吸血鬼の空②
「すごい」
感嘆の声をもらしたのは、ネリィだった。
両助が戦場に足を踏み入れたのを見た瞬間、彼の死を覚悟したネリィだったが、両助の操る黒いドラグーンが危なげなくフォーチュンの攻撃を回避し続けている様を見て素直に驚いた。
ネリィたち熟練の吸血鬼のライダーであってもギリギリの攻防になる攻撃を、彼は完全に読み切って避けている。
回避速度。そしてその回避軌道を見て、今の彼が吸血鬼に等しい身体能力と反応速度を得ていることはネリィも理解できていたが、それでも余裕をもってフォーチュンの攻撃を避けていることは理解できなかった。あれではまるで数秒先の未来を視ているかのようだ。
「どうする? ネリィ」
唐突に通信が入る。相手は小春だった。
彼女が自分の近くまでやってきて、機体の足を止める。それを見て、ネリィはどきりとした。
フォーチュンの戦場でドラグーンの足を止めることは死を意味していることを思い出し、それから今自分がドラグーンの足を止めていることにようやく気が付いた。どうやら思っている以上に、両助が戦場に来た事実に動揺していたらしい。
けれど、隙を見せているネリィや小春に対して、フォーチュンは運命の刃を振るわない。ただ一人、両助だけを永延と追いかけている。
「とりあえず」
両助に対して言いたいことはたくさんあったが、今の彼には告げることはできない。
ならばやるべきことはひとつだけ。
「エリスが両助くんのところに突撃しないように、二人で抑えようか」
エリスの頭の中はもうぐちゃぐちゃだった。
自分が死にかけ、その所為でベアトリスが死にかけ、彼女が助かったと思えば両助が戦場にやってきて、今自分たちの代わりにフォーチュンと戦っている。
助けに行けなければならない。いやでも……。
両助に再び出会えたことに対して喜んでいいのかすらわからない。先程はあれほど再会を望んでいたというのに。
「エリス」
気が付くと、エリスの両隣にネリィと小春がいた。
「ネリィ、小春」
「あんまりぼうっとしないで。いくらリョースケくんがフォーチュンの目を引いてくれてるといっても、巻き添えはあるかも知れないんだからね」
「そ、そうだ! 両助くん! 両助くんを助けないと!」
ネリィに話しかけられたことで、ようやくエリスは再起動を果たす。
慌てて両助を助けるべく彼に近付こうとして、がしりと腰の部分を小春に掴まれて引き留められる。
「小春! 離して!」
「ダメだ! 今、両助のところに行けば邪魔になる!」
「っ!」
そのとおりだ。フォーチュンの戦いでは声をかけることすら邪魔になる。ならどうすればいい? どうすればいいんだろうか?
「エリス。落ち着きなさい」
狼狽するエリスに対し、淡々と、冷たくも感じる声をかけたのはネリィだった。
「いいえ、違うわね。エリュシア・ヴァートリッヒ。あなたは落ち着かないといけない。なぜなら、あなたはドラグーン部隊の隊長なのだから」
隊長。そうだ。エリスはイレーナより、その役目を引き継いだのだ。
「姫よ。今、ボクたちが取れる選択肢はそう多くない。友の助けには入れない。かといって、この隙にフォーチュン本体に攻撃することもできない。そうすれば、あるいはフォーチュンの攻撃をこちらに誘導することはできるかも知れないが」
小春がエリスの機体をチェックする。
「ボクとネリィはなんとかなるかも知れない。けど、姫よ。あなたは無理だ。ホワイトエンゲージがいくつかのエラーを吐き出してる。その機体では、もうフォーチュンのプラズマブレードは避けられない」
小春に指摘されて初めて気付く。
ベアトリスとの接触による衝撃によるだろう。ライダーと機体との間の血液循環が上手く作動しておらず、エーテルの生成ができていない状態になっていた。出力も大幅に落ち込み、このままでは遠からずエンジンが停止するだろう。
