女の意識は覚醒し、現実が目を覚ます。
(・・・お布団?)
それはまさしく布団だった。正確にいうとベットだ。
姫乃は自分が個室にいることに気が付いた。
「おっ、気付いた?」
部屋にいた何かに声をかけられる。
だが、久しぶりのお布団を味わいたい姫乃は二度寝の態勢に入る。
「ちょっと、今絶対起きてたでしょ!」
揺さぶられ、狸寝入りしようとしたところ、掛け布団を剥ぎ取られる。
姫乃は目を開くとともに絶句、思考停止し、固まり、気絶した。
そこにいたのは明らかに人間ではない生物。
白目であるべき部分は黒く、瞳は黄色い。
うん、だがそこではない。
明らかに特徴的な部分があった。
口が、大きく裂けていたのだ。
「あー、気ぃ失ってるよ。ちょっとショック。」
そういってため息をつくと、口の裂けた女は姫乃を抱え上げ、手をかざして魔法をかけながら室外へと出る。
「ふぅ、取り敢えず運びますか。」
彼女は非常に良い姿勢で姫乃を運んだ。
・・・魔王様の元へと。
目が覚めると共に、姫乃は石畳の床に寝かされていることに気付いた。
(・・・・・・?)
グシグシと目を擦り、伸びをしかけたところで、自分が置かれている状況に気付く。
(!??)
宮殿のようなとてつもなく広い部屋、見渡す限り一面、人ならざる者達に囲まれているのだ。
特に、目の前の短い階段の上にある、大きく、宝石などで美しく装飾された椅子にいかにも偉そうに足を組んで座っている強そうな黒いムキムキのおっさんからは、非常に嫌な感じがした。
(・・・威圧感、すごい。)
椅子に座っていたおっさんが立ち上がると周囲から歓声が響き渡る。
それと同時に、姫乃の傍に立っていた女性は一礼し、去っていく。
黒いおっさんはゆっくりと階段から降りてくる。
歓声と意味不明な状況に完全に委縮してしまった姫乃は女の子座りの状況のまま凍り付いたように固まってしまっている。
黒いおっさんは姫乃の前に立つと、片膝をつく。
同時に、周囲が静まり返る。
「私の妃になれ。」
突如、おっさんは大きな声で宣言するかのように言った。
周囲の様々な種族の化け物達が祭りの如く騒ぎ出す。
全ての、幾万もの視線が姫乃に向けられる。
おっさんが強引に姫乃の手を掴んだ時、姫乃の頭は真っ白になった。
(あれ?)
姫乃が気付いた時には、おっさんは消えていた。
正確には、おっさんと階段、そして豪華な椅子が消滅していた。
(・・・・・・。)
だが、それ以上に、周囲の化け物達が皆姫乃に向かって平伏していることの方が姫乃を驚かせ、困惑させた。
(これは、どういった状況・・・?)
姫乃は逃げ出したい気持ちを必死に羽交い絞めして考える。
どうすれば逃げ出せるかを。
(周りは囲まれてる・・・。そっと逃げればバレないかな?)
姫乃が一歩動くと周囲の空気がピリピリし出す。
(あ、無理だ。)
姫乃は早々に諦め、状況を考察し出す。
(アレが魔王だと仮定して、私はそれを倒した、結果皆ひれ伏してる。)
そう、つまりは・・・。
(命乞いかな?)
・・・・・・。
「あの、魔王様?」
姫乃がまるでアクションしないのを気にして、一人の女性が声をかけた、姫乃に向かって。
(????・・・魔王、様?)
姫乃は辺りを見渡すが、それらしき影は一切見えない。
(あ、もしかして!私達、入れ替わって・・・ない。)
身体に違和感も感じなかった。
「あの~・・・十八代目魔王様!」
先程と同じ女性がしびれを切らしたのか立ち上がり、ビシッと指を姫乃に向けた。
姫乃は咄嗟に後ろを見る、が、魔王らしき者はいない。
心の中で、もしやと思いつつも、姫乃は自身の後ろの何もない空間に平伏した。
こういったことは自分だと思ってそれっぽくしたら自分ではなかった、というのが一番恥ずかしいことを姫乃は良く知っていたのだ。
「・・・なにしてんすか魔王様。」
明らかに上から声がする。
(私に・・・向かって・・・。)
上を見ると目が合った。姫乃は一瞬にして凍り付く(比喩)。
「貴女はさっき魔王様を殺しましたよね?だから貴女が今の魔王です!」
(・・・・・・。)
その言葉は姫乃の頭を素通りし、空気中に混じりあって消えた。
「あ、あの?そんなに怖いですか?私?」
先程から一人で喋っている青い肌の女性は咄嗟に手鏡を出すと自分の顔を見た。
「あ~えと、私はピーラネット・プーイ、ピネって呼ばれてるっす。」
青い肌に白く肩まで伸びた髪を持つ女性は、ワタワタと自己紹介をする。
「・・・・・・あ。」
何を言っていいのかわからず状況すら理解していない姫乃が何とか発した言葉に意味なんて無かったが、ピネはビクリと身体を震わせた。
(・・・ど、どうすなにこれいみふここどこわたしはだれ!??)
