人間の月②
クロイツ軍学校は、将来の人類統合軍軍人を育てるべく設立された、政府直営の訓練校である。
第二地下都市ブランゲーネの中心地にあり、現在五つの都市に八つある軍学校の中では二番目に設立され、規模で言えば最大を誇る名門校である。
修学期間は四年間。基礎課程が二年間で、そこから成績によって各コースにふるい分けられ、さらに二年間の専門課程へと進む。
三〇〇名あまりの新入生の中から三〇名しか行けない士官コースに進めれば、卒業後、統合軍の尉官以上が約束されているということもあり、入学の倍率は一〇〇倍や二〇〇倍ではきかない。
たとえ最終的に士官コースからは外れてしまっても、クロイツ軍学校を卒業したというだけでエリートの証明となる。
ただし、パイロットコースはのぞく。
パイロット――すなわち軍が正式配備している戦闘用飛行戦術兵装の操縦者を育成するコースだが、そもそも敵対国家の存在しない月世界において、ドラグーンを駆り出さなければならないような事態などほとんど存在しない。時折発生するテロの鎮圧くらいのものだ。
そのため軍におけるパイロットの価値は低く、パイロットコースの人気も低い。
基礎課程で成績の悪かった生徒や問題児、あるいは純粋にドラグーンが好きというマニアが集まることになるのは自然の成り行きだった。
落ちこぼれ集団――それが自他共に認めるパイロットコースの現実である。
「だからって、少しは周りを見返してやろうとは思わないわけ?」
「はぁ……はぁ……なにが、だよ……?」
肩で息をしながら、両助は隣を走るミラーゼの苛立った声に耳を傾ける。
「だから、こうやって他のコースの連中に馬鹿にされてる現状をどうにかしようとは思わないのかってこと。悔しくないの? 私たち笑いものにされてるのよ?」
「実際に笑い話だろ。自習だからって授業中に騒いだ罰でこうやって走らされてるんだから」
「主に誰かさんの所為でね」
ミラーゼにだけは言われたくなかったが、彼女の涼しげな横顔を見て諦める。今喧嘩をふっかけたところで勝ち目はない。
しかし同じだけ走っているはずなのに、なぜこうも平然としているのか。
パイロットコースの全員が、学校の敷地内を巡る無制限の罰マラソンを与えられて早一時間。クラスメイトのほとんどが息も絶え絶えといった有様なのだが、ミラーゼだけは汗もかいていなかった。
「さすがはミラーゼ。俺も体力にはそれなりに自信があったけど、お前には負けるぜ」
「両助も、ちゃんと鍛えればもっとマシになるわよ」
「鍛えてもミラーゼに勝てる気はまったくしないんだけど。……で、笑いものにされて悔しくないかって話だっけ?」
すでに昼の休憩時間に入っており、他のコースの生徒と何度かすれ違ったが、例外なく馬鹿にするような視線を向けられた。中にはあからさまな野次を飛ばす生徒もいた。
「そりゃ悔しいに決まってるだろ。でも実際パイロットコースの俺たちが落ちこぼれだってのは本当のことだからな。見返してやりたいとは思っても、見返してやろうとは思わんよ。そういう風に思えるなら、そもそも落ちこぼれになんてならないだろ」
「なにそれ。両助なら、望めば士官コースにだって行けたのに」
「成績の問題じゃなくて精神性の問題だって。それに俺の場合は親父が……」
「鋼造様が?」
「……なんでもない。それに、それを言ったらミラーゼだってそうだろ? なんでまた基礎課程の最優秀成績者がパイロットコースなんて選ぶんだよ?」
そう聞いてから両助は後悔する。答えなんて分かり切っていた。
「そんなの両助がいるからに決まってるじゃない」
なにを今更といった顔でミラーゼは即答する。
これが色恋といった意味なら、両助も感激にむせび泣いておっぱいを揉ませていただくのだが、生憎そんな嬉しいものではなかった。
「私は両助を補佐するために、鋼造様に命じられてこの学校に入ったんだから、両助の選んだコースに私も進むに決まってるでしょ?」
「ですよねー」
「そんなことより、私の話はまだ途中よ。いい? 私はなにも他の連中を見返したいがだけにこんなこと言ってるわけじゃないのよ」
乾いた笑い声をあげる両助をしばらく訝しげに見ていたが、気にしないことにしたらしく、ミラーゼは真剣な顔になって話を戻した。
「私たちは将来、この月に住んでいる人たちを守るドラグーンのライダーになる。それなのに、両助も含めてクラス全員の意識が低すぎる。いざ実戦ってなったときに、そんな有様じゃまともに戦えないわよ」
「実戦って、ドラグーンが必要になる事件なんてほとんどないし、偶に必要になったときでもドラグーンの制圧力があれば簡単に片付くだろ」
教官の目もなく、ちょうどコースが格納庫に差し掛かっていたこともあり、両助は一機のドラグーンの前で足を止めた。ミラーゼも釣られて足を止める。
ドラグーン――分類としてはパワードスーツに該当し、装着した人間に圧倒的な力と飛翔能力を与える、機械の鎧にして翼。
待機状態のドラグーンは、鋼鉄の甲冑を着込んだ旧時代の騎士を彷彿とさせる。
実際、ドラグーンを装着して空を自在に飛び、敵を何百体も撃破してみせたエースを、旧時代では『竜騎士』と呼んで讃えていたらしい。つまり一〇〇年以上前から存在し、今なお最強の座に君臨し続けている兵器というわけだ。
「ドラグーンを超える兵器が存在しない以上、そこまで心配する必要はないと思うけどな」
「たしかにドラグーンは最強の兵器よ。これを超える兵器は存在しない。だけどドラグーンを超える敵は存在する」
ミラーゼはそっとドラグーンの冷たいボディに触れて、その忌むべき名を口にした。
「――アルカナと戦うには、覚悟も力も足りないわ」
そう、人類にもはや敵対国家は存在しない。だが純然たる敵は存在している。
「アルカナ、か。今から一五〇年前に突如として地球に現れ、そして人類を月へと追いやった侵略型飛翔体。正体も、発生原因も、そのほとんどが謎に包まれた化け物。唯一わかっていることは、人類に対して明確な敵意を持っていることだけ」
人類はかつてアルカナと戦い――そして敗北した。
アルカナから逃れるために地球から月へと移住する計画は、現状がどうあれ、当時は苦肉の策でしかなかった。
当初の予定では地下ではなく月面に都市を築くはずだったのだが、テラフォーミングに失敗して地表を人の住めない環境に変えてしまうなど、問題を山ほど抱えていた。この月で人類が生き延びることができたのは奇跡に等しいという話だ。
加えて、アルカナが未だ地球に健在である事実にも変わりはない。
「けどまあ、アルカナに地球の大気圏を自力で突破する力はない。少なくともこの月にいるかぎりは安心だよ。そりゃ、いずれは奴らを倒して地球を取り戻さないといけないし、統合軍が発足したのも元々はそのためだけどさ。今すぐどうこうなる問題でもないんだし、あんまり気を揉むなよ」
「……そう、ね。ここで私一人があせってもしょうがないか」
「そうさ。それにこうして漫然と時間をかけるのも、ある意味人類にとっての戦いだって教官も言ってただろ?」
両助は授業で何度も教え込まれた、アルカナと同じ、あるいはそれ以上の人類の敵の姿を脳裏に思い浮かべ、ざまあみろと笑った。
「アルカナを率いている吸血鬼たちは、俺たち人間が月にいる以上、いずれ餓死して滅びるしかないんだからさ」




