お父さんは、ちょっとこわいけど、やさしい。
夏のホラー企画初参加。
「創太、今日は遊園地いこうか」
「やったー! 」
ぼくはそれを聞いて、ぴょんぴょんはねながらバンザイをした。
今日はお父さんのキゲンがすごくいいのかもしれない。ひさしぶりだ。
この前にお父さんとお姉ちゃんだけが行ったから、今度はお父さんとぼくとお父さんで行こうねって言ってたんだ。
今日はお姉ちゃんは遠足なんだ。だから、お姉ちゃんは行けない。でも前に行ったから、楽しんで来てねって言っていた。
お姉ちゃんもさいきんキゲンがすごくいい。そんなに遊園地楽しかったのかな。
みんなニコニコしている方がいい。
学校の先生も、教室に入ったらニコニコであいさつしましょうって言っていた。
でも、ぼくがあいさつをしても、みんなニコニコしてくれない。
でも、ぼくは先生の言ういい子にならなくっちゃいけないんだってお父さんが言うから、笑顔であいさつをする。
「創太は……何に乗りたい? 」
「お母さんは? お母さんはいっしょに来ないの? 」
「ああ、気にしなくていいんだよ」
ニコニコ笑って、お父さんがぼくに言った。気にしなくていいのかな。お母さん、ジェットコースター苦手なのかな?
「ジェットコースターが苦手なの?それとも、人がいっぱいいるから、イヤなの? 」
そう聞いたけど、お母さんはただ首を横にふって、ぼくに「いいえ」と言っただけだった。
「母さんは、い、行かないわ」
お父さんとケンカでもしたような顔だ。お父さんはじゃあなんでこんなにニコニコしているんだろう。
「そう、母さんは、次に父さんと二人でデートするんだ。だから、気にしなくていいんだよ」
「でえと? 」
でえとは、ラブラブな二人がするものだ。恋人どうしがすることをするのか。クラスのあみちゃんとよしくんが、公園ででえとって言っていて、教えてもらったこと。
うちは仲がいいんだなあ。
「そっかあ、ラブラブなんだね」
「そうそう」
父さんは照れたように笑う。
母さんは、口をぎゅっとして下を向いている。はずかしかったのかな?
「じゃあ、行ってきます! 」
「行って……らっしゃい」
ぼくはお父さんの車に乗って、車のにおいを嗅ぐ。前はタバコですごいにおいだったのに、今はキンエンしているらしい。
「裏野ドリームランドはすごく広くってな、着くまでに少しかかるんだ。まだ寝ていなさい」
「いいの? 」
いつもなら車でねると「俺が運転して辛いのがわからないのか」と怒る。でも、今日はやっぱりすごくやさしい。
そんなにお母さんとのでえとが楽しみだったのかな。
じゃあ、あのこと、お願いしてみようかな。
ぼくはおそるおそるお父さんを見上げて、お願いしてみる。
「あのね。先生が、きゅうしょくひ、早く払ってくださいって」
「ん? そうか。お家に帰ったら、母さんに渡しておくよ」
「本当? 」
「ああ」
ぼくは安心して、それからウトウトし始めた。お父さんは笑いながら、上機嫌で運転していた。
「……うた、創太! 」
「ご、ごめんなさいっ!! 」
そうさけんで、ぼくは飛び起きた。目の前にはオニのような顔のお父さんが……いなかった。
笑顔の、やさしいお父さんが立っていた。
「おはよう創太」
「う、うん。おはよう……もう着いたの? 」
「ああ。ここが裏野ドリームランドだよ」
大きな音楽が聞こえた。ぬいぐるみのようなウサギが歩き回り、ラッパを吹いているへいたいのような人がいる。
「すごい! 」
「そうだろ?」
頭をグリグリとなでられて、ぼくはへんに思った。
お父さんは、かみの毛のすきまに指を入れて、すっとなでるのに、いつのまにかわったんだろ?