頭の中がグルグルになった姫乃は目を瞑る。
「ちょ!?魔王様!と、取り敢えず私共にご命令を!というか幹部とか選んで!てか、呼び名は魔王様でいいの?・・・ですか?」
ピネは未だに平伏を続ける魔王軍の者達に囲まれながら、まるで一人コントのように新魔王様に話しかけていることに気恥ずかしさを感じ始めていた。
「・・・あ、え・・・。」
目を開いた姫乃は必死に言葉を探す。
(辞めたいって・・・。)
「や・・・め・・・・・・。」
「あ、それは駄目で~す。辞める=死ですよ?」
必死に絞り出した姫乃の言葉は即座に否定された。
姫乃は再び固まる。
「あ、えっとね、その、取り敢えず、ほら!皆そろそろ疲れてるから、休ませてあげていいかな?」
ピネの言葉に姫乃は僅かに頷いた。
「よ、よ~し、ま、魔王様からの最初の命令っす!皆休んでいいよ~。」
ピネは茶番だと感じながらも皆に告げる。
それと同時に、この女の子・・・魔王様は私が支えないと!という想いに駆られた。
魔王軍達は皆それぞれ顔を上げ出す。
「えっと、呼び名は魔王様でいいっすか?歴代の魔王様方は結構自分の名前で呼ばせたがってたりしたので・・・自分の名前が良いですかね?」
ピネの問いに姫乃は必死に考え・・・ることも出来ず反射的に頷いた。
(魔王様は絶対に嫌!)
「あ、じゃあ、名前教えて下さると嬉しいっす。」
笑顔のピネに気圧され、あまり息を吸い込めぬまま、姫乃は必死に名前を言う。
「・・・ひ・・・・・・・め・・・・・・・・・。」
『の』が言えないまま息が途切れてしまう。
「姫様っすね!はい、皆さん!魔王様のことは姫とお呼びするように!」
(あ、ちが・・・。)
「・・・あ、。」
姫乃は渾身の力で訴えようとする。
「ん?姫様、次のご命令ですか?」
ピネは嬉しそうに笑いかける。
「ち・・・・・・。」
(違うの・・・。)
姫乃は必死に声を振り絞るが上手く声が出ない。
それもその筈、姫乃は転生後、魔王城に連れて来られるまで一言も発しておらず、また、転生前も必要なコミュニケーションは殆どジェスチャーで済ましていたのだ。声が小さく、今なんて言った?と聞き返されるのが嫌で仕方なかった姫乃が陥った悪循環の結果である。
「な・・・ま・・・・・・。」
(名前が・・・。)
ピネは考えた。
(ち・・・なま?・・・!!)
「わ、私血生臭かったですか!?も、申し訳ございません!」
ピネは慌てて自分の臭いを嗅ぎだした。
(違う!そうじゃないの!)
姫乃は慌てて訂正しようとする。
「ち、・・・カッ。」
違う、の『が』の音が出ず、クリック音のような小さな音が代わりに出る。
ピネは、それを聞き逃さなかった。
(ち、か・・・地下?確か魔王城の地下には兵器の工場がありますが・・・?)
「えっと、取り敢えず、魔王軍の幹部、最低でも三人、決めません?」
魔王軍にも様々な仕事がある。周囲で事の顛末を見守っている皆を仕事に戻らせるのが先と考えたピネは絶対に必要な事だけを決めようとする。
「まお・・・姫様、幹部に相応しいというか、お気に入りでもいいので、適当に選んじゃって下さい。えっと、指で指してくれれば大丈夫です。勿論私でも良いですよ?」
ピネが言い終わるのと同時に猛々しくブーイングが鳴り響く。
「お前抜け駆けずりーぞ!」
「せこい手使いやがって!」
「ゴマすりかよ!」
突然の喧騒に姫乃はビクリと身体を震わせた。
それを見逃すピネではない。
「静かに!これから魔王様の前では騒ぐの禁止!!」
実はピネは元魔王軍幹部であり、魔王軍随一の戦闘力を持っていることで有名であった。
ピネの一言で皆が黙る。
「あ~、幹部はいつでも取り換えられますし、暫定ってことで。」
ピネは姫乃に向き直る。
と、姫乃はピネを指差していた。
「おっ、私で良いんすね!あと二人は誰にします?」
姫乃は考える。
(頼れそうで怖く無い人・・・。)
頼れそうと姫乃基準の怖いは殆ど同居していた。
(・・・ていうか全員怖いよ!?)