けれど――
「……わたしのことなんてどうでもいいんです。それで両助くんが助かるのなら、わたしはそれで構いません」
「それもひとつの選択肢だとボクも思う。この場でボクたち三人が自決すれば、少なくとも両助はフォーチュンの檻から脱出することはできるだろう」
声音から、小春がそうしてもいいと思ってくれているのがエリスには分かった。
「あ、それはネリィ反対。わざわざ自分から戦場に戻ってきたリョースケくんのために、ネリィは自分からは死ねないなぁ」
一方でネリィはいつもの口調でそう言った。思わず反射的に怒鳴りつけそうになるが、ネリィの続く言葉で声にはならなかった。
「だって、ずるいじゃん。ネリィたち、リョースケくんのために戦ってたのにさ。一人しか生きて帰れない。そうわかっていても、リョースケくんを月に戻すためならいいかなって、そう思って戦ってたのにさ。そのリョースケくんがネリィたちの気持ちを裏切って戦場に来ちゃうんだもん。酷いよ。すごく、酷い」
「たぶん、友はフォーチュンと戦う本当の意味をドクターから聞いたのだろう。だから戻ってきた。きっと、ボクたちを死なせないために」
「そんなことはネリィだってわかってるの! でも結局フォーチュンは倒せない。どうなってるかはわからないけど、リョースケくんはフォーチュンの攻撃を避けることはできてる。けど、やっぱり倒すことはできない。近付けば回避不能の突きが襲ってくる」
「――いいや、回避不可能ってわけじゃない」
そのとき、その場に三人以外の声が響いた。今や地球には一人しかいない男の子の声だ。
「両助くん!」
エリスが一番に反応して応えた。
「ああ、そうだ。みんな大好き両助くんだ」
「どうして?」
いつもの温かい軽口に、エリスは唇を震わせた。
「どうして戻ってきちゃったんですか? どうして?」
「そんなの決まってるだろ? みんなを死なせたくなかったからだ」
分かり切っていた答えが返ってくる。
その嬉しい答えが、むしろエリスたちには刃となって突き刺さった。
「そんなの、そんなのわたしたちは頼んでません! 両助くんに戻ってきて欲しいなんて、そんなこと一言も言ってません!」
「そうだな。そうだ。だから、これは俺の我が儘なんだ。誰かが望んだからじゃない。必要に迫られたからでもない。俺がこうしたいと心の底から思ったから、俺は戻ってきたんだ」
通信機の向こうで両助は笑った。それが、エリスにはわかった。
「みんなが大好きだから、俺は戻ってきたんだよ」
ネリィが一粒だけ涙をこぼした。小春が片方の瞳からボロボロと涙を流した。
そしてエリスは涙を目尻にたたえ、それでも零すことなく。
勝とう、とそう思った。
「さて、お叱りもお説教もハグもキスも後回しだ。全部、基地に帰ってからにしよう。今は俺の作戦を聞いてくれ」
「いいよ。オッケー。ネリィちゃんの命をリョースケくんに預けちゃう!」
「ふっ、ボクもこの戦いが聖戦であると受け入れよう。任せたぞ、友よ」
「はい。みんなで勝って、またみんな一緒にアーリンダル基地で!」
エリスは微笑むと、一言一句逃さないよう両助の話に耳を傾ける。
伝えられた作戦はあまりにも突拍子のない作戦だった。
賭けの部分が多すぎて、肝心なところも憶測だけで作られている。
それでも勝利へと繋がる光を見た。この運命の戦場に来て、初めて勝利を信じたのだ。
「勝つぞ!」
両助の叫びに、アーリンダル空軍のドラグーン部隊の面々は、声を揃えて答えた。
『『我らに勝利を! 盟友に勝利を!』』
それはまだ人間と吸血鬼とが共に手を取り合って戦っていたときに、幾度となくこの空へと捧げられた誓いの言葉。
だから両助もまた、この魂を動かす熱い血に従って、共に叫んだ。
『『――この盟約の空に大勝利を!!』』




