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人間の月③



 差し迫った脅威はないとはいえ、訓練を欠かすことはできない。


 パイロットコースの生徒には、一日二時間のシミュレーターによるドラグーンの戦闘訓練。月に一回、実機を使っての飛行訓練が課されている。


 疲れ果てた身体を引きずって教室に戻り、五分で昼食を腹に詰め込むと、両助たちは制服からパイロットスーツに着替え、シミュレータールームに集まった。


「本日の訓練も、シミュレーターを使ってのドラグーンの戦闘訓練となる。各自二人一組となって、交代でシミュレーターを使うように」


 担当教官は最初に指示だけ出すと、用事があるのかさっさとシミュレーター室を出て行ってしまった。


 無理に背筋を伸ばしていた生徒たちは、教官がいなくなった途端に脱力しつつも、言われたとおりペアを組んで訓練を開始する。


「両助、先にシミュレーターを使って。私がナビゲーターをするから」


 両助の隣には当然のようにミラーゼがいて、十個ある箱形のシミュレーターマシンのひとつを確保していた。


 この学校に入ってから、こういったペアやグループを作る授業において、ミラーゼが隣にいなかった試しがない。他の生徒もとい女子と組みたい気持ちがないわけではないが、パイロットスーツに着替えたミラーゼを目の前にすると、いつもそんな気持ちはどこかへ消え去ってしまう。


「……ごくり」


 パイロットスーツは男女ともに、身体にぴったりと密着する全身タイツタイプだ。つまり身体のラインが露わになるのである。


 胸はそれほど大きくないが、ミラーゼは十分女性らしい体つきをしていた。特に細いウエストから引き締まったお尻にかけての曲線は、何度見ても生唾ものである。


 もちろんこのパイロットスーツのデザインは、ドラグーン装着時に動きを阻害しないための設計であり、いやらしい目で見てはいけないのは両助とてわかっている。だが理解と本能は別なのだ。シミュレーターの設定をするため、やや前かがみになっているミラーゼのお尻をついつい目で追ってしまうのは、もう仕方のない男の性なのである。


 要はばれなければいいのだ――開き直った両助はさりげなくミラーゼの背後に回り込む。


 彼女は勘が鋭いので、一秒以上視線を固定してはいけない。心清らかに。紳士であることを心がけつつ盗み見るのだ。


「両助。鼻血出てるわよ」


「おっと。俺の紳士さが鼻からあふれ出してしまったようだぜ」


「まったくもう。訓練のたびにいちいち鼻血を出さないでよ」


 呆れ顔のミラーゼは、あらかじめ用意しておいたティッシュを丸めると、かいがいしく両助の鼻にあてがう。


 そんな二人を他の生徒たちは生暖かい目で見守っていた。

 毎回鼻血を噴き出す両助も両助なら、そんな彼のためにティッシュを常備しているミラーゼもミラーゼだった。


「設定終わったから、鼻血止まったらシミュレーターに乗り込んで。今日はハイスコア出すまで交代なしだからね」


「設定は?」


「フィールドは地球の草原地帯。ドラグーンは第四世代型のアキレウスで、武装はブレードにアサルトライフル。敵はハングドマンが五体にチャリオットが三体ね」


「無理ゲーじゃねえか!」


「他のドラグーンの方が良かった? でもアキレウスは軍に配備されてる現行のドラグーンだし、性能的にもなかなかの機体よ?」


「そっちじゃなくて、敵の方! ハングドマン五体でもきついのに、チャリオットに援護射撃されたら一瞬で撃墜されて終わりだわ! しかもブレードにアサルトライフルって、せめて光学兵器を装備させろよ! なんでわざわざ第四世代型に第三世代型以前の兵装をつけるんだよ!」


「え? 光学兵器なんて使わせたら訓練にならないじゃない」


「なんというスパルタ! マラソンのあとにそれはきつすぎる! 愛をくれ、愛を!」


「つまりなにが言いたいわけ?」


「ハイスコア出せたら、ご褒美としておっぱい揉ませろください!」


「さっさとシミュレーターに入りなさい!」


「おわっ!」


 ミラーゼに背中を叩かれ、両助は無理矢理シミュレーターに押し込まれる。


 すぐに入り口の扉が閉められ、外側からロックされてしまった。

 シミュレーターの制御は外にあるコンソールで行われるので、一度中に入ってしまった以上、ミラーゼの出す課題をこなさないと出してはもらえないだろう。


「ミラーゼのケチ。そんな鬼設定でハイスコアを出せっていうんだから、少しくらいご褒美をくれても罰はあたらないのに」


『うるさいわよ! さっさとシートに座る!』


「わかりました。やればいいんだろ、やれば」


 内蔵マイクを通じてミラーゼに叱られ、両助は渋々マシン中央にある座席に座る。


「ま、簡単な訓練よりは難しい方が燃えるか。それに……なんだかんだ言いつつも俺に甘いミラーゼのことだ。がんばってハイスコアを叩き出せば、膝枕くらいなら無理じゃないかも知れん」


 むっちりとしたミラーゼの太股を脳裏に思い浮かべ、両助は「ふんっ!」と鼻息で詰めていたティッシュを吹き飛ばす。


『……ま、それくらいなら考えておいてあげるわよ』


 そこへ聞こえてくる、ちょっと照れたミラーゼの声。


『だからがんばりなさいよ。これくらいクリアできないと、実戦なんて夢のまた夢なんだからね!』


 その言葉を最後に、両助の意識はゆっくりと遠ざかっていった。





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