泣き目になっている姫乃を見かねて、ピネは助け船を出す。
「あ~、あそこの帽子の魔導士、ヒト族に近い見た目ですし超優秀ですよ?」
ピネに言われるがまま、姫乃は指を指す。
「あとは、あそこの女の子とかどうです?」
ピネが指差した先には青い肌にブロンズ長髪のお姉さんがいた。
「それはお前の友達なだけだろ!!」
姫乃が指差そうとするとどこかから野次が飛んできた。
咄嗟に野次が飛んできた方を見た姫乃の目に入ってきたのは落とした眼鏡を探している身体が少し透けているの女性だった。
(あ、困ってる!)
ピネに伝えたくてついつい姫乃が指を指してしまったことで、三人目の幹部が確定した。
「え、ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
眼鏡を拾ってもらいながら、女性は絶叫した。
無事?魔王軍幹部も決まり、皆それぞれが持ち場に戻った。
残ったのは、姫乃と幹部の三人だけだ。
「私はチノレータ・クスネリーノ。チノと呼んで下さい。僭越ながら魔王軍のブレインとして先々代の魔王様の頃から幹部をさせて頂いてます。」
魔導士は魔女のような帽子を脱いで深々と礼をした。
肌は褐色、目は人間と黒白が逆で耳は尖っているが、黒髪で容姿は人間に近い。
この中では一番背も性格も大人びている。
実年齢は500を越えているが、見た目は20後半くらいに見える。
「わ、私は、その、えっと、い、一般人?といいますか、その、無能すぎて色々な部署に飛ばされまくって・・・その、えっと・・・。」
眼鏡の豊満な胸を持った女性はオロオロと慌てふためいていた。
「そんな事いいから名前を。」
ピネに言われて女性は更に慌て出す。
「わ、わわわわわわっ、あぁ!」
(あ、この人姫様とは別タイプの面倒くさいやつだ。)
ピネは苦笑いしながらため息をついた。
横目で姫乃を見たピネは姫乃が上機嫌であることに気付く。
(罪悪感より親近感感じてますね・・・。)
先程までは罪悪感を感じていた姫乃だったが、今更なのでもう諦めていた。
諦められた方はたまったもんじゃないが。
「すぅ~はぁ~・・・わてぁ・・・うぅ・・・。」
流石に見かねたチノが代わりに告げる。
「彼女はムーネガー・ホウマンという名です。下級アンデットですね。ドジで少し有名ですよ、悪い意味ですけど。」
「む、ムネとお呼び下さい!」
コクコクと頷きながらムネは紹介を終える。
「んで、私がピネ、わかりやすくいうとゾンビですかね?基本魔王様は私がお守りしますよ。少しは強いので。」
ピネ、チノ、ムネの三人が自己紹介を終えたところで本題へと移る。
「先ず、ムネは・・・このぶら下がっているデカいの・・・大きくする方法を教えてください。」
チノはムネの胸を杖で突きながら言った。
「確かに、魔王様も私もチノも小さいですからね!何か方法があるなら・・・。」
ピネまで乗り出す。
「い、いや、余り働かせて貰えず・・・ゆっくりゆったりしてたからですかね・・・?」
その言葉に二人は切れた。
「その胸が無になるまで働かせてやる!」
「良案ですね。姫様、いかがなさりましょうか。」
姫乃は全力で首を振った。
姫乃は幹部たちと親睦会的に食事をしながら、気になる質問をぶつけようとした。
「し、・・・侵略・・・し、て・・・。」
(侵略とかってしてませんよね?)
その言葉にピネが目を輝かせて立ち上がる。
「侵略!?します???」
チノは驚いたあと、にやりと笑う。
「ち!?カッ・・・。」
(違う!)
再び声が出ない。
その言葉?にピネは首を傾げる。
「姫様は地下に軍事施設があることをご存じなのです?」
姫乃は慌てて首を振った。
(違う?・・・となると、ちか・・・!!!)
「成程、失礼しました。チノ、全軍に伝えて下さい。魔王軍はこれより、近場・・・つまりは我々の領土周辺から順に制圧していきます。」
(!?????)
