墜落①
鋼造が訪ねてきた日から一週間後の朝。
両助たちパイロットコースの生徒たちの姿は、クロイツ軍学校の格納庫にあった。
今日は月に一度の実機を用いたドラグーンの飛行訓練。学校に配備された訓練用のドラグーンを装着し、指定コースを一往復する。
この日ばかりは、日頃あまり訓練に熱心ではない生徒たちもやる気をみせていた。やはりシミュレーターと実機での訓練とでは気合いの入り方が違う。
やる気なのは両助も同じだった。最初に訓練に入る生徒に選ばれたときには、小さくガッツポーズを決めてしまうほど燃えていた。
「最初の十人はこれで決まりだな。では各自ドラグーンを装着して整列しろ。他の生徒は格納庫内で待機だ。――宮凪。お前はちょっと待て」
「え? なんですか?」
喜び勇んでドラグーンに駆け寄ろうとしたところを、教官に呼び止められる。
「あー、その、なんだ。お前が使用するのはそのドラグーンじゃない」
教官は見事にはげ上がった頭を撫でつつ、どことなくバツの悪そうな顔で格納庫の一角を指さした。そちらに視線を向けると、ちょうどブルーシートの被せられた一機のドラグーンが搬入されてくるところだった。
「中将閣下が、息子のためにと特別なドラグーンをこちらに回してくれた。宮凪はあれを使え」
「あはは、ハゲの冗談は相変わらずおもしろくないですね」
「これも上からの指示でな。使ってもらわんとワシの首が飛ぶ。なに、うちの馬鹿どものことだ。一人特別扱いされたところで変な気を回す奴はおらんだろうし、最新の試作機って話だ。諦めて使え。それでハゲ呼ばわりは許してやる」
「……了解」
渋々だったが、両助は頷いた。
父親の手配したドラグーンというだけで使いたくない理由には十分だったが、最新型という部分には正直なところ興味を引かれる。
同じように、興味津々の顔で最初の出番となった生徒以外のクラスメイトたちが両助に近付いてくる。
「両助。教官はなんだって?」
その中の一人、珍しくも今回は別々のタイミングでの出撃となったミラーゼに、両助は教官から聞いた話をそのまま伝えた。
「鋼造様からの贈り物、か。こんなこと言うのはあれだけど、珍しいわね」
「あの野郎のことだ。もしかしたら最新型なんて名ばかりの欠陥品を贈ってきた可能性が高いな」
「そんなわけないでしょ。純粋に両助のことが心配だったのよ。たぶん」
「いいや、絶対別に裏があるはずだ。ま、とりあえず実物を拝んでみるとするか」
件のドラグーンの前まで行き、一気にシートを取り払う。
シートの下から現れたのは、全体を黒く塗り上げられた、これまで見たことのないタイプのドラグーンだった。
「……大きいな」
まず目につくのはその大きさだ。全長はこれまでのドラグーンよりも一回りは大きく、四メートル近くある。胴回りも高さに比例して太くなっており、装甲の厚さは現行機の倍はあるだろうか。スラスターも大型のものが四機、背中から棘のように突き出ている。
装甲の内側にエンジンや武装などを内蔵しているため、パワードスーツが人間のそれよりも大きくなるのは当然の話だが、それにしてもこれはいささかパワードスーツという兵器の範疇を超えている。ここまで来ると装着して戦うというよりも、搭乗して戦うといった方が正しいだろう。所謂、人型ロボットという奴だ。未だ実用に耐えられる代物は完成していない分野である。
「これ、本当にドラグーンか? まったく別の兵器のようにも見えるんだけど」
「ううん、見たかぎりシステム周りはドラグーンと同じみたいよ。エンジンもアキレウスと同じものを使ってる。出力の関係からか、かなり大きくなってるみたいだけど」
「ドラグーンなら動かすには動かせるだろうけど、なんでまたこんなに大きくする必要があったんだ?」
