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墜落③



 何の前触れもなく宇宙に炎の花が咲いた。

 レーダーから消失するひとつの熱源。味方の識別反応。


「……教官?」


 生徒たちは命令を忘れ、思わず足を止めて振り返っていた。


 果たして、そこにはハングドマンがいた。正確にはその触手が。長く伸ばされたそれが、恐らくは教官の身体を機体もろとも串刺しにし、爆発に追いやったのだろう。


 驚くべきは、そんな不用意な一撃であの教官が倒されてしまったことか。

教官の実力は間違いなくこの場にいるライダーの中では最強であり、実戦経験――もちろん人間相手のものだったが――も豊富だった。


 この場に残ると宣言したとき、彼は自分の命を捨てて足止めするなんて覚悟はなかったはずだ。むしろこの場で確実にハングドマンを仕留める腹積もりだったろう。一対一なら圧倒的にドラグーン側が有利なのだから。


 だが――一方的に殺された。死んでしまった。


 それは月という管理された安全な世界で生きてきた者たちには、別世界の出来事のようにしか感じられなかった。


 だから、はっきり目で見える位置にまでハングドマンの接近を許したとき、彼らの精神はいともたやすく限界を迎えた。


「撃てぇ!」


 誰が叫んだのか、それすらわからない指示に、生徒たちはいっせいにライフルを構えると引き金を引いた。


 銃口よりほとばしった無数の青白い閃光が、肉片ひとつ残さないといわんばかりにハングドマンに殺到する。


 過剰な戦力をもっての飽和攻撃。

 シミュレーターで行えば、まず間違いなく最低の評価しかもらえない作戦も、この状況では最善の一手だ。


 少なくとも、ハングドマンの姿が光に飲み込まれていく様を見て、生徒たちの精神はいくらか持ち直していた。


 そうだ。たとえハングドマンといえど、たった一体。教官が不意打ちで倒されてしまったとはいえ、こちらにはまだ十機のドラグーンが健在なのだ。どちらが絶対的に有利なのか忘れてはいけない。


 勝てる。いや、勝った。


 誰もがそう思い――次の瞬間、驚愕に言葉を失った。


 ハングドマンを撃ち貫くはずだったレーザーは、ただの一発たりともハングドマンに届いていなかった。命中寸前で、なにか見えない壁に当たったかのように霧散する。


「……嘘、だろ?」


「当たった! 当たったはずだろ!」


「なんで効いてないんだよ!」


 引き金を引く。レーザーが放たれる。

 たった一発でアルカナとの戦いに幕を引くはずの一撃が、何十発と絶え間なく発射される。


 だが効かない。いくら撃っても通じない。

 中には弱点の瞳に命中したように見えた一撃もあったが、やはりハングドマンの身体に傷ひとつつけることは叶わなかった。


 そうこうしているうちに、これまで攻撃を耐え続けるだけだったハングドマンが動き出す。


 この攻撃ならいくら食らっても大丈夫だと判断したのか、弱点を無防備に晒したまま、すべての触手をいっせいに振り回す。


 矢のように宙を駆けてドラグーンに迫る触手は、狙っている標的が多いため一人頭二本から三本ほどでしかない。その程度ならシミュレーターでハングドマンと戦闘済みの彼らなら、無傷で避けるのはそう難しいことではない。


 もちろん通常の精神状態であれば、の話だが。


「うわぁあああああ!」


 木霊する悲鳴。いつもなら避けられるはずの攻撃が避けられない。


 一撃、二撃と攻撃を受けたヘクトールが、装甲の破片を盛大にばらまきながら吹き飛んでいく。恐ろしいことに、光学障壁が緩和できたダメージは一撃のみ。装甲で緩和できたダメージもたった一撃だった。


 つまり二撃が限界。三撃目は命にかかわる。


 幸いにも、今の攻撃で三撃食らったドラグーンはなかったが、おおよそ半数以上のドラグーンが障壁と装甲を失っていた。心の方はより深刻で、もはや攻撃を受けた生徒は戦えるような精神状態ではなかった。


