運命に臨む③
「タイプ・フォーチュンはアルカナの中でも取り分け特殊なアルカナなのよ」
旧種子島基地の情報作戦司令室。
基地の外を映し出したモニターを見ながら、ジークリンデは遅すぎる説明を口にした。
「攻撃方法は以前話したとおり。けれど、フォーチュンはすべての人間を殺し尽くすまで止まらない他のアルカナとは違い、たった一人だけ、その生存を許容する。逃走を禁ずる檻の中に敵を封じ込め、そして一人になるまで延々と攻撃をし続ける。そして最後の一人になったところで檻を解除してその逃走を許すの」
「それじゃあエリスたちは、俺が地球を脱出したあと……」
「最後の一人になるまでフォーチュンと戦い続けることになるわ。あるいは……」
その先をジークリンデは口にしなかった。過去の対タイプ・フォーチュン戦で繰り広げられたであろう、最後の一人を選ぶ、もうひとつの残酷な手段を。
「ジークリンデは、知っててこの作戦を許可したのか?」
「ええ」
「エリスたちはみんな、全部知った上でこの作戦に臨んだのか?」
「そうよ」
「……俺だけが、なにも知らされなかったのか?」
「そういう風に、私たちが仕組んだのよ」
両助は思い切り壁に拳を叩き付けた。何度も叩き付けた。皮膚が裂け、血がしたたり落ちても叩き付けるのをやめなかった。
「くそっ! なんでだよ! どうしてみんな、俺に教えてくれなかったんだ! もし知ってたら俺は……くそっ、なんで!」
「…………」
ジークリンデはなにも語らなかった。
語らずとも、両助はすべて分かっているのだと理解しているのだろう。
そう、 両助はひとつだけ彼女たち吸血鬼のことを勘違いしていた。吸血鬼たちは自分の命を賭けてまで人間を助けようとするのではない。自分の命を捨ててでも人間を助けようとするのだ。
「なんで……みんな、俺のために……人間は、吸血鬼を見捨てたっていうのに……!」
思わず口からこぼれ落ちてしまった真実に、両助ははっとなってジークリンデの顔を見た。
「そうね。我ながら愚かだとは思うけど、吸血鬼ってそういう生き物なのよ」
ジークリンデは驚いた様子も、怒った様子もなく、ただ寂しげに笑っていた。
「吸血鬼はね、人間のことをどうあれ愛することをやめられないの。愛するあまり憎んでしまう者はいるけれど、決して人間に対して無関心ではいられない。そういう風になってるの」
「ジークリンデ、お前は……」
「知ってるわ。人間が私たち吸血鬼を見捨てて月に逃げたってことくらい、もうとっくの昔にわかってた。私だって元は人間だもの。人間に対して、そこまで幻想は抱いていない。きっと他のみんなも薄々は気付いてる」
考えてみれば当然の話である。
一〇〇年も音沙汰がなければ、見捨てられたと思うのは当然の話だ。イレーナだって疑っていたと零していた。
「人間は自分たちを裏切った。盟友は迎えには来ない。そうと気付いていながら、その上で気付かないふりをして私たちは戦っているのよ」
「どうして?」
「だって、それを受け入れてしまえば、私たちは絶望するしかないじゃない。人間を恨みながら死んでいくしかないじゃない。
それは寂しいわ。とても悲しいことだと思う。だから私たちは気付かないふりをして、人間を信じて戦うしかない。あなたを命賭けで守ろうとするのもそう。絶望しながら死んでいくよりも、盟友のために命を費やして死ぬ方が、ずっとずっとマシじゃない」
「そんなの……悲しすぎるだろう」
「けどね、少なくともそこに魂を慰める小さな救いはあるわ。――イレーナは、きっと最後まで笑っていたと思うわよ」
人間が自分たちを見捨ててから今日まで、百年間、ずっと吸血鬼たちのことを考え続けてきた小さな少女は、寂しそうに、けれど仕方ないと諦めたような顔で、言った。
「吸血鬼は人間がいないと生きて行けない。けれど、人間は吸血鬼がいなくても生きて行ける。だからきっと、この結末は仕方のないことなのよ」
たとえそれが真実だとしても。
両助は、それを許せないと思った。
「……なあ、ジークリンデ。みんな薄々気付いてるって言ったけど、それはエリスもか?」
「あの子だけは」
ジークリンデは少しだけなにかに後悔するように顔を歪め、
「あの子だけは、きっと疑ってもいないでしょうね。本当に心の底から、人間がいつか迎えに来るものと信じてる」
「そうだよな。俺もそう思う」
エリスの笑顔を思い出す。エリスの涙を思い出す。あんなに美しいものを、両助は知らない。
「一人でも信じてくれている子がいるならさ、俺は諦めちゃいけないと、そう思うよ」
「……酷いことをさらりと言うのね、あなた」
「悪い。けど、俺も諦めるつもりはないから。なにせさっきそう言い切ってきたばかりなんでな。今更撤回するのは、ほら、あんまりにも格好悪過ぎるだろ? 女の子にはもてない男のすることだろ?」
