そして吸血鬼の日常④
「危ない! マジ危ない! ほんと間に合ってよかった!」
間一髪、敵に特攻を仕掛けようとした小春を止められたことに、両助は心の底から安堵した。
「その声、まさか両助くんですか!?」
アルカナの集団から少し離れた位置にいた小春の隣で動きを止めると、エリスから驚きの声が届いた。
「おう、そのまさかだ。エリスの初めての人間であるところの両助くんだぞ」
「なんで両助くんが戦場にいるんですか! 帰ってください! 早く!」
「おぉう、予想どおりの反応だった」
予想はしていたが、こうまで強く帰れと言われるのは多少傷つくものがあった。
「けどそうはいかないな。なぜなら、俺もエリスたちと一緒に戦いに来たんだからな」
「足手まといだ」
簡潔にここに来た理由を告げると、今度は別の人物――イレーナから簡潔な通信が届いた。彼女自身もまた、すぐ傍までやってくる。
「宮凪。吸血鬼の戦場に、人間は足を踏み入れることは許されない。お前たちはあまりにも弱く、私たちの枷にしかならない。人間は戦いの前に血を提供してくれることが唯一にして一番の役割なんだ。戦い自体は私たち吸血鬼に任せろ」
「そうです。この身に代えてでも、両助くんはわたしが絶対に守りますから!」
「悪いけど、そう言われて帰るつもりはない。そもそも、果たすべき義務も果たしてないのに、黙って守られていられるかよ。盟約のおかげで吸血鬼に守ってもらえるなら、俺も人間として盟約を守らないといけない」
そう言って、両助は機体に搭載されたシステムを作動させる。
修復の際、マッドサイエンティストがちゃっかり改造し、新たに搭載された新システムだ。
起動と同時に両助の首筋にプラグ――以前小春が見せてくれた、ドラクルエンジンのコネクトプラグと同種のものが首に突き刺さる。両助は鋭い痛みと、さらに血が吸い上げられていく脱力感に顔をしかめそうになるのをぐっと堪えた。
ドラクルエンジンのシステムと違うのは、血が吸い上げられるだけで、別の血が流し込まれるわけではないところだ。循環ではなく一方的な吸血を行うこれは、その名もズバリ『救血システム』――ライダーである人間から吸血し、別のドラグーンに給血することができる、緊急燃料補給システムである。
両助はドラグーンの手首の部分から延びた三本のコードを、その場にいる三人の吸血鬼に向かって差し出した。
「盟約に従い受け取ってくれ。俺の――人間の血だ」
両助の来た本当の理由を察し、エリスとイレーナは息を呑んだ。
「ちょっと待ってください! 血の補給をしてくれようとする両助くんの意志はありがたいです! けど――」
「私たち全員に血を分け与えるのは無理だ。大量出血によるショック状態になりかねない」
人間は血液の三分の一を一度に失うと、血圧を維持できなくなりショック状態に陥る。そこまでは行かなくとも、貧血などになれば、とてもまともにドラグーンなど動かせないだろう。
「大丈夫だ」
「大丈夫じゃないです! 両助くんが死んじゃったら、この戦いになんの意味もないんですよ!」
「強がりじゃないんだよ、エリス。本当に大丈夫なんだ。俺は生まれつき特殊体質でさ。血液量が普通の人間の倍以上あるんだ」
普通の人間は、だいたい体重の十三分の一――四リットルから五リットルが血液量になるが、両助は生まれつき血液の量が体重の七分の一近くあるという特異体質だった。
加えて、一日に生成される血液量も常人の三倍から五倍強と、こと血液だけに関していれば、両助は異常という他ない診断を受けている。なにかにつけ、よく鼻血が出てしまうのもこの体質が原因だった。
私生活ではなんの利益もなく、むしろ毎夜寝る前に血を抜かなければならないため面倒だと思っていたが、この状況下で初めてプラスに働いた。
「三人に血液を渡しても、ショック状態まではいかない。軽く貧血になるかも知れないけど、とある学年首席の教育方針で貧血状況下でのドラグーンの操縦訓練もみっちりやってるからな。敵の攻撃を避け続けるだけなら訳ないぜ」
「でも……」
「早く! 時間がない!」
「……わかりました」
エリスはそれでも渋っていたが、両助が強く訴えると、しっかり差し出したコードを手に取った。
「ありがたく頂戴するとしよう。小春も補給を開始しろ」
「……色々と美味しいところを持って行かれた感はあるが、了解した」
イレーナと小春も、コードを受け取って自分のドラグーンに接続する。
「両助くんの血を絶対に無駄にはしませんから」
最後にエリスが力強く頷き、機体に接続した。
吸い上げられ、シリンダーにたまっていく一方だった両助の血が、ラインを通じてそれぞれのドラグーンへと注ぎ込まれていく。
出撃時、エリスたちのドラグーンのシリンダーに補給される血液量は一リットル。残っている血と合わせて、約二・五リットル近い血が両助から抜き取られ、それぞれのドラグーンへ行き渡る。
普通の人間なら昏倒、あるいは死んでいてもおかしくない量だが、両助は軽いめまいに襲われただけで大した影響はなかった。
一方で、補給されたエリスたちへの影響は大きかった。
強く、強く、その拳が握りしめられる。
「改めて、わたし、エリュシア・ヴァートリッヒはここに誓います」
エリスは全身にみなぎる力と、それ以上に感じる熱に震えながら、言った。
「盟約に従い、あなたを絶対に守る、と」
そしてライダーの意志に呼応するように、彼女の機体が紅に輝く。