「マニュアルが見あたらないから設計思想はわからないけど、たぶん装甲強化だと思うわよ。それか最高速度強化かしら」
「装甲を厚くすれば、それだけライダーが耐えられるGも当然大きくなるわけか。でも代わりに機動性は落ちないか?」
「かもね。試作機って話だし、次の第五世代型のドラグーンは一点特化型の方向性で考えられてるって話だから、一応こういった試作機も作られたんじゃないの? それに、基礎スペックを向上させること自体は無駄じゃないわ」
「それで機動性を落としたら意味ないと思うんだけどな」
ちなみにクロイツ軍学校の授業で使われているドラグーンは、額の角が特徴的な、アキレウスよりもひとつ前の型である第四世代型ドラグーン、ヘクトールである。基礎スペックはアキレウスに劣るが、第四世代型の特性である光学兵器群はすべて搭載されており、またいくつかの操作性がアキレウスよりも簡略化されているので、訓練機として重宝されている機体だ。
「文句言ってないで、そろそろ装着した方がいいわよ。ほら、他はもうヘクトールを装着し終わってる」
ミラーゼの言うとおり、一緒に飛ぶ他のメンバーはすでにドラグーンを装着し、やはりヘクトールを装着した教官の前に整列していた。
直前に機体の変更を知らされたこともあり、多少の遅れは見逃されていると考えても、これ以上駄々をこねているとまた罰マラソンをやらされかねない。
「ええと、装着自体はアキレウスやヘクトールと同じでいいんだよな?」
「待機状態になってるみたいだし、それで問題ないはずよ」
ミラーゼに手伝ってもらいつつ、両助は漆黒のドラグーンを展開させる。
高さの関係上、よじ登ってコクピットスペースに乗り込まないといけないのは面倒だったが、それ以降の感覚は従来のそれとほとんど変わらなかった。
装甲の閉鎖。システムの起動。意識の接続。全身に力がみなぎる感覚。
違うのは目線の高さくらいか。ヘクトールよりも一メートル以上目線が高くなっており、距離感をつかむのに多少苦労を強いられたが、その部分もシステムのバックアップによってすぐに気にならなくなる。
「へえ。こうして動いてるのを見ると、けっこう格好いいじゃない」
「そうか?」
「ヘクトールが細身の剣士って感じなら、こっちは全身をがっちり鎧で固めた重装歩兵って感じかしら。うん、いつもより強そうに見えるわよ」
両助も男である。美少女にそう言われて悪い気はしない。
「たしかに、強化の恩恵がこれまでのドラグーンを超えているような気がしないでもないな」
これが父親からの贈り物であることを忘れて、いくつかポーズを決めてみる。
「おい、宮凪! アホなことやってないでさっさとこっちに来い! 訓練を始めるぞ!」
「いけねっ!」
しびれを切らした教官の怒鳴り声に、両助は慌ててポージングをやめて列に駆け寄る。
その背に、腰に手を当てたミラーゼがいつものように注意を呼びかけた。
「いい? 実機訓練なんだから、いつも以上に注意をはらって動くのよ。特に今日は初めて使う機体なんだから、絶対に無理はしないように。問題が起きても、私はすぐに駆けつけてあげられないんだからね。……ううん、やっぱり今からでも教官に言って順番を変更してもらった方が」
「大丈夫だって、なにも戦闘訓練ってわけじゃないんだからさ」
ミラーゼの心配性は今に始まったことではないが、今日はいつにも増して過保護な気分らしい。
足を止めた両助は、鋼鉄の拳を横に突き出して、さらにぐっと親指を突き立てた。
「安心しろ。俺はまだ童貞だ。ゆえに死ぬはずがない」
「それどういう理屈よ、もう」
ミラーゼは噴き出すように笑うと、いつも一緒なのであまり聞いたことのない、見送りの言葉を送った。
「気をつけてね。行ってらっしゃい」
「おう、行ってくるぜ!」