ウサギがぴょんこ、とはねて、ぼくをちょいちょいっと手まねきした。うれしくなって、ぼくはウサギにかけよっていく。
「お父さん、いっしょにとって! 」
「ああいいぞ。こっちを向いて、肩を組んで」
ぼくはにかっと笑って、お父さんの方を向いた。
「見せて見せて! 」
「うまく撮れてるぞ。ほら」
スマホにとった写真を見て、ぼくはびっくりした。こわれかけた遊園地が、そこに写っていた。
全部が灰色になってて、なんかこわい。
「お父さん、景色がヘンだよ? 」
「ああ、こういうアプリなんだよ」
「もー、ちゃんととってよ」
「悪い悪い。あ、あのメリーゴーランドとかどうだ?乗ってみないか?」
「……えー?もう一枚写真……」
「乗ろうか」
手をぐいっと引っ張られて、ぼくはそうだと思い出す。
お父さんがこう言い出したら、止まらないんだ。
手を引っ張られながら着ぐるみの人たちのあいだを歩いて行く。
でも、この遊園地、何かヘンだ。
なんか、おかしい。
メリーゴーランドが、くるくると回っている。上下に馬がうごく。
その馬の目が、ぼくを見た気がした。
そうだ。
人がいないんだ。
ぼくたち以外に、だれも。
「お父さん……この遊園地ヘンだよ」
「ん? 何がだ? 」
「だって、誰もいないよ」
「穴場なんだよ」
「……わかんない、わかんないよ。着ぐるみの人しかいない」
「そうかな? そんなことどうでもいいだろう?」
「よ、よくないよ、ヘンだよ……おかしいよ」
「創太ッッ!! 」
体が、びくんとふるえる。
こわい。
こわいよ。
ぼくは気づけば、出口をさがして走っていた。どこに行っても着ぐるみでいっぱいで、出口がわからない。泣きそうになって、でもなみだをふいて、僕は、出口を。
「探したよ、創太」
「おと、……さん……? 」
お父さんが出口のところで、ニコニコ笑って立っていた。
ヘンなのわかってるから、伝えなきゃ。誰もいないって。
「おとう、さ、」
「ダメじゃないか。迷子になるだろう」
「でも、もう、ぼくかえりたい」
お父さんの笑顔が、無表情になった。怒られる。
「ダメだろう。せっかく来たんだ。最後まで、ここにいるんだ」
「おとっ、」
大きな手でえりをつかまれて、苦しい。そのままぼくは、いつものように引きずられて一つの建物の中に入って行く。
「最初から、こうすればよかったんだ」
「ゲホッ、ゲホゲホ……」
床にぽいっとなげられて、ぼくは息苦しいのとホコリっぽいのでむせる。むねがいたい。
引きずられたところも、いたい。
ぼくは目の前のかがみをぼんやりと見ていた。
ぼくがいっぱい映っている。一人二人三人四人……。
そのかがみから見えた外の遊園地の景色は、お父さんがスマホでとってた写真と、おんなじ景色だった。
こわれた遊園地だったんだ。
お父さんは、知っててぼくをここに来させたんだ。
「ひ、ひ、い、いや、」
ざりっとくつのウラが擦れて、ぼくはいっしょけんめいに後ろに逃げようとする。
でも、背中に何かが当たって、ぼくは振り向いた。
すごい笑顔のお父さんではない何かが、お父さんの顔で笑っていた。
「う、あっ、あっ、うわああああああああ!! いやっ、いやだっ、いやだああああっ!! 」
『……ようこそ 裏野ドリームランドへ あなたは 3602 ばんめ の おきゃくさま です』
そんなキカイみたいな声が天井から聞こえたあと、お父さんがぼくの体を持ち上げて、かがみに叩きつける。かがみにぼくの体が押し付けられて、ひどく息苦しい。
右半分の体がヘンな気持ちになる。
ぶずぶず言いながら、体がしずむ気がした。
洗面所の水をはった台ににしずめられた時とおんなじ感じ。
右の耳から、ヘンな声が聞こえてくる。
「出して」
「だして」
「ここから出して」
「ああああああああ!! 出してええ!! 」
「出たい出たい出たい……」
「だせぇえ!!ここからぁ、だせええええ!!」
かがみの中に沈んだはずのぼくが、かがみの外に見える。さけんでも、自分の声が自分に聞こえない。
ゆっくり、ぼくの体が目を開ける。そして、僕を見て、笑った。
暗やみにしずむ前に、お父さんのうきうきしたような声が聞こえた。
「目指せ、一万人」
果たして、どちらが幸せなのでしょうか。