「イレーナ! 小春! あと一分間だけお願い!」
「「了解!」」
血液を補給したことにより、エリスのチャージの時間は大幅に短縮された。
これまでは残り少ない血液量を、余さずエーテルに変換するためにロスのない繊細な変換作業を行っていたが、新たに大量の血が補給されたことで、ロスを気にせず全力で変換を行えるようになったためだ。
「小春もロスを気にせずにブラッドアームを使え! 一匹たりとも敵を二人に近付けさせるな!」
「わははははっ! ボクの本気を見せてやろう!」
そして血液量を気にせず動けるようになったのは、イレーナと小春も同じ。特に小春はゼロ近くから満タンまで回復したことで、声にも張りが戻っていた。
小春がエリスと両助を守るように一歩前に出て、狙撃銃を構え直す。
「見るがいい。これが華麗なる狙撃というものだ!」
改まって狙いをつける必要はない。小春はどのような状況下でも、狙撃を行えるよう敵の動きを追っている。構えた瞬間引き金を引けば、一番接近していたアルカナから撃ち落とされていく。そして血液量を気にせず力業で弾丸のブラッドアームを行えるようになったことで、装填の間隔も短縮できる。もはや彼女の狙撃は連射に近いスピードで行われていた。
そしてその弾幕の中をイレーナが飛び出していく。
「はぁあああああああああああああ――――っ!」
これまで以上の気合いをこめて振り下ろされた一閃が敵を砕く。
彼女の攻撃方法に変わりはない。だが機体の速度がこれまでとは違っていた。戦場を縦横無尽に駆け回り、敵を次々と葬り去っていく。
それは回避を捨て、攻撃のみに集中しているからこそ出せる速度。彼女は有り余る血液量を速度のみならず防御にも回し、敵の攻撃を受けながらも前進を続けるタフネスを獲得していた。
パワー、スピード、タフネス。上昇したスペックに物を言わせた戦い様は、まさに鬼武者というにふさわしい暴れぶりだった。牽制を必要とせず、被弾も気にすることなく、敵のいる空間そのものをえぐり取るかのように、次々と敵を屠っていく今の姿こそ、イレーナ・ブランという吸血鬼の本来の戦い方なのだろう。
血液残量を気にしなければ、ドラクルエンジン搭載型ドラグーンはここまで戦えるのだ。まさに鬼神のごとき二人の動きに、両助は心の底から震えていた。肉眼では確認できなかったすさまじさが、ドラグーンのバックアップのある今ではわかる。
「あーもう、なにあれ! うらやましい! うらやましい! ネリィもリョースケくんの血が欲しかったぁ!」
「ネリィ、うっさい! 釣られてあんたも暴走しないでよ!」
忘れてはいけないのはネリィとベアトリスのコンビだ。
両助たちが補給をしている間も戦線で敵を釘付けにし、今なお耐え続けてくれている。
そのときを待ちわびながら。
「――ホワイトエンゲージ!」
戦場に高らかに響くエリスの声。
彼女の機体に集う輝きはこれまでとは桁が違った。結晶化していないエーテルを知覚する術のない両助でも感じられるほど、大量にして高密度のエーテルの渦。
「灰は灰に。塵は塵に。――吹き飛べッ!」
悪魔を祓う聖句と共に、満を持して放たれる殲滅の光。
ホーミングレーザーのように拡散した光は、獲物に食らいつく餓狼のごとく、すべてのアルカナに等しく襲いかかる。たとえ他のアルカナに守られていても関係ない。その守っているアルカナごと葬り去る。エリスの放った砲撃の輝きの中に、ハーミットの小さな身体が溶け崩れていく。
「なんて破壊力……!」
両助が恐れおののき見惚れる中、アルカナはひとつ残らず灰に変わって空に散った。
敵のいなくなった戦場に沈黙が下りる。
一分、あるいはそれ以上か。
「――状況終了。みんな、お疲れ様」
今度こそ敵影が完全に消滅したことを確認し、回復した通信機越しに、ジークリンデの安堵の声が届く。
瞬間――
「やったぁ!」
「おわっ!」
両助はエリスに思い切り抱きつかれ、その衝撃に空中でたたらを踏んだ。
「やった! やりましたよ、両助くん! 誰も死ぬことなくあのピンチを乗り越えたんですよ!」
「あ、ああ、そうだな。やった。やったな!」
エリスに言われ、ようやく両助にも喜びが沸き上がってくる。
「友よ。貴様には感謝しなければいけないな」
抱き合って喜ぶ両助とエリスの許へ小春がやってくる。
「ここはボクが散るべき真の戦場ではなかったというのに、両助がいなければ、ボクは間違いなく死んでいた。感謝するぞ」
「いやそんな」
「謙遜することないって! ネリィも、これまじめに小春は死んだなぁと思ったもん!」
後ろからさらなる衝撃。見れば、ネリィが肩にのりかかるように抱きついていた。
「まさか人間のリョースケくんが助けに来てくれるなんてね。びっくりだよ」
「たしかに、こんな人間はあんたが初めてかもね。やるじゃん」
さらにベアトリスまでやってきて褒め称えるものだから、両助は気恥ずかしくなってしまった。
実際に両助がやったことと言えば、血液を補給しただけで、戦闘には直接関わっていない。アルカナを一体も倒していなければ、結局、みんなの活躍のお陰で敵の攻撃を避ける必要すらなかった。
それでも覚悟を決めて空へ上がってよかったと、みんなの笑い声を聞いて、両助は心からそう思った。
「と、とりあえず基地に戻ろうぜ。ドラグーンを装着してるときに抱きつかれても、全然感触を楽しめないからな」
照れ隠しにそう言う両助を、一人、イレーナだけが輪から離れたところで黙って見つめていた。