「そう。……まったく、再会した人間があなたみたいな男の子で、私は本当に嬉しいわ。両助くん」
さっきまでの儚い微笑みはどこへ行ったのか、ジークリンデは心底嬉しそうに笑って、ばさりとドレスと白衣の裾を翻した。
「そうね。私も本当に絶滅を許容しているわけじゃない。ええ、最後まで足掻いてみせると、そう親友に誓ったの」
ジークリンデはひとつの前の準備が完了したコンソールをすさまじい勢いで叩いて、最終準備を進めていく。
「マス・ドライバの最終調整はまもなく終わるわ。けど、それですぐあなたを月へ送り届けてあげられるわけじゃないの。もうひとつ、最後の関門が残ってる」
「それは?」
「私たちが、人間が裏切ったと知りつつも、それでも恥知らずと攻め込むことも、助けてとこちらから訴えに行くこともできないもうひとつの理由よ」
ジークリンデが映像を地球の周囲の宇宙空間を映したものに変える。
さらにそこになにかしらのフィルターをかける。そうすることによって、肉眼では確認することのできない、見えない障壁の存在が露わになった。
「地球には、アルカナと一緒に私たち吸血鬼を逃さないようにするためのバリアが張り巡らされているの。他でもない、月の人間たちによってね」
それが事実だとしたら、そんなことが出来る組織は月にはひとつしかない。
「統合軍の仕業か」
「でしょうね。さらにいえば、地球からの通信もすべて遮断されてるんだけど、どうやら今は例外的に通じるようね」
ジークリンデがさらにウィンドウを出す。
画面に映ったのは薄暗い部屋だった。どこかの軍事施設。暗がりにいるのは一人の軍人のみ。
そしてその軍人の顔を、両助は知っていた。
「親父」
『どうやら無事のようだな、両助』
両助の父である宮凪鋼造は、息子の無事な姿を見て、ほんの少しだけ目元を和らげた。
しかしすぐにいつもどおりの厳しい面持ちに戻ると、息子の隣にいる吸血鬼に視線を移す。
『お初にお目にかかる、我らが旧き盟友よ。私は人類統合軍作戦参謀長官及び吸血鬼絶滅委員会所属の宮凪鋼造中将であります』
「ええ、初めまして、我らが旧き盟友よ。わたくしは盟約連合軍極東支部アーリンダル空軍基地司令代行、ジークリンデ・リーゼンナハト技術准将であります」
『ほう。あなたがかの英雄殿であらせられましたか。こうして言葉を交わす機会ができて光栄であります』
「わたくしも、是非ともあなたとお話をしたいと思っておりました。が、どうやら今はわたくしよりも先にあなたと話したい人がいるようですね」
「親父! 吸血鬼絶滅委員会ってなんだよ!」
一歩後ろに下がったジークリンデと入れ替わるように、両助が前に乗り出す。
「親父は全部知ってたのか? 吸血鬼がかつて人間と盟友で、それで今も必死にアルカナと戦ってるって、全部知ってたのかよ!」
『知っていたとも』
揺るぎなく肯定した父親に、両助は続く言葉を忘れた。
『そも、吸血鬼絶滅委員会とは、その情報を吸血鬼が絶滅するまで秘匿し続けるための組織だ。その中において私の役目は、吸血鬼たちが地球から脱しないように監視することにある』
「な……んで……どうしてそんな恥知らずなこと……」
『人類の生存のためだ。そのためには吸血鬼には絶滅してもらわねばならない』
鋼造は表情ひとつ変えることなくそう言い切った。言い切ってしまった。
『安穏と生きてきただけのお前は知らないだろう。今なお、人類が月という世界で生きていくには多くの問題を孕んでいる。統合軍がすべてを管理し、管轄することで、どうにか生存を獲得しているのが実情だ』
「それと吸血鬼たちを絶滅させなければならないことと、どう関係があるんだよ?」
『大いにある。いいか? 両助。いずれ人類は生き延びるために、アルカナに決戦を挑み、地球をこの手に取り戻さなければならない。かつての大戦でアルカナと戦い続けた我ら人類にはその力があると、そう信じ込ませなければならない。本当は吸血鬼たちに力を貸してもらっていた。彼らの力なくして生き延びることなどできなかった。そのような事実は人類を弱くするだろう。ひいてはやがて来たる決戦に敗北を呼び込むに違いない。いや、あるいは決戦にすら臨めなくなるかもしれん』
「そのために吸血鬼を敵にして、見捨てるっていうのかよ?」
『そうだ。すべては人類のために。吸血鬼には、そのための生け贄となってもらう。そう悪魔の決定は下されたのだ』
それは統合軍の軍人として正しい姿であった。
人類と吸血鬼を秤にかけて人類を取る。人類の守護者たる者として正しい姿だった。
なら――両助はそんな正しさはいらない。
「そうかよ。なら俺は、統合軍の軍人にはならない」
クロイツ軍学校に入学の前にも、両助は同じ言葉を述べた。
けれど結局は鋼造に言い負かされ、訓練校に入ることになった。
曰く、両助は父親に逆らいたいだけのガキであり、そこに確固たる信念も情熱もない。
ああ、そうだ。今ならそれを素直に認めることができる。あのときの両助は父親に反抗したいがためだけに拒絶した。統合軍に入ること自体には、そこまで忌避感はなかった。だから結局は逆らうことができずに従うことになった。
けれど――今は違う。今回は違う。
「俺は人間と吸血鬼の盟約連合軍に入隊する」
『……そうか』
鋼造はしばらく息子の顔をにらんでいたが、やがてそう言った。
『ならば仕方あるまい。勝手にしろ』
鋼造とて両助の父親である。今の息子になにを言っても無駄であると、それくらいは察することができた。それを認めることが、今の両助を見てできた。
『だが認めてやるのはそれだけだ。両助、地球に人間がいることは許されない』
「俺に死ねってか?」
『いや。月に戻ってこい、両助』
「親父……」
『今から少しの時間だけ、私の権限でバリアを解除する。その間に戻ってこい』
「……そうだな。吸血鬼たちを救うためにも、一度月へは戻らないといけないとは俺も思ってる」
吸血鬼を救うと決意しても、地球ではあまりにも出来ることが少ない。月に戻らなければならないと、そう考えて両助は今回の作戦に参加した。その気持ちには変わりはない。
「けど、今は戻れない」
だが今一番にすべきことは月に戻ることはでない。
それよりも前に、両助にはやらなくてはならないことがある。
「俺のために戦ってくれてる女の子たちがいるんだ。まずはエリスたちを助けないといけない。それは俺のために戦ってくれている彼女たちの想いを裏切ることだってのは分かってる。それでも、俺はもう誰も死なせたくないんだ!」
『私の権限でも、お前を戻してやれるのは今しかない。それでもか?』
「それでもだ。別に親父の力を借りなくても、俺は月に戻ってみせるさ」
『……ミラーゼくんは、お前を一人にしたことを悔いて泣いていたぞ』
両助はそこで初めて言葉を詰まらせた。
ミラーゼと知り合ってから今日まで、両助は彼女が泣いている姿を見たことがなかった。逆に両助が辛いとき、苦しいとき、いつだって彼女は傍にいて、大丈夫だよ、私は味方だから、とそう笑って励ましてくれた。
感謝している。
心の底から、両助はミラーゼに感謝している。
彼女と出会えたからこそ、宮凪両助という臆病なだけの人間は、たとえ虚勢でも誰かのために戦える強さを手に入れられたのだから。
「――それでも俺は戻れない」
それでも譲れないものが両助にもできたのだ。人間として生まれた恥は、生まれながらの原罪のように、まだこの胸の中で熱を持って叫んでいる。人間の誇りを取り戻せ。吸血鬼を救え、と。
『……そうか』
鋼造は小さくつぶやいた。今度のその一言には、あまりにも多くの想いが込められていた。
『ならば、勝手にするといい。今より、お前は宮凪家の人間ではない』
「ああ、勝手にさせてもらう」
両助は父親に背中を向けた。父親がいつもそうしているように、相手の気持ちを置き去りにしたまま立ち去ろうとして、止まる。
「……親父。ミラーゼに伝えてくれ。必ず帰るから、って」
『いいだろう』
「あと、さ」
『なんだ?』
「これまで育ててくれてありがとな、クソ親父」
感謝の言葉は思いの外すんなりと出た。それが自分でも驚きで、気恥ずかしくて、両助は父親の反応を確認することなく走り出した。
『俺の馬鹿息子のことだ。どうせ確認していないだろうから教えておこう』
その背に向かって、両助の父親は告げた。
『お前にやったドラグーンだが、名をブラックセイヴァーと言う。お前の母親が息子にと遺したものだ。精々、大事に使ってやれ』
走り去っていく背中が見えなくなったところで、今まで黙っていたジークリンデが口を開いた。
「ご子息の育て方を間違えましたね、中将閣下」
『たしかにあれは軍人としては失格です』
鋼と呼ばれた男は、その口元にはっきりとした笑みを浮かべて言った。
『だが一人の人間としては正しい。そう言い切れる。だからきっと、育て方は間違ってはいなかったのでしょう』
◇◆◇
両助は格納庫に設置されたマス・ドライバ内に固定されていたドラグーンに乗り込み、機体を起動させる。
システムチェック。
ラグナエンジン正常稼働を確認。
イメージリンク・インターフェイスシステム接続完了。
ファイアロックシステム全解除。
システムオールクリア。
発進準備を完了させ、両助はその名を呼ぶことの喜びを噛みしめるように、愛機の名を叫んだ。
「行くぞ! ブラックセイヴァー!」
《――YES MY RIDER――》
黒の救世主がライダーに応える。
漆黒のドラグーンは、盟友の待つ戦場へと飛んでいく。