姫乃は唖然として固まった。
「指揮は私めにお任せを。」
チノは名乗りを上げる。
唖然として固まっている姫乃を幹部たちは無言の肯定と捉え、動き出した。
姫乃が正気に戻った時には、3つの村が魔王軍に制圧されていた。
(あわわわわ・・・どうしよ・・・。)
姫乃は一人、魔王専用の部屋のベットで頭から布団を被って現実逃避をしていた、3日も。
(私のせいで私のせいで私のせいで私のせいで私のせいで私のせいで・・・。)
「姫様、いらっしゃいますか?」
ノック音と共にドアの外から声が聞こえる。
姫乃が恐る恐るドアを開けると、そこにはあの口裂け女が非常に良い姿勢で立っていた。
「あ、姫様、ムネ・・・様をどうにかしてください!このままでは魔王軍内部から崩壊してしまいます!」
(!?)
姫乃は慌ててムネの元へと向かった。
そこで姫乃が見たものは、大量の皿の破片と、その中で泣き叫ぶムネの姿であった。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・。」
取り敢えず魔王の部屋に連れ込んだムネの土下座に姫乃は心が痛くなった。
「わ、わたしは・・・どうすれば・・・あ、処分してもらっても構いません!」
(私こそ、どうすれば・・・。)
この二人、常に他人任せで生きてきていた。
「あ・・・。」
「へ?・・・。」
「あ・・・。」
「ひ、姫・・・様・・・?」
会話にすらならなかった。
「魔王様!!」
突然部屋の扉が弾けるように開かれ、ピネが飛び込んでくる。
「つ、ついに、ついに勇者が現れました!!」
姫乃は勇者の元へと向かう。
ピネと複数の部下を引き連れて。
チノの転移魔法で、現在は魔王領となっている町へ。
そこには、光輝く剣を持った男、深紅の水晶が付いた杖を持つ女魔導士、白きローブに身を包んだ僧侶じみた男、そして筋肉の鎧をまとった武闘家らしき男が魔王軍を蹴散らしていた。
「止まれ!」
ピネの叫び声で彼らは動きを止め、声の方向へと身体を向ける。
「貴様が魔王か!」
輝く剣を持った男がピネに向かって声を上げる。
「貴様の目は節穴か!魔王様は、姫様は、こちらのお方だ!!」
ピネに背中を押され、姫乃は前へと一歩押し出される。
「魔王なのに姫?」
至極当然な女魔導士の質問には誰も答えない。
「なっ、こんな小さな少女が魔王だと!?」
輝く剣をもった・・・勇者は狼狽した。
「そうだ、先代魔王を葬り、新たな魔王になったお方だ!」
ノリノリでピネは主張する。
「ほ、本当かい?」
小さな女の子に聞くように、勇者は愛想よく姫乃に尋ねた。
姫乃は悩み、固まる。
(事実だけど望んではいないってどう伝えればいいの?)
肯定しない魔王を見て勇者は考察した。
(恐らく、魔王軍に攫われた女の内の一人だろう。魔王に抵抗した際に偶然魔王に致命傷を与えたか、もしくは魔王が弱っていて彼女の抵抗が決定打になったか、だな。そして恐らく今は傀儡状態。あの怯えようだと、ゾンビ女に逆らったら殺すと、恐怖で言いなりにされているな。)
勇者はパーティメンバーに小声で告げる。
「真の敵はあのゾンビ女だ。見ればわかると思うがあの酷く怯えた少女は言いなり状態だろう。先ずは少女を保護する。そしてゾンビ女に一斉攻撃だ!」
他三人は頷いた。
「魔王様、勇者さえ倒せばもう魔王軍を止められる者などおりません。ですが、お気をつけて!あの剣、聖剣エクスペイトには、触れた悪を滅する力があります!」
(そ、即死の剣・・・でも、お似合いだよね、私のせいで沢山の犠牲者が出てるんだから。うん、ピネには悪いけど、あの剣にやられて、死のう。)
姫乃は覚悟を決め、一歩踏み出す。
一歩、また一歩と進んでいくが勇者は動かない。
ついに勇者の前に立つ。
勇者は真剣な顔で姫乃の肩を掴んだ。
「君はあのゾンビ女に脅されているだけなんだろう?大丈夫、僕を信じて!僕ならば君を救ってあげられる!君を長き呪縛から解き放ってあげられる!さぁ、僕の後ろに隠れるんだ!大丈夫、安心して!」
勇者の剣幕と予想とかけ離れた展開に、姫乃の脳は、真っ白になった。
気付いた時には勇者一行は消えていた。
いや、正確には姫乃の周囲20メートルが消滅していた。
「見事です!姫様。」
ピネの言葉で現実を理解した姫乃は、言葉にならない悲鳴を上げた。
「あ・・・あ・・・・・・。」
突如ピネに抱きしめられる。
「魔王様、後は我々にお任せください。」
姫乃は涙を流しながら、心を捨てた。
あ、あれ?コメディの筈が・・・?
どうしてこうなった。