「逃げろ! 逃げるんだ!」


 なんとか今の攻撃を一撃受けただけでしのいだレイが、クラスメイトたちに向かって通信で呼びかける。


「俺たちじゃ勝てない! とにかく全速力で逃げるんだ!」


 レイの指示に、我先にと逃げ出す生徒たち。その中の一人がレイを見て悲鳴をあげた。


「危ない、レイ!」


「っ!?」


 他のドラグーンが離れていく中、一人その場に残ったことが原因か、先程の攻撃の三倍に近い十本の触手がレイ一人に向かって放たれた。


「くそっ!」


 レイは後退しながら、無意味と理解しつつもライフルを連射する。


 謎の攻撃無効化現象は、胴体のみならず触手にも効果が及んでいるようだった。触手は攻撃をものともせず、レイを確実に串刺しにしようと四方から同時に襲いかかる。


 回避は不可能。それでも諦めきれず、レイは最後の最後の瞬間までがむしゃらに弾を乱射して――


 ドン、とそのときレーザーライフルの発射音とは違う、鈍い発射音が轟き渡った。


 直後、レイに襲いかかっていた触手に、横合いから無数の弾丸が撃ち込まれる。触手は衝撃に踊るように肉片をばらまきながら引きちぎられた。


「……攻撃が、通った?」


 レイは生き延びたことよりも、目の前で起きた現象に驚いた。


 だが彼よりも驚いていたのは、銃を乱射した張本人である両助だった。


「なんでだ? これ、時代遅れで威力も低いのに」


 両助は自分の構えていた銃を見下ろす。


 レーザーライフルの洗練されたフォルムとは異なる、無骨なアサルトライフル。第三世代型以前のドラグーンで使われていた実弾兵器だ。第四世代型が主流になっている現代では、骨董品にも分類される年代物である。


 だが見方を変えてみれば、それは人類が実際にアルカナと戦っていた時代に使われていた代物ということでもある。当然、アルカナ相手に効果があったことは実証済みだ。


 一方で、レーザーライフルを始めとした光学兵器は、エネルギー源として使える資源が地球には存在しなかったため、ついぞ旧時代では実用化できなかった代物である。


 光学兵器、そして現在のドラグーンを動かすエンジンの燃料として使われているエネルギーは、月で発見された『ラグナダイト』と呼ばれる高エネルギー結晶体だ。この月固有のエネルギー源の発見があってこそ光学兵器は実用化された。


 つまり、光学兵器は旧時代の実弾兵器を威力としてしのぐことは立証されているが、実際にアルカナ相手に通用するかどうかはまだ実証されていないのである。


 アルカナは未だ謎の部分が多い生き物だ。必勝を期して開発された光学兵器を無効化する力があった可能性は否定できない。


「……光学兵器は通用しなくても、実弾兵器は通じるのか」


 導き出される結論はそれ。ならば……。


「レイ。俺がここでハングドマンを足止めする。だから、お前はみんなに指示を出して逃げてくれ」


「おい、両助。それは!」


「仕方ないだろ。俺たち以外はみんなパニック状態だ。誰かが呼びかけてやらないと、月にも帰れない。そんな状況下でハングドマンを足止めできるのは俺だけなんだ。他に選択肢はないだろ」


「けどよ!」


「それともなにか? ブレードを使って戦うっていうのかよ?」


 主武装が光学兵器となっているヘクトールの唯一の質量を持つ武装は、短いブレードだけである。それで戦っている自分を想像して、レイの身体は恐怖に震えた。


「……くそっ!」


 レイは忸怩たる思いでドラグーンを反転させた。


「両助、死ぬな。お前死ぬなよ! お前が無事に帰ってこないと、俺ら全員、ミラーゼちゃんに合わせる顔がねぇよ!」


「当たり前だ。こんなところで死んでたまるかよ。俺は必ず帰る。だからミラーゼにはこう伝えてくれ」


 レイや他のクラスメイトたちを背中に庇い、両助はハングドマンの前に立ちふさがる。


 鋼鉄に覆われた身体が震えた。

 心は誰よりも先にこの場から逃げたいと叫んでいた。

 声も、気合いを入れないと怯えているのかがわかってしまうくらいで。


 それでも両助は自信満々を装って、いつものようにふざけた言葉を口にする。


「帰ったら俺の初めてをもらってくれってな!